雪の匣庭

東崎 惟子@ 日曜西C24a

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滝野絵里

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 僕には音楽しかなかった。
 それが先天的なものか、幼いころからの英才教育によるものなのかわからない。
 ただ幸いにも僕には音楽の才があり、僕自身も音楽が好きだった。
 僕はずっと歌っていたかった。ギターを弾いていたかった。
 それは、文字どおり、真実の意味で永遠だ。
 もし神が僕に千年の寿命と、決して壊れぬ指をたまわして、命尽きるまで弾き語りを続けたとしても、僕は少しも満足しない。たとえどんなに長くても、それが有限である限り、一瞬と同じだからだ。それはもしかすると大宇宙的な話なのかもしれないけれど、僕はそういう頭が痛くなるような話をしたいわけじゃない。僕は頭が良くはないから、求めるものはシンプルだ。
 ――永遠の音楽。
 それが、僕の望み。
 これは到達するに非常に難しいのは言わずもがな、説明するのも困難な概念だと思う。
 その手がかりは、意外と近くに転がっている気がした。
 たとえば歌唱の最中何かの拍子で潰れた声が漏れ出ることがある。
 その瞬間に地獄の風景を幻視する。
 たとえばコーラスで声が裏返り、聞くに堪えないような高音が発声されることがある。
 そこに悪魔の影を見る。
 僕が求める永遠の音楽はそういうふとした割れ目、魔唱に転がっているのだ。
 けれど、余人は誰一人として理解してくれなかった。まず僕の言っていることが通じなかった。稀に、本当に奇跡的に他人の前で魔唱を実演できたこともあったが、彼らにはただの酷い嗄れ声にしか聞こえなかったようだ。
 だから、魔唱をひねり出す特訓を独学で始めた。それは、現代音楽で言えばデスボイスのように酷く喉を傷めるものだった。しかし、どれだけ喉を傷つけても、魔唱の意識的な発声には至らなかった。喉の奥の方に確かにとっかかりがあるのに届かないというもどかしい感覚。そも人間の声帯というものは、魔唱を囀る作りになっていないことを痛感した。
 周りの人間は僕を心配し、軌道修正を図った。もっと美しく格調高い音楽を目指すべきだと。僕にはその才能があると。
 けれど、僕はもはや普通の音楽に興味を示すことができなかった。誰のロックも、どんなジャズも、わずかだって僕の心を動かすことはできなくなっていた。
次第に、どいつもこいつも目障り、耳障りになってきた。彼らが心底僕のことを心配し、善意で助言してきているのも厄介だった。特に母親はヒステリックで、僕の言葉に耳を傾ける気はさらさらないようだった。
 だから、僕は喉を潰した。
 一石二鳥だった。
 ナイフを突き立てて、かき混ぜ、喉を作り変えてやったのだ。いうならば外科手術である。
 そうすることで僕の音は魔唱に近付くし、美しい声を失うことで、周りも諦めてくれると思ったのだ。事実そのとおりになった。
 あの日から、僕は魔唱を続けている。
 下手くそと殴られ、唾を吐き捨てられても、決してめげずに。
 僕の音楽を永遠にするための魔唱を。
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