Infinity night

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同じ道を奔走した先に得たもの

9.逆さ

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20時25分

「黙れ!あんたの部屋から輝人くんが吊るされてるんだよ!!」

「な、なんだと、」

真部の思考が止まった
そんな真部に最上は畳み掛ける

「あんた今急ぐように出てきたな!思ったより死体発見の報告が早くて反射的に飛び出したんじゃないか!?」

俺は見た…!
俺と千雛が入った時にはまだ輝人くんの死体は窓ガラスの向こうになかった…!
千鶴さんが千雛を叱ろうとした瞬間、上から輝人くんの頭が垂れ下がってきたんだ!
つまり、殺されたのは直前!今部屋から出てきたこいつが1番怪しい…!

「待て!無実だ!俺はやってない」

「お前しかいない!確定だ!!今すぐ会議を…!」

「開始する」と豪語しようとした瞬間

「早まるなよクソガキ」

部屋から出た亜久里がそれを止める

「亜久里さん…!なんでですか!俺は死体が上から垂れ下がったきたところを見たんです!こいつしかいないんですよ!!」

「その言っていることが本当だとして、何故直前に殺されたと分かる」

亜久里が問い返す

「そ、それは、、」

「殺してからいくらか経って吊るされたかもしれないじゃないか」

まだ決定打にならないことを突きつけられ下を向いて黙り込む

「私はそう決めつけるアンタの方が怪しい」

最上よりも頭1つ分高い亜久里が牙を出して口角をあげる

「ミナミンはちがーーーう!!!」

2階から上がってきた千雛が亜久里に叫んだ

「ほう?その根拠は?」

ブレずに調子のいい態度をとる亜久里の眼前まで近づき、応える

「会議が終わってから私とミナミンはずっと一緒にいた お互いにアリバイがある!」

見下ろしてくる亜久里を睨み返す

「おお、こわいこわい」

と手を出して後ろに下がる

真部が一息ついて3人の間に入る

「すまん俺も昂った まだ誰も犯人と決めつけるのは早すぎる」

亜久里を睨む
それを「なんで?」と言わんばかりに肘を曲げ、挙げて降ろす動作で返す

「死体を見たい どうなっているか捜査したいんだ」

最上が応えた

「それはできない 1番怪しいあんたを遺体の元に連れていくのはリスクが大きい」

最上の判断は正しく、容疑者に詳細を知らせないのは相手からボロが出る可能性を潰さないためである

死体の調査をした人物しか分からない情報が容疑者の口から出ればそれは犯行確定のサインだ

ここで死体を見せてしまえば真部も死体の様子を完全に把握することになるためそれは避けたい

そのことがわかっている真部は快く許可した

「わかった 俺は自室で待つ 聞きたいことがあったら聞きに来てくれて構わない」

そう言って身を翻して自室にもどる

真部が部屋の戸を閉めるのをしっかり目に焼き付けてから亜久里が口を開いた

「私も捜査手伝う」

「あなたがですか…」と不満そうな目で最上が見つめた

「悪いか? こういうのは得意なんだ」

実際、私は5年間逃亡し続けてる殺人犯なんだよっ
犯罪を起こす側がどんな風にするかは予想つく

誰にも言えない事情、犯罪者である自分を基に処刑人オオカミを見つけ出そうとしている


3人は2階に下り、カフェルームに戻った
そこには元々いた千鶴と杉沢、豊代に加え、報告によって集まったのか三鷹と市島もいた

杉沢が戻ってきた3人を確認して近寄って聞いた

「怪しい人はいましたか?」

最上が応えた

「真部さんが俺が行った時に自室から出るのを見ました 1番怪しいのは確かですけど、それだけで確定するのは判断が早すぎると思ったので部屋で待つよう指示しました」

自分が取り乱したことは言わなかった

「でぇ?今死体はどうなってんの」

のけのけと入ってきた亜久里が悠長に聞いた

「今、豊代さんと市島さんが輝人くんを降ろしてくれて、豊代さんがなんで死んでしまったのか調べてます」

豊代が小さな遺体の頭を少し傾かせて喉元を確認するような素振りをするのを亜久里も視認する

豊代…確か医療関係者だったな…
あいつに任せとけば死因は分かるか…

そう考ているとすぐ、豊代が遺体に手を合わせてこちらに体を向けた

「死因は首を締め付けられたことによる窒息死ですね…喉元に締められた痕がある」

絞首か…

「死んでからどれくらいだと思う」

亜久里が間髪なしに聞く

「痕にまだ赤い部分があるのでそこまで経ってませんね 1時間未満です」

1時間未満…ガチで直近だな

「死体は3階の8号室からぶら下がっていたらしいがどんな状態だった」

市島が控え目に手を挙げた

「わたくしが説明致しましょう」

「頼むぜ ジジィ」

歳上にも口の悪さは顕在するようだ

「まず、わたくしとお嬢様は図書ルームから死体発見の報告を受けて参りました」

お嬢様…?
あぁずっとこいつが着いてるこの生意気そうな女か

気づかれない視線で三鷹を見る

「ここに参った際に輝人さんの遺体を降ろすのに杉沢さんと豊代さんが苦戦しているように見られたのでお手伝い致しました」

「で?」

「遺体は3階の8号室の窓を開けてすぐに目の前にある洋風な柵に縄を縛りつけてその縄の反対の端で左足首を縛られておりましたね」

改めて言葉にされてもやはり凄惨な状態である

「なるほど」

縄は武器庫から持ってくれば簡単に手に入るだろうな…

「その縄はどうなってる」

「まだ8号室からぶら下がってますよ ここから取るには危なすぎますからね」

それを聞きながら豊代が窓ガラスをまた開けて縄の有無をもう一度、確認する

「……!」

驚くようなつまり声を出した豊代に視線が集まる

「縄が回収されてます」

最上と亜久里が口を揃えた

「「は?」」

瞬間、最上が走った

「やっぱりあいつ…!」

豊代の「待ちなさい!」という制止も聞かずにカフェルームを出るとそこには瞬きを3回ほど繰り返した詩音がいた

「え、詩音さん…?」

自分の両手に縄を巻いている

「それって…」

「真部さんの部屋から回収しました」

何してんねんと最上は思った

亜久里がカフェルームから出てその会話を目にした

「はぁぁ 嬢ちゃん 勝手な行動はやめてくれ」

「すみません」 と頭を下げる

「父の荷物をまとめて自室に持ち帰っていたら報告があり、部屋を出ようとしたら最上さんと真部さんが討論するのが聞こえてきたのでつい、聞き盗みしてしまいました」

「だからって勝手に容疑者の部屋に入るなよ」

「真部さんから許可は取ったので良いかなと」

軽率な判断は命を落としかねない
最も怪しい人物のいるところに1人でズカズカと入り込むなどあってはならない事だ

亜久里が詩音の前に手を出す

「縄を見せろ」

指示通りに縄を手渡した

太い縄だ

人1人分ぶら下げるとなるとかなり重たく、太いと予想できていたので驚きはない
長さも上々で3階から2階に人を結んでぶら下げるには十分な長さだ

縄を凝視しているところに三鷹が頭を入れ込んだ

「お、おい!」

「しつれー 私、目がいいからちょっとした違和感を感じてねっ」

三鷹がその違和感ある場所に指を指す

「ここ他の箇所よりも縄のほつれが酷い」

縄の真ん中辺りで確かに他の箇所よりも縄の繊維が飛び出している

「なるほど この箇所に首があったってことか」

よく理解できなかった最上と詩音が首を捻る
その2人を見て調子よく三鷹が説明する

「ここだけほつれが酷いってことは絞められた際にここに首があったって分かるのよ」

「それはなぜ?」

「被害者が首を絞められて抗うときはどこを握るか想像すれば分かるんじゃないかしら」

最上が想像を膨らませる

「それは、自分の首元の縄を強く握って揺さぶる……あー!なるほど!!」

理解した最上を見て三鷹は微笑む

基本的に首を絞められた時に人間は首元の縄を強く握って揺さぶり、拘束を解こうとする
結果、強く握り、揺さぶった部分の縄がほつれ、ほかの箇所よりも縄の編みが粗くなる

「凶器はこれで確定ですわね」

「まぁ他に似たような痕跡が残ってる縄みたいな物がなければな」

これで死人は吊るされてるんだからそんなことないだろうけどな…

亜久里が自ら言及した可能性を心中で否定した

4人がカフェルームに戻った

亜久里が全員の前で口を開いた

「ここにいる奴らだけで捜査を始める 役割分担だ」

亜久里がそれぞれに役割を与えた

自分と詩音は真部と8号室で対談し、聞き込みを行うこと
最上と千雛は8号室に誰も入って来ないよう見張りをすること
豊代は遺体調査と部屋のベッドに帰すこと
三鷹と市島は武器庫へ縄がなくなった跡や他に誰かに持ち出された物がないかの確認
杉沢と千鶴はまだ姿が見えない黒木と遠藤の捜索

を指示し、全員が行動に移った


2階 カフェルーム

豊代が輝人のズボンの裾を足首が見えるまで上げた

両足首に強く縛られた痕がある
しかし、そう思われるところは青ざめていない

普通人間は締められるとその部分に血液が溜まり、青紫色になるがそれがこの遺体には見られない

「やはり亡くなった後に縛られている」

人間は死ぬと肺が機能しなくなり、血液の流れが止まるため血流で足まで血が回ることもなくなる
よって、死亡後に着けられたと推測できる

これで遺体調査も粗方終わったため、遺体を部屋に戻そうと抱えるが、

「部屋の鍵 どこだ」

遺体は逆さに吊るされていた…ということは…

豊代の中に最悪な予測が立てられた

遺体は外に逆さに吊るされていた
つまり、鍵は外、雪の中に落ちて埋もれている可能性があった

「ど、どうしたことか、、」


武器庫

三鷹と市島が等間隔に並んだ4つの棚を手分けして調査する
縄がなくなった跡や他になくなっていそうな物はないかを確認する

市島が右から2つ目の棚の3段目に違和感を覚えた
そこには鎖や結束バンドの他に細い縄が置かれていた
何かが置かれていたであろう跡が残っている

周りに置かれているものを見る限り、ここには拘束器具か置かれているように見える
そこに誰かが何かを持ち去った跡がある
その何かは同じ拘束器具である凶器に使われた縄だと思われる

市島が棚越しにいる三鷹に声をかける

「お嬢様 おそらくこちらにあった物があの縄だと思われるます」

話しかけても反応はなく自分の目先にある棚の3段目を凝視している

「お嬢様?」

迂回して三鷹の隣に立つ

「いかがされましたか」

と三鷹が凝視しているところに目を向ける

「ジィヤ これどう思う?」

着色ビンにラベルが貼られているものがズラリと並べられており、ラベルには浅い知識では見たこともないであろう化学物質の名前が化学式とカタカナで書かれている

「どうと言われましても爆発物もあるような武器庫ですから薬などがあってもおかしくありませんが…」

「ちがう ちょっと奥を見て」

言われるがまま、集中して着色ビンの間を凝視した
そこには着色ビンが乱雑に並べられている中に1つ、透明なビンがあった

「これはなんでしょう」

と手前側の着色ビンを落とさないようにずらし、その透明なビンを掴んで引き寄せた

そのビンは他のラベルと違い、誰にでもわかる文字が書かれている

「睡眠薬…」

市島がそれを読み上げた
ビンの中は白い粉がパンパンに詰められている

「透明なビンが何故か着色ビンの中に1つぽつんとあるのは不自然じゃない?」

三鷹の違和感にも納得がいった
確かに透明ビンが置かれている場所は同じ段のもう少し奥にある
だが、このビンだけはここに置かれている

「これは誰かが使ったとしか思えませんね」

市島が思うに睡眠薬を使用したした人物が何らかの理由で慌ててここにビンを隠し、姿を消したと考えられた

すると、扉が開き、真部が入ってきた

「どうしたのかしら」

「輝人くんの部屋の鍵が全身を探しても見つからなくてね これは吊るされた時に外に落ちたと思われるんだ 御二方、調査が終わったなら手伝ってくれないかな」

潔く、真部の提案を受け入れた
市島はビンをその段に置いて3人は武器庫を出た


1階 食堂

そこで杉沢と千鶴は衝撃な状況を見た

黒木と遠藤が窓側の壁に野垂れるように目を瞑っていたのだ

「え、2人とも!!」

千鶴はすぐに走って2人の元に行ったが杉沢はその光景に驚きで唖然とした

千鶴は野垂れている2人の肩を揺さぶった

「大丈夫ですか!!」

そう大きな声を発すると2人はゆったりと目を開けた

「ホッ…」と一息した千鶴が立ち上がる
その後ろから杉沢も歩いてきて苦笑いで言った

「亡くなっているのかと思ってしまいました」

眠っていた2人が立ち上がった

遠藤が優しい口を開いた

「すまないね 何故か眠ってしまっていたよ」

杉沢は何故かという単語が突っかかった

「何故か というのはなんで眠っているのか分からないということですか」

「そうだね 覚えてない」

遠藤も言いながら何故このような状態になっていたのか考え始める

黒木が口を開いた

「遠藤さんと一緒に運動して、休憩のためにここに来て、それから何がありましたっけ」

記憶がお互い飛んでいた
その言動に千鶴は驚いた
そんなことがあるものかと

詳細不明な状態にあった2人に小説家として知識を蓄えてきた杉沢が発した

「睡眠障害ですね」

3人の視線が杉沢に向けられる
詳しく説明を開始した

「過労症やひどい疲労の後に睡眠すると寝る前の記憶が一部失われることがあるんですよ」

へぇーと頷く3人だが、その説明をした本人は不審に思った

運動の後にここに来たとして…急に睡眠状態に陥ることなんてほとんどないのに…

「御二方は多分ですけど眠らされましたね」

黒木と千鶴は驚き、口を開けたが、遠藤は冷静に返した

「ならばかたじけない 記憶があれば役に立てたかもしれないのに」

そして千鶴が伝え忘れていたことを思い出す

「あの!2人は眠っていて気づいていないかもしれませんけど輝人が亡くなりました」

「なんと!」  「まじか!」

2人が同時に違う反応を示した

「今!その調査中で!2人にも手伝って欲しく…」

バァン!!

千鶴が言葉を終わらせる前に音が響いた

発砲音だ…!
しかもかなり近い!

「キャーーーーー!ジィヤーーー!!」

甲高い三鷹の叫びが食堂にまで強く聞こえた
エントランスの方向からの声だ
4人は食堂を出て館の入口に向かい、その光景を目にした

玄関の扉を開けられており、そこから1歩外に出た執事が倒れ伏し、頭部から血を垂れ流している
まだ玄関で靴を履いたに過ぎない豊代と三鷹がその死体を驚きの眼差しで凝視している
三鷹は両目が潤んでいる

そして悪魔の声が館内に響く

『ルール違反により13番 市島一郎 は撃ち殺した この館から出ればこうなることを重々承知するように』


この放送はもちろん3階で8号室で真部の聴取をしている亜久里と詩音、真部や部屋の前で待機している千雛と最上にも伝わっている

誰もがその放送に驚愕する中、亜久里は輝人殺人の容疑者の前で不適に微笑んだ

犯罪者は微笑みながら思った

しょうもない理由で先に逝きやがったなクソ共犯者師匠
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