よく効くお薬

高菜あやめ

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スピンオフ【相川と太田】

10. 告白

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 相川の真剣な目に、冗談で言っているのではないとわかる。

(こういう人は、なんでもポジティブに物事をとらえるんだろうな)

 彼みたいな人間は、自分のようなタイプを世話を焼かずにいられないのだろう。それに応えたいが、人の性格はそう簡単に変わらない。成長がないと見られてもしかたない。

「まあ、たしかに太田は基本変わってないよな」

 その言葉にやっぱりな、と顔を上げると、思いがけず優しい微笑みが向けられて心臓がはねる。

「昔から芯がしっかりしててぶれないのに、周りの人をきちんと気遣える。たまに周りに気をつかいすぎて無茶するところが、心配で目が離せないけどね」

 こんな風に面と向かって言われたのは、はじめてかもしれない。少し買いかぶりすぎだと、雅史は首を振った。

「ぶれまくってますよ俺。学生のころはそれでいろいろ失敗してます。結局サークルもやめたし、今だって社交性ゼロだって自覚ありますもん」
「そう? 自分を持ってるって感じで、格好良く見えたけど?」

 優しいフォローに苦笑を漏らすと、向こうも一緒に小さく笑う。ただの同情とは違って、雅史の長所をどこからか探してくれるので、つい弱気な胸の内を吐露してしまう。

「格好良くなんて全然、ただ臆病なだけです。誰かと一緒にいると相手に迷惑かけそうで、申し訳なさが先だっちまうんです。だからって相手に合わせてばっかいると、俺自身がまいっちゃうし。結局利己主義で自分本位なだけです」
「サークルの飲み会でも、周りに合わせて無茶してたもんな。具合悪くなるまで相手に合わせて、無理に飲み食いしてただろう?」
「えー、その節はご迷惑をお掛けしました……」

 失態を犯したあの夜を思い出し、雅史は赤面の思いで謝罪を口にする。すると相川は悔いるように視線を落とした。

「あの夜……本当は家まで送っていきたかった。でもお前に、皆が待っているから戻ってほしいと言われて」

 たしかに戻るように言った覚えがある。あの夜は久しぶりに相川がサークルに顔を出したから、いつもより場が盛り上がっていた。彼が飲み会を中座したら、皆間違いなくガッカリすると思ったまでだ。

「だってみんな、あんたと一緒にいたかったんだし」
「でも俺は『みんな』じゃなくて『お前』と一緒にいたかった」

 雅史はとっさに返す言葉が見つからなかった。自分のような面倒な男にどうして関わりたいのか、さし向かいに飯を食べててもさっぱり理解できない。以前より格段に親しくなったのに、気持ちの上では置いてきぼりを食らった気分だ。

「でもやっぱ、俺のこと……ただ同情してんすよ、きっと」
「最初はたしかに同情だったかもしれない。出会いがあの夜だったからね。ずっと気になってて、そのうちサークルに顔出すんじゃないかと思ってたけど……全然会えなくて。たまに校内で見かけても、あからさまに無視されるから、少し落ち込んだよ」

 無視したつもりはなかったが、たしかに避けてはいたので、雅史は否定も肯定もしなかった。

「でもこの会社で新卒のお前と再会できて、今度こそ話すんだ、もっと近づくんだと決めた」
「俺、塩対応だったのに」
「かなり塩だったけど、なにも行動に移さないで後悔したくないって思ったんだ。そうしているうちに、やっとチャンスが巡ってきて、こうしてメシも一緒に食べるようになったら……欲が出た。ただそばにいるだけじゃ足りない、もっとお前の内側に触れたいって思うようになったんだ」

 テーブルの上に置かれた雅史の手に、相川の手が重なった。

「もう出よう……ここじゃなくて、別の場所でゆっくり話したい」





 雅史は久しぶりに相川のマンションに連れてこられた。一度目は珍しく出席した飲み会の帰りで、その夜は具合が悪くて泊まらせてもらった。そして二度目が今夜になる。

「はい、これ」
「あ、どうも……」

 渡されたのは、いつも夕食後に飲む蜂蜜入りの白湯だった。ソファの隣に座る相川からは、香ばしいコーヒーの香りがする。

(そういやうちで飲むコーヒー、わざわざ相川さんが持ってきてたな)

 雅史は飲まないからアパートに用意がなく、相川が自分で持ちこんだものだ。まだこの夕食会が続くのであれば、次から用意しておくほうがいいかなと考えていると、マグカップがガラステーブルに置かれた音に中断された。

「なんか、緊張するな」
「えっ、なんでですか?」

 相川から流れるように向けられた視線が、糸を張り詰めたような緊張感を帯び、絡みつくような空気が雅史を囲いこむ。

「ここに太田がいるから」
「この前も来ましたけど」
「そうだけど、この前と今ではまったく違う」

 相川はなにか迷っている様子で再びカップに手を伸ばした。

「俺も、緊張してます……」

 視線の先の、カップをつかみかけた手が止まった。

「さっきお店で変なこと言ってすいません。面倒くさいっすよね、ああいうの」
「なにが面倒くさいの? 俺はむしろ、太田の気持ちが聞けてうれしかったけど」

 カップを取るはずだった手は、雅史の顔の横に伸びた。手の甲でそっと頬をなでられると、背中にゾクリと戦慄が走る。

「再会した日から、ずっと気にしていた」
「すいません……」

 学生時代に相川と話した思い出は、飲み会の夜しかない。心配と迷惑だけかけて、それきりサークルにも顔を出さず、悪い印象しか残さなかった。

「なんで『すいません』なの?」
「だって大学のときも、社会人になっても、迷惑かけてばっかだから」

 指先で頬をなぞられる。熱い吐息が近づくと鼓動が異常に早くなり、軽くめまいを覚えて目を細めた。

「迷惑だなんて、一度だって思ったことない」
「あの、先輩?」
「太田……好きだ」

 唇がやさしく重なり、先日のキスがフラッシュバックした。甘い唇が一瞬だけ距離をおくと、互いの呼吸がかすかにぶつかる。そして次の瞬間、遠慮をかなぐり捨てたキスが雅史を飲みこんでいった。
 激しいのにやさしく包みこむようなキスに、拒絶することもできずに流されてしまう。体のほんの一部が触れているだけなのに、こんなにも泣きたくなるほど胸がいっぱいになる。

「太田……抱かせて」

 キスの合間にささやかれ、雅史の体が小さく震えた。正直怖くてたまらない。抱かれるのも抱かれてしまったあとも、今この瞬間さえも。

「抱きたい、太田……」
「あ……」

 本当は学生のころから憧れていた。明るくて格好良くて、皆に好かれてて。でも自分が困っていたあの夜に、迷わず皆を振り切って駆けつけてくれた人。
 サークル活動に参加しなくなったあとも、大学の構内で幾度となく見かけた。目が合って軽く微笑まれても、視線をそらすことしかできなかった。あまりにも眩しくて、近づいたら酷い火傷を負いそうな気がしたから。
 それから卒業して、もう二度と会うこともないと忘れかけたころ、就職先で偶然再会した。そのときの愕然と混乱、そしてわずかな恐怖……近づくつもりは毛頭なくて、わざと冷たい態度で接したのに。

 明かりを落とした寝室は、濃密な空気が充満していて息苦しい。ベッドのシーツに押し倒されても、頭は霞がかってどこか現実味がない。

「先輩……俺、こういうの、わ、わからなくて……」
「大丈夫、心配しないで。俺にすべて任せて」

 シャツを脱ぎ捨てた相川の素肌が、薄暗い室内で陰影を刻んで、ほのかに浮かび上がった。彼の熱を帯びた視線は、雅史の顔から首筋へとなぞり、それを追うようにして唇がたどる。

「……やっ……あ……」
「怖がらないで……大丈夫だから」

 低い声音とともに、前髪を指先でかき上げられ、あやすように額に唇を落とされた。
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