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12.夏休み(1)
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夏休みに入ったとたんに強い日照りの暑い毎日だ。ずっと曇りが続いてほとんど雨は降らなかったが、そのまま梅雨が明けた。地面はカラッカラだ。梅雨が開けてから風が全然吹かない。
「暑いっ!空気がムッとして暑いっ!」
『べたなぎ』といって、夏は完全に風が吹かなくなる、このあたり特有の気候らしい。
おまけに、せっかく大川がそばにありながら、農薬散布のため川に入っちゃいけないことになっている。去年までは、北門のすぐ前で泳ぐことができたらしい。今まで川の近くで暮らしたことがなかったシューイチは、初めて川で泳げると思って楽しみにしてたんだが・・・
本当にうっとうしい世の中になったもんだ。どっかの国の水爆実験のせいで、
「雨が降ったら頭がはげるから外へ出るな」なんて言われてるし。
そんな暑苦しい日、シューイチは一人でヒロくんの面倒を見ることになった。カナコさんが市内のテニス大会に出るんだそうだ。お母さんがカナコさんの付き添いをするので、お父さん一人でお店を開けなければならない。だから、
「ヒロくんのお世話をお願いね」
そう言ってカナコさんはうれしそうに出かけていった。おまけに、ツヨシくんまで今日は家族で出かけるらしい。
いいよ!って気軽に返事したものの、
「さて、ヒロくん。今日は一日中シューイチ兄さんと二人だぞ。何をして遊ぼうか」
と、シューイチがこれをしよう、あれをしようといったところで、言うことを聞くようなヒロくんじゃあない。ヒロくんがやりたいことをやらせて、行きたいところについていくことになるのだ。
取りあえず、午前中はシューイチの家でお約束の宿題をやって・・・と、これが速いのなんの。計算問題のプリントが五枚もあったのに、ちゃんと問題を見てるんだかなんだか、あっという間に答えを書いてしまう。適当に書いているんじゃないか?そう思って横からみると、なんと全部正解だ。
その代わり、漢字の宿題になるととたんにやる気をなくしてしまう。漢字を十回ずつ書かなければいけないのに、何を言ってもだめだ。最初の一文字書くのに一時間はかかった。机に顔をくっつけたまま、何を言っても動こうとしない。
「おいおい、これをやっとかなきゃだめなんだぞ。あとでカナコさんに叱られるんだぞ」
こちらがあせって声をかけるほど、ますますやる気のない態度になるのだ。
「おい、ヒロッ!いい加減にしろよっ!」
となりの部屋で母さんがケラケラ笑っている。
「ふだんのあんたも同じようなもんじゃないの」
『アーアッ、弟の面倒を見るって大変なんだな!つくづく、カナコさんに同情するよ』
「ヒロくんもう少しがんばろうね。終わったら、おいしいお昼を食べようね」
母さんがそう言ったとたん、ヒロくんはどんどん漢字を書いていく。どんどんどんどん書いていって、あっという間に終わらせた。
『いったい今までの態度は何だったんだ!食いしん坊め』
お昼を済ませてからは百番地の探検に出る。というか、やっぱりシューイチがヒロくんの後をついていく。
ヒロくんにはお気に入りの散歩コースがあるのだ。テニスコートの前を通って大えんとつの周りを一回り。その前の原っぱでは、ユーイチたち川上小学校の子たちがゲームをやっている。
「シカシカつのなーんぼん」
なんて、ユーイチのはしゃいだ大きな声が聞こえてくる。きっとうまのり遊びのうまになってるんだ。
そこを過ぎて有刺鉄線の向こう側に、水道局のポンプ場がある。その前にたくさん置かれた土管の陰で、ここではケイコちゃんたち女の子が集まって、カードを並べて遊んでいる。
ヒロくんはその横を通って百番地の一番奥まで歩いて行く。そこを曲がれば、例のユーレイ屋敷だ。さては、またユーレイ屋敷に入るつもりだな。お姉ちゃんに叱られないめったとないチャンスだものな。シューイチもなめられたものだ。
こんな時のヒロくんは速い。寄り道しないで、目的に向かってまっすぐだ。まてまて、このまま行かせてなるものか。シューイチ兄さんは別にユーレイ屋敷が怖いわけじゃないんだ。だけど、一人でヒロくんを追いかけるとなるとさすがに心配だ。でも、ヒロくんはどんどん進んでユーレイ屋敷の正門を入っていく。しょうがないな。ヒロくんはきっと屋敷に入る方法を知ってるんだ。
ふと玄関前をみると、子どもが二人立っている。リューイチだ。もう一人はタッちゃんだ。タッちゃんは中町小学校の『ことばの教室』に通ってるから、ヒロくんとはおなじみだ。シューイチも時々話したことがある。タッちゃんは挨拶もするし、じょう談だって言える。緊張してどもることなんて全然ない。
リューイチがすぐに声をかけてきた。
「あれヒロくん、また来たんじゃ。今日はシューイチさんと一緒ですか?」
ほらほら、リューイチは言葉づかいがていねいだ。同じ五年生でもユーイチとは大違いだ。ユーイチみたいになれなれしい言い方はしない。
「オレ、今日一日はヒロくんの兄さんなんだ。ちょっとなめてたけど、弟の面倒を見るってのは、けっこう大変なんだぜ」
「そうですか?ヒロくん、とてもうれしそうじゃないですか。まるで本当の兄弟みたいですよ」
ほら、どう言えばシューイチが気分良くなるか、リューイチには分かってるんだ。
「ヒロくんはまたここに入りたくなったのかい?」
「えっ!またって、ヒロがここに入ったってことを知ってるの?」
「あっ、これ言っちゃまずかったかぁ!」
リューイチは、しまったァ、という顔をした。
「実はね、この間シューイチさんたちがヒロくんを探していたでしょう。あのとき、ヒロくんと一緒にぼくたちも中に入っていたんですよ」
「えっ!じゃあ、あのとき君らもこの中にいたのかい?」
「うん、みんなが探しに入ってきたとき、すぐに顔を出そうと思ったんだ。でも、守衛さんまで一緒に入ってくるんだもの。つい声をかけにくくなってしまったんです」
「そうか、そうだったんだ。でも、いったいどこから入ったんだ?」
「実はね、じーじがね」
テニスコートで出会った松本さんが、リューイチのおじいさんとおばあさんだ。夏休みになると時々泊まりに来ているらしい。夕べはタッちゃんも泊まったらしい。
「じーじはね、進駐軍のキャンプ地だったときにコックだったんだ。この一番大きな屋敷がじーじの仕事場でね、ここで毎日パーティーが開かれていたんだって」
「へえー、パーティーをしてたのか。だからあんな大きな広間があって、おしゃれなシャンデリアが屋根からぶら下がってたんだ」
「だから、じーじは今でもよくここの掃除に来るんだよ。それでね、ぼくも一緒に来たときに、ほら、あの焼却炉のそばにツタが下から伸びたカベがあるでしょ。あの下の地面にもツタが広がっていて、茂みにかくれて分かりにくいんだけど、鉄板のふたがあるんだ。じーじに、これなんだろう?って聞いてみたら、ああ、そこには地下壕があって、屋敷の中につながってるんだよって。そんな風に言ってたんだ」
成る程、玄関の右手にツタの葉が生い茂ったカベがあって、そのツタは下にもいっぱいに伸びていて、その辺りの地面をおおい隠している。
「それでね、タッちゃんと二人で、こっそり入ってみようかということになって、鉄板を横にずらしていたら、ちょうどヒロくんがやってきてね。だから、三人で入ってみたんだ。そしたら、ずい分くねくねと曲がった長い地下通路があってね、物置みたいになっていた。大きな木の箱や、冷蔵庫や食器棚や洗濯機や、いろんなものがあったんだけど、中に絵本やおもちゃなんかもたくさんあった。面白かったよ。ヒロくんなんか、気に入ったおもちゃをいくつも見つけてとても楽しそうだった」
「そうか、そんな地下壕があったのか。ヒロのお気に入りがいっぱいあったんだ。それじゃあまた入りたくなるよな」
聞いていてワクワクしてきた。これでもう一度この中に入れるぞ。
「それでね、あっちへ曲がったりこっちへ曲がったりで、ずーっと歩いていくと、広い倉庫があったんだ。そこはもう屋敷の一部みたいで、古い椅子やテーブルがたくさん置いてあった。その奥にドアがあって、そこを開けると突然屋敷の台所に出て、それがまた広いホールにつながってるんだ」
「そうだ、そうだ。広ーい食堂みたいな部屋があった」
「懐中電灯で照らしながらその奥に行くと、カベの向こうにすごく大きな広間があったんだ。すごい立派なシャンデリアがあってね、その上に日が差し込んだ小さな明かり窓があった。シャンデリアがまぶしいくらいキラキラ光ってた。ヒロくん、それを見てうれしそうに声を出したんですよ」
「そうそう。あのとき、とってもうれしそうな声だったもんな」
「大きな声でね、歌っているみたいで、あんな楽しそうなヒロくんの声、初めて聞いた。とても気に入ったみたいでしたよ。ねえ、ヒロくん。いい体験だったんよね」
そこへシューイチたちが乗り込んだわけだ。
「でも、あのときヒロは一人でソファーに座っていたぜ」
「そうなんですよ。だれかが入ってくる気配がしてさ。ぼくはかくれようとしたんだけど、ヒロくんがぜったい動こうとしないし、とりあえずヒロくんに、しーっ!と言って、タッちゃんと二人だけでふすまのかげにかくれたんだ」
そうか、成る程!ツヨシの見たふすまのかげのユーレイって、たぶんこの二人だったんだな。
ずいぶん謎が解けてきたぞ!
「なあリューイチくん、これからちょっとだけ地下壕に入って見ないか?」
シューイチはわくわくしてきた。
ヒロくんはもうその気になって、ツタの茂みの中に入っていった。そこに鉄板が敷いてある。さび付いてぼろぼろの鉄板だ。リューイチとタッちゃんは、その鉄板を両手で引いて、横に動かそうとした。
「あれっ!動かないッ。おかしいなあ!この間は簡単に動いたのに」
「ここにでかいクギが打ち込んであるみたいだよ」
「そうか、守衛さんが気づいて、もう入れないようにしたんだな」
シューイチはちょっとがっかりした。いやいや、ヒロくんはそれ以上にがっかりしていた。
そのあと、リューイチが松本のおじいちゃんの家に誘ってくれた。ヒロくんとタッちゃんは仲がいい。時々学校でも遊んでいるのだ。
『二人で楽しそうにじゃれ合っているから、これでしばらくヒロくんから手がはなれるぞ』
松本さんの家は、ガミガミさんの家の裏にある。シューイチの家によく似ている。元々海軍の官舎だから、百番地の家はみんなよく似てるのだ。ちょっと大きめの家は、二軒に区切って住んでいる。松本さんの家はシューイチの家と同じように、二軒で区切った家なのだ。玄関から入ると、二部屋続きの和室があって、その前がえんがわで、そして広い庭がある。家の中の造りはまったく一緒だ。
でも、シューイチの家の庭は広い芝生で何にも木がないのに、松本さんちの縁側の前は広い池だ。その後ろは立派な築山になっている。曲がりくねったような大きな松の木が一本植えられていて、枝が池の方に伸びている。きれいな和風の庭だ。床の間の柱だって、シューイチの家みたいに緑のペンキで塗られていない。
池には大きなコイがたくさん泳いでいた。小さなカメもいる。リューイチが真法寺橋の下で見つけて入れたんだそうだ。食パンのミミをちぎって放ってやると、たくさんのコイがいっぺんにパシャパシャと跳ね上がる。ゆっくりカメも首を伸ばしてくる。それを見て、ヒロくんはとても喜んだ。もうヒロくんの目は池に釘付けだ。
松本のおばあちゃんがよく冷えたラムネと、ロールケーキを出してくれた。ロールケーキはおじいちゃんが作ったんだそうだ。とてもおいしかった。さすが西洋仕込みのコックさんだ。
「じいじは何でも作ってくれるよ」
とリューイチは自慢した。
夕方、ヒロくんとシューイチが家に帰ると、すぐにカナコさんとおかあさんがヒロくんを迎えに来た。カナコさんは自慢げに片手でトロフィーを持ち上げてみせた。試合から帰ってきたばかりらしい。
ヒロくんのおかあさんとシューイチのお母さんは仲が良くなったみたいで、長々と話し込んでいた。ヒロくんはしばらくおかあさんにじゃれついていたが、やがておぶさって居眠りをはじめた。
「弟の面倒って大変だね。もう疲れたよ」
「何かあったの?」
「いいや、何にもなかった。だけど、一日面倒を見るってのは大変だった。本当に疲れたよ」
「やっぱりね。私なんかこれが毎日続いてるのよ」
カナコさんは笑って言った。
本当に大変だったんだぞ。そんなにご機嫌そうに言うことないじゃないか。でも、シューイチはほっとした。
「暑いっ!空気がムッとして暑いっ!」
『べたなぎ』といって、夏は完全に風が吹かなくなる、このあたり特有の気候らしい。
おまけに、せっかく大川がそばにありながら、農薬散布のため川に入っちゃいけないことになっている。去年までは、北門のすぐ前で泳ぐことができたらしい。今まで川の近くで暮らしたことがなかったシューイチは、初めて川で泳げると思って楽しみにしてたんだが・・・
本当にうっとうしい世の中になったもんだ。どっかの国の水爆実験のせいで、
「雨が降ったら頭がはげるから外へ出るな」なんて言われてるし。
そんな暑苦しい日、シューイチは一人でヒロくんの面倒を見ることになった。カナコさんが市内のテニス大会に出るんだそうだ。お母さんがカナコさんの付き添いをするので、お父さん一人でお店を開けなければならない。だから、
「ヒロくんのお世話をお願いね」
そう言ってカナコさんはうれしそうに出かけていった。おまけに、ツヨシくんまで今日は家族で出かけるらしい。
いいよ!って気軽に返事したものの、
「さて、ヒロくん。今日は一日中シューイチ兄さんと二人だぞ。何をして遊ぼうか」
と、シューイチがこれをしよう、あれをしようといったところで、言うことを聞くようなヒロくんじゃあない。ヒロくんがやりたいことをやらせて、行きたいところについていくことになるのだ。
取りあえず、午前中はシューイチの家でお約束の宿題をやって・・・と、これが速いのなんの。計算問題のプリントが五枚もあったのに、ちゃんと問題を見てるんだかなんだか、あっという間に答えを書いてしまう。適当に書いているんじゃないか?そう思って横からみると、なんと全部正解だ。
その代わり、漢字の宿題になるととたんにやる気をなくしてしまう。漢字を十回ずつ書かなければいけないのに、何を言ってもだめだ。最初の一文字書くのに一時間はかかった。机に顔をくっつけたまま、何を言っても動こうとしない。
「おいおい、これをやっとかなきゃだめなんだぞ。あとでカナコさんに叱られるんだぞ」
こちらがあせって声をかけるほど、ますますやる気のない態度になるのだ。
「おい、ヒロッ!いい加減にしろよっ!」
となりの部屋で母さんがケラケラ笑っている。
「ふだんのあんたも同じようなもんじゃないの」
『アーアッ、弟の面倒を見るって大変なんだな!つくづく、カナコさんに同情するよ』
「ヒロくんもう少しがんばろうね。終わったら、おいしいお昼を食べようね」
母さんがそう言ったとたん、ヒロくんはどんどん漢字を書いていく。どんどんどんどん書いていって、あっという間に終わらせた。
『いったい今までの態度は何だったんだ!食いしん坊め』
お昼を済ませてからは百番地の探検に出る。というか、やっぱりシューイチがヒロくんの後をついていく。
ヒロくんにはお気に入りの散歩コースがあるのだ。テニスコートの前を通って大えんとつの周りを一回り。その前の原っぱでは、ユーイチたち川上小学校の子たちがゲームをやっている。
「シカシカつのなーんぼん」
なんて、ユーイチのはしゃいだ大きな声が聞こえてくる。きっとうまのり遊びのうまになってるんだ。
そこを過ぎて有刺鉄線の向こう側に、水道局のポンプ場がある。その前にたくさん置かれた土管の陰で、ここではケイコちゃんたち女の子が集まって、カードを並べて遊んでいる。
ヒロくんはその横を通って百番地の一番奥まで歩いて行く。そこを曲がれば、例のユーレイ屋敷だ。さては、またユーレイ屋敷に入るつもりだな。お姉ちゃんに叱られないめったとないチャンスだものな。シューイチもなめられたものだ。
こんな時のヒロくんは速い。寄り道しないで、目的に向かってまっすぐだ。まてまて、このまま行かせてなるものか。シューイチ兄さんは別にユーレイ屋敷が怖いわけじゃないんだ。だけど、一人でヒロくんを追いかけるとなるとさすがに心配だ。でも、ヒロくんはどんどん進んでユーレイ屋敷の正門を入っていく。しょうがないな。ヒロくんはきっと屋敷に入る方法を知ってるんだ。
ふと玄関前をみると、子どもが二人立っている。リューイチだ。もう一人はタッちゃんだ。タッちゃんは中町小学校の『ことばの教室』に通ってるから、ヒロくんとはおなじみだ。シューイチも時々話したことがある。タッちゃんは挨拶もするし、じょう談だって言える。緊張してどもることなんて全然ない。
リューイチがすぐに声をかけてきた。
「あれヒロくん、また来たんじゃ。今日はシューイチさんと一緒ですか?」
ほらほら、リューイチは言葉づかいがていねいだ。同じ五年生でもユーイチとは大違いだ。ユーイチみたいになれなれしい言い方はしない。
「オレ、今日一日はヒロくんの兄さんなんだ。ちょっとなめてたけど、弟の面倒を見るってのは、けっこう大変なんだぜ」
「そうですか?ヒロくん、とてもうれしそうじゃないですか。まるで本当の兄弟みたいですよ」
ほら、どう言えばシューイチが気分良くなるか、リューイチには分かってるんだ。
「ヒロくんはまたここに入りたくなったのかい?」
「えっ!またって、ヒロがここに入ったってことを知ってるの?」
「あっ、これ言っちゃまずかったかぁ!」
リューイチは、しまったァ、という顔をした。
「実はね、この間シューイチさんたちがヒロくんを探していたでしょう。あのとき、ヒロくんと一緒にぼくたちも中に入っていたんですよ」
「えっ!じゃあ、あのとき君らもこの中にいたのかい?」
「うん、みんなが探しに入ってきたとき、すぐに顔を出そうと思ったんだ。でも、守衛さんまで一緒に入ってくるんだもの。つい声をかけにくくなってしまったんです」
「そうか、そうだったんだ。でも、いったいどこから入ったんだ?」
「実はね、じーじがね」
テニスコートで出会った松本さんが、リューイチのおじいさんとおばあさんだ。夏休みになると時々泊まりに来ているらしい。夕べはタッちゃんも泊まったらしい。
「じーじはね、進駐軍のキャンプ地だったときにコックだったんだ。この一番大きな屋敷がじーじの仕事場でね、ここで毎日パーティーが開かれていたんだって」
「へえー、パーティーをしてたのか。だからあんな大きな広間があって、おしゃれなシャンデリアが屋根からぶら下がってたんだ」
「だから、じーじは今でもよくここの掃除に来るんだよ。それでね、ぼくも一緒に来たときに、ほら、あの焼却炉のそばにツタが下から伸びたカベがあるでしょ。あの下の地面にもツタが広がっていて、茂みにかくれて分かりにくいんだけど、鉄板のふたがあるんだ。じーじに、これなんだろう?って聞いてみたら、ああ、そこには地下壕があって、屋敷の中につながってるんだよって。そんな風に言ってたんだ」
成る程、玄関の右手にツタの葉が生い茂ったカベがあって、そのツタは下にもいっぱいに伸びていて、その辺りの地面をおおい隠している。
「それでね、タッちゃんと二人で、こっそり入ってみようかということになって、鉄板を横にずらしていたら、ちょうどヒロくんがやってきてね。だから、三人で入ってみたんだ。そしたら、ずい分くねくねと曲がった長い地下通路があってね、物置みたいになっていた。大きな木の箱や、冷蔵庫や食器棚や洗濯機や、いろんなものがあったんだけど、中に絵本やおもちゃなんかもたくさんあった。面白かったよ。ヒロくんなんか、気に入ったおもちゃをいくつも見つけてとても楽しそうだった」
「そうか、そんな地下壕があったのか。ヒロのお気に入りがいっぱいあったんだ。それじゃあまた入りたくなるよな」
聞いていてワクワクしてきた。これでもう一度この中に入れるぞ。
「それでね、あっちへ曲がったりこっちへ曲がったりで、ずーっと歩いていくと、広い倉庫があったんだ。そこはもう屋敷の一部みたいで、古い椅子やテーブルがたくさん置いてあった。その奥にドアがあって、そこを開けると突然屋敷の台所に出て、それがまた広いホールにつながってるんだ」
「そうだ、そうだ。広ーい食堂みたいな部屋があった」
「懐中電灯で照らしながらその奥に行くと、カベの向こうにすごく大きな広間があったんだ。すごい立派なシャンデリアがあってね、その上に日が差し込んだ小さな明かり窓があった。シャンデリアがまぶしいくらいキラキラ光ってた。ヒロくん、それを見てうれしそうに声を出したんですよ」
「そうそう。あのとき、とってもうれしそうな声だったもんな」
「大きな声でね、歌っているみたいで、あんな楽しそうなヒロくんの声、初めて聞いた。とても気に入ったみたいでしたよ。ねえ、ヒロくん。いい体験だったんよね」
そこへシューイチたちが乗り込んだわけだ。
「でも、あのときヒロは一人でソファーに座っていたぜ」
「そうなんですよ。だれかが入ってくる気配がしてさ。ぼくはかくれようとしたんだけど、ヒロくんがぜったい動こうとしないし、とりあえずヒロくんに、しーっ!と言って、タッちゃんと二人だけでふすまのかげにかくれたんだ」
そうか、成る程!ツヨシの見たふすまのかげのユーレイって、たぶんこの二人だったんだな。
ずいぶん謎が解けてきたぞ!
「なあリューイチくん、これからちょっとだけ地下壕に入って見ないか?」
シューイチはわくわくしてきた。
ヒロくんはもうその気になって、ツタの茂みの中に入っていった。そこに鉄板が敷いてある。さび付いてぼろぼろの鉄板だ。リューイチとタッちゃんは、その鉄板を両手で引いて、横に動かそうとした。
「あれっ!動かないッ。おかしいなあ!この間は簡単に動いたのに」
「ここにでかいクギが打ち込んであるみたいだよ」
「そうか、守衛さんが気づいて、もう入れないようにしたんだな」
シューイチはちょっとがっかりした。いやいや、ヒロくんはそれ以上にがっかりしていた。
そのあと、リューイチが松本のおじいちゃんの家に誘ってくれた。ヒロくんとタッちゃんは仲がいい。時々学校でも遊んでいるのだ。
『二人で楽しそうにじゃれ合っているから、これでしばらくヒロくんから手がはなれるぞ』
松本さんの家は、ガミガミさんの家の裏にある。シューイチの家によく似ている。元々海軍の官舎だから、百番地の家はみんなよく似てるのだ。ちょっと大きめの家は、二軒に区切って住んでいる。松本さんの家はシューイチの家と同じように、二軒で区切った家なのだ。玄関から入ると、二部屋続きの和室があって、その前がえんがわで、そして広い庭がある。家の中の造りはまったく一緒だ。
でも、シューイチの家の庭は広い芝生で何にも木がないのに、松本さんちの縁側の前は広い池だ。その後ろは立派な築山になっている。曲がりくねったような大きな松の木が一本植えられていて、枝が池の方に伸びている。きれいな和風の庭だ。床の間の柱だって、シューイチの家みたいに緑のペンキで塗られていない。
池には大きなコイがたくさん泳いでいた。小さなカメもいる。リューイチが真法寺橋の下で見つけて入れたんだそうだ。食パンのミミをちぎって放ってやると、たくさんのコイがいっぺんにパシャパシャと跳ね上がる。ゆっくりカメも首を伸ばしてくる。それを見て、ヒロくんはとても喜んだ。もうヒロくんの目は池に釘付けだ。
松本のおばあちゃんがよく冷えたラムネと、ロールケーキを出してくれた。ロールケーキはおじいちゃんが作ったんだそうだ。とてもおいしかった。さすが西洋仕込みのコックさんだ。
「じいじは何でも作ってくれるよ」
とリューイチは自慢した。
夕方、ヒロくんとシューイチが家に帰ると、すぐにカナコさんとおかあさんがヒロくんを迎えに来た。カナコさんは自慢げに片手でトロフィーを持ち上げてみせた。試合から帰ってきたばかりらしい。
ヒロくんのおかあさんとシューイチのお母さんは仲が良くなったみたいで、長々と話し込んでいた。ヒロくんはしばらくおかあさんにじゃれついていたが、やがておぶさって居眠りをはじめた。
「弟の面倒って大変だね。もう疲れたよ」
「何かあったの?」
「いいや、何にもなかった。だけど、一日面倒を見るってのは大変だった。本当に疲れたよ」
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