追放鍛治師の成り上がり〜ゴミスキル『研磨』で人もスキルも性能アップ〜家に戻れ?無能な実家に興味はありません

秋田ノ介

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公爵家付き工房

第23話 治療開始

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僕は目を覚ました。

「お目覚めですかな?」

誰だ?

……ああ、お医者さんか。

アリーシャ……ちゃんと連れてこれたんだな。

偉いぞ……。

起き上がると頭が痛む。

そして、頬が大きく腫れていた。

僕は手に握っていた砥石で頬をなでた。

シュッ……。

ああ、やっぱり治るのか……。

本当にこの砥石に治療の効果があったんだな。

でも……

「あまり、べたべた触らないでくれませんか?」
「いや、これは凄いことだ。擦っただけで治ってしまうとは……」

医者の顔がものすごく近い位置にある。

しかも、興奮しているのか、鼻息がものすごく当たるのが不快だ。

「あの……」

ん?

「あっ!! フェリシラ様!!」

僕は医者を突き飛ばし、隣りに立っていたフェリシラ様を見上げた。

「本当に申し訳ありませんでした! 真剣に治療して頂いたのに、私ったら……ちょっと裸を見られたくらいで……」

いえ、ちょっとではありません。

ガッツリ見させてもらいました。

「気にしないで下さい。服を脱ぐように言ったのは僕です。全ては僕の責任で」

「ほお。服を脱げ……君はそう言ったのかな?」

デルバート様……どうして。

「いや、あの……ちょっとした誤解で……」

あれ?

どうして、手を握ってくるんだ?

「ありがとう!! 君には感謝してもしきれない。まさか、君にこんな力があったとは……」

えっと……なんだか、恥ずかしいな。

「僕も知らなかったんです。こんな事が出来るなんて……」
「そうだったのか……それで?」

ん?

何が?

「どれくらいで治療は終わるんだい? 今日か? 明日か?」

えっと……僕はフェリシラ様の体を見つめた。

上から下まで……。

「そんなに見つめられたら、恥ずかしいわ……」

……。

「フェリシラ様。僕ってどれくらい足に触れていましたか?」
「えっと……三時間……くらいかしら?」

片足だけで三時間……。

フェリシラ様の病気は全身に及ぶ。

……。

「一週間はかかると思います……」
「そうか……だが、一週間で治るのか! それは素晴らしい。おい!! 至急、用意しろ!!」

ん?

何が始まるんだ?

……。

どうして、こうなる?

「あの……どうして、ベッドを二つ並べるのですか?」
「お、お兄様、これは一体……」

「何を言う。我が妹の治療をするのに、帰るつもりではないだろうな?」

いや、そのつもりですけど?

「当たり前じゃないですか。ここで寝泊まりする理由なんて……」

僕は今、工房の奥で寝泊まりしている。

どう考えても、ここに泊まる理由がない。

何か、あればすぐに来れるのだから。

「ダメだ! これは一分、一秒を争う事態だ。付きっきりでなければ困る!!」

そんな……。

でも、フェリシラ様が困るのでは?

僕みたいな庶民と一緒に同じ部屋で寝るなんて……。

「フェリシラ。お前もいいな?」
「はい。当主様の仰せのままに」

本当に?

本当にそれでいいの?

「フェリシラ様。本当によろしいのですか?」
「も、もちろんですわ」

随分と上ずっているな。

無理をしているよな……。

やっぱり、断ったほうが……。

「私からも命じます。ライル、あなたはここで私への治療に専念すること。いいですわね?」

……。

「分かりました。ですが、アリーシャも一緒でもいいですか?」
「……ええ。いいですわ」

なんだったんだ? 今の間は。

どうして、デルバート様は笑いをこらえているんだ?

医者も女中も……どうして、皆……そんなに温かい目でフェリシラ様を見ているんだ?

訳がわからない。

結局、一週間のフェリシラ様の部屋で寝泊まりをすることになった。

その間は武具製造は中止だな……。

「アリーシャ。お使いを頼めるか?」
「任せて下さい!!」

頼もしいな。

僕は親父の店に行ってもらい、しばらく納品は休むことを伝えるように頼んだ。

後日、決死の覚悟で公爵屋敷に出向いてきた親父の姿を見た。

アリーシャ……一体、何を伝えたんだろうか?

……それはともかく。

フェリシラ様の治療が始まった。

「えっと……どこから始めますか?」

前は試しに始めたから足から、ってことだけど。

今回は全身をやるつもりだから、どこから始めてもいいんだけど……

「顔から……お願いします」

そうだよな。

フェリシラ様はいつも鏡の前で髪をとかす。

その度に大きなため息をついているのを何度か見かけた。

「分かりました。多分、顔だけでも一日はかかると思います。ですから……」

フェリシラ様は自分の衣類に手を掛けていた。

「脱がなくていいですよ」
「そう……」

どうして、残念がるんだ?

僕としては服を着ていてもらったほうが、心が動揺しなくて済む。

「じゃあ、始めますね」
「お願いします」

シュッ……シュッ……

頬を撫でるように砥石を動かしていく。

みるみる、顔色が変わっていく。

浅黒い色から透明感のある白い肌に……。

「ねぇ、ライル」
「あっ! ごめんなさい。顔が近すぎましたね」

つい、夢中になったせいで、触れるかどうかまで顔を近づけてしまっていた。

「いえ、もっと近づいてくれても……ではないですね。私の顔は元に戻るでしょうか?」

「えっと……鏡で見てみます? 顔半分は終わったので」

僕は手鏡を手渡した。

だが、フェリシラ様は手鏡をあげることはなかった。

「どうしたんですか?」
「とても、怖いんです。また、あの醜い顔が映ったりしないか……」

えっと……。

正直、顔半分は浅黒いままだ。

研磨した部分は……。

「じゃあ、終わってからにしましょうか」
「そうね……」

僕は手鏡を受取り、再び、研磨を始めた。

「ねぇ、ライル」
「ちょっと、待ってくださいね。もうちょっとで終わるので」

「いえ……その……なんでもありません」

あと少し……。

あと少しなんだ……。

研磨する手にも力がこもる。

終わった……。

「やあ、素晴らしいじゃないか」

「デルバート様……今ちょうど、終わった……」

なんで、不機嫌そうな顔をしているんだ?

もしかして、何か粗相でも?

いや、それはないはずだ……

「なんとも複雑な気分で見させてもらったよ」

一体、いつから……全く気配を感じなかったな。

「愛する妹が他の男と顔を密着させている姿はこう……胸に来るものがあったよ」

何の話だ?

僕はそんな覚えは……。

「一体、何のことか……」
「あの、ライル? 気づいていなかったの? その……私の唇と……あなたの唇がその……触れて……」

へ?

それって……。

「ご、ごめんなさい」

僕はベッドから降りて、土下座をしていた。

「ううん。いいの。ライルが真剣でやっていたことは私が誰よりも知っているわ。ちょっと、恥ずかしかっただけで」

僕は、本当に心の底から謝っていた。

庶民が貴族の令嬢の唇を奪ったとあれば、打ち首も覚悟しなければならない。

僕にはまだやることが……。

それにせめて、処刑は感触を感じてからお願いしたい!!

「いやいや。だそうだ、ライル君。妹が許している以上は私も許そう」

……良かった。

「じゃあ、これを妹に渡してくれたまえ」

手鏡……。

「分かりました」

僕は立ち上がり、手鏡をフェリシラ様に手渡した。

「もう、大丈夫ですよ」

彼女は手鏡をゆっくりと持ち上げ、自分の顔を鏡越しに見つめていた。

「こんな……事って……」

彼女の頬には涙が流れていた。

「ありがとう……ライル」

夕暮れに包まれた部屋の中で、彼女の顔は光り輝くような美しさに変わっていた。
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