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第149話 クレイ②

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 しばらくすると、着替えを終わらせたマグ姉たちが居間に戻ってきた。クレイはエルフの民族衣装? というものを身にまとっていた。きれいな素足がよく見える素晴らしい衣装だ。やはりきれいな服を着ると、美しさが際立つな。あれ? なんで短刀なんて持ち歩いてるんだ? あまり感心しないが、皆が止めないのだから問題ないのだろう。マグ姉とミヤはいつもの普段着に戻っていた。外着もいいけど、やはりその姿が一番見ていて落ち着くな。シェラは、いつもの服装だ。シェラにも部屋着を作ってもらうか。

 そんなことを考えていると、女性たちが居間のテーブルに着き始めた。特に意思疎通をしていたようには見えないが、僕の妻達が一席だけを残して座っているのだ。この妻達に囲まれた一席に、クレイが何も言わずに席についてのが印象的だった。僕はというと、この屋敷の主であるにも拘わらず、テーブルの隅っこに座ることになった。別に、ここに座れと言われたわけではないが、なんとなく雰囲気に押されて、ここに座ることにした。

 しばらく、沈黙が続いた後、意外にもエリスが口火を切った。

 「私はエリスと言います。ここでメイドをしていて、縁があってロッシュ様の妻にしてもらいました。クレイさんと呼んでもいいですか? ここにいるのは、皆ロッシュ様の妻ですから、正直に答えてくださいネ。クレイさんはロッシュ様の婚約者になったと伺いましたが、本当ですか? ロッシュ様を疑うわけではありませんが、やはり本人から直接聞きたいと思いまして」

 「まずは、自己紹介をさせてもらいます。私はクレイ=レントークです。私のことは、クレイとお呼びください。質問にお答えします。私の意志でロッシュ公の婚約者とさせていただきました」

 「そうですか。では、クレイさん、歓迎いたしますね」

 エリスの言葉にクレイはかなり拍子抜けしたような表情をしていた。僕も拍子抜けだ。もっと、どろどろっとした感じの雰囲気が流れるのかと思っていたが、こうもあっさりとしたものとは。クレイは、さすがにこれはおかしいと思ったのか、エリスに話しかけた。

 「それだけですか? その、自分で言うのは何なのですが、氏素性も分からないような私を、そんな簡単に受け入れてもいいんですか? もっと、色々と試されるものと思ってすごく緊張していたのに、これでは拍子抜けもいいところですよ」

 クレイの言葉を聞いて、エリスが首を傾げていた。

 「何を言っているんですか? 氏素性なら、クレイ=レントークさんと教えてくれたじゃないですか。それに簡単というわけではありませんよ。クレイさんは、しっかりとロッシュ様の信頼を得ているではありませんか。これ以上のことはありませんよ。本当に、クレイさんとお話がしたかっただけですかから」

 すると、ミヤも話に参加してきた。

 「氏素性って言うなら、ここは確かな人のほうが少ない気がするけどね。そもそも、人間はマーガレットだけだし。気付いているか分からないけど、私は吸血鬼。エリスは亜人。リードはエルフ。シェラは……元女神だっけ? とにかく、自分が何者なのかなんて、ここでは関係ないわよ。とにかく、みんなロッシュが好きなの。ロッシュのためなら、皆、自分を犠牲にするなんてなんてことはない人たちよ。私から聞きたいのは、クレイにその覚悟はあるのかしら?」

 おお、なんかミヤは恥ずかしいことを平然と言ってくれたぞ。すごく嬉しいな。こういう時でないと聞けない話ばかりを聞けるな。クレイはミヤの質問にじっと考えるような様子を見せていた。

 「正直にいいますが、婚約を申し出たのはその場の勢いで、ロッシュ公に愛があったかと言えば、分かりません。しかし、ロッシュ公のためならば、この命を捧げるのは何ら惜しくありません。ロッシュ公は、この世界になくてはならない存在なのです。亜人と人間、そして魔族までもと平等に接し、これだけの国を作り上げている者は、ロッシュ公をおいて他にいません。その方のためならば、私を全てを捧げる価値があると思っているのです。それに、私にここまで優しく接してくれた男性は他にいませんでしかたから……」

 「ふふっ。その気持ちだけ聞ければ、今は十分よ。私も王家に連なる者ですから、クレイの複雑な感情を理解できないわけではないわ。まぁ、これからもよろしくね」

 ほっとクレイがしていると、リードが今度は話し始めた。これって、順番に話していく感じなのかな?

 「ロッシュ殿の妻が増えることは私としては大歓迎ですよ。それに、私の服がこれほどぴったりなのは、クレイさんだけです。今夜着る衣装も後で貸しますから、是非、夜に使ってくださいね」

 やたらと夜を強調するのには意味があるのか? たしかに、妻達は胸が大きいのが多い。リードは決して小さい部類ではないが、皆と比べるとどうしてもな。でも、クレイもリードと同じくらいなので、仲間意識が芽生えてしまったのかな。よくわからないけど。

 次はシェラか? ん? シェラ、寝てないか? うん、完全に寝てるな。ヨダレ垂らしてるもん。皆がシェラの方に目を向けていると、マグ姉が咳払いをして、皆の注目を集めた。

 「とりあえず、皆の挨拶は終わったようね。これで、クレイをロッシュの婚約者と認めることにするわ。さて、話はここまでにして食事をしましょう。ラエルの街では皆には悪いけど、碌な物を口に出来なかったもの。エリスの美味しい食事を食べたいわ。もちろん、私も手伝うから。いいでしょ?」

 エリスは、もちろんですよ、と快く返事をして、マグ姉とリードを連れてキッチンの方に向かった。ホッとしているクレイに僕は、これからよろしくね、と声をかけた。すぐに、笑顔で、はいっ! という返事があった。僕が、寝ているシェラをソファーに横にして、布団をかけていると、ミヤは倉庫の方から酒樽を抱えて居間に戻ってきていた。

 この展開はいつものが始まってしまうのか? 一応、クレイに酒は飲めるか、と聞くと今回が初めてになるようだ。クレイの国では18歳が成人になるようで、アウーディア王国に送られてから18歳を迎えたため、酒を飲む機会がなかったようだ。ミヤの飲みに付き合うと大抵は自分の許容量を大幅に超えるほど飲んでしまう。特に初めて飲むなんて、危険極まりない。クレイを守るのは僕しかいない。僕はクレイの横に座り、ミヤからの酒の誘いを拒みつつ、村で製造されている酒を丁寧に紹介して、試飲をしてもらった。

 エールから始まり、ウイスキー、米の酒と続き、最後に魔酒を飲んでもらった。初めて飲むと言う割には、酒に抵抗がないのか、注いだコップを次々と空けていく。どうやら、クレイは米の酒が気に入ったようだ。これだけは、いくらでも飲めます、といって最初は小さなコップだったが、大きなコップで飲み始めていた。米の酒はマグ姉も大好きだ。きっと気があるだろうな。クレイがコクコクと飲み干し、コップをテーブルに静かに置いた。

 「ここは本当に私が住んでいた世界と同じなのでしょうか? 私はとても幸せです。この幸せが壊れてしまうのではないかと恐怖すら感じてしまいます。ロッシュ様!! 私をこの村に住まわせてくれませんか?」

 クレイは何を言っているんだ?

 「クレイは僕の婚約者になったのではないのか? この屋敷に当然住むんだぞ」

 クレイは本気で婚約者になっていることを忘れていたようで、ものすごく恥ずかしそうな顔をしていた。緊張しっぱなしで、この酒を飲んだら、そうなるだろうな。たぶん。しかし、クレイは少し飲み過ぎだな。僕は、クレイから酒を奪おうとすると、僕に奪われまいと、樽をすぐに僕の手が届かないところに移動した。ここにもう一人、酒豪が誕生したわけか。ミヤもその光景を見て、とても上機嫌だ。

 そういえば、色々な出来事があったから忘れていたけど、今日は王国軍と戦争して勝ったんだよな。待てよ。これって、祭りの口実になるな。よし、明日、ゴードンに相談するか。独立祭とか銘打ったら格好いいな。まぁ、一杯飲んで、祝い酒を楽しむか。と、コップにウイスキーを注いでいると、夕食が運ばれてきた。今夜は魚か。旨そうだな。

 匂いにつられたのか、シェラも起き出してきて、改めて、本日の戦勝と婚約者の誕生を祝って乾杯をした。そこからは、いつものようにミヤとマグ姉とシェラで飲み勝負が行われ始めた。クレイも参戦したが、すぐに撃沈させられた。やはり経験の差があったか。クレイの飲み力を三人が冷静に分析を始めたことにはかなり引いたが、それでも三人はクレイのことを気に入ってくれたようだ。
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