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聞こえない音・Ⅰ

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 団子屋の格子窓が、静かに開いた。
 他の店の格子窓や引き戸も、徐々に開き始める。
 開けた戸口から、人々が恐々と顔を出した。
 魔獣が去ったことを確認し、ゆっくりと表に出てくる者も現れた。

 「そこの茶屋の娘だ。
 すまぬが、面倒をみてやってくれ」
 景山は、表に出てきた中年の夫婦に声を掛けると、まだ気を失ったままの茶屋の娘を預けた。

 娘を預けた後、改めて浅草広小路を見回した。
 凄まじい惨状である。
 あちこちに転がる屍は、50体を超えているように見えた。 
 巨大な嘴や爪で裂かれたため、どの死体も損傷が激しい。
 まだ息があり、呻き、動いてはいるが、助かりそうもない者を含めれば、最終的な死者は100に達しそうであった。
 人面鳥戦を遥かに超える被害である。

 外に出てきた町人の中には、悲鳴を上げる者、たまらずに嘔吐する者、慌てて店内に戻り、再び戸を閉める者もいた。
 敗北である。
 旗本による、ぐりふぉむ討伐は完全な失敗であった。

 「景山!」
 通りの向こうから、佐竹が駆けてきた。
 一緒にいたはずの後藤の姿が無い。
 なぜか佐竹は、槍を持っている。
 さらに佐竹の腰には、脇差はあるが、太刀が無かった。

 「佐竹様。
 後藤はどこに?」
 景山が問う。
 「駕籠を追っていきよった」
 佐竹は困惑した顔で、西の方を見た。

 「駕籠?」
 景山は怪訝な顔になった。
 西の方向に、駕籠を追っていったと言うことなのだろうが、そもそも、何の駕籠なのかが分からなかった。
 「駕籠とは、何の駕籠でしょうか?」
 「……分からぬ」
 佐竹に聞いても分からなかった。

    ◆◇◆◇◆◇◆

 少し前。
 広小路に戻ってきたぐりふぉむを見た後藤は、その挙動がおかしなことに気付いた。
 先ほどまでとは違い、妙に大人しくなっただけではなく、何かを探るように頭をあげ、周囲に視線を巡らせている。
 ……犬か。
 その仕草が、どこか犬を連想させることに気付いた。

 後藤は以前、シシ肉を分けてもらうため、猟師の山小屋を訪れたことがあった。
 囲炉裏を挟んで、老いた猟師と雑談をしていると、犬は人間の聞こえない音を聞くことができるという話になった。
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