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第十八章
Determination
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――その後、クロは再び眠った。疲れ果ててしまったようで、固いベッドの上で、苦しそうに目を閉じている。
また無理をさせてしまった。僕が弱みを見せる度に、クロが苦痛を受ける。僕を慰めるためだけに、クロが。
「で、どうすんのよ。クズ。またリスカでもするの? それでまた、クロに甘えるつもり?」
メアの言葉が、僕に突き刺さる。僕は服の袖を引っ張って、包帯の部分を隠した。
「……見えない所でやるよ」
後ろから、大きなため息が聞こえる。同時に頭を掻き毟るような音と、何度かの舌打ちの音。
仕方なかった。止めようと思っても、もう止められない所まで来ていた。眠っていたと思っても、気が付けば自分を傷つけているんだから。
「一応言っておくわ。もしアンタが死んだら、絶対クロも後を追うわよ」
「……」
「ムカつくのよね。アンタはクロの気持ちを利用して、甘えてるだけ。どうしようもないわ」
そのまましばらくは、メアの僕に対する不満が続いた。クロを起こさないよう、小さな声で。僕は言い返す気力もなく、ただそれを聞くだけだった。
「――ちょっと失礼するよ」
すると、突然部屋に誰かが入ってきた。腰の曲がった、白髪の老人。僕は思わず立ち上がって警戒したけど、メアがそれを止めた。
「おや、君は大きな傷があった子だね。もう起きても大丈夫なのかい?」
「……」
「この人はこの場所の住人よ。今は部屋を借りてるから、私達の大家って所ね」
大家。そう言われても急に信用なんて出来ない。しかし老人は、気を張る僕とは裏腹に。シワまみれの笑顔をこちらに向けてきた。
「怖がらなくていい。ここに居る限りは、誰も手出し出来ないさ。……ほら、そろそろ包帯を変えよう」
老人は、僕の腕に手を伸ばす。だから僕は、それを振り払った。
「ああ、もういいから。後は私がやるから、ジジイはあっち行ってて」
「はい、わかりました。それじゃあ何かあったら、呼んでおくれよ」
――そうして、再び部屋には僕達三人だけになった。僕は床に置いてあった洗面器とタオルを拾って、クロの顔の汗をぬぐっていく。
「あんなのに預けるなんて、どうかしてる」
「うっさいわね。こっちだって寝床を確保すんので精一杯だったのよ」
するとメアは、僕の腕を引っ張って、汚れた包帯を外していく。どうやら、包帯を交換してくれるらしい。
「包帯を手に入れるのだって、安くないんだから。何回股を開けばいいか知らないくせに」
「……、わるかったよ」
よく見てみると、メアは少し瘦せているようだった。眼の下に少しクマも出来ているから、明らかに疲れているらしい。
「身体、売ったのか」
「逆に聞くけど、それ以外に稼ぐ方法あんの?」
「……」
「クズってのはどこにでも要るもんよ。真面目なフリして、結局はヤりたいだけ。……皆、死んじまえばいいのに」
その時僕は、凄く嫌な不快感を覚えた。……メアに対してじゃない。そんな奴らに媚びを売らないと、生きていけない現実に対してだった。
「逃げられないのか」
「無理ね。少なくともクロを抱えたままじゃ。生意気にも警備がついてるから、下手に動けない」
「……」
「ほら、出来たわ。もうリスカは止めてよ」
メアが僕の背中を叩く。そして僕は、新しく巻かれた包帯を、優しく撫でた。……丁寧に巻かれている。メアのこういう所は、昔から変わらない。
「とりあえず、今の状況を簡単に説明しておくわ。簡単に言えば私達は、ここに閉じ込められているの」
「幽閉? 牢屋には見えないけど」
「正確には”この町”に、ね。私が下衆野郎のをしゃぶったおかげで、牢屋には入れられてないわ」
「……」
「この町は周りが海になってるの。だからここから出るには、橋を渡る必要がある。……でもまあ、簡単には通してくれないわけ」
「奴らの目的は?」
「まあ、どうせ”エデン”への切符でしょ。アタシたちを交渉材料にでもするつもりかしら」
――エデン。僕達が居たあの施設は、外部からはそう呼ばれているらしい。
「中に入っても、ろくな場所じゃないのに。隣の芝生は青く見えるって本当なのね」
「……。とにかく、どちらにせよ。やることは決まってる」
「あら、聞かせてもらおうじゃない」
「クロを守ることだ。それ以外に生きる意味なんて、ないんだから」
また無理をさせてしまった。僕が弱みを見せる度に、クロが苦痛を受ける。僕を慰めるためだけに、クロが。
「で、どうすんのよ。クズ。またリスカでもするの? それでまた、クロに甘えるつもり?」
メアの言葉が、僕に突き刺さる。僕は服の袖を引っ張って、包帯の部分を隠した。
「……見えない所でやるよ」
後ろから、大きなため息が聞こえる。同時に頭を掻き毟るような音と、何度かの舌打ちの音。
仕方なかった。止めようと思っても、もう止められない所まで来ていた。眠っていたと思っても、気が付けば自分を傷つけているんだから。
「一応言っておくわ。もしアンタが死んだら、絶対クロも後を追うわよ」
「……」
「ムカつくのよね。アンタはクロの気持ちを利用して、甘えてるだけ。どうしようもないわ」
そのまましばらくは、メアの僕に対する不満が続いた。クロを起こさないよう、小さな声で。僕は言い返す気力もなく、ただそれを聞くだけだった。
「――ちょっと失礼するよ」
すると、突然部屋に誰かが入ってきた。腰の曲がった、白髪の老人。僕は思わず立ち上がって警戒したけど、メアがそれを止めた。
「おや、君は大きな傷があった子だね。もう起きても大丈夫なのかい?」
「……」
「この人はこの場所の住人よ。今は部屋を借りてるから、私達の大家って所ね」
大家。そう言われても急に信用なんて出来ない。しかし老人は、気を張る僕とは裏腹に。シワまみれの笑顔をこちらに向けてきた。
「怖がらなくていい。ここに居る限りは、誰も手出し出来ないさ。……ほら、そろそろ包帯を変えよう」
老人は、僕の腕に手を伸ばす。だから僕は、それを振り払った。
「ああ、もういいから。後は私がやるから、ジジイはあっち行ってて」
「はい、わかりました。それじゃあ何かあったら、呼んでおくれよ」
――そうして、再び部屋には僕達三人だけになった。僕は床に置いてあった洗面器とタオルを拾って、クロの顔の汗をぬぐっていく。
「あんなのに預けるなんて、どうかしてる」
「うっさいわね。こっちだって寝床を確保すんので精一杯だったのよ」
するとメアは、僕の腕を引っ張って、汚れた包帯を外していく。どうやら、包帯を交換してくれるらしい。
「包帯を手に入れるのだって、安くないんだから。何回股を開けばいいか知らないくせに」
「……、わるかったよ」
よく見てみると、メアは少し瘦せているようだった。眼の下に少しクマも出来ているから、明らかに疲れているらしい。
「身体、売ったのか」
「逆に聞くけど、それ以外に稼ぐ方法あんの?」
「……」
「クズってのはどこにでも要るもんよ。真面目なフリして、結局はヤりたいだけ。……皆、死んじまえばいいのに」
その時僕は、凄く嫌な不快感を覚えた。……メアに対してじゃない。そんな奴らに媚びを売らないと、生きていけない現実に対してだった。
「逃げられないのか」
「無理ね。少なくともクロを抱えたままじゃ。生意気にも警備がついてるから、下手に動けない」
「……」
「ほら、出来たわ。もうリスカは止めてよ」
メアが僕の背中を叩く。そして僕は、新しく巻かれた包帯を、優しく撫でた。……丁寧に巻かれている。メアのこういう所は、昔から変わらない。
「とりあえず、今の状況を簡単に説明しておくわ。簡単に言えば私達は、ここに閉じ込められているの」
「幽閉? 牢屋には見えないけど」
「正確には”この町”に、ね。私が下衆野郎のをしゃぶったおかげで、牢屋には入れられてないわ」
「……」
「この町は周りが海になってるの。だからここから出るには、橋を渡る必要がある。……でもまあ、簡単には通してくれないわけ」
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「まあ、どうせ”エデン”への切符でしょ。アタシたちを交渉材料にでもするつもりかしら」
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「中に入っても、ろくな場所じゃないのに。隣の芝生は青く見えるって本当なのね」
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