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第五話
純白に塗りつぶされて
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「……あの。あまりじろじろ見ないで貰えませんか。幾らなんでも……」
ドレスの誘惑に負け、上着を脱ぐ私のことを。ファイは嬉しげな目でジッと見つめていた。
今更別に裸を見られることが苦手な訳ではない。ただ何処か違うのだ、ファイの目つきは。私を買う輩共が見せるあの目とは、随分と異なる。
私がマフラーを脱ぎ、首周りを露わにした途端。ファイの目線が私の鎖骨をくすぐる。
シャツのボタンを外し、胸元が開いた途端。胸の奥深くを覗かれているような、妙なこそばゆさが体の中を駆け巡る。
「み、見たいなら見たいと仰っしゃればいいじゃありませんか。どうせ貴方なら、私なんぞ幾らでも買えるでしょうに……」
苦し紛れに口を尖らせ、そう呟くも。ファイはただ楽しそうに微笑み、私のことを見つめるだけ。
「『開花を急かすは愚か者』、だよ。君?」
「……意味わかりませんから、それ……」
そうして下着だけになり、私はドレスにちらりと目を向けるも。やはり己の内にある『引け目』らしき感情が、ドレスを拒もうとする。
やはり私には似合わない。こんな穢れた身では。せめていつも娼館で着るような安物のドレスなら……。
「わっ……!?」
「大丈夫。何も怖い事なんて無いよ。君は安心してボクに身を任せればいいんだ」
突然背中に触れた、ファイの手のひら。背中の筋にそった弱い所を、つぅ~……とやられ、私は咄嗟にびくんと跳ね上がる。
そして顔をムッとさせながら振り向くと、そこにはドレスを広げるファイが。
……とても綺麗なドレスだった。すらりと滑らかなスタイル、袖や腰回りの可愛らしいフリル。何よりこの純白の色に私は惹かれ、思わず私は息を呑んでいた。
「さ、両手を上げて。ボクが着せてあげるからさ?」
――都合のいい言い訳が、目の前にあると思った。「貴族に言われて仕方なく」という、自分の気持ちに嘘をつくための材料が。
あるいは最初からそれも織り込み済みだったのかもしれない。全てはこの少年、ファイの計画のうち。
明らかに話が良過ぎる状況だった。それでも私は、心の中にある「嫌な予感」から目を背けるように。気付けばそれを手に取り、純白のドレスへと――身を包んでいた。
「やっぱり……凄く似合ってる! フフ。素敵だよ、カシュラ。とってもかわいい。……とってもね」
別人のような気分だった。鏡越しで向き合う――白く美しい衣に身を包んだ、私。
ファイは私の両肩に手を置き、これ以上無いほどに満足そうな顔で私を見つめる。
「どう、良い気分でしょ? 自分に合ったドレスを着るのはさ」
確かに、驚くべきほどの爽快感だった。先程までの悪寒が嘘のような、胸がすっと軽くなったような気分。
ただドレスを着るだけの事に、何を恐れていたのだろう。まるで注射を恐れる幼子のような気分、終わってみれば大した事は無く、ついつい顔が熱くなってしまう。
「この世界にはもっと素敵な事が待ってるよ。美味しい物、素敵なお部屋、可愛いお洋服。全部ボクが教えてあげる。お兄ちゃんも一緒にさ?」
お兄ちゃん。その言葉で浮かんだのは、つい先ほど庭園で見たセヴルムの顔。
一瞬だけ何か疑問が湧いたような気もしたが……それはすぐに消え去り。気付けば私はボーっと、ファイの顔を見つめていた。
「そう。全部君の『お友達』にしてあげる。だから、わかるよね? ――ボクの言いたい事」
ファイの両手が、私の手のひらに滑り込む。両手を繋いだ私は、そのまま背後へと追い詰められ、気付けば背中に窓ガラスが。
不思議と怖くはなかった。むしろ先程までの恐れが、全て好意へと逆転したような。
近寄るファイの幼顔に、何処か心臓を高鳴らせていた。この先に待つ何かしらを前に、心が浮足立つような。
いっそ、体を預けてしまいたかった。このふわふわとした眠気のような何かに。
何もかもを忘れて、このまま幸せに浸っていれば……――。
「――カシュラ!!」
ドレスの誘惑に負け、上着を脱ぐ私のことを。ファイは嬉しげな目でジッと見つめていた。
今更別に裸を見られることが苦手な訳ではない。ただ何処か違うのだ、ファイの目つきは。私を買う輩共が見せるあの目とは、随分と異なる。
私がマフラーを脱ぎ、首周りを露わにした途端。ファイの目線が私の鎖骨をくすぐる。
シャツのボタンを外し、胸元が開いた途端。胸の奥深くを覗かれているような、妙なこそばゆさが体の中を駆け巡る。
「み、見たいなら見たいと仰っしゃればいいじゃありませんか。どうせ貴方なら、私なんぞ幾らでも買えるでしょうに……」
苦し紛れに口を尖らせ、そう呟くも。ファイはただ楽しそうに微笑み、私のことを見つめるだけ。
「『開花を急かすは愚か者』、だよ。君?」
「……意味わかりませんから、それ……」
そうして下着だけになり、私はドレスにちらりと目を向けるも。やはり己の内にある『引け目』らしき感情が、ドレスを拒もうとする。
やはり私には似合わない。こんな穢れた身では。せめていつも娼館で着るような安物のドレスなら……。
「わっ……!?」
「大丈夫。何も怖い事なんて無いよ。君は安心してボクに身を任せればいいんだ」
突然背中に触れた、ファイの手のひら。背中の筋にそった弱い所を、つぅ~……とやられ、私は咄嗟にびくんと跳ね上がる。
そして顔をムッとさせながら振り向くと、そこにはドレスを広げるファイが。
……とても綺麗なドレスだった。すらりと滑らかなスタイル、袖や腰回りの可愛らしいフリル。何よりこの純白の色に私は惹かれ、思わず私は息を呑んでいた。
「さ、両手を上げて。ボクが着せてあげるからさ?」
――都合のいい言い訳が、目の前にあると思った。「貴族に言われて仕方なく」という、自分の気持ちに嘘をつくための材料が。
あるいは最初からそれも織り込み済みだったのかもしれない。全てはこの少年、ファイの計画のうち。
明らかに話が良過ぎる状況だった。それでも私は、心の中にある「嫌な予感」から目を背けるように。気付けばそれを手に取り、純白のドレスへと――身を包んでいた。
「やっぱり……凄く似合ってる! フフ。素敵だよ、カシュラ。とってもかわいい。……とってもね」
別人のような気分だった。鏡越しで向き合う――白く美しい衣に身を包んだ、私。
ファイは私の両肩に手を置き、これ以上無いほどに満足そうな顔で私を見つめる。
「どう、良い気分でしょ? 自分に合ったドレスを着るのはさ」
確かに、驚くべきほどの爽快感だった。先程までの悪寒が嘘のような、胸がすっと軽くなったような気分。
ただドレスを着るだけの事に、何を恐れていたのだろう。まるで注射を恐れる幼子のような気分、終わってみれば大した事は無く、ついつい顔が熱くなってしまう。
「この世界にはもっと素敵な事が待ってるよ。美味しい物、素敵なお部屋、可愛いお洋服。全部ボクが教えてあげる。お兄ちゃんも一緒にさ?」
お兄ちゃん。その言葉で浮かんだのは、つい先ほど庭園で見たセヴルムの顔。
一瞬だけ何か疑問が湧いたような気もしたが……それはすぐに消え去り。気付けば私はボーっと、ファイの顔を見つめていた。
「そう。全部君の『お友達』にしてあげる。だから、わかるよね? ――ボクの言いたい事」
ファイの両手が、私の手のひらに滑り込む。両手を繋いだ私は、そのまま背後へと追い詰められ、気付けば背中に窓ガラスが。
不思議と怖くはなかった。むしろ先程までの恐れが、全て好意へと逆転したような。
近寄るファイの幼顔に、何処か心臓を高鳴らせていた。この先に待つ何かしらを前に、心が浮足立つような。
いっそ、体を預けてしまいたかった。このふわふわとした眠気のような何かに。
何もかもを忘れて、このまま幸せに浸っていれば……――。
「――カシュラ!!」
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