千姫影道中〜秀頼の幽霊に取り憑かれた俺が挑む25番勝負〜

かじや みの

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一章 姫路編

4番勝負 千姫(下)

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「して、秀頼さまは、なんと仰せじゃ」

 千姫は、笑いもせず、真剣な顔で俺をじっと見た。

「・・・」

「いかがした」

 詰まった俺に、首を傾げて見せる。

「いえ、てっきり笑われるものだと」

 門番たちには笑われている。

「聞いてみないことにはわからぬであろう。そなたが嘘を言っているようには思えぬ。十兵衛も笑わぬではないか。戯言なら、十兵衛が真っ先にそなたを阻止するであろう」

「お千、変わらぬな」

 秀頼が穏やかな口調でつぶやいた。

 俺は、目を瞑って言った。

「お千、変わらぬな」

 口調を真似ている。
 言葉をそのまま伝えるという、合図だ。

 秀頼が話だした。

「よく聞いてくれ。駕籠に乗ってはならぬ。忠刻どのの元を離れれば、何が起こってもおかしくない。命を狙う者もいるかもしれないが、それとは別に、お千を待つ者がいる。豊臣と徳川両家の架け橋となったお千にしかできぬことだ。私とともに、旅をしてくれないか」

 息をのむ音がする。

 それは十兵衛のものか。
 十兵衛には、俺の言葉が、勝手な作り事ではなく、秀頼から出たものだとわかるのだ。

「旅をして、終わらせようではないか。大坂を出て、自由になった我らで」

 目を瞑っている俺には、千姫の表情はわからない。

 けど、話している俺も、初めて聞く内容だった。

 秀頼は俺にも、目的を話してはくれなかったのだ。
 話はしたが、正直言って、どういう意味なのか、全然わかっていない。

 吐く息が震えている。

 いや、泣いているのだ。

 目を開けてみると、顔を両手で覆って、肩を振るわせている千姫がいた。

 十兵衛の方を見ると、その片目は、俺を通り越して、秀頼を見ていた。

「そのようなことが、できるとお思いか」

 秀頼に問うている。

「それは、お千次第だな。無理にとは言わない」

 そう秀頼が直接答えた。

 お付きのものがそばに寄ろうとするのを、千姫が制し、涙の跡の残る顔をあげた。

「秀頼さま・・・嬉しうございます。お千は、あなたさまと、旅がしとうございます」

「え?」

 千姫の即答に、俺が驚いた。

 そんなに簡単に信じていいの?
 千姫には、見えていないのだ。

「そう、秀頼さまにお返事を」

「姫さま、なりませぬ。これは、罠やも」
「罠?」

「姫さまを呼び出して、襲うとも考えられます」
「この者がその手先だと言うのか?」

 さっき泣いていたのに、今度は、きっと決意を秘めた強い目になって、十兵衛を見た。

「苦しい言い訳は聞きとうない。妾は信じたい。いや、信じておる。なぜかはわからぬが、秀頼さまのお言葉で間違いない。妾にはわかるのじゃ。心配なら、十兵衛も共に旅をすれば良い」
「そういう問題ではございませぬ」
「不可能だと言うのか。妾は、江戸で髪を下ろし、仏門に入る。忠刻さま、幸千代をはじめ、母上、伯母上、秀頼さまの菩提を弔うのじゃ。江戸に着くまでの道中、気ままに旅をして、何が悪い」

「・・・」

 十兵衛が黙った。

「妾を守るために、そなたが参ったのであろう」

 威厳たっぷりに言う千姫が、俺をみるときには、屈託のない笑顔になった。

「そなたの本当の名をまだ聞いておらなんだ」

「三郎と申します」
「三郎。もう少し、支度があるゆえ、待ってはくれぬか。旅をするのは、三人で良いのじゃな?」

 行く気満々の千姫に、はい、と頭を下げた。

 上手くいきすぎだ。
 そんなことが許されるのか、信じがたい。

「お千なら、そう言うと思った」

 秀頼が嬉しそうに笑った。
 やっと緊張から解放されたようだ。

 いや、待てよ。
 ということは、俺の役目はまだ終わっていないじゃないか。

 江戸まで旅をするのか?

 千姫に、秀頼の思いを伝えたら、そこで終わりだと思っていたのだが。

「姫さま、江戸からのお迎えの行列が到着いたしました」
 お付きの者が、そばに来て言った。
「さようか。すぐに参る」

 立ち上がった千姫は、御殿の方へ行ってしまった。

「なんなのだ、その嫌そうな顔は。まるで今知ったようだぞ」
 十兵衛が腕組みをして、俺を見下ろす。

「今知ったんだ。江戸までって」

 冗談じゃない。

「三郎、悪いが、江戸まで行ってもらう」

「は?」

 今更のように、秀頼が言ってくる。
 間際まで黙っていたのは、俺が嫌がるのがわかっていたからだろう。

「別にいい。嫌なら、ここから姿を消せ。姫さまがおられぬうちに」
 十兵衛が追い払う仕草をした。

「わかったよ。行きゃあいいんだろ、行きゃあ」
 そう言ったのは、秀頼にだ。

 かなり遠い道のりだった。
 その長い道のりを、千姫を守りながら、十兵衛に睨まれながら、旅をするのか。

「三郎どの、こちらへ。姫さまが、支度が整うまで、あちらで休むようにと」

 なんと、休む場所まで与えられるようだった。

 ありえないだろ。

 急に待遇が良くなり、仕方なく従った。

「こいつはしばらく俺が預かっとく」
 俺の刀を持って、十兵衛も、表の方へ、歩いて行った。

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