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第十四章
Why?
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また、誰かの声がした。今度はハッキリと聞き分けられた。
「私の子に、手を出さないでくれ。……紛い物ごときが」
マスターだった。いつの間にか扉が開いていて、そこにマスターが居る。隣の部屋から光が差し込んできて、少し眩しかった。
「ま、ま、マスター……」
ボクを殴ってた子は、急に怯えだした。ボクから離れて、まるで姿を隠すみたいに壁際に逃げた。
だからボクは、なんとか腰を上げて。ベッドにもたれた。そのまま自分のほっぺを触ってみて、腫れ上がってるのを実感して。……少しだけ泣いた。
「大丈夫かい、クロ」
マスターが傷に薬を塗ってくれてる。ボクはさっきまでのことを忘れて、マスターに抱きついていた。……自分勝手だっていうのは、わかってる。だから。
「マスター、ごめんなさい……」
何とか振り絞って、ボクは謝った。迷惑をかけたこともそうだし、さっきまでのことも含めて。
「いいんだ。……色々なことが、一気に起き過ぎただけだよ」
ボクはすすり泣きながら、マスターにしがみついていた。そのまま数分くらいはそうしていたと思う。
それでふと、思い出したように壁際に目を向けて。あの子のことを見た。……あの子はずっと陰に隠れながら、こっちを見てるみたい。
「……あの子は、誰……?」
あの子はマスターのことを知ってるみたいだった。だから、聞いてみた。……それだけなのに、どうしてだろう。なぜか心臓がどきどきする。
「誰でもないよ。……さあ、仕事に戻れ。ここはお前の居場所じゃない」
するとその子は、何かを言いたそうな仕草をした。でもすぐに引っ込めて、影を通りながら部屋から出て行った。
なぜかはわからない。その時の後ろ姿には、何か見覚えがあるような気がした。いや見覚えというより、どこか知ってるような……?
「気にしないでくれ。たまにここに入り込む子供が居るんだ。物珍しいのはわかるが、しょうがない子だよ」
でもボクは深く考えなかった。マスターが指で涙を拭ってくれたのが、嬉しくて。
「今日はもう眠るとしよう。仕事はまた明日だ。さあ、おいで」
ボクはマスターの手を借りて、ベッドに座った。マスターが毛布を持ちあげて、ボクは中に入った。
さっきまでのことがウソみたいだった。だからボクは、自分を酷いやつだと思って。少しだけ歯を食いしばった。
「ああ。君の暖かい手を握るのは、いつぶりだろうか」
ボクとマスターは横たわって、手を繋いだ。マスターの大きい手が、ボクの手を包み込んでて。……その瞬間、やっぱりどうしても気になってしまった。
「マスター……。ボクたちって、何なの……?」
ボクの手が、震えてる。握られて初めて実感した。油断すれば気が付かないほどに、小さな揺れ。
……全部の恐怖が消えたわけじゃない。マスターを怖いと思うことは少なくなったけど、やっぱりまだよくわからなくて。その”わからない”っていうのが、一番怖かった。
「ボクたちは、本当に人間なの……? なら、どうして……あんな力が……」
もうマスターがウソをついているとは思ってない。でも、正しいことを言ってたとも思えない。……マスターだって、間違っちゃう時だってあるかもしれないんだ。
「すまない。言葉は正しく伝えるべきだったね」
「……マスター」
「私達は人間だ。――だが、ちょっとだけ特別な存在なんだよ」
「……特別?」
「ああ。私達は、言わば”選ばれた人間”なんだ。全ての生物の頂点に立つ、断罪者なんだよ」
「……?」
やっぱりよくわからない。
「少し難しいかな。……ええと、例えば、ほら。皆には特技があるだろう? 料理が得意な人だったり、歌が得意な人だったり」
「うん。それなら、わかるよ」
「でも逆に、それが苦手な人も居る。料理が苦手な人、歌が苦手な人。運動が苦手な人なんかもね」
「あ……」
「つまりは私達も、そういうことなんだよ。私達は、あの力を使うのが得意なんだ。他の人達は、苦手。それだけの話なのさ」
……そっか。そうだったんだ。
「……なんだかボク、少し考え過ぎてたみたい……」
「無理もない。色々なことが起きていたからね」
なんだか急に、全身から力が抜けてきた。胸に引っかかってたものが、全部落ちたみたいで。
「でも、クロ。……お願いがあるんだ」
「え……?」
「未来を見るのは、もう止めて欲しい。もしも見るとしても、自分が危険な目に遭っている時だけにしてくれ」
マスターはそう言った。でも、それは大丈夫だと思う。……未来なんて見ても、良い事なんて一つも無かったから。
「うん。約束、するよ」
「ありがとう。良い子だね」
マスターはボクの頭に、キスをしてくれた。すると急に眠気が襲ってきて、ボクは大きなアクビをする。
「もう眠ろう。さあ、目を閉じて」
「うん。……おやすみなさい、マスター」
「私の子に、手を出さないでくれ。……紛い物ごときが」
マスターだった。いつの間にか扉が開いていて、そこにマスターが居る。隣の部屋から光が差し込んできて、少し眩しかった。
「ま、ま、マスター……」
ボクを殴ってた子は、急に怯えだした。ボクから離れて、まるで姿を隠すみたいに壁際に逃げた。
だからボクは、なんとか腰を上げて。ベッドにもたれた。そのまま自分のほっぺを触ってみて、腫れ上がってるのを実感して。……少しだけ泣いた。
「大丈夫かい、クロ」
マスターが傷に薬を塗ってくれてる。ボクはさっきまでのことを忘れて、マスターに抱きついていた。……自分勝手だっていうのは、わかってる。だから。
「マスター、ごめんなさい……」
何とか振り絞って、ボクは謝った。迷惑をかけたこともそうだし、さっきまでのことも含めて。
「いいんだ。……色々なことが、一気に起き過ぎただけだよ」
ボクはすすり泣きながら、マスターにしがみついていた。そのまま数分くらいはそうしていたと思う。
それでふと、思い出したように壁際に目を向けて。あの子のことを見た。……あの子はずっと陰に隠れながら、こっちを見てるみたい。
「……あの子は、誰……?」
あの子はマスターのことを知ってるみたいだった。だから、聞いてみた。……それだけなのに、どうしてだろう。なぜか心臓がどきどきする。
「誰でもないよ。……さあ、仕事に戻れ。ここはお前の居場所じゃない」
するとその子は、何かを言いたそうな仕草をした。でもすぐに引っ込めて、影を通りながら部屋から出て行った。
なぜかはわからない。その時の後ろ姿には、何か見覚えがあるような気がした。いや見覚えというより、どこか知ってるような……?
「気にしないでくれ。たまにここに入り込む子供が居るんだ。物珍しいのはわかるが、しょうがない子だよ」
でもボクは深く考えなかった。マスターが指で涙を拭ってくれたのが、嬉しくて。
「今日はもう眠るとしよう。仕事はまた明日だ。さあ、おいで」
ボクはマスターの手を借りて、ベッドに座った。マスターが毛布を持ちあげて、ボクは中に入った。
さっきまでのことがウソみたいだった。だからボクは、自分を酷いやつだと思って。少しだけ歯を食いしばった。
「ああ。君の暖かい手を握るのは、いつぶりだろうか」
ボクとマスターは横たわって、手を繋いだ。マスターの大きい手が、ボクの手を包み込んでて。……その瞬間、やっぱりどうしても気になってしまった。
「マスター……。ボクたちって、何なの……?」
ボクの手が、震えてる。握られて初めて実感した。油断すれば気が付かないほどに、小さな揺れ。
……全部の恐怖が消えたわけじゃない。マスターを怖いと思うことは少なくなったけど、やっぱりまだよくわからなくて。その”わからない”っていうのが、一番怖かった。
「ボクたちは、本当に人間なの……? なら、どうして……あんな力が……」
もうマスターがウソをついているとは思ってない。でも、正しいことを言ってたとも思えない。……マスターだって、間違っちゃう時だってあるかもしれないんだ。
「すまない。言葉は正しく伝えるべきだったね」
「……マスター」
「私達は人間だ。――だが、ちょっとだけ特別な存在なんだよ」
「……特別?」
「ああ。私達は、言わば”選ばれた人間”なんだ。全ての生物の頂点に立つ、断罪者なんだよ」
「……?」
やっぱりよくわからない。
「少し難しいかな。……ええと、例えば、ほら。皆には特技があるだろう? 料理が得意な人だったり、歌が得意な人だったり」
「うん。それなら、わかるよ」
「でも逆に、それが苦手な人も居る。料理が苦手な人、歌が苦手な人。運動が苦手な人なんかもね」
「あ……」
「つまりは私達も、そういうことなんだよ。私達は、あの力を使うのが得意なんだ。他の人達は、苦手。それだけの話なのさ」
……そっか。そうだったんだ。
「……なんだかボク、少し考え過ぎてたみたい……」
「無理もない。色々なことが起きていたからね」
なんだか急に、全身から力が抜けてきた。胸に引っかかってたものが、全部落ちたみたいで。
「でも、クロ。……お願いがあるんだ」
「え……?」
「未来を見るのは、もう止めて欲しい。もしも見るとしても、自分が危険な目に遭っている時だけにしてくれ」
マスターはそう言った。でも、それは大丈夫だと思う。……未来なんて見ても、良い事なんて一つも無かったから。
「うん。約束、するよ」
「ありがとう。良い子だね」
マスターはボクの頭に、キスをしてくれた。すると急に眠気が襲ってきて、ボクは大きなアクビをする。
「もう眠ろう。さあ、目を閉じて」
「うん。……おやすみなさい、マスター」
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