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狂気は時に人を救う
13.処刑③
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Infinity nightはまだ続く
生存者
最上 凑 小波 千鶴 小波 千雛 遠藤 新次郎
亜久里 刹那 塩崎 詩音 杉沢 遥 三鷹 瑠愛 黒木 渡 豊代 竜司
会議終了から1時間
22時頃
それぞれがそれぞれの場所で緊張を和らげていた
3号室
「ミナミーン!神経衰弱しよ!」
「う、うん、、」
最上は千雛に遊ばれていた
千雛はホントに元気だな…俺はもう今日1日で疲れたというか、、精神的に死んできてるよ…
そんなことお構い無しにトランプを無作為に裏返して床に並べる
「じゃあ始めよう!なら私からね!」
千雛がスペードの5をとり、もう1枚を返すとダイヤのエースだった
「まぁ最初だしこんなもんでしょ」
次々とターンが回っていると千雛が静かに口を開いた
「ミナミン」
「なに」
トランプをひっくり返しながら耳を傾ける
「今から言うことに驚かないでね」
「あぁ 内容によるけどできるだけ努力するよ」
揃ったトランプを手元に引き寄せた
「私、あの刑事が死んで嬉しかった」
「……!」
約束は守れなかった
最上は声も出さずに驚いてしまった
「そ、それってなんで」
平然を装うようにターンを回して千雛がトランプを返した
「嫌いだったから」
「もっと具体的に」
2枚目のトランプは1つ目のトランプと数字が合わず、2枚を裏に返した
「私のお父さんを殺したから」
最上の手が止まった
もう平然を装うことなどできずに手に取った1枚目のトランプを落としてしまった
「それって…」
「私が今から説明すること誰にも言わないでね」
緊張が部屋中を包み込んだ
カフェルーム
描こう…
小説を描こう…
茜なら多分、こんな状況でも好奇心を持って描きたいものを描いてるはず、、私はあの子に負けちゃダメだから
愛用のミリペンの鋭い先端を原稿用紙の1マス目に突きつける
だが、文字を書くには至らずインクが一点に染み込んだ
「お悩みのようですね」
カフェルームの扉から豊代が杉沢に話しかけた
「豊代さん お茶ですか?」
「ええ、雑誌でも読みながらコーヒーをいただこうかと」
「こんな時間にカフェイン取ると眠れなくなりますよ」
「こんな状況で眠れるもんですか」
ご最もである
寝れば殺されるという意識が誰しもあった
コーヒーを注いで杉沢の前に座る
「小説を描くのは楽しいですか」
「楽しいですけど、、私、流行りに疎くて、どんなものが誰に刺さるのか分かんなくて、、よく行き詰まるんですよ」
「『屍の宴』は面白かったですよ」
「もう読み終わったんですか」
「主人公の狩屋は自分の今いる場所の周辺で亡くなった人物と対話できるという斬新な設定が私には刺さりましたよ」
「……!ははっ ありがとうございます」
図星をつかれたように反応し、苦笑いになる
「謙遜じゃないですよ 普段雑誌しか読まない僕からの感想はあてにならないかも知りませんが面白かったです」
優しい目だった
杉沢はその目を脳内に焼きつける
自分の作品を面白いと言ってくれる存在の輝いた目を
「流行りなんてどうでもいいと思います」
豊代が語り始める
「僕は表現者や芸術家じゃないですから偉そうには言えませんが、どんなものでも刺さる人には刺さります」
杉沢はそれを真剣に黙って聞いていた
「自分と好きなものが同じ人なんていくらでもいると思います だから、好きなものを描けば良いのではないでしょうか」
杉沢は彼の光に当てられながらミリペンを進めた
10号室
詩音の部屋で千鶴と詩音が向かい合って話していた
緊張が張り詰めている
千鶴は悲しげに目を落とした
「もう5人も死んじゃった…」
「うん…」
「もうこんなゲーム終わりにしたい!!」
大粒の涙を床に落としながら大きな声で言う
「でも、仕方ないよ」
その他人事のような発言に少々の怒りを覚えた千鶴が頭を上げながら言う
「仕方ないなんてないでしょ!!あなたのお父さんだって…!」
目に映った詩音の表情に驚愕して涙が止まった
「な、なんて顔してるの…」
詩音を背後から見ると心做しか影を深く感じた
運動ルーム
遠藤と黒木が柔軟でストレッチをしていた
「あ、痛たた」
遠藤が背中で自分の両手を掴めず脇に痛みを感じる
「遠藤さん 硬いですね~」
黒木は余裕で股を床に着けて背中で手を掴みあっている
「もう歳なんでね!」
そう言いながらも諦めることはせず挑戦する
「お2人は元気ですね」
入口から聞こえた豊代の声にどよめき、遠藤の体制が崩れ、転んだ
「え、遠藤さん!」
黒木がすぐに転んだ遠藤を支えに行く
豊代が部屋に入ってきて「これはすみません」と一言、遠藤に謝った
「いやいや気にせんでいいよ」
と1人で起き上がりズボンを叩いた
豊代が遠藤が立ち上がったことを確認して問う
「なぜこのような状況でも運動をするのですか」
黒木が「それは~」と遠藤と目を合わせる
「気晴らしです」
まさかの解答に豊代は目を見開いた
「不安を紛らわしたいんですよ なにかしないと不安で死にそうになるから」
黒木は大の運動好きだった
それさえあれば嫌のことを忘れられるほどの
黒木が右足首を2人に見せる
何の変哲もないただの足首だ
「外傷はありませんでしたけど俺、右足首の靭帯を損傷したことがあるんです」
豊代が見せられた足首を見つめる
「靭帯か…その損傷は酷かったのですか」
医者として靭帯損傷の痛みや完治までにかかる時間は熟知している
怪我の具合から黒木が追ってきた日々を脳内に描いて共感しようとしている
「2ヶ月くらいで治りましたよ そこまで心配されるほどの損傷じゃありませんでした 同じ部位をやれば考えた方がいいとは言われましたけどね」
個人差もあるが靭帯損傷の完治までにかかるのは短くて約3週間、長くて約12週間である
妥当な数字か…しかし同等の傷を負い続ければやむ無く陸上界から静かに消えてしまうだろうな…
あの神童のように…
豊代の脳裏に浮かんだのは黒木と同じ陸上選手の大きい背中だった
遠藤が「ふぅー」と息をついた
「立ち話すると熱が冷めるね」
先程まで運動で帯びていた熱が冷えてきたようだ
「これは僕がお邪魔しましたか」
「いやぁこんな状況でも運動を続けている僕たちの方が異常だよ それに喉が渇いた」
黒木が提案する
「ならカフェルームで休憩しますか?」
「いや、そこには原稿用紙に向かっている努力家がいるのでやめておきましょう」
言うまでもなく杉沢のことだ
カフェルームで感想を伝えてからずっとミリペンを強く握って物語を描いているようだ
「なら食堂ですね スポドリが飲みたい」
黒木は食堂の冷蔵庫の中に勝手に持参したスポーツドリンクをほぞんしている
3人は運動ルームを出て隣の食堂に向かった
食堂に入るとすぐさま遠藤がキッチンルームに入る
「僕が取ってくるよ 豊代くんは何がいいかな」
「僕はさっきカフェでいただいたので…」
「なら冷えたお茶でも飲みなさい」
「そう言うならばお言葉に甘えて」
しばらくしてコップに注がれたお茶と500mLペットボトルに入ったスポーツドリンクが遠藤によって机に運ばれた
黒木と豊代は既に向かい合って着席している
黒木がそれに気づいて聞いた
「遠藤さんは飲まないんですか」
「ああ大丈夫だよ」
遠藤も黒木の隣に座った
2人が与えられた飲み物を口にして少し間が空くと遠藤が豊代に切り出した
「豊代くんはなんで医者になろうと思ったんだい?」
豊代は口に着けたコップを置いた
「それは あなた達みたいな方々を支えるためですかね」
2人は互いに首を傾げた
「僕 小さかった頃、体が弱くて外で遊べなかったんですよ」
過去の自分を頭に浮かべながら話す
「家の窓から遊ぶ子供たちが見えると自分はあの場所には行けないのだとそう思ってたんです」
2人は親身に豊代の目を見る
「でもある日、テレビの中である選手が優勝してこう言ったんです」
『僕がここまで来れたのは僕だけの力じゃなくて、監督や家族、なによりも僕の健康状態や怪我の手当をしてくれた医療班のおかげもあると思うのでその人たちに届ける気持ちで走りました』
「その選手の言葉に胸打たれて自分もあんな人たちと仲間になれるんのだと思い、この道を志しました」
遠藤が小さめに「その選手って…」と聞くと
「あなたでよ 遠藤元選手」
黒木が「え」と言わんばかりの顔で遠藤を見た
「僕、あなたが載っている雑誌や新聞は全部読みましたよ」
遠藤がドキリとする反応を見せた
「図星ですね」
余裕の態度で遠藤を見る
突然として唯ならぬ空気が充満する
黒木はその空気に呑まれ、言葉を発せなくなってしまった
「場所が悪いですね 遠藤さん お手洗いご一緒願えますか」
「え、ええ 問題ないでしょう」
戸惑いを隠しきれていないまま2人は黒木を置いて食堂を出た
黒木が緊張した空気から解放され、「フゥー」と一息、ついてペットボトルに口をつけると入口から少女の声がした
「あ、黒木さん」
黒木は不意で驚いてしまい、スポーツドリンクを詰まらせ、ゲホゲホと咳き込んだ
入ってきたのは詩音のようだ
「あ、すみません」
「う、ううん!全然大丈夫だよ!」
頭を下げる詩音に両手で不本意でないことを伝える
詩音が食堂に入り、先程まで豊代が座っていた席に座り、黒木と向かい合う
「おひとりでしたか」
「いや、さっきまで豊代さんと遠藤さんがいたよ」
「あー先程すれ違った2人がいらっしゃったんですね」
詩音が階段を降りていると手洗いに向かう2人とすり違ったようだ
「なにやら唯ならぬ気配がしましたけど何かあったんですか」
「えー、、な、ないよ~~」
誤魔化すのが下手である
それに詩音も気づいたがあえて触れずに話を進めた
「まぁいいです もっと大切なこと話に来たので」
またもや冷たい空気が張りつめた
黒木の苦笑いは消えて表情が固まった
詩音は視線を自分の手に向ける
「私、Mr.クリスマスの正体が分かった気がします」
黒木はその衝撃たる発言を聞いても何一声を出さない
無反応な黒木を不審に思いながらも話を続ける
「それは、、"----------" です」
衝撃の真実を黒木に伝え、詩音は微笑む
詩音は頭をあげて呆気に取られているであろう黒木の顔を拝もうと視線をあげる
「黒木さんはどう思います?」
だが、黒木の表情は詩音の想像しているものとはかけ離れていた
「え、」
思わず詩音も声が漏れる
ペットボトル1本分のスポーツドリンクを飲み干し、空になったコップを握ったまま、天井に視線をむけて、口を僅かに開いた無表情だった
7年前、、
当時、高校三年生だった黒木が陸上競技場で表彰を受けていた
全国高等学校陸上大会 個人の部 優勝
その証にトロフィーを授与されたのだ
その高校で同じく陸上部に入っていた松永 怜が俺にこう言った
「お前なら世界選手なれるんじゃね」
俺はそれを「そんな気楽に想像つくことじゃねぇよ」と軽率に返した
でも、陸上は大好きで学業は壊滅的だったため、そのまま、高卒でプロ入りした
すぐに地元から離れて東京でトレーニングと経験を積んだ
大学生以上のユースに所属して仲間と日々高め合う日々を送った
コーチの指導は厳しく、高校の時とは比べ物にならなかった
走りだけでなく、高飛びやハードル越えにも身を投じてあらゆる身体部位を強化していった
5年前、20歳にして雑誌に乗るほどの活躍を魅せた
100m 9.12の記録を弾き出し、その記録を出した大会で世界大会への出場がほぼ確定した
俺はそれを地元の奴らに伝えたくて無理言って地元に帰らせてもらった
家族や高校の時の同級生が俺を盛大に祝ってくれた
その中に松永はもちろんいて、誰よりも俺を激励してくれた
「お前やっぱいけたじゃねぇか!」
あの時、軽く言ったことが実現されてしまった
「怜が思ってるほど簡単な道のりじゃなかったよ」
「うるせぇうるせぇ 終わり良ければ全て良しなんだよ」
「まだ世界大会決まっただけだから終わってねぇよっ!」
俺が地元の恩人への挨拶を終わらせると松永が俺に高校時代よく行った商店街のラーメンを奢ってやると誘ってきた
俺はあの懐かしの味を堪能したかったからその誘いにのった
そのラーメン屋でお気に入りの豚骨ラーメンを啜っている時だった
商店街の街道から女性の叫び声がした
俺と一緒にいた松永は慌ててラーメン屋を飛び出た
叫んだであろう女性のところまで駆けつける
「大丈夫ですか!!」
松永がそう声をかけた瞬間だった
パァン!!
銃声が響いた
俺はその銃声をラーメン屋の前で聞き、耳がキンとし、反射で目を瞑った
恐る恐る目を開くとそこには親友の無惨な姿があった
首を横から貫通した弾丸が地面に転がった
親友は静かに倒れ、ゆっくりと流血する
「怜ィィィィイ!!!」
俺は叫んだ
だが、怜の命は尽きていた
叫んでいた女性が更に大きな悲鳴をあげてそこから立ち去ると俺はその悲鳴を合図にするかのように走った
怖かったんだ
死という言葉を脳裏に浮かばせたくなかった
ここで振り返って親友の死体を抱えれば俺は、
殺される
激痛の中で没頭した陸上をこんな一時の出来事で無に帰してしまう
それはできない
俺は世界大会で優秀な成績を残すまで死ぬわけにはいかない
そういう俺の強い意志が地元の親友を奈落に落とした
病院に連れていけば失われることのなかった命だったのかもしれない
だが、俺はそれをしなかった
自分の得たものを失いたくなかったんだ
俺は最低だ
自分を守りために他人のために動いた親友を置いていった
結局、自分が失ったものは一時的なものだ
靭帯損傷、この時につけられた傷が完治したのにも関わらず、俺を襲う
右足首の痛みと失った親友を脳内にぼんやり浮かべながら、、
俺は泡を吹いた
黒木が椅子から落ちるように倒れる
「く、黒木さん!!」
詩音が慌てて黒木の首元で脈を取る
「………!」
し、死んでいる…!!
「死体発見、」
1秒の間もなく、悪魔の声が響く
『MerryXmas 10番 塩崎 詩音 が1階 食堂にて 14番 黒木 渡 の死体を発見
60分以内に会議を発令し、処刑人を吊るせ』
生存者
最上 凑 小波 千鶴 小波 千雛 遠藤 新次郎
亜久里 刹那 塩崎 詩音 杉沢 遥 三鷹 瑠愛 黒木 渡 豊代 竜司
会議終了から1時間
22時頃
それぞれがそれぞれの場所で緊張を和らげていた
3号室
「ミナミーン!神経衰弱しよ!」
「う、うん、、」
最上は千雛に遊ばれていた
千雛はホントに元気だな…俺はもう今日1日で疲れたというか、、精神的に死んできてるよ…
そんなことお構い無しにトランプを無作為に裏返して床に並べる
「じゃあ始めよう!なら私からね!」
千雛がスペードの5をとり、もう1枚を返すとダイヤのエースだった
「まぁ最初だしこんなもんでしょ」
次々とターンが回っていると千雛が静かに口を開いた
「ミナミン」
「なに」
トランプをひっくり返しながら耳を傾ける
「今から言うことに驚かないでね」
「あぁ 内容によるけどできるだけ努力するよ」
揃ったトランプを手元に引き寄せた
「私、あの刑事が死んで嬉しかった」
「……!」
約束は守れなかった
最上は声も出さずに驚いてしまった
「そ、それってなんで」
平然を装うようにターンを回して千雛がトランプを返した
「嫌いだったから」
「もっと具体的に」
2枚目のトランプは1つ目のトランプと数字が合わず、2枚を裏に返した
「私のお父さんを殺したから」
最上の手が止まった
もう平然を装うことなどできずに手に取った1枚目のトランプを落としてしまった
「それって…」
「私が今から説明すること誰にも言わないでね」
緊張が部屋中を包み込んだ
カフェルーム
描こう…
小説を描こう…
茜なら多分、こんな状況でも好奇心を持って描きたいものを描いてるはず、、私はあの子に負けちゃダメだから
愛用のミリペンの鋭い先端を原稿用紙の1マス目に突きつける
だが、文字を書くには至らずインクが一点に染み込んだ
「お悩みのようですね」
カフェルームの扉から豊代が杉沢に話しかけた
「豊代さん お茶ですか?」
「ええ、雑誌でも読みながらコーヒーをいただこうかと」
「こんな時間にカフェイン取ると眠れなくなりますよ」
「こんな状況で眠れるもんですか」
ご最もである
寝れば殺されるという意識が誰しもあった
コーヒーを注いで杉沢の前に座る
「小説を描くのは楽しいですか」
「楽しいですけど、、私、流行りに疎くて、どんなものが誰に刺さるのか分かんなくて、、よく行き詰まるんですよ」
「『屍の宴』は面白かったですよ」
「もう読み終わったんですか」
「主人公の狩屋は自分の今いる場所の周辺で亡くなった人物と対話できるという斬新な設定が私には刺さりましたよ」
「……!ははっ ありがとうございます」
図星をつかれたように反応し、苦笑いになる
「謙遜じゃないですよ 普段雑誌しか読まない僕からの感想はあてにならないかも知りませんが面白かったです」
優しい目だった
杉沢はその目を脳内に焼きつける
自分の作品を面白いと言ってくれる存在の輝いた目を
「流行りなんてどうでもいいと思います」
豊代が語り始める
「僕は表現者や芸術家じゃないですから偉そうには言えませんが、どんなものでも刺さる人には刺さります」
杉沢はそれを真剣に黙って聞いていた
「自分と好きなものが同じ人なんていくらでもいると思います だから、好きなものを描けば良いのではないでしょうか」
杉沢は彼の光に当てられながらミリペンを進めた
10号室
詩音の部屋で千鶴と詩音が向かい合って話していた
緊張が張り詰めている
千鶴は悲しげに目を落とした
「もう5人も死んじゃった…」
「うん…」
「もうこんなゲーム終わりにしたい!!」
大粒の涙を床に落としながら大きな声で言う
「でも、仕方ないよ」
その他人事のような発言に少々の怒りを覚えた千鶴が頭を上げながら言う
「仕方ないなんてないでしょ!!あなたのお父さんだって…!」
目に映った詩音の表情に驚愕して涙が止まった
「な、なんて顔してるの…」
詩音を背後から見ると心做しか影を深く感じた
運動ルーム
遠藤と黒木が柔軟でストレッチをしていた
「あ、痛たた」
遠藤が背中で自分の両手を掴めず脇に痛みを感じる
「遠藤さん 硬いですね~」
黒木は余裕で股を床に着けて背中で手を掴みあっている
「もう歳なんでね!」
そう言いながらも諦めることはせず挑戦する
「お2人は元気ですね」
入口から聞こえた豊代の声にどよめき、遠藤の体制が崩れ、転んだ
「え、遠藤さん!」
黒木がすぐに転んだ遠藤を支えに行く
豊代が部屋に入ってきて「これはすみません」と一言、遠藤に謝った
「いやいや気にせんでいいよ」
と1人で起き上がりズボンを叩いた
豊代が遠藤が立ち上がったことを確認して問う
「なぜこのような状況でも運動をするのですか」
黒木が「それは~」と遠藤と目を合わせる
「気晴らしです」
まさかの解答に豊代は目を見開いた
「不安を紛らわしたいんですよ なにかしないと不安で死にそうになるから」
黒木は大の運動好きだった
それさえあれば嫌のことを忘れられるほどの
黒木が右足首を2人に見せる
何の変哲もないただの足首だ
「外傷はありませんでしたけど俺、右足首の靭帯を損傷したことがあるんです」
豊代が見せられた足首を見つめる
「靭帯か…その損傷は酷かったのですか」
医者として靭帯損傷の痛みや完治までにかかる時間は熟知している
怪我の具合から黒木が追ってきた日々を脳内に描いて共感しようとしている
「2ヶ月くらいで治りましたよ そこまで心配されるほどの損傷じゃありませんでした 同じ部位をやれば考えた方がいいとは言われましたけどね」
個人差もあるが靭帯損傷の完治までにかかるのは短くて約3週間、長くて約12週間である
妥当な数字か…しかし同等の傷を負い続ければやむ無く陸上界から静かに消えてしまうだろうな…
あの神童のように…
豊代の脳裏に浮かんだのは黒木と同じ陸上選手の大きい背中だった
遠藤が「ふぅー」と息をついた
「立ち話すると熱が冷めるね」
先程まで運動で帯びていた熱が冷えてきたようだ
「これは僕がお邪魔しましたか」
「いやぁこんな状況でも運動を続けている僕たちの方が異常だよ それに喉が渇いた」
黒木が提案する
「ならカフェルームで休憩しますか?」
「いや、そこには原稿用紙に向かっている努力家がいるのでやめておきましょう」
言うまでもなく杉沢のことだ
カフェルームで感想を伝えてからずっとミリペンを強く握って物語を描いているようだ
「なら食堂ですね スポドリが飲みたい」
黒木は食堂の冷蔵庫の中に勝手に持参したスポーツドリンクをほぞんしている
3人は運動ルームを出て隣の食堂に向かった
食堂に入るとすぐさま遠藤がキッチンルームに入る
「僕が取ってくるよ 豊代くんは何がいいかな」
「僕はさっきカフェでいただいたので…」
「なら冷えたお茶でも飲みなさい」
「そう言うならばお言葉に甘えて」
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黒木がそれに気づいて聞いた
「遠藤さんは飲まないんですか」
「ああ大丈夫だよ」
遠藤も黒木の隣に座った
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「豊代くんはなんで医者になろうと思ったんだい?」
豊代は口に着けたコップを置いた
「それは あなた達みたいな方々を支えるためですかね」
2人は互いに首を傾げた
「僕 小さかった頃、体が弱くて外で遊べなかったんですよ」
過去の自分を頭に浮かべながら話す
「家の窓から遊ぶ子供たちが見えると自分はあの場所には行けないのだとそう思ってたんです」
2人は親身に豊代の目を見る
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「その選手の言葉に胸打たれて自分もあんな人たちと仲間になれるんのだと思い、この道を志しました」
遠藤が小さめに「その選手って…」と聞くと
「あなたでよ 遠藤元選手」
黒木が「え」と言わんばかりの顔で遠藤を見た
「僕、あなたが載っている雑誌や新聞は全部読みましたよ」
遠藤がドキリとする反応を見せた
「図星ですね」
余裕の態度で遠藤を見る
突然として唯ならぬ空気が充満する
黒木はその空気に呑まれ、言葉を発せなくなってしまった
「場所が悪いですね 遠藤さん お手洗いご一緒願えますか」
「え、ええ 問題ないでしょう」
戸惑いを隠しきれていないまま2人は黒木を置いて食堂を出た
黒木が緊張した空気から解放され、「フゥー」と一息、ついてペットボトルに口をつけると入口から少女の声がした
「あ、黒木さん」
黒木は不意で驚いてしまい、スポーツドリンクを詰まらせ、ゲホゲホと咳き込んだ
入ってきたのは詩音のようだ
「あ、すみません」
「う、ううん!全然大丈夫だよ!」
頭を下げる詩音に両手で不本意でないことを伝える
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「いや、さっきまで豊代さんと遠藤さんがいたよ」
「あー先程すれ違った2人がいらっしゃったんですね」
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「なにやら唯ならぬ気配がしましたけど何かあったんですか」
「えー、、な、ないよ~~」
誤魔化すのが下手である
それに詩音も気づいたがあえて触れずに話を進めた
「まぁいいです もっと大切なこと話に来たので」
またもや冷たい空気が張りつめた
黒木の苦笑いは消えて表情が固まった
詩音は視線を自分の手に向ける
「私、Mr.クリスマスの正体が分かった気がします」
黒木はその衝撃たる発言を聞いても何一声を出さない
無反応な黒木を不審に思いながらも話を続ける
「それは、、"----------" です」
衝撃の真実を黒木に伝え、詩音は微笑む
詩音は頭をあげて呆気に取られているであろう黒木の顔を拝もうと視線をあげる
「黒木さんはどう思います?」
だが、黒木の表情は詩音の想像しているものとはかけ離れていた
「え、」
思わず詩音も声が漏れる
ペットボトル1本分のスポーツドリンクを飲み干し、空になったコップを握ったまま、天井に視線をむけて、口を僅かに開いた無表情だった
7年前、、
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その証にトロフィーを授与されたのだ
その高校で同じく陸上部に入っていた松永 怜が俺にこう言った
「お前なら世界選手なれるんじゃね」
俺はそれを「そんな気楽に想像つくことじゃねぇよ」と軽率に返した
でも、陸上は大好きで学業は壊滅的だったため、そのまま、高卒でプロ入りした
すぐに地元から離れて東京でトレーニングと経験を積んだ
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コーチの指導は厳しく、高校の時とは比べ物にならなかった
走りだけでなく、高飛びやハードル越えにも身を投じてあらゆる身体部位を強化していった
5年前、20歳にして雑誌に乗るほどの活躍を魅せた
100m 9.12の記録を弾き出し、その記録を出した大会で世界大会への出場がほぼ確定した
俺はそれを地元の奴らに伝えたくて無理言って地元に帰らせてもらった
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「お前やっぱいけたじゃねぇか!」
あの時、軽く言ったことが実現されてしまった
「怜が思ってるほど簡単な道のりじゃなかったよ」
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「まだ世界大会決まっただけだから終わってねぇよっ!」
俺が地元の恩人への挨拶を終わらせると松永が俺に高校時代よく行った商店街のラーメンを奢ってやると誘ってきた
俺はあの懐かしの味を堪能したかったからその誘いにのった
そのラーメン屋でお気に入りの豚骨ラーメンを啜っている時だった
商店街の街道から女性の叫び声がした
俺と一緒にいた松永は慌ててラーメン屋を飛び出た
叫んだであろう女性のところまで駆けつける
「大丈夫ですか!!」
松永がそう声をかけた瞬間だった
パァン!!
銃声が響いた
俺はその銃声をラーメン屋の前で聞き、耳がキンとし、反射で目を瞑った
恐る恐る目を開くとそこには親友の無惨な姿があった
首を横から貫通した弾丸が地面に転がった
親友は静かに倒れ、ゆっくりと流血する
「怜ィィィィイ!!!」
俺は叫んだ
だが、怜の命は尽きていた
叫んでいた女性が更に大きな悲鳴をあげてそこから立ち去ると俺はその悲鳴を合図にするかのように走った
怖かったんだ
死という言葉を脳裏に浮かばせたくなかった
ここで振り返って親友の死体を抱えれば俺は、
殺される
激痛の中で没頭した陸上をこんな一時の出来事で無に帰してしまう
それはできない
俺は世界大会で優秀な成績を残すまで死ぬわけにはいかない
そういう俺の強い意志が地元の親友を奈落に落とした
病院に連れていけば失われることのなかった命だったのかもしれない
だが、俺はそれをしなかった
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俺は泡を吹いた
黒木が椅子から落ちるように倒れる
「く、黒木さん!!」
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1秒の間もなく、悪魔の声が響く
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冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
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「俺、前から思ってたんです。
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