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99 職業登録制度
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職業というのは、己の名刺である。
──などと偉そうに言っておきながら、俺自身はこの異世界で何者なのか、いまだに決めかねていた。開拓者? 村長? 文明の押し売り? それともただの風任せ漂流男か。
だが、事態は待ってくれなかった。
空回廊が完成し、物流が宙を舞い、空耳ウサギがふわふわ偵察をこなし、ゴーレムたちは勝手に畑を耕し、気がつけば村は「街」と呼ばれるようになっていた。人も増え、家も増え、ウサギも……増えた。増えすぎた。
そしてある日、ルナが「この村、誰が何してるのかわかんなくなってきたね!」と耳をぴこぴこさせながら言い放ったのが、決定打だった。
「……だな」
俺は空を見上げて、しばし考えた。これはもう、整理整頓の時期である。文明というのは、散らかるだけ散らかったあとで、必ず分類に入るのだ。
というわけで、我が街において「職業登録制度」を開始することとなった。
まず、名乗り出たのは鍛冶職人だった。
「俺は鍛冶師だ。槌があれば仕事ができる。炎があれば武器も作る。ちなみに恋はしない主義だ」
恋の話は誰も聞いていなかったが、本人が満足そうだったので黙ってうなずいた。
次に出てきたのは、商人の女。彼女は書類を片手に、「経理と物流管理、それと会計監査を兼ねて“交易調整士”と名乗らせてほしい」と涼しい顔で言った。なんだそのハイカロリーな職名は。
そして、六本足ウサギの代表格が、炭を持って「農業係、狩猟補助、穴掘り、あと芸術」と板に書いてきた。職名が多すぎて看板がはみ出していた。
セリアは「私は魔素の制御と応用を担当してるから、“魔素整備士”とかにしとくわ」と、どこかバツが悪そうに目を逸らしながら書類を記入した。相変わらず、俺と視線が合うと挙動不審になるのは謎である。
エリスは「私は精霊と魔素の調律だから、“精霊技師”でいいと思う」と、無駄に優雅な筆記で登録してきた。筆跡から高貴さが滲み出ていた。
フィオナは書類を見つめ、しばらく沈黙した後、「……剣の人でいい」と言ったが、さすがに却下した。最終的に“防衛士(特級)”という謎に偉そうな称号が付与された。
そして問題は、工学四天王である。
設計士は「僕の仕事は、風と建築と思想の接続だから……“構想技術士・一級”で」と、目を輝かせながら申請してきた。申請書が五枚にわたって続いており、途中で「建物の持つ魂の輪郭について」というエッセイが混入していた。
職人は「素材の声を聞いて、加工して、適応させる。呼び名は要らんけど……ま、記録用に“素材融合士”って書いとけ」とぶっきらぼうに言いながらも、羽根苔でできた名札を自作していた。
ゴロウは一言「大工」とだけ記入し、「でも、土木も橋梁も倉庫もやる」と後から追記してきた。最終的に“建築技能士(武闘派)”と記されたのは、彼の人柄ゆえだろう。
建築士は「空間を生き物として設計しているから、肩書きは“構造生態設計士”が適当だと思うが、語感が気に入らない」と悩んだ末、“構造美術士”という詩的な響きの職を選んだ。
俺はそれらをまとめながら、「これは……秩序か? あるいは混沌を分類したふりだけの神話的営みか?」と頭を抱えていたが、住民たちは皆、意外なほど楽しそうにしていた。
「ねえねえ、わたし“発酵士”になったよ! あのぷくぷくした壺の世話してるから!」と嬉しそうに叫ぶ少女もいれば、「俺は“光熱調整士”かな……魔素ランタンの管理してるし」と真面目に悩む男もいた。
それは、世界と自分のつながりを確かめる作業だったのかもしれない。
名前を持つことで、人はその役割に“居場所”を感じるのだ。
それから数日後、村の掲示板には新しく設置された「職業登録一覧表」が貼り出された。狩人、鍛冶師、教師、発酵士、魔素整備士、交易調整士、浮遊植物管理士、風耳ウサギ調教士……中には「踊る人(仮)」などというものもあり、ユルさと真剣さが同居したカオスな一覧であった。
俺はそれを見上げながら、ふと思う。
かつて、この村には名前も役割もなく、ただ生き延びるだけの人々がいた。
だが今、風は吹き、魔素は流れ、人はそれぞれの場所で“何者か”になろうとしている。
それは、文明が芽吹く音だった。
この村は、いやこの街は、まだまだ育っていく。
次は何が生まれるのだろう──などとぼんやり思っていたそのとき。
「ねえ、空の上でも市が開けたらさ……もっといろんなもの、売れるよね?」
リュナが耳をぴくぴくさせながら言った。
ああ、また始まる。浮かれて、浮かんで、浮いていく異世界の物語が。
──などと偉そうに言っておきながら、俺自身はこの異世界で何者なのか、いまだに決めかねていた。開拓者? 村長? 文明の押し売り? それともただの風任せ漂流男か。
だが、事態は待ってくれなかった。
空回廊が完成し、物流が宙を舞い、空耳ウサギがふわふわ偵察をこなし、ゴーレムたちは勝手に畑を耕し、気がつけば村は「街」と呼ばれるようになっていた。人も増え、家も増え、ウサギも……増えた。増えすぎた。
そしてある日、ルナが「この村、誰が何してるのかわかんなくなってきたね!」と耳をぴこぴこさせながら言い放ったのが、決定打だった。
「……だな」
俺は空を見上げて、しばし考えた。これはもう、整理整頓の時期である。文明というのは、散らかるだけ散らかったあとで、必ず分類に入るのだ。
というわけで、我が街において「職業登録制度」を開始することとなった。
まず、名乗り出たのは鍛冶職人だった。
「俺は鍛冶師だ。槌があれば仕事ができる。炎があれば武器も作る。ちなみに恋はしない主義だ」
恋の話は誰も聞いていなかったが、本人が満足そうだったので黙ってうなずいた。
次に出てきたのは、商人の女。彼女は書類を片手に、「経理と物流管理、それと会計監査を兼ねて“交易調整士”と名乗らせてほしい」と涼しい顔で言った。なんだそのハイカロリーな職名は。
そして、六本足ウサギの代表格が、炭を持って「農業係、狩猟補助、穴掘り、あと芸術」と板に書いてきた。職名が多すぎて看板がはみ出していた。
セリアは「私は魔素の制御と応用を担当してるから、“魔素整備士”とかにしとくわ」と、どこかバツが悪そうに目を逸らしながら書類を記入した。相変わらず、俺と視線が合うと挙動不審になるのは謎である。
エリスは「私は精霊と魔素の調律だから、“精霊技師”でいいと思う」と、無駄に優雅な筆記で登録してきた。筆跡から高貴さが滲み出ていた。
フィオナは書類を見つめ、しばらく沈黙した後、「……剣の人でいい」と言ったが、さすがに却下した。最終的に“防衛士(特級)”という謎に偉そうな称号が付与された。
そして問題は、工学四天王である。
設計士は「僕の仕事は、風と建築と思想の接続だから……“構想技術士・一級”で」と、目を輝かせながら申請してきた。申請書が五枚にわたって続いており、途中で「建物の持つ魂の輪郭について」というエッセイが混入していた。
職人は「素材の声を聞いて、加工して、適応させる。呼び名は要らんけど……ま、記録用に“素材融合士”って書いとけ」とぶっきらぼうに言いながらも、羽根苔でできた名札を自作していた。
ゴロウは一言「大工」とだけ記入し、「でも、土木も橋梁も倉庫もやる」と後から追記してきた。最終的に“建築技能士(武闘派)”と記されたのは、彼の人柄ゆえだろう。
建築士は「空間を生き物として設計しているから、肩書きは“構造生態設計士”が適当だと思うが、語感が気に入らない」と悩んだ末、“構造美術士”という詩的な響きの職を選んだ。
俺はそれらをまとめながら、「これは……秩序か? あるいは混沌を分類したふりだけの神話的営みか?」と頭を抱えていたが、住民たちは皆、意外なほど楽しそうにしていた。
「ねえねえ、わたし“発酵士”になったよ! あのぷくぷくした壺の世話してるから!」と嬉しそうに叫ぶ少女もいれば、「俺は“光熱調整士”かな……魔素ランタンの管理してるし」と真面目に悩む男もいた。
それは、世界と自分のつながりを確かめる作業だったのかもしれない。
名前を持つことで、人はその役割に“居場所”を感じるのだ。
それから数日後、村の掲示板には新しく設置された「職業登録一覧表」が貼り出された。狩人、鍛冶師、教師、発酵士、魔素整備士、交易調整士、浮遊植物管理士、風耳ウサギ調教士……中には「踊る人(仮)」などというものもあり、ユルさと真剣さが同居したカオスな一覧であった。
俺はそれを見上げながら、ふと思う。
かつて、この村には名前も役割もなく、ただ生き延びるだけの人々がいた。
だが今、風は吹き、魔素は流れ、人はそれぞれの場所で“何者か”になろうとしている。
それは、文明が芽吹く音だった。
この村は、いやこの街は、まだまだ育っていく。
次は何が生まれるのだろう──などとぼんやり思っていたそのとき。
「ねえ、空の上でも市が開けたらさ……もっといろんなもの、売れるよね?」
リュナが耳をぴくぴくさせながら言った。
ああ、また始まる。浮かれて、浮かんで、浮いていく異世界の物語が。
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