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4章 王女、王城へ乗り込む
8 王の部屋
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テオは頼み込んで、夕食の給仕の仕事から外してもらった。
震えが止まらないから、と訴えたのだ。
「仕方がないわね。もう少し慣れてからにしましょうか」
と、折れてくれた。
「いろんなところを経験した方がいいし、他にも人手が足りない場所もあるから、そちらにしましょう」
美人の召使いは、少し考えると、こちらへ、とテオを伴って歩き出した。
ほっとした。
そのほうが、リカを探しやすいし、王城の中を見られる。
ところが、奥へ奥へと入っていっているようで、次第に緊張してきた。
城の奥は、王家が暮らす場所だ。
(まさか、そんな・・・)
連れて行かれたのは、最奥。
新入りの召使いが入れるところではないはずだが・・・。
「このお部屋には、王様がいらっしゃいます」
「えっ?!」
叫びそうになり、慌てて口を手で覆った。
「王様のお世話をしてもらいます。どこでもはじめは大変に感じるものよ。そんなことは、よく知っていると思うけど」
驚いているテオの顔を見て、首をかしげて苦笑している。
ドアをノックし、そっと開けた。
「王様はご病気でふせっておられます。眠られていることが多いので、そっと、音を立てないようにね」
と小声で言いながら、中に入った。
静かだ。
中央の大きな寝台には、薄い幕が張られていて、王の姿は見えなかった。
寝台の奥に人影があり、そちらの方へ、無言で近づいていく。
気配に気がついた人影が振り返って、こちらに来た。
その顔を見て、涙が出そうになった。
「リカ、この子に仕事を教えてあげて。ソフィアと言います」
「はい。かしこまりました」
リカは、テオを見ても、顔色ひとつ変えずにうなずいている。
「あなたも、少し休んだほうがいいわ」
「ありがとうございます」
「頼んだわよ」
それだけ言うと、テオを置いて出ていった。
他に人はいないようだ。
ドアが閉まり、静けさが戻ってきたところで、音もなくそっと抱き合った。
「リカ・・・こんなことろで会えるなんて・・・」
リカにだけ届くほどの小さな声で囁いた。
「ここまで潜り込めるなんて、さすがです。さあ、ソフィア、私の言うことを聞いてもらいますからね」
明るく笑いを含んだリカの声が震えていた。
泣きそうになっているのだ。
「よろしくお願いします」
「洗濯物がたくさん届けられたので、畳んでください。王様は寝たきりです。お世話をするのが仕事です」
「そんな重要な仕事を、どうしてリカが?」
テオは、さらに声をひそめた。
指示に従って手を動かしながら訊く。
聞きたいことはたくさんあった。
「私がリアの者だということは、知られています。ですから、王様にもしものことがあれば、私が殺したことにすればいい。罪をなすりつけるのに、丁度いいからだと思います」
「そんな・・・」
絶句するほど恐ろしいことを、リカがさらっと口にした。
そんな緊張感の中で過ごしているのだ。
「王様は、それほど大事にされていないようです。それどころか・・・お医者様から渡されたそれを、飲ませろと言われました」
リカは、水の入った水差しのそばに置いてある物を示した。
薬のようだった。
「けれど、なぜか気になって、試してみようと飲ませずに捨てていました。そうしたら、悪くなるどころか、少しずつお顔の色が良くなられて」
「では・・・」
「ええ、これには、毒が含まれているのではないかと」
「このことは、誰かに?」
「いいえ。この城に、味方はいませんから」
リカが寂しげに笑った。
テオは、思わずリカを抱きしめる。
「私がいるわ」
その時、寝台の方から微かな布ずれの音と、鈴を転がす音がした。
「お呼びよ」
リカは、寝台に近づき、幕を開ける。
「いかがなさいましたか?」
そう問いかける声は、肉親にかけるような優しさだ。
「んんん・・・」
王は言葉にならない声を発した。
髪も髭も白く、痩せて、深いシワが刻まれたお顔は憔悴している。
「はい。かしこまりました」
リカはうなずき、布団をめくって足元の方へ移動する。
お香が焚きしめてあるためか、不快な匂いはしなかった。
リカの看護が行き届いているのだ。
動けないテオは、王の顔を見つめたままだ。
王もテオを見つめている。
その目から、涙がこぼれてきた。
「リリー・・・」
王は母の名を呼んだ。
「わしを迎えに来てくれたのか。・・・許してくれ。どうすることもできなかったわしを・・・間もなくわしも、そっちにいく」
テオに、母の幻を見ているのだろうか。
母のことを知っているのだ。
そっと近寄って、王の手を握った。
敵だと思っていた王は、心を痛めている。
病を重くしているのは、そのせいもあるのかもしれない。
「お迎えに来たわけではございません。あなたは生きてください。私たちの分まで。生きなければならないのです」
リカが驚いて、テオを見た。
「恨んではおらぬのか・・・」
うなずく代わりに、その手に口付けた。
「わかっております」
王は、ゆっくりと息を吐き、少し、穏やかな表情になる。
「ありがとう・・・」
わずかに微笑し、目を閉じた。
「テオさま・・・」
リカが思わず名前を呼んでしまっている。
テオは唇に人差し指を当てた。
「お守りしましょう。王様を」
震えが止まらないから、と訴えたのだ。
「仕方がないわね。もう少し慣れてからにしましょうか」
と、折れてくれた。
「いろんなところを経験した方がいいし、他にも人手が足りない場所もあるから、そちらにしましょう」
美人の召使いは、少し考えると、こちらへ、とテオを伴って歩き出した。
ほっとした。
そのほうが、リカを探しやすいし、王城の中を見られる。
ところが、奥へ奥へと入っていっているようで、次第に緊張してきた。
城の奥は、王家が暮らす場所だ。
(まさか、そんな・・・)
連れて行かれたのは、最奥。
新入りの召使いが入れるところではないはずだが・・・。
「このお部屋には、王様がいらっしゃいます」
「えっ?!」
叫びそうになり、慌てて口を手で覆った。
「王様のお世話をしてもらいます。どこでもはじめは大変に感じるものよ。そんなことは、よく知っていると思うけど」
驚いているテオの顔を見て、首をかしげて苦笑している。
ドアをノックし、そっと開けた。
「王様はご病気でふせっておられます。眠られていることが多いので、そっと、音を立てないようにね」
と小声で言いながら、中に入った。
静かだ。
中央の大きな寝台には、薄い幕が張られていて、王の姿は見えなかった。
寝台の奥に人影があり、そちらの方へ、無言で近づいていく。
気配に気がついた人影が振り返って、こちらに来た。
その顔を見て、涙が出そうになった。
「リカ、この子に仕事を教えてあげて。ソフィアと言います」
「はい。かしこまりました」
リカは、テオを見ても、顔色ひとつ変えずにうなずいている。
「あなたも、少し休んだほうがいいわ」
「ありがとうございます」
「頼んだわよ」
それだけ言うと、テオを置いて出ていった。
他に人はいないようだ。
ドアが閉まり、静けさが戻ってきたところで、音もなくそっと抱き合った。
「リカ・・・こんなことろで会えるなんて・・・」
リカにだけ届くほどの小さな声で囁いた。
「ここまで潜り込めるなんて、さすがです。さあ、ソフィア、私の言うことを聞いてもらいますからね」
明るく笑いを含んだリカの声が震えていた。
泣きそうになっているのだ。
「よろしくお願いします」
「洗濯物がたくさん届けられたので、畳んでください。王様は寝たきりです。お世話をするのが仕事です」
「そんな重要な仕事を、どうしてリカが?」
テオは、さらに声をひそめた。
指示に従って手を動かしながら訊く。
聞きたいことはたくさんあった。
「私がリアの者だということは、知られています。ですから、王様にもしものことがあれば、私が殺したことにすればいい。罪をなすりつけるのに、丁度いいからだと思います」
「そんな・・・」
絶句するほど恐ろしいことを、リカがさらっと口にした。
そんな緊張感の中で過ごしているのだ。
「王様は、それほど大事にされていないようです。それどころか・・・お医者様から渡されたそれを、飲ませろと言われました」
リカは、水の入った水差しのそばに置いてある物を示した。
薬のようだった。
「けれど、なぜか気になって、試してみようと飲ませずに捨てていました。そうしたら、悪くなるどころか、少しずつお顔の色が良くなられて」
「では・・・」
「ええ、これには、毒が含まれているのではないかと」
「このことは、誰かに?」
「いいえ。この城に、味方はいませんから」
リカが寂しげに笑った。
テオは、思わずリカを抱きしめる。
「私がいるわ」
その時、寝台の方から微かな布ずれの音と、鈴を転がす音がした。
「お呼びよ」
リカは、寝台に近づき、幕を開ける。
「いかがなさいましたか?」
そう問いかける声は、肉親にかけるような優しさだ。
「んんん・・・」
王は言葉にならない声を発した。
髪も髭も白く、痩せて、深いシワが刻まれたお顔は憔悴している。
「はい。かしこまりました」
リカはうなずき、布団をめくって足元の方へ移動する。
お香が焚きしめてあるためか、不快な匂いはしなかった。
リカの看護が行き届いているのだ。
動けないテオは、王の顔を見つめたままだ。
王もテオを見つめている。
その目から、涙がこぼれてきた。
「リリー・・・」
王は母の名を呼んだ。
「わしを迎えに来てくれたのか。・・・許してくれ。どうすることもできなかったわしを・・・間もなくわしも、そっちにいく」
テオに、母の幻を見ているのだろうか。
母のことを知っているのだ。
そっと近寄って、王の手を握った。
敵だと思っていた王は、心を痛めている。
病を重くしているのは、そのせいもあるのかもしれない。
「お迎えに来たわけではございません。あなたは生きてください。私たちの分まで。生きなければならないのです」
リカが驚いて、テオを見た。
「恨んではおらぬのか・・・」
うなずく代わりに、その手に口付けた。
「わかっております」
王は、ゆっくりと息を吐き、少し、穏やかな表情になる。
「ありがとう・・・」
わずかに微笑し、目を閉じた。
「テオさま・・・」
リカが思わず名前を呼んでしまっている。
テオは唇に人差し指を当てた。
「お守りしましょう。王様を」
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