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二十日目
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「どうしたの。どこかぼんやりしてるね」
殿下の愛撫の手が止まった。今は体中をくまなく撫でられて、それはマッサージのように俺の体のこわばった箇所を解きほぐして、神経経路も血の巡りも改善してくれているようだ。
(まったく、エルフはおそろしい生き物だよな……)
殿下のこの能力が外部に漏れたらどうなってしまうか想像に難くない。きっとどの国も、血眼になって彼を奪い去ろうとやっきになる。そうなれば、Y国は永遠に争ごとから縁が切れず、平和な時代はなくなるだろう……殿下がここに留まる限りは。
(殿下は『自由に』なるわけじゃなくて、この国を戦いから解放したいんだろうな)
戦いの火種となる自分の存在を、この王宮から消してしまおうとしたのだ。しかし兄王が儚くなり、それも難しくなってしまった。
(エルフの力を悪用されない為には、もう存在そのものをなくすしかないんだ)
だからエルフは伝説だと、実在しないのだと、そういう話が故意に広められたのだ。そうでなければ、彼らに安息の地はなく、また彼らの行き先に安寧はない。それなのに、まさかどこかの国の王宮という、権力闘争の深部に入り込んでいたとは。
「……こら、僕のほうを見て」
「うっ、わ……、ちょっと!」
俺を快楽へ導く手の動きが激しくなった。自分と一緒にいるのに、他のことに気を取られているのが我慢ならないのだ。共に過ごすひとときは、仮初でも彼に全身全霊夢中になっていなければへそを曲げる。かくもエルフとは、面倒な連中だ……。
「僕が特別というわけではない。恋人ならば、当然のことだ」
「そう、ですね……」
「本当に分かってる? 体を触れ合わせているのに、気もそぞろなんてどれほどショックか……僕以外の何が、君の気持ちを捕らえているのだろうって……それを消し去ってしまいたい」
「んう……」
甘く唇を重ねられ、口内をねぶられる。注がれる唾液さえも甘く、喉の奥にしみこんで、体の芯を熱くさせた。俺は自然と両足を重ねられた腰に絡ませると、殿下は喉の奥を鳴らして喜んだ。体をすり合わせる仕草は、どちらかというと小さな子が甘えるような動きに近い。甘えたくて、愛してもらいたくて仕方のない、無垢で健気な子どものようだ。
「はあ、かわいい」
「それは、違います……」
殿下は唇を離すと、心底意外という顔で俺を見下ろした。
「僕のかわいいは、僕にしか通用しない」
「そうでしょうね」
「でもそれは、僕にとって正しければいい。誰かのかわいいは、僕には関係ない」
「まあ……そうでしょうね」
彼にとって、俺のどこがツボだったのだろう。なぜか、とても知りたくなった。それは若さを失えば無くなってしまう、有限で脆いものか。それとも……何かしら永続し得るものか。
「殿下の趣味は、俺にはさっぱりです。だから教えていただかないと、謎のままです」
「君の目だよ。施設にいた頃の、君の目……ひと目で囚われた」
「施設って、うちの国のですよね。俺、どんな目してました?」
「あきらめたようなふりして、あきらめてない目」
瞼に、唇がやわらかく落とされる。
「往生際が悪いって意味ですか」
「それは悪い表現の仕方だね。僕は、すべての生き物は、生きのびようとあがく本能があって、それは植物でも動物でも、生あるものに共通する美しさだと思う。僕の種族は、ある特異性によって、その部分が欠落しているからね。あがくような瞳に、とてつもない魅力を感じてしまう」
泉の水面からすくいあげるように、俺の顔を両手でそっと持ち上げられた。あごの先に唇が触れると、本当に何もかも吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「俺の、目だけですか」
「ふふ、目から繋がるすべてかな。君の爪の先まで、その成分で保てているかと思うと愛おしい。あのような経験を経て、それでもこうして僕のそばに来てもらえたのは、本当に奇跡に思えて仕方ない」
「……そんな、大層なことなわけない。ただみっともなく、悪あがきで生きてただけです」
「君には、理解するのが難しいのかもね」
殿下の手が、慈しみを感じる手つきで頬を撫でた。どこか羨望のまなざしで、俺の顔をのぞきこむ。
たしかに俺には理解できない。殿下の心配事や、俺に対する思いもはかりかねる。俺の体についてだろうな、ということは分からなくもないが、それだけじゃない気がする。だいたい俺の体は、たぶん殿下が手を出せば解決する……はずだ。試した事ないから分からないが。
(それに殿下の父親は、たぶん普通の人間だろ?)
殿下の父親は、当然かつてのY国国王陛下で、たしか病死したはずだ。母親がエルフであることは間違いなさそうだから、つまり殿下は人間とエルフのハーフということになる。そうなると、その癒しの力がどの程度なのか謎だ。
俺の傷は、確実に癒されてきてる。でも、延命となるとどうか。傷痕を治すとはわけが違うんだ。たとえ殿下が必死になって俺に手を尽くしても、どうにもならないかもしれない。
(俺がいなくなったら、殿下はどうなる?)
殿下のひたむきな愛情を注がれるほど、俺の心配は一層膨らんでくる。そのうち破裂して、粉々になって、俺が俺じゃなくなっても、殿下がずっと一人残されて俺を思い続ける……そんな未来を想像すると、ゾッとする。
(そんな未来、作っちゃダメだろ……)
殿下の愛撫の手が止まった。今は体中をくまなく撫でられて、それはマッサージのように俺の体のこわばった箇所を解きほぐして、神経経路も血の巡りも改善してくれているようだ。
(まったく、エルフはおそろしい生き物だよな……)
殿下のこの能力が外部に漏れたらどうなってしまうか想像に難くない。きっとどの国も、血眼になって彼を奪い去ろうとやっきになる。そうなれば、Y国は永遠に争ごとから縁が切れず、平和な時代はなくなるだろう……殿下がここに留まる限りは。
(殿下は『自由に』なるわけじゃなくて、この国を戦いから解放したいんだろうな)
戦いの火種となる自分の存在を、この王宮から消してしまおうとしたのだ。しかし兄王が儚くなり、それも難しくなってしまった。
(エルフの力を悪用されない為には、もう存在そのものをなくすしかないんだ)
だからエルフは伝説だと、実在しないのだと、そういう話が故意に広められたのだ。そうでなければ、彼らに安息の地はなく、また彼らの行き先に安寧はない。それなのに、まさかどこかの国の王宮という、権力闘争の深部に入り込んでいたとは。
「……こら、僕のほうを見て」
「うっ、わ……、ちょっと!」
俺を快楽へ導く手の動きが激しくなった。自分と一緒にいるのに、他のことに気を取られているのが我慢ならないのだ。共に過ごすひとときは、仮初でも彼に全身全霊夢中になっていなければへそを曲げる。かくもエルフとは、面倒な連中だ……。
「僕が特別というわけではない。恋人ならば、当然のことだ」
「そう、ですね……」
「本当に分かってる? 体を触れ合わせているのに、気もそぞろなんてどれほどショックか……僕以外の何が、君の気持ちを捕らえているのだろうって……それを消し去ってしまいたい」
「んう……」
甘く唇を重ねられ、口内をねぶられる。注がれる唾液さえも甘く、喉の奥にしみこんで、体の芯を熱くさせた。俺は自然と両足を重ねられた腰に絡ませると、殿下は喉の奥を鳴らして喜んだ。体をすり合わせる仕草は、どちらかというと小さな子が甘えるような動きに近い。甘えたくて、愛してもらいたくて仕方のない、無垢で健気な子どものようだ。
「はあ、かわいい」
「それは、違います……」
殿下は唇を離すと、心底意外という顔で俺を見下ろした。
「僕のかわいいは、僕にしか通用しない」
「そうでしょうね」
「でもそれは、僕にとって正しければいい。誰かのかわいいは、僕には関係ない」
「まあ……そうでしょうね」
彼にとって、俺のどこがツボだったのだろう。なぜか、とても知りたくなった。それは若さを失えば無くなってしまう、有限で脆いものか。それとも……何かしら永続し得るものか。
「殿下の趣味は、俺にはさっぱりです。だから教えていただかないと、謎のままです」
「君の目だよ。施設にいた頃の、君の目……ひと目で囚われた」
「施設って、うちの国のですよね。俺、どんな目してました?」
「あきらめたようなふりして、あきらめてない目」
瞼に、唇がやわらかく落とされる。
「往生際が悪いって意味ですか」
「それは悪い表現の仕方だね。僕は、すべての生き物は、生きのびようとあがく本能があって、それは植物でも動物でも、生あるものに共通する美しさだと思う。僕の種族は、ある特異性によって、その部分が欠落しているからね。あがくような瞳に、とてつもない魅力を感じてしまう」
泉の水面からすくいあげるように、俺の顔を両手でそっと持ち上げられた。あごの先に唇が触れると、本当に何もかも吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「俺の、目だけですか」
「ふふ、目から繋がるすべてかな。君の爪の先まで、その成分で保てているかと思うと愛おしい。あのような経験を経て、それでもこうして僕のそばに来てもらえたのは、本当に奇跡に思えて仕方ない」
「……そんな、大層なことなわけない。ただみっともなく、悪あがきで生きてただけです」
「君には、理解するのが難しいのかもね」
殿下の手が、慈しみを感じる手つきで頬を撫でた。どこか羨望のまなざしで、俺の顔をのぞきこむ。
たしかに俺には理解できない。殿下の心配事や、俺に対する思いもはかりかねる。俺の体についてだろうな、ということは分からなくもないが、それだけじゃない気がする。だいたい俺の体は、たぶん殿下が手を出せば解決する……はずだ。試した事ないから分からないが。
(それに殿下の父親は、たぶん普通の人間だろ?)
殿下の父親は、当然かつてのY国国王陛下で、たしか病死したはずだ。母親がエルフであることは間違いなさそうだから、つまり殿下は人間とエルフのハーフということになる。そうなると、その癒しの力がどの程度なのか謎だ。
俺の傷は、確実に癒されてきてる。でも、延命となるとどうか。傷痕を治すとはわけが違うんだ。たとえ殿下が必死になって俺に手を尽くしても、どうにもならないかもしれない。
(俺がいなくなったら、殿下はどうなる?)
殿下のひたむきな愛情を注がれるほど、俺の心配は一層膨らんでくる。そのうち破裂して、粉々になって、俺が俺じゃなくなっても、殿下がずっと一人残されて俺を思い続ける……そんな未来を想像すると、ゾッとする。
(そんな未来、作っちゃダメだろ……)
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