鸞の島

こいちろう

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 青く穏やかな海に、長く伸びた白い浜辺の松林。乙松が一番好きな景色だ。
枝の張り出した松の木陰で、砂の上に座り込んで、いつまでも青い海のその果てを眺めている。
昔は、あの海のその先を八幡船が暴れまわったものだった。遥か昔のことだ。

 もう忘れてしまった
 歳を取ったのだ。いつの間にか今浦島だ。
歳を取れば物忘れが多くなる。最初のうちは、
「あんなことまで忘れちまったか」
と思って、躍起になって思い出そうとする。ところがだ。だんだんそれも面倒になって、
「まあいつか思い出すこともあるだろう」と気にしなくなる。そうすると、忘れたことがどんどん増えて、覚えていることの方が僅かになってくる。覚えていることが少なくなって途切れ途切れの思い出になると、自分でも話の辻褄が合わなくなる。やがて、ふと思い出した場面など、これは夢か現かどうなんだか、最早どうでもよくなくなってくる。今の乙松はそんな調子だ。

 恐らく三百年ちょいと生きてきたんだろう。勘定の上ではあり得ない歳月だ。それでいい。思い出せなくて当たり前だ。
ところが、偶にとんでもない夢を見る。恐ろしい夢だ。夢にしてははっきりしている。きっと実際に起きた事なのだ。
出来れば忘れたままでいたい。そんな記憶だ。目が覚めてからも、その記憶が生々しく蘇り、
「またあの日に戻ったんじゃなかろうか」などと本気で思ったりする。
 とんでもない!
 とんでもないことがいっぱいあったのだ。
そうだ、いっぱいあったのだ。そのような気がする。

 毎日、夕陽時にはこの浜に出る。ここから見る夕陽の海が好きだ。夕陽に照らされた向こうの桂ケ島と陣笠をかぶせたような赤石山が好きなのだ。砂浜に座っていると、昨日と同じように松吉がやってきた。松の木陰に並んで座る。
「親方、またしょげてるな」
「松吉よ、また来てくれたのか」
昔のままの松吉だ。
「あのことはのう。すまなんだ。すまん、すまんことをしてしもうたわい」
「親方まだ思い出してるのか。毎日毎日、同じことを謝ってばかりじゃないか」
「そうじゃ。おまえには謝ることばっかりじゃ」
「もういい加減にしろよ親方。親方はもう充分に謝った。それでいいんだよ。オレだって一度詫びを言われたら、もう何とも思っちゃいない。それなのに、何度も何度も繰り返して謝られる。こっちの気にもなって見ろ。その都度嫌なことを思い出さなきゃならんのだ。元気だった当時の自分を振り返りながら、感傷に耽る親方はそれで良いだろうが、イヤな思い出に付き合わせられるのはもう嫌だ。お互い、いい加減にあの時を忘れよう。一度詫びてもう終いだ。親方とオレはもう親分子分じゃない。対等なんだぞ」
「そうじゃった。おまえはワシの息子みたいなものだ。親分子分じゃないものな。でもな、だから悔やまれるのよ。こうして海の向こうを見ておるとのう。ワシはおまえのことをどうしても悔やまずにはおれんのじゃ」
「昔、昔の話だよ。三百年昔だぞ。もう知る者など誰もいない。この浜の砂だって、何度洗われ海の底に沈んで、そして綺麗になって、また浜の上に運ばれてきたことか」
「何年も何年も過ぎてしもうたよなあ。思い出などというものは、波に洗われる浜の上の落書きみたいなものじゃ。でもな、どんな波でも消せぬ落書きもあるってことだ。思い出す程に己の罪の深いのを、怖れずにはおれんのじゃ。取り分け、おまえの顔を思い出すたび頭の中が、すまんすまん、すまんすまんと勝手に叫んで、辛い気持ちでいっぱいになるのじゃ」
「もうやめろやめろ!親方、いや親父様よ。おんなじ松だろ。オレは周松。シャオソンだ。皆からソン、ソンと呼ばれていた。松は不屈と忍耐の象徴だ。だから、男の子の名前はソンが多いのだ。親方も乙松だ。オレとおんなじ松じゃないか。何才になろうが不屈と忍耐だ。なあ親父様よ」
「松吉よ、おまえは本当に何才になってもええやつじゃのう」
乙松は余計に涙ぐんだ。
 一人、浜に座って、夕陽に照らされる向こうの赤石山の岩肌を眺め、いつまでも松吉を思い出す。それで乙松の一日は暮れていく。
「ホーオンエイヤ(報恩栄弥)、負けるなエイヤー」
遠く、小早を漕ぐ掛け声が聞こえてきた。
 乙松が羽島に戻ってきてから早三年だ。
 いつの間にか羽島のこの浜に寝かされていた。回りの海の色。そして沖に浮かぶ島々の山容から、羽島に戻ってきたのだとすぐに分かった。すぐ前の海の向こうに、あの桂ケ島と赤石山が見えていた。
 鸞は何処に行ったのか?
 松林の中には一つの墓碑があった。もう随分古いものらしく、どんな字を掘っているのかもよく分からない。しかし
『田萱乙松』
自分の名だ。裏には『建立一之助、成吉』
それだけはなんとか読めた。
 墓を建ててくれたか。そうかあの二人、帰ってきていたのだな。
 随分時を隔てたのだろう。しかし、何の変りもない。瀬戸の島々とその周りの海と、全く変わりはない。その一つ一つが昔のままだ。
 一之助よ、成吉よ、オレも帰ってきたぞ。随分と遅くなったがな・・・
 何百年経ったところで、自然の姿は変わらない。自然の光景はどんな非道な歴史も忘れさせてくれる。
 瀬戸の漁民は、事あれば海賊衆として、そして戦になれば水軍として取り立てられて、戦乱の流れに奔走されて生きてきた。死闘が数々繰り返されて、悪逆非道なことの繰り返しだった。
 すぐ先に見える桂ケ島も海賊衆の棲んだ島だ。しかし、その赤石山の山容は時代を経てもひとつも変わらない。頂の白い岩肌が夕陽に照らされて、黄金色に眩しく輝いている。
「しかしじゃ、しかしこれからじゃろうのう・・・」
乙松は淋しく呟いた。

 関門を抜けて視界の広がる周防灘を船で越せば、屋代島を境に瀬戸の海は多島海となる。桂ケ島の辺りは防州、予州、そして芸州と三か国の境にあたるが、元より海の民に国境はない。
 古来より漁民の多くが暮らす所だ。魚種が豊かで格好の漁場である。ただし、島隘の潮流の激しい海域で、船の往来には不都合な難所が多い。だから、九州と都を繋ぐ航行には熟練の水先案内が必要となる。そうした潮の流れに熟知した漁民たちが水先案内人として乗船するのだが、その連中が海域の警護を名目にやがて法外な通行料を要求するようになった。それがやがて海賊となり、その武装化した一団が水軍だ。多賀谷を始めとした瀬戸内の多数の海賊衆が、時に対立し、時に仲間となって時代の流れの渦に巻かれ、一緒くたに生きてきた。
 戦乱の世の中だ。海賊といえども領主には逆らえない。年貢やら労役を強いられる。自然強い勢力に靡いていく。一番力のあった西国の領主が大内の殿様だ。多賀谷も大内氏の水軍に加わり、警護衆として水先案内をやった。大内公が瀬戸を行き来する際に、船団を守る役目だ。瀬戸の東西を頻繁に横行する大内公お抱えの商船の水先案内もした。荒くれ者にはいい商売になった。大内氏以外でこの辺りを通る船からは、水先案内を引き受けたぞと、見つけ次第勝手に小早船で誘導し、法外な値段を吹っかける。言う通りに金を払わない船には、わざと暗礁にぶつかる航路を教えて難破させた。
 瀬戸の漁師は殆どがそうした海賊だ。「何でも難癖をつける連中だ」と、回りからは嫌がられていた。この海域にはそうした海賊の根城とした島が無数にあったのだ。
 桂ケ島もその一つだ。
 忽那七島は、伊予の六島に一つだけ周防の桂ケ島が入っている。一つというが周防と安芸の境に多くの小島が散らばる桂群島だ。桂ケ島を代々根城とした桂氏は、忽那水軍に属しつつ、芸予の村上ともよしみを通じ、さらに大内氏の水先案内も務めていた。芸州の多賀谷とは海域が重なることもあり、昔からよしみを通じていた。互いに時勢に併せながらうまく生きてきたのだ。
 
 宮島の合戦で多賀谷が二つに割れた。共に大内公が上京する折は、瀬戸内の水先案内を任された警護衆だった。それが、大内の殿様が陶晴賢に殺された。そして宮島の合戦だ。蒲刈の多賀谷は早々に乃美水軍に加わり、毛利方として戦った。一方、倉橋の多賀谷はこれまで通り大内の三田尻水軍に加わり、陶方に味方した。結果、陶方の多賀谷は敗走した。
 倉橋島の多賀谷氏は以後潰されてしまった。時勢を読み誤った結果だ。
 桂ケ島の桂俊勝をたよって、多賀谷の庶流となる吉松とまだ幼い乙松たちの一族が流れてきた。以前より多賀谷とよしみのあった桂氏は隣島の羽島という小島をその一族に与えた。それ以来吉松と乙松の一行は多賀谷姓を田萱に変えて漁民となった。
 羽島はそれまで赤石島の百姓が牛の放牧に使っていた小島である。今まで手つかずだった孤島を田萱の一族が開墾し、貧しいながらも半農半漁の島として開いていった。海賊とはいっても、元々は漁民だ。漁師も百姓もできる。羽島は丘のようななだらかな山容で、畑の開墾は平易だった。滋養に満ちた海に囲まれ、魚介もふんだんに取れた。やがてなんとか自給自足のできる島になった。
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