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二十二日目-1
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昨夜は一睡もできなかった。精神的に、というわけではなく、物理的に、だ。
「だいぶひどい揺れだったね。荷馬車ってこんなものだったかなあ。王宮に出入りしてるから少しはマシだとおもったのに」
「うえ」
「わっ、ロキ! 吐くなら外にしろよ!」
俺は絶賛、乗り物酔い中だ。ウルスの手を借りて荷馬車を降りると、空はすっかり明るくなってた。
(殿下、心配してるだろうなあ……)
昨夜、奥離宮に現れたウルスに誘われるまま、夜明けのドライブ……というには粗末すぎる荷馬車に乗って、城下町の郊外へ向かった。
「で、親父のよこした迎えとは、どこで待ち合わせてんの」
「えーと、ここらで一件しかない宿屋って言ってたな」
その宿屋はすぐに見つかった。小さくて古い外観だが、中はリノベしたらしく、新しくてきれいだった。部屋はすでに取っておいたようで、受付ですぐに鍵を渡された。
部屋は二階の角部屋だったが、小さなベッド二つを無理やり入れてるせいで、寝所以外のスペースはほぼなかった。
「待ち合わせまで、もう少し時間があることだし、これから長旅になるはずだし、少し眠っておいてもいいかもな」
「俺、旅の支度なんて、何もしてねーけど」
「俺も急だったから、お前を拾ってくるのが精一杯だったわ」
ウルスは、大きくあくびをすると、さっさと窓際のベッドに横になって、寝息を立てはじめた。
任務の終わりは、いつもこんなものだ。撤退のタイミングは唐突かつ絶対的で、指示が出たらすぐさま行動にうつさなくてはならない。日陰の任務ばかりの傭兵家業は前もってとか、あらかじめとか、ましてや見送りなどありえない。
(俺、帰国すんのか……)
ウルスの迎えは、俺の想定内ではあった。彼がこの国に滞在してた理由のひとつは、国からの撤退指示を受けて、俺を速やかに王宮から脱出させる手助けをする為だったのだ。
(刺客もほぼ捕縛したみたいだし、戴冠式まであと十日切ったし、ちょうどいい頃合いだったよな)
理屈では納得できるが、心はモヤモヤしてる。それはきっと、俺が不用意に、殿下に近づきすぎたせいだ。
任務中は、特定の人物と親しい関係を築くこともあるが、それはあくまで仕事上の話であって、本当に心を許すわけではない。俺だって、そういった訓練を受けてきたはずだが、今回はややしくじったようだ。
ケガによる施設での療養生活で、すっかり気がゆるんでしまった。しかも妾のふりした護衛だなんて、ぬるい立場に甘んじる仕事なんてはじめてだったもんだから、いろいろ距離感とか見誤った。
(俺じゃなくて、他の奴にやらせりゃよかったのに)
だけど、殿下が俺をご指名だったから、仕方なくお鉢が回ってきたのだろう。
「ロキ……眠らねえの?」
背を向けて眠っていたウルスが、首だけ回してこちらを見た。コイツもいろいろ苦労あったはずなのに、いつも俺や仲間を気にかけてくれる。
「撤退する時ってさ、大抵ボロボロで疲労感満載なのに、今回に限ってそうでもないから落ち着かなくてさ」
「あー分かる。前回の任務だって、撤退のルートもヤバかったもんな。よりによって、崖伝うルートでさあ」
「そうだったな……」
俺はふと、違和感を感じた。たしかに帰り道は厳しかったが、それをなぜ、この男が知ってるんだ。
たしかこの男は、腹に傷を負って、先に国へ強制送還されたはずだ。その後ずっと会ってなくて、今回の任務ではじめて再会した。
(それに、俺の足の傷も知ってた……)
俺は抜けきれない習慣で、つい右足を撫でてしまう。このケガは、最後の接近戦で負ったものだ。満身創痍で前線を離脱し、夜の闇を縫って崖伝いに脱出したあの絶望感を、帰国してから幾度となく思い出した。
しかし今の今まで、この男がいなかったことなど、考えも及ばなかった。
(待て、落ち着け……ゆっくりと、細く息を吐くんだ……)
最初に感じた違和感は、もっと前かもしれない。記憶をたどると、脳裏に浮かんだのは、紅葉狩りの翌日のことだ。
部屋から出してもらえない俺を、この男はわざわざ部屋まで訪ねてきた。
『それにしても外出中、しかも丸腰で、大人数の刺客に遭遇したのは、だいぶ運が悪かったな』
『大人数じゃない、たった五人だ』
なぜこの男は、俺が一人ではなく、複数の刺客に襲われたことを知ってたのか。
「ロキ……まだ眠れねえの」
「あ、うん……なんか目が覚めちゃって」
調べれば分かったことばかりかもしれない。
「無理ねえな。王宮のベッドに比べりゃ、粗末なベッドだもんなあ」
「いや、ベッドあるだけありがたいけど。てか、俺に気にせず寝ていいよ。ホテルからわざわざ王宮まで迎えにきてくれたんだから、お前の方が疲れてんだろ」
「ん、言わなかったっけ? 今俺、王宮に滞在してんだよ」
その言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
「なんかさー、セキュリティがどうとか言われて。ホテルの最上階だって、じゅうぶんセキュリティいいのにな」
「だよなあ……」
「それに、あの隊長さん? よく訪ねてくるんだよな。なんだアレ、俺に気でもあんのかな」
以前ウォータル副隊長が言って言葉が頭をよぎる。
『でも隊長、さいきんは一人にご執心でね』
この話は、あたかもレイクドル隊長がウルスに懸想してるような流れの話し方だったから、なんとなく聞き流してしまった。だが、もし隊長が別の目的を持ってたら?
ワイダール宰相補佐と交わした会話を反すうして、疑いを確信に変える。
『最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから』
『えっ、身元は割れてるんですか?』
『まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます』
この男が、最後の一人だ。
「だいぶひどい揺れだったね。荷馬車ってこんなものだったかなあ。王宮に出入りしてるから少しはマシだとおもったのに」
「うえ」
「わっ、ロキ! 吐くなら外にしろよ!」
俺は絶賛、乗り物酔い中だ。ウルスの手を借りて荷馬車を降りると、空はすっかり明るくなってた。
(殿下、心配してるだろうなあ……)
昨夜、奥離宮に現れたウルスに誘われるまま、夜明けのドライブ……というには粗末すぎる荷馬車に乗って、城下町の郊外へ向かった。
「で、親父のよこした迎えとは、どこで待ち合わせてんの」
「えーと、ここらで一件しかない宿屋って言ってたな」
その宿屋はすぐに見つかった。小さくて古い外観だが、中はリノベしたらしく、新しくてきれいだった。部屋はすでに取っておいたようで、受付ですぐに鍵を渡された。
部屋は二階の角部屋だったが、小さなベッド二つを無理やり入れてるせいで、寝所以外のスペースはほぼなかった。
「待ち合わせまで、もう少し時間があることだし、これから長旅になるはずだし、少し眠っておいてもいいかもな」
「俺、旅の支度なんて、何もしてねーけど」
「俺も急だったから、お前を拾ってくるのが精一杯だったわ」
ウルスは、大きくあくびをすると、さっさと窓際のベッドに横になって、寝息を立てはじめた。
任務の終わりは、いつもこんなものだ。撤退のタイミングは唐突かつ絶対的で、指示が出たらすぐさま行動にうつさなくてはならない。日陰の任務ばかりの傭兵家業は前もってとか、あらかじめとか、ましてや見送りなどありえない。
(俺、帰国すんのか……)
ウルスの迎えは、俺の想定内ではあった。彼がこの国に滞在してた理由のひとつは、国からの撤退指示を受けて、俺を速やかに王宮から脱出させる手助けをする為だったのだ。
(刺客もほぼ捕縛したみたいだし、戴冠式まであと十日切ったし、ちょうどいい頃合いだったよな)
理屈では納得できるが、心はモヤモヤしてる。それはきっと、俺が不用意に、殿下に近づきすぎたせいだ。
任務中は、特定の人物と親しい関係を築くこともあるが、それはあくまで仕事上の話であって、本当に心を許すわけではない。俺だって、そういった訓練を受けてきたはずだが、今回はややしくじったようだ。
ケガによる施設での療養生活で、すっかり気がゆるんでしまった。しかも妾のふりした護衛だなんて、ぬるい立場に甘んじる仕事なんてはじめてだったもんだから、いろいろ距離感とか見誤った。
(俺じゃなくて、他の奴にやらせりゃよかったのに)
だけど、殿下が俺をご指名だったから、仕方なくお鉢が回ってきたのだろう。
「ロキ……眠らねえの?」
背を向けて眠っていたウルスが、首だけ回してこちらを見た。コイツもいろいろ苦労あったはずなのに、いつも俺や仲間を気にかけてくれる。
「撤退する時ってさ、大抵ボロボロで疲労感満載なのに、今回に限ってそうでもないから落ち着かなくてさ」
「あー分かる。前回の任務だって、撤退のルートもヤバかったもんな。よりによって、崖伝うルートでさあ」
「そうだったな……」
俺はふと、違和感を感じた。たしかに帰り道は厳しかったが、それをなぜ、この男が知ってるんだ。
たしかこの男は、腹に傷を負って、先に国へ強制送還されたはずだ。その後ずっと会ってなくて、今回の任務ではじめて再会した。
(それに、俺の足の傷も知ってた……)
俺は抜けきれない習慣で、つい右足を撫でてしまう。このケガは、最後の接近戦で負ったものだ。満身創痍で前線を離脱し、夜の闇を縫って崖伝いに脱出したあの絶望感を、帰国してから幾度となく思い出した。
しかし今の今まで、この男がいなかったことなど、考えも及ばなかった。
(待て、落ち着け……ゆっくりと、細く息を吐くんだ……)
最初に感じた違和感は、もっと前かもしれない。記憶をたどると、脳裏に浮かんだのは、紅葉狩りの翌日のことだ。
部屋から出してもらえない俺を、この男はわざわざ部屋まで訪ねてきた。
『それにしても外出中、しかも丸腰で、大人数の刺客に遭遇したのは、だいぶ運が悪かったな』
『大人数じゃない、たった五人だ』
なぜこの男は、俺が一人ではなく、複数の刺客に襲われたことを知ってたのか。
「ロキ……まだ眠れねえの」
「あ、うん……なんか目が覚めちゃって」
調べれば分かったことばかりかもしれない。
「無理ねえな。王宮のベッドに比べりゃ、粗末なベッドだもんなあ」
「いや、ベッドあるだけありがたいけど。てか、俺に気にせず寝ていいよ。ホテルからわざわざ王宮まで迎えにきてくれたんだから、お前の方が疲れてんだろ」
「ん、言わなかったっけ? 今俺、王宮に滞在してんだよ」
その言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
「なんかさー、セキュリティがどうとか言われて。ホテルの最上階だって、じゅうぶんセキュリティいいのにな」
「だよなあ……」
「それに、あの隊長さん? よく訪ねてくるんだよな。なんだアレ、俺に気でもあんのかな」
以前ウォータル副隊長が言って言葉が頭をよぎる。
『でも隊長、さいきんは一人にご執心でね』
この話は、あたかもレイクドル隊長がウルスに懸想してるような流れの話し方だったから、なんとなく聞き流してしまった。だが、もし隊長が別の目的を持ってたら?
ワイダール宰相補佐と交わした会話を反すうして、疑いを確信に変える。
『最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから』
『えっ、身元は割れてるんですか?』
『まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます』
この男が、最後の一人だ。
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