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第十四章
Difference
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あの子は、もうそれ以上何も言わなかった。ただ静かに、じっと、涙だけを流してて。
震えてた。足が、立っていられなさそうなほどに。息が荒くなって、苦しそうだった。
「さあ、クロ。ご飯を食べよう。君のために作ったんだ」
マスターはもう、あの子のことを気にしてはいなかった。ただ優しく、ボクの手だけを握ってて。
どうしたらいいのかわからない。……正直に言えば、今ボクは、幸せを感じているんだ。だってマスターは、ボクをボクだって見抜いてくれたんだから。
「あ……う……」
「っ……!」
気が付いた。あの子が後ろの方で、包丁を握ってた。たくさんの涙を流しながら、マスターに包丁を向けてる。
「うわああああああああッッッ!!!!」
「ま、マスター! 危ないっ!」
あの子は包丁を持って、こっちに向かって走り出した。マスターは気が付いていない。だからボクは、マスターの手を振り解いて。マスターをかばった。
あの子の叫び声が、近づいてくる。ボクは恐怖を覚える間もなく、ただ息を呑んで。静かに目を閉じた。
「っ…………。……、……?」
すると、急にあの子の声が聞こえなくなった。奇妙な静けさが、印象に残って。もしかしてボクは、死んじゃったのかと思って。ボクはゆっくりと、目を開けた。
「あ……あ……」
……あの子の顔が見えた。あの子は、何か酷く驚いている様子で。どこかを見ていた。
ボクとあの子の間には、包丁がある。包丁はボクに刺さる寸前の所で、止まっていたんだ。……なんでかっていうと、それは……。マスターが包丁を、素手で握りしめていたからだった。
「わかっただろう。これがお前とクロの、”差”だ」
その一言が、トドメになったみたいだった。あの子は包丁から手が滑り落ちて、床に座り込んだ。
涙すら出ないようだった。あの子からは、何も感じなくて。本当に、死人みたいになっちゃってて。……もう、動かなかった。
「……ああ、私だ。実験体を回収してくれ。そのままリサイクルに運んでくれたらいい」
するとマスターは、通信機を取り出してどこかに連絡した。その数秒後には、どこからともなく研究員みたいな人たちが現れて。あの子の身体に何かを注射した。
「あ、あの子をどうするの?」
「別のことに再利用するんだよ。あれはもう使い物にならないからね」
「再利用……?」
何か嫌な予感がした。研究員の人たちは、あの子を持ちあげてどこかへ運ぼうとしている。……それだけは、嫌だ。
「ま、待って……」
「ちょっと待った。シュバルツさんよ」
そうしてボクが、手を伸ばそうとした時だった。ボクよりも早く、誰かが引き留めた。
「どうせ捨てるんなら、俺にくれよ。いいだろ?」
「……お前か。言っておくが、捨てるんじゃない。再利用だ」
「似たようなもんだろ。いいじゃねえか、どうせ余ってんだから」
女の子だった。ボクより少し背が高くて、髪の毛がとても長い。
「……フン。まあ、好きにするがいい。そんな不良品でいいならくれてやる」
「ありがとよ。ほら、どいたどいた」
女の子は研究員の人をどけて、あの子を抱きかかえた。それでそのまま、どこかへ行こうとしてたから。ボクはそれを追いかけようとしたんだけど……。でも、マスターがそれを止めて。
「動かない者が好みとは、随分変わっているな。……お前も人のことを言えないというわけだ」
女の子の足が、止まった。振り返って、マスターの顔を見て。……ふと、ボクと目を合わせた。
「アイジスは元気か?」
「――え」
「会ったら伝えといてくれ。……迷惑かけたな、ってよ」
女の子はそれだけ言うと、お部屋を出て行った。それに続くように、研究員の人も全員出て行って。ここにはボクとマスターだけになった。
「さあ、クロ。食事にしよう。今日はね、鮭っていう魚を復元してみたんだよ。上手くできているといいんだが」
その後のボクは、ただただマスターと一緒に過ごしただけだった。それでもやっぱり、あの二人のことが気になっていて。
……あの女の子の喋り方。それと、あの言葉。もしかして、あの子って……。
それに、ボクにそっくりな子のことも気になる。まだ名前も聞けてないんだ。……大丈夫なのかな。でもきっと、大丈夫じゃないと思う。
だからボクは、心の奥で決心した。今夜、ボクはあの二人に会いに行ってみる。会いに行って、せめて、話だけでも……。
……。して、どうなるんだろうか。話をしたら、何かが変わるんだろうか。……今はまだ、何もわからない。……でも、それでも……。動かずにはいられなかった。
震えてた。足が、立っていられなさそうなほどに。息が荒くなって、苦しそうだった。
「さあ、クロ。ご飯を食べよう。君のために作ったんだ」
マスターはもう、あの子のことを気にしてはいなかった。ただ優しく、ボクの手だけを握ってて。
どうしたらいいのかわからない。……正直に言えば、今ボクは、幸せを感じているんだ。だってマスターは、ボクをボクだって見抜いてくれたんだから。
「あ……う……」
「っ……!」
気が付いた。あの子が後ろの方で、包丁を握ってた。たくさんの涙を流しながら、マスターに包丁を向けてる。
「うわああああああああッッッ!!!!」
「ま、マスター! 危ないっ!」
あの子は包丁を持って、こっちに向かって走り出した。マスターは気が付いていない。だからボクは、マスターの手を振り解いて。マスターをかばった。
あの子の叫び声が、近づいてくる。ボクは恐怖を覚える間もなく、ただ息を呑んで。静かに目を閉じた。
「っ…………。……、……?」
すると、急にあの子の声が聞こえなくなった。奇妙な静けさが、印象に残って。もしかしてボクは、死んじゃったのかと思って。ボクはゆっくりと、目を開けた。
「あ……あ……」
……あの子の顔が見えた。あの子は、何か酷く驚いている様子で。どこかを見ていた。
ボクとあの子の間には、包丁がある。包丁はボクに刺さる寸前の所で、止まっていたんだ。……なんでかっていうと、それは……。マスターが包丁を、素手で握りしめていたからだった。
「わかっただろう。これがお前とクロの、”差”だ」
その一言が、トドメになったみたいだった。あの子は包丁から手が滑り落ちて、床に座り込んだ。
涙すら出ないようだった。あの子からは、何も感じなくて。本当に、死人みたいになっちゃってて。……もう、動かなかった。
「……ああ、私だ。実験体を回収してくれ。そのままリサイクルに運んでくれたらいい」
するとマスターは、通信機を取り出してどこかに連絡した。その数秒後には、どこからともなく研究員みたいな人たちが現れて。あの子の身体に何かを注射した。
「あ、あの子をどうするの?」
「別のことに再利用するんだよ。あれはもう使い物にならないからね」
「再利用……?」
何か嫌な予感がした。研究員の人たちは、あの子を持ちあげてどこかへ運ぼうとしている。……それだけは、嫌だ。
「ま、待って……」
「ちょっと待った。シュバルツさんよ」
そうしてボクが、手を伸ばそうとした時だった。ボクよりも早く、誰かが引き留めた。
「どうせ捨てるんなら、俺にくれよ。いいだろ?」
「……お前か。言っておくが、捨てるんじゃない。再利用だ」
「似たようなもんだろ。いいじゃねえか、どうせ余ってんだから」
女の子だった。ボクより少し背が高くて、髪の毛がとても長い。
「……フン。まあ、好きにするがいい。そんな不良品でいいならくれてやる」
「ありがとよ。ほら、どいたどいた」
女の子は研究員の人をどけて、あの子を抱きかかえた。それでそのまま、どこかへ行こうとしてたから。ボクはそれを追いかけようとしたんだけど……。でも、マスターがそれを止めて。
「動かない者が好みとは、随分変わっているな。……お前も人のことを言えないというわけだ」
女の子の足が、止まった。振り返って、マスターの顔を見て。……ふと、ボクと目を合わせた。
「アイジスは元気か?」
「――え」
「会ったら伝えといてくれ。……迷惑かけたな、ってよ」
女の子はそれだけ言うと、お部屋を出て行った。それに続くように、研究員の人も全員出て行って。ここにはボクとマスターだけになった。
「さあ、クロ。食事にしよう。今日はね、鮭っていう魚を復元してみたんだよ。上手くできているといいんだが」
その後のボクは、ただただマスターと一緒に過ごしただけだった。それでもやっぱり、あの二人のことが気になっていて。
……あの女の子の喋り方。それと、あの言葉。もしかして、あの子って……。
それに、ボクにそっくりな子のことも気になる。まだ名前も聞けてないんだ。……大丈夫なのかな。でもきっと、大丈夫じゃないと思う。
だからボクは、心の奥で決心した。今夜、ボクはあの二人に会いに行ってみる。会いに行って、せめて、話だけでも……。
……。して、どうなるんだろうか。話をしたら、何かが変わるんだろうか。……今はまだ、何もわからない。……でも、それでも……。動かずにはいられなかった。
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