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11.山火事
しおりを挟む川上小学校の裏山は、てっぺんのとんがったおむすび山だ。百番地から見たら、小学校の校舎のすぐ後ろに三角形の山が見える。実際には学校とおむすび山との間に広い畑があって住宅地も広がっているから、山のふもとまではかなりはなれている。
この小学校は、昔は女学校だったそうだ。その伝統から、教室や廊下の床板は、毎日、朝と放課後のぞうきんがけでピカピカにみがかれている。それが自慢の学校だ。外のカベは少し黄ばんでいるが、クリーム色に光っていて、緑色のおむすび山を背景に、夕日に照らされると、遠くから見ても校舎全体がかがやいて、とても美しい学校だった。
「いいですか、市内のほかの小学校は下足のままで授業をするから、教室も廊下も床がとても汚れているんです。でも、この学校は、登校したら全員上ばきにはき替えます。そうやって、ずーっと大切にこの校舎を使ってきました。みんなで毎日ぞうきんがけを続けてきたおかげで、床がどこもピカピカです。どこからお客さんがいらっしゃっても、『きれいですね』と、ほめてくださる。これからも、しっかりみんなでそうじをしましょうね」
どの先生もそう言って熱心にそうじの指導をしていた。
「別にほめてもらうためにそうじをしとるわけじゃねえし」
コウちゃんはいつもそうじ中にぶつぶつ言っている。でも、ユーイチはダラダラおしゃべりして、ホウキでふざけあいながらそうじするこの時間が大好きだった。
今週で一学期はおしまい。すぐすぐ夏休みだ。
そのちょっと前のむし暑い日だった。授業中、窓ぎわに座った男子が急にさけび声を上げた。
「火事だァ!山が燃えてるぞー」
おむすび山だ!
本当だ。おむすび山が燃えている。三角むすびのそのてっぺんから、赤い炎が上がっていた。その上に、黒い煙がまるで入道雲のように、もくもくと空高くまで立ち上っている。
「ひどいけむりが上がっとる。まるで火山の噴火じゃ」
「さすがに火山はないじゃろうが、本当にすごいぞ!」
「爆弾攻撃でもあったんじゃろうか?」
「ぜんぜん爆発の音なんかせんかったけど」
みんなが席を立って、窓からのぞきはじめた。
「こりゃあ気になって授業にならん」
「先生、授業どころじゃないよ!」
「そうじゃ、避難じゃ!いつもの訓練じゃないぞ。本当に遠い所へ避難せにゃいけん。学校も燃えてしまうぞ」
本気で不安がる子もいたし、授業が中断されたことを喜ぶ子もいた。もう授業どころじゃない。教室中が大騒ぎだった。ほかの教室からもにぎやかな声が聞こえていた。山頂から学校まではけっこうはなれている。学校まで焼けることはないだろう。それでもこげくさい匂いがしてきて、パチパチ、バチバチと燃えあがる木の音まで大きく聞こえだした。
消防車が何台も学校の横を通って、山に向かって走っていく。これだけの数の消防車は初めて見た。クラス全員が窓からのぞいて見ている。学校中、どこの教室からもワイワイ騒ぐ声が聞こえた。
「児童のみなさんは落ち着いてください。山火事はじきにおさまります。学校もみなさんの家も心配ありません」
校内放送で教頭先生が言った。
でも、どうやってあの火を消すのだ?
消防車なんか来ても何もならない。あの山の上まで車であがっていけるわけじゃないし・・・
「ふもとから、ずっとずーっと、ずーっとホースを伸ばして、真上に向かって水を飛ばしてみたらどうじゃろうか?」
「ダメじゃダメじゃ。それくらいじゃぜんぜんとどくわけない!」
「ヘリコプターでホースを引っ張っていって、山のてっぺんから水を飛ばしたらどうじゃろうか」
「そんなに長いホースなんかあるもんか」
本当にどうやったらあの高さの火を消すことができるんだ?第一、このむし暑い中で、山の上まで歩いて行って、ホースで水をまくなんて、消防隊員なんて考えただけで地獄だ。でも、何とかして消さなくちゃなあ・・・
ユーイチはふと、土山先生の悲しそうな表情に気がついた。教卓の前に座って、ただ不安そうな顔をして、騒ぎまわるみんなを見ている。騒いでいるみんなを注意しなくちゃいけないのに、でも、なんかぼーっとした顔で、みんなの方を見ているだけだ。
ようやっと、学校全体が落ち着いてきた。そして、クラスのみんなが席に着き始めた。土山先生はいつもだったら、
「さあさあ、授業を続けますよっ!」
と、きびしい声でみんなを注意するはずだ。でも最後まで何にも注意をしなかった。
先生からの指示がなくても、みんな自分で席にもどった。みんな静かだ。きっとみんな、ユーイチと同じように土山先生の様子が気になっていたのだ。
やがて、今まで通りの授業が再開された。山火事は気になったけど、消防車の音も気にならなくなった。みんないつも以上に静かだった。
その山火事は、結局次の日の明け方まで続いて、おむすび山のとんがった部分を真っ黒こげにした。山腹に上って消火活動をしていた消防隊員の何人もが、煙に巻き込まれて大けがをした。たいへんな大災害だったのだ。新聞にも大きな見出しで出ていた。
登校する時、ひどくこげた匂いがした。風に乗って百番地にまで飛んできたのだ。ススもあちらこちらに落ちていた。
「まるでおこげのおむすびじゃのう」
校舎の真上にのっかった黒いおむすび山を見て、ユーイチが言った。
「緑のおばさんのぼうしまで真っ黒になってしもうた。今日は一日ススのふきそうじをするんじゃろうね」
すると、コウちゃんがポツンと言った。
「緑の森が全部燃えてなくなってしもうた。あの山にいた鳥や動物はどうなったんじゃろうか。あの煙の中を逃げられたんかのぉ」
コウちゃんって良いやつなんだなあ、とあらためて思った。
ユーイチみたいにふざけている場合じゃないんだ。
しばらくして、ケイコちゃんに土山先生のことを話した。
「そうかあ、土山先生かわいそう・・・」
戦争中、空襲があって市内のほとんどが焼けてしまったことがあった。夜なかのことだったため、多くの人が逃げおくれて焼け死んでしまったそうだ。土山先生は、だんなさんと中学生のむすこさんの三人で、防空ごうに向かって走って逃げた。ところが、途中ではぐれて気がついたら一人だけになっていた。
朝になって二人を探して焼け跡じゅうを歩き回った。でも、探しきれなかった。数日たって遺体がみつかった。二人とも焼け落ちた自宅の、屋根の下敷きになっていたのだそうだ。むすこさんの両腕に、大事にしていたグローブとボールが抱きしめられていて、そのむすこさんをだんなさんがかばうようにして抱いて、二人とも焼け死んだらしい。
「先生、そのことが忘れられんのじゃろうねぇ」
そう言ったケイコちゃんの顔は悲しそうだった。
「そりゃあ、忘れられんよねぇ」
「そうなんかぁ」コウちゃんがしんみり言った。
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