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59 魔素の調査
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異世界というのは、まったくもって不条理に満ちている。俺はこれまで幾度となく理不尽の渦に巻き込まれ、それなりに経験を積んできたつもりだった。しかし、つい先ほど起こった「セリアの服が消える事件」は、そんな俺の認識を根本から揺さぶるものだった。
服というのは、人間が文明というものを獲得した証のひとつである。気候に適応するため、身を守るため、そして何より、社会的な礼儀を保つために存在する。それが、だ。目の前のセリアはまさしく「素のまま」になってしまっている。衣服はどこにもない。風すらも申し訳なさそうに彼女の肌を撫でる始末だ。
「…………」
「……ちょっと、なに黙ってんのよ!」
無理もない。これは何かの冗談かと疑いたくなるような出来事だ。しかし、この世界において「冗談みたいな出来事」は決して珍しくない。六本足のウサギは知恵をつけ、ウサギ獣人となり、ついには言葉を話すようになった。魔素という不可視のエネルギーが、生命を進化させる要因になっているのは間違いない。
ならば……服が消えるという現象も、魔素が引き起こした結果なのだろうか?
「セリア、落ち着いてくれ。これは科学的に解明する価値が──」
「するなあああああ!!」
セリアは涙目で怒鳴った。まあ、当然の反応だ。
しかし、ここで立ち止まってはいられない。俺はできるだけ冷静に、観察を続けた。セリアの周囲には微細な魔素の粒子が漂い、ふわふわと光の粒が舞っている。なるほど、服が消えたのは単なる物理現象ではない。この空間自体が魔素の影響を受け、何らかの異常を起こしている。
「この魔素……ただの魔力とは違うな」
「ど、どう違うのよ……」
セリアは依然として縮こまったままだったが、少しずつ理性を取り戻してきたようだ。いや、むしろ羞恥が限界に達し、思考が強制的に切り替わったのかもしれない。
「まず、この魔素は服だけを消し去った。普通の魔法なら、対象を燃やすとか、破壊するとか、何かしらの作用があるはずだ。しかし、これは違う。服が完全に『なかったこと』になっている」
「…………」
「つまり、この魔素は物質そのものの存在を改変する力を持っている可能性が高い。いわば、『物質の情報を書き換える』力だ」
「……情報?」
「そうだ。たとえば、布は布、肉は肉、人は人、という風に、それぞれの存在には固有の『情報』がある。この魔素は、その情報を上書きしてしまったんじゃないか?」
「それって……つまり……?」
「おそらく、この魔素の影響を受ければ、人間も別の何かに変異する可能性がある」
言葉にした瞬間、俺自身がゾッとした。
今は服だけで済んでいる。しかし、この魔素がより強く影響を及ぼせば……たとえば、人間の体そのものが変質し、獣のような姿になるかもしれない。あるいは、まったく別の生物へと変異する可能性すらある。
まるでこの世界そのものが、俺たちを進化の実験台にしているかのような感覚だった。
「……ごめん、私、もうちょっと動けるようになったから……服、何とかするわ……」
「いや、待て。迂闊に服を着ても、また消えるかもしれない。まずはこの魔素の性質を解明するのが先決だ」
「そ、それはそうかもしれないけど……!」
セリアは相変わらず恥ずかしそうにしていたが、それでも理屈を理解してくれているようだった。
俺は地面の土を掬い、魔素がどのように影響しているのかを確認する。すると、驚くべきことに、土の一部がゆっくりと色を変えていくのが見えた。元々は茶色だったはずの土が、じわじわと淡い青に変化している。
「……やはり、この魔素は物質の情報を書き換えている」
「じゃ、じゃあ、このままだと……?」
「時間が経てば、村全体がこの魔素の影響を受けて、別の何かに変質する可能性がある」
たとえば、土が別の性質を持つ鉱石に変わる。植物が異形の形に変異する。あるいは──村の住人たちが人間ではなくなる。
俺たちは今まさに、その境界線に立っているのかもしれない。
「……とりあえず、私はどうすれば……?」
「ひとまず、魔素の流れを逆転させてみる。魔素伝導石を使えば、情報の上書きを解除できるかもしれない」
「えっ、えっ!? ちょ、ちょっと待って!? それって、確実なの!?」
「まあ、やってみないと分からない」
「無責任すぎるうううう!!」
セリアは叫んだが、もはやこの異世界では「やってみるしかない」ことのほうが多い。俺は手元の魔素伝導石を取り出し、慎重に魔力を流し込む。
すると、ふわりと青白い光が広がり、セリアの周囲の魔素が一瞬、ゆらめいた。
「……え?」
次の瞬間、セリアの服が元通りに戻った。
俺は息を吐き、安堵の表情を浮かべた。しかし、まだ問題は終わっていない。この魔素は今後も村に影響を及ぼす可能性がある。
つまり──
「この村の魔素を制御する方法を見つけない限り、いつまた誰かの服が消えてもおかしくない」
「ええええええ!?!?!?」
セリアの悲鳴が、異世界の静寂に響き渡った。
服というのは、人間が文明というものを獲得した証のひとつである。気候に適応するため、身を守るため、そして何より、社会的な礼儀を保つために存在する。それが、だ。目の前のセリアはまさしく「素のまま」になってしまっている。衣服はどこにもない。風すらも申し訳なさそうに彼女の肌を撫でる始末だ。
「…………」
「……ちょっと、なに黙ってんのよ!」
無理もない。これは何かの冗談かと疑いたくなるような出来事だ。しかし、この世界において「冗談みたいな出来事」は決して珍しくない。六本足のウサギは知恵をつけ、ウサギ獣人となり、ついには言葉を話すようになった。魔素という不可視のエネルギーが、生命を進化させる要因になっているのは間違いない。
ならば……服が消えるという現象も、魔素が引き起こした結果なのだろうか?
「セリア、落ち着いてくれ。これは科学的に解明する価値が──」
「するなあああああ!!」
セリアは涙目で怒鳴った。まあ、当然の反応だ。
しかし、ここで立ち止まってはいられない。俺はできるだけ冷静に、観察を続けた。セリアの周囲には微細な魔素の粒子が漂い、ふわふわと光の粒が舞っている。なるほど、服が消えたのは単なる物理現象ではない。この空間自体が魔素の影響を受け、何らかの異常を起こしている。
「この魔素……ただの魔力とは違うな」
「ど、どう違うのよ……」
セリアは依然として縮こまったままだったが、少しずつ理性を取り戻してきたようだ。いや、むしろ羞恥が限界に達し、思考が強制的に切り替わったのかもしれない。
「まず、この魔素は服だけを消し去った。普通の魔法なら、対象を燃やすとか、破壊するとか、何かしらの作用があるはずだ。しかし、これは違う。服が完全に『なかったこと』になっている」
「…………」
「つまり、この魔素は物質そのものの存在を改変する力を持っている可能性が高い。いわば、『物質の情報を書き換える』力だ」
「……情報?」
「そうだ。たとえば、布は布、肉は肉、人は人、という風に、それぞれの存在には固有の『情報』がある。この魔素は、その情報を上書きしてしまったんじゃないか?」
「それって……つまり……?」
「おそらく、この魔素の影響を受ければ、人間も別の何かに変異する可能性がある」
言葉にした瞬間、俺自身がゾッとした。
今は服だけで済んでいる。しかし、この魔素がより強く影響を及ぼせば……たとえば、人間の体そのものが変質し、獣のような姿になるかもしれない。あるいは、まったく別の生物へと変異する可能性すらある。
まるでこの世界そのものが、俺たちを進化の実験台にしているかのような感覚だった。
「……ごめん、私、もうちょっと動けるようになったから……服、何とかするわ……」
「いや、待て。迂闊に服を着ても、また消えるかもしれない。まずはこの魔素の性質を解明するのが先決だ」
「そ、それはそうかもしれないけど……!」
セリアは相変わらず恥ずかしそうにしていたが、それでも理屈を理解してくれているようだった。
俺は地面の土を掬い、魔素がどのように影響しているのかを確認する。すると、驚くべきことに、土の一部がゆっくりと色を変えていくのが見えた。元々は茶色だったはずの土が、じわじわと淡い青に変化している。
「……やはり、この魔素は物質の情報を書き換えている」
「じゃ、じゃあ、このままだと……?」
「時間が経てば、村全体がこの魔素の影響を受けて、別の何かに変質する可能性がある」
たとえば、土が別の性質を持つ鉱石に変わる。植物が異形の形に変異する。あるいは──村の住人たちが人間ではなくなる。
俺たちは今まさに、その境界線に立っているのかもしれない。
「……とりあえず、私はどうすれば……?」
「ひとまず、魔素の流れを逆転させてみる。魔素伝導石を使えば、情報の上書きを解除できるかもしれない」
「えっ、えっ!? ちょ、ちょっと待って!? それって、確実なの!?」
「まあ、やってみないと分からない」
「無責任すぎるうううう!!」
セリアは叫んだが、もはやこの異世界では「やってみるしかない」ことのほうが多い。俺は手元の魔素伝導石を取り出し、慎重に魔力を流し込む。
すると、ふわりと青白い光が広がり、セリアの周囲の魔素が一瞬、ゆらめいた。
「……え?」
次の瞬間、セリアの服が元通りに戻った。
俺は息を吐き、安堵の表情を浮かべた。しかし、まだ問題は終わっていない。この魔素は今後も村に影響を及ぼす可能性がある。
つまり──
「この村の魔素を制御する方法を見つけない限り、いつまた誰かの服が消えてもおかしくない」
「ええええええ!?!?!?」
セリアの悲鳴が、異世界の静寂に響き渡った。
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