崩壊した世界からの脱出 -ボクたちはセックスしか知らない-

空倉霰

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第九章

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 ボクはニックを連れて、こっそり病室を抜け出した。誰にも、見つからないように。マカ先生や助手の人が、戻ってくる前に。
「く、クロ君。まずいよ……。私は、勝手に抜け出してはいけないんだ……」
 ニックが、心配そうにしてた。……だから、ボクは。”あの時”のことを思い出して。必死に、笑顔を見せた。
「だ、だい、じょうぶ。平気、だよ。ちょっとだけ、冒険……するだけ、だから……」
 ……本当は、怖かった。怒られちゃうんじゃないかって。……でも、ニックには、これが必要だと思ったから。じゃないと、ニックはきっと、ずっと立ち直れない、から……。
「……クロ君……」
 ボクは、少し通路を戻って。あのガラスの個室の前を通り抜けた。それで、入り口の所まで辿り着いて。あのロープで縛られた人の前を、通り過ぎた。
「フシューッ!! フシューーッッ!!!」
 目を、合わせないようにした。目を合わせたら、駄目な気がしたから。……それで、もっともっと、戻っていって。『きょじゅうく』と呼ばれてるフロアまで行った。
 ボクの目的の場所は、あそこ。あの場所に行けば、何かキッカケがつかめるかもしれない。……。もしかしたら、何も変わらないかもしれないけど……。
「……っ……。……クロ、君。ここは……」
 ……そこは、キッチン。水の洗い場とか、大きなカウンターとか。きっとここで、お料理をするんだ。
 ふらいぱんとか、なべとか。こんろとか。何度か、使った跡が残ってる。こんろの周りは焦げてるから、きっと火を使ったんだ。
 でも、ボクは使ってない。ボクは、倉庫から缶詰を出して。中身を、お皿に盛りつけただけだから。
「ぼ、ボク知ってるの。ここに、少しだけご飯が残ってるの」
 ボクは、カウンターにある引き出しを開けた。そして、そこには缶詰が何個か残ってて。それをカウンターの上に、とりあえず並べる。
 ジャガイモ、タマネギ、ニンジン……。これは、料理のための缶詰だって誰かが言ってた。でも、コックさんが居ないから。使えないって。
「……クロ君、もしかして、君は……」
「……お料理、作ってみない……? そしたら、少しでも、気持ちが落ち着くかも……」
「…………」
 ニックは、少しじっとしてて。それで、ゆっくりと、缶詰をとった。中身を開けて、まな板に出して……。それから、震えながら、包丁を手に取った。
「っ……」
 おぼつかない。ボクでも、わかる。少し間違えれば、手を切っちゃいそうで。……だから、そばにいた。もし、包丁を振り回しそうになったら。ボクが、守れるように。
 ニックは、食べ物を切っていく。すごくざっくばらんに。大きさが、バラバラで。……まるで、初めて料理をするみたい。
「……ふ、フライパンをとってくれないか……?」
 ボクは、ふらいぱんを探した。それで、こんろの上に置いた。……一応、使い方というか……手伝い方は、教わってる。いつか使うかもって、思ったから。
「……」
 ニックは、切った食べ物をふらいぱんにならべた。それで、白い砂みたいなのを、わしづかみにして。食べ物にかけた。
 火をつけた。こんろには、まだ石炭があったから。火の強さは十分そうで。……じゅーっていう音が、だんだんとしてくる。
 ……でも、ニックが辛そうで。お顔が、苦しそうで。……手が、震えてた。息が、荒くなってた。
「だ、大丈夫……。大丈夫、だから……」
 ボクが背中に手を添えると、ニックはそう言った。……もしかして、間違ってたのかな。これは、違ったのかな。
 ……でも、ニックはちゃんとやり遂げた。よくわからないけど、料理が出来たみたいで。お皿に、ふらいぱんの物を乗せた。……乗せた、けど……。真っ黒、だった。
「……ほら。……もう、こんな簡単な、野菜炒めだって。……作れないんだよ」
 この状態を、何て言うのかは知ってる。……焦げてる、っていうんだ。炭化っていうかがくはんのうが起こった状態だって、マスターが言ってた。
 ……食べられる、のかな。せっかく、ニックが頑張って作ったんだ。だから、食べてみたい。というか、食べなきゃいけない。
「……食べてみて、いい?」
「え……? いや……。……まあ、そうだな。食べてもらったほうが、わかりやすいか……」
 ボクは、お皿の上のそれに手を伸ばした。でも、とても熱くて。だから息を吹きかけて、冷まして。……口の中に入れて、噛んでみた。
「……ん……ごほっ! げほっ!」
 ……むせちゃった。ジャリってなって。とても、苦い。……食べ物みたいな味は、とてもしなくて。
「……あれから、作れなくなったんだ。ずっと戦場の記憶が、頭に焼き付いてて……。それで、身体が震えて……」
 ……。でも、それなら。それなら、むしろ……。
「……。ボク、食べるよ」
「え……? な、何を……。そんなもの食べたら、身体を壊すぞ……?」
「……でも、作ってくれたから」
「……、ありがとう。でもその気持ちだけで、十分……」
 ボクは、もう一個を口に入れた。……とても、苦いけど。頑張って、噛んで。飲み込んだ。
「お、おい!?」
「ごほっ! げほっ!」
「食べなくていいんだ、そんなもの! そんなまずいもの、食べたって……」
「……。どう、して?」
「え……」
「どうして……。『そんなもの』なんて、言うの?」
「っ……」
「ニックが、頑張って作ってくれたんだよね。……なのに、どうしてそんな、悲しいこと言うの?」
「そ、それは……」
 ボクは、もっと口に入れた。……すごく、苦くて。思わず、吐いちゃいそうになって……。
「ああっ、も、もういい! もう十分だ! だから、だから……」
「……い、いやだ……」
「どうしてだ! そんな、そんなの食べたって、仕方ないだろう! 私は、私はもう、料理を……」
「……わかんないよ。でも、でも。誰かがそんな顔してるの、嫌なんだ」
「っ……」
「……だから、だから。ボクも、頑張るから。……ニックにも、笑顔になってほしいから。……ボク、食べるから」
 これで、最後だった。もうお皿には、残ってなくて。……でも、もう限界で。
「んぐっ……。ご……」
 ……必死に、飲んだ。もう噛むのは、無理だったから。それで、喉が詰まりそうになったけど……。なんとか、飲み込めた。
「……げほっ! ……はあ、はあ……。ご、ごちそう……さま……でした」
「っ……」
 それでも、嬉しそうじゃなくて。ニックは、震えてた。……とても、悲しそうで……。悔し、そうで。
「……。みっともないよ。こんな子供に、無理までさせて……」
「……」
「……私は、私は……。何も出来ないのか……? 銃も使えず、戦えもせず……。……料理、すらも……」
 ……よく、わからなかった。今のボクには、答えを出せそうになくて。……でも、言えることが、多分一つだけある。……ちっぽけなこと、かもしれないけど。
「……どうして、そうなる必要があるの?」
「え……?」
「……そりゃ、銃で戦えるアイジスとかがすごいのは、わかるけど……。でも、どうしてニックまで、そうじゃなきゃいけないの……?」
「……そ、それは……」
「……ボク、よくわかんないんだけど……。……ニックの戦う場所は、この……キッチンじゃ、ないの……?」
「……!」
「ボク、知ってるよ。……コックさんって、すごいんだ。みんなに、美味しいご飯を作って。それで、みんなを幸せにして、元気にして……」
「……」
「……だから、ニックが銃を持たなきゃいけない理由が、わかんないんだ。だって、だってニックは……。もうこのキッチンで、戦ってたんでしょ……?」
「――ッ!」
 ……。わかんない。今のボクは、何も知らないから。でも、それでも。どうしても、ニックが銃を持たなきゃいけないとは、思えなかった。
 マスターは、銃を持ってない。でも、とても強い。シロも、銃を持ってない。でも、強い。……つまり、それって……。
「……もしかしたら、なんだけど。強さって、人それぞれじゃないのかな……? アイジスたちは、銃で……。それで、ニックは……。料理、なんじゃない……?」
「……」
 ……いや、違うのかも。ニックはずっと、悲しそうな目をしてる。……やっぱり、間違ってたのかな。
「ご、ごめんなさい……。ボク、調子に乗っちゃって――」
 ……。その時だった。ニックが、突然ボクに抱きついてきた。それで、どうしたのかと思ってたら……。……ニックが、泣いてた。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 傷つける、つもりじゃ……」
「……違う、違うのっ……!」
 ……。どうしたんだろう。とても、泣いてて。……傷つけちゃったのかな。でも、ニックは違うって……。
「……ごめんなさい。少しだけ、少しだけ……。このままで、いさせてっ……」
 ……。よく、わからなかった。喋り方が、なんだか違うような気がして……。……でも、泣きたい時は、きっと泣いたほうがいいと思うから。……ボクは、しばらくそのままで。ニックを、ぎゅってしてあげてた。
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