よく効くお薬

高菜あやめ

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スピンオフ【相川と太田】

1. 黒歴史との再会

 太田雅史おおたまさしは、小さいころから胃腸が弱かった。

 揚げ物を食べれば胃がもたれ、生クリームを口にすれば吐き気に襲われ、冷たいものを飲み食いすれば腹を下した。医者に診てもらっても、その都度『体質ですね』『生まれつきでしょうな』と言われるだけ。処方箋はいつも似たような胃薬ばかり。だから雅史は、早々に医者になにも期待しなくなった。

 振り返れば、中学から高校にかけては、かなり無茶をした。若いから愚かさがあれど回復力もあるので、市販の胃薬さえ常備していればなんとかなった。だからクラスメートとカラオケへ行けば冷たい物や油物を飲み食いしたし、初めてできた彼女とのデートではケーキバイキングにも挑戦した。やがて日ごろの行いが祟って、とうとうヤバくなったころ、大学受験が近づいてきたのは不幸中の幸いだった。彼女との付き合いは自然消滅し、クラスメートと遊びに出歩くことも激減した。すると胃の調子も良くなった。
 だが高校卒業後、無事志望大学へ進学すると事態は一変した。最たる失敗だったのは、高校時代からの友人らと同じサークルに入ったことだろう。新入生歓迎会からはじまって、数々の飲み会に参加せざるを得なくなると、再び無茶をして胃を壊した。未成年で飲めないぶん、揚げ物やらラーメンやらを勧められるままに食べていたから当然の報いだろう。とうとう胃痛で夜更けに倒れ、一人暮らしのボロアパートに救急車を呼ぶ羽目に陥った。

 以降は、潔くサークル活動はあきらめて、大学構内外にかかわらず、常に一人で行動するようになった。なぜなら誰かと行動を共にすれば、ランチやら飲み会やらがついて回る。昼は弁当を持参するのだが、サークルに顔を出さない、つきあいの悪い人間と嫌厭けんえんされるようになっていたので、食事はいつもたった一人ですませた。するとさらに友人が減っていき、最終学年になるころにはとうとう変わり者で人嫌いのレッテルを貼られた。
 遊ばない大学生活では、早い段階から就活に力を注ぐことができた。そして入念な調査と準備によって、フレックス制度を導入しているホワイトな企業から内定をもらうことに成功し、今に至る。





 朝、六時半に出社した雅史は、いつものようにデスクで持参したサンドイッチの朝食を広げた。すると見計らったように、部署の扉のロックが解除される電子音が響いた。

「おはよう、太田。今日も早いね」

 営業らしい爽やかな笑顔を浮かべて登場したのは、皮の鞄を手にスーツ姿の相川拓巳あいかわたくみだ。相川の席がある営業部は離れてるのに、わざわざ雅史の席にやってくると、デスクに置かれた朝食の袋に目をとめて微笑んだ。

「俺も一緒に食べていい? 下のコンビニでサンドイッチとコーヒーを買ってきたんだ」

 相川は断られるなんて思ってないのか、雅史の返答を待たずにさっさと隣の席を陣取ると、持参したコーヒーとサンドウィッチの包みをデスクに置いた。タンドリーチキンと書かれた文字が、雅史の視界の隅に入る。

「太田は手作りなの? えらいな、うらやましい」
「別に。簡単なんで」
「でも、早起きして作ってる時点ですごいよ」

 正直ちっとも、すごくもえらくもない。だって何も塗ってない食パンに、きゅうりとハムをはさんで塩を振っただけ。マスタードもマヨネーズも胃が受け付けないから、凝ったことはなにもしてない。三十秒、いや二十秒で作れる。

(でも、うらやましいってなんだ?)

 雅史は、隣からの視線を感じて、渋々口を開いた。

「相川さんは、自分のがあるでしょ」
「半分食べる? スパイスがきいてて結構うまいよ」
「いえ、結構です」

 スパイスなんてとんでもない、聞いただけで胃が痛くなりそうだ。きっぱり断ったのに、相川は身を乗り出してすすめてくる。近づくとシャンプーだか何かの涼やかな香りがした。

「そうだ、半分こにしない? 太田の作ったサンドイッチを食べてみたい」 
「はあ? 嫌ですよ」

 整った顔が思いがけず近づいたので、雅史はムッとして椅子を引いた。

「うまくないですよ、きっと」

 それっきり相川に何を言われても、返事すらしなかった。こんな風にあからさまに無視するのは、何もこれがはじめてではない。
 相川がこれほど構ってくる理由に、雅史はなんとなく心当たりがあった。なぜなら相川は同じ大学の先輩で、実は同じサークルに所属していたから。だが雅史が一年のころ相川は最終学年だったので、たった一年しか重なっていない。しかも雅史は半年ほどでサークルをやめてしまったし、四年の相川は就活で忙しかったようで、顔を合わせる機会なんてほとんどなかった。

 実は相川は、雅史の黒歴史とも言える出来事に深く関わっていた。それはまだ雅史がサークルの飲み会に参加していたころのこと。
 ある日の飲み会で、いつものように揚げ物を冷たい飲み物で流し込んでいた雅史は、とうとう我慢できないほどの胃痛に見舞われた。しかたなくトイレに向かうふりをして席を立つと、そっと店の外へと滑り出た。念のためこっそり鞄は持ってきた。そしてどうにか厨房の入口が見える路地裏にたどり着くと、その場にしゃがみこんで激痛の波が弱まるのをひたすら耐えて待っていた。すると不意に、背中に温かな感触があった。

「大丈夫? 飲みすぎた?」

 痛みをこらえながら顔を上げると、見覚えのある男が屈み込んで、心配そうに雅史の顔を見つめていた。それが『相川先輩』との出会いだった。

 飲みすぎなのは、次々酒を注がれていた相川のほうだろう。ちなみに雅史は一滴も飲んでない。新入生で未成年だから当然だ。でも冷たい飲み物は悪手だった、と後悔していた。

「ひどい顔色だ。今すぐ救急車を呼ぶから」
「えっ、待ってください」

 救急車なんてとんでもない話だ。これは病気ではない、食べ合わせが悪かっただけ、自己管理に失敗しただけだ。そんな理由で、飲みの席に水を差したくない。しかしこういう『おせっかいな人種』は納得しないだろう。

「薬を飲むんで、水をもってきてもらえませんか」

 雅史は痛みで朦朧とするなか、どうにか鞄の常備薬を取り出し、震える手で錠剤を口に運ぶと、そのまま一気に噛み砕いた。

「えっ! 待って、今すぐ水を買ってくるから!」

 相川は、雅史の行動に驚いた様子で体を起こすと、地面を蹴るように走り去っていった。その隙をねらって、今度は雅史が鞄を抱えて走り出す。路地裏を抜けて大通りに面した飲み屋を通り越し、息を切らせながら人波に紛れて駅へと向かった。
 それ以来、大学で相川と顔を合わせることはなかった。

 相川と再会したのは、新社会人になったばかりのころだった。第一希望の会社に入社して間もない、ある日のこと。社内の廊下で鉢合わせたときには、雅史は自分の目を疑った。なぜなら優秀な『相川先輩』は、名の知れた大手商社に就職したという噂を聞いていたから。そしてその瞬間、あの黒歴史がフラッシュバックした。

「太田、久しぶりだね」

 それ以来ずっと、相川につきまとわれている。だがしつこすぎず絶妙のタイミングで引くので、雅史はハッキリと拒絶できないでいた。
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