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スピンオフ【白石と片瀬】
5. 俺、大丈夫?*
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かなたは黙ったまま、こくりと喉を鳴らした。稔を見下ろしながら、ゆっくりと口を開く。
「こういうのは、相手の承諾を得てからじゃないと」
「え、キスするとき『キスしていいか』『いいよ』ってやり取り必要なの?」
稔はキスの経験はないので、知識はもっぱら漫画とドラマの世界に限定される。そこでは雰囲気でどちらかともなく唇が近づくか、一方が強引に仕掛けるか、そういった展開が定番だ。現実の世界では違うのだろうかと疑問に思っていると、かなたが顔を隠すように手のひらで口を覆った。
「なんだよ、それ……本当に、してもいいのかよ」
顔から手をはなした男は、稔の両肩をつかむと熱をはらむ眼差しを向ける。稔は今さら『よくない』とも言えず、この雰囲気はまさしく『あの展開』に思えたので、腹をくくって小さくうなずいた。
(あ……まつ毛、長い……)
かなたの閉じられた目を眺めながら、唇に触れるやわらかな感触を受け止めた。数度バウンスをするように、触れては離れ、離れては触れと繰り返していたが、やがて深い呼吸の音とともに、唇がしっとりと深く重なった。次に難なく舌が口内へと挿し入れられ、ゆるやかに中を探られると、その気持ち良さから腰から崩れ落ちそうになる。
そんな状況にもかかわらず、稔の腹が盛大に音を立てて邪魔をした。
「っふ、は」
あっという間にキスが解かれ、肩口に笑いをかみころした男の額が乗せられた。
「いやマジごめん」
「いや、いいよ、ふっ、ふふ……先にメシにしよう」
かなたはキッチンで夕食のしたくに取りかかり、その間に稔はシャワーをすませることになった。今夜は冷えるので、のんびり湯に浸かりたいところだが、気持ち的にも腹の減り具合にも、その余裕はない。
急いでシャワーを終えて部屋に戻ると、テーブルにはすっかり鍋の用意が整っていた。
「キムチ鍋、好きだろ?」
「あ、うん」
「あとそのTシャツ、俺の前以外で着るなよ」
「へっ?」
席に着こうとした稔は、腰を浮かせたまま自分の体を見下ろす。
「乳首が透けてエロい」
「は……」
稔は椅子に腰を下ろすと、着古したTシャツの裾を軽く引っ張る。
「いやいやいや、これもう何年もパジャマ代わりにしてんぞ?」
「目の毒」
かなたはそう言いながら、稔の胸元をジッと見つめた。稔はそれが不思議でしかたなかった。
「いつも着てただろ?」
「ああ。いつも気になってた……ほら、冷めないうちに食べろよ」
かなたは鍋奉行よろしく菜箸で手際良く小鉢に肉やら野菜を盛ると、稔の前に差し出した。
「うまっ」
熱々の料理が胃に入ると、肩の力が抜けてくる。夢中になって食べていて、ふと気がつくと、かなたの箸がまったく動いてないことに気づいた。
「食わねーの?」
「うん。なんか胸が一杯で無理」
よく見ると、かなたの小鉢は使った形跡もなく、箸も箸置きに行儀よく置かれたままだった。
「幸せすぎてヤバい。食欲なくなった」
「え、それはまずいだろ。幸せならメシもうまくなるもんじゃねーの?」
「そうだけど、今は無理。稔は食べてていいよ、俺は大丈夫だから」
たしかに、かなたは全身からなんとも言えない幸せオーラをにじませて、稔を楽しそうに眺めている。
「いや、でも、そう見られるとなんか食いにくい」
「じゃあ、なにか話す?」
「明日の計画でも立てるかー、それともまた俺の乳首の話に戻る?」
稔が冗談のつもりでそう言うと、向かいのかなたがガクッと頭を垂らした。
「お前もたちが悪いな」
「いやさ、なごませようと思って」
すると、向かいの男はゆらりと席を立つと、今度は稔の腕を取って席から引っ張り上げた。
「な、なんだよ」
「俺にも少し食わせろ」
そう言って男は、続き間の奥に置かれたソファー兼ベッドに稔をいとも簡単に押し倒した。
「えっ? なになに、ちょっと」
ペロリとTシャツの裾がめくられ、外気に素肌がさらされる。稔は当惑気味に、かなたの顔と、彼の視線の先にある自分の胸を交互に見比べた。この幼馴染の前では、数えきれないほど着替えをしたし、なんなら銭湯や温泉にも一緒にはいったことだってある。今さら上半身を脱いでもどうってことないはずだ。
しかし、かなたは恍惚とした表情を浮かべていた。
「ずっと、触れてみたかった」
「へっ? あ、コレ?」
「さわってもいい?」
「む、むね? 別にそんなとこ、触ったってどうってことないだろ……ふあっ!」
冷たい指先におどろいただけだ。そう自分に言い聞かせて、稔はギュッと目をつぶる。しかし指の動きが妙な快感をひろってきて、稔の頭を混乱させた。
「あう、あっ、ああ、ふあっ、ん」
「気持ちよさそう」
「な、んか、変にひびくんだよっ……こ、腰のほうまで」
かなたの指の動きが止まった。
「……俺、大丈夫かな」
そのつぶやきに、稔はそろりと目を開けて後悔した。ちょうどそのとき、かなたの頭がゆるりともたげられ、胸の尖に濡れた感覚を覚えて腰が跳ねた。
「あああ、うああ、なんか、なんか変……」
「ん、もっと……変になっていいよ」
「やだって、恥ずいって、かなたあああ」
足の間に入り込んだ男の腹に、稔の中心が気持ちよく押されて固くなる。そしてわずかな振動で、あっという間に達してしまった。
「はっ、すご……エロ」
かなたは膝立ちで体を起こすと、濡れた口元をぬぐって熱い息を漏らした。
「み、見るなよ」
「顔隠さないで」
「やだっ、かなた、いじわるするから!」
隠そうとした両手の手首をつかまれ、強引にシーツに縫い止められるも、近づいてきた男の顔はやさしく、おだやかだった。
「もうしない、しない、いい子だから……クソッ、なんだこのかわいい生き物は」
そっと、すくい上げるように体を抱き起こされた。向かい合って座ると、稔は不安になってくる。
「俺、その、大丈夫かな」
「ん、なにが?」
「なんかココ、やたら感じるんだけどさ。それってフツーなのかな」
稔は自分の指先で、自らの胸の飾りをつまんで示す。触ると少ししめっていて、なんだかピリリとするも、先刻かなたに吸われたときほど感じない。
「変だな。自分で触っても、たいして感じねーのに」
「……お前、ホンットたち悪いな」
「ん? なにが?」
顔を上げると、かなたの真剣な視線が向けられていて、不覚にもドキリとする。
(なんだか雄臭いなあ。変なことしたから、俺が女の子みてーな気持ちになっちゃったのかな)
かなたは肩で深くため息をつくと、稔の両腕をつかんだ。
「いいか? 外じゃ絶対にエロい話すんなよ? お前マジで危なっかしい。てか危なすぎる」
「はあ? 学生じゃあるまいし、会社の飲みで変な話なんかしねーよ」
「とにかく、絶対にするなよ?」
「わかった、わかったから」
稔は『面倒なことになったな』と、幼馴染の男から視線をそらした。
「こういうのは、相手の承諾を得てからじゃないと」
「え、キスするとき『キスしていいか』『いいよ』ってやり取り必要なの?」
稔はキスの経験はないので、知識はもっぱら漫画とドラマの世界に限定される。そこでは雰囲気でどちらかともなく唇が近づくか、一方が強引に仕掛けるか、そういった展開が定番だ。現実の世界では違うのだろうかと疑問に思っていると、かなたが顔を隠すように手のひらで口を覆った。
「なんだよ、それ……本当に、してもいいのかよ」
顔から手をはなした男は、稔の両肩をつかむと熱をはらむ眼差しを向ける。稔は今さら『よくない』とも言えず、この雰囲気はまさしく『あの展開』に思えたので、腹をくくって小さくうなずいた。
(あ……まつ毛、長い……)
かなたの閉じられた目を眺めながら、唇に触れるやわらかな感触を受け止めた。数度バウンスをするように、触れては離れ、離れては触れと繰り返していたが、やがて深い呼吸の音とともに、唇がしっとりと深く重なった。次に難なく舌が口内へと挿し入れられ、ゆるやかに中を探られると、その気持ち良さから腰から崩れ落ちそうになる。
そんな状況にもかかわらず、稔の腹が盛大に音を立てて邪魔をした。
「っふ、は」
あっという間にキスが解かれ、肩口に笑いをかみころした男の額が乗せられた。
「いやマジごめん」
「いや、いいよ、ふっ、ふふ……先にメシにしよう」
かなたはキッチンで夕食のしたくに取りかかり、その間に稔はシャワーをすませることになった。今夜は冷えるので、のんびり湯に浸かりたいところだが、気持ち的にも腹の減り具合にも、その余裕はない。
急いでシャワーを終えて部屋に戻ると、テーブルにはすっかり鍋の用意が整っていた。
「キムチ鍋、好きだろ?」
「あ、うん」
「あとそのTシャツ、俺の前以外で着るなよ」
「へっ?」
席に着こうとした稔は、腰を浮かせたまま自分の体を見下ろす。
「乳首が透けてエロい」
「は……」
稔は椅子に腰を下ろすと、着古したTシャツの裾を軽く引っ張る。
「いやいやいや、これもう何年もパジャマ代わりにしてんぞ?」
「目の毒」
かなたはそう言いながら、稔の胸元をジッと見つめた。稔はそれが不思議でしかたなかった。
「いつも着てただろ?」
「ああ。いつも気になってた……ほら、冷めないうちに食べろよ」
かなたは鍋奉行よろしく菜箸で手際良く小鉢に肉やら野菜を盛ると、稔の前に差し出した。
「うまっ」
熱々の料理が胃に入ると、肩の力が抜けてくる。夢中になって食べていて、ふと気がつくと、かなたの箸がまったく動いてないことに気づいた。
「食わねーの?」
「うん。なんか胸が一杯で無理」
よく見ると、かなたの小鉢は使った形跡もなく、箸も箸置きに行儀よく置かれたままだった。
「幸せすぎてヤバい。食欲なくなった」
「え、それはまずいだろ。幸せならメシもうまくなるもんじゃねーの?」
「そうだけど、今は無理。稔は食べてていいよ、俺は大丈夫だから」
たしかに、かなたは全身からなんとも言えない幸せオーラをにじませて、稔を楽しそうに眺めている。
「いや、でも、そう見られるとなんか食いにくい」
「じゃあ、なにか話す?」
「明日の計画でも立てるかー、それともまた俺の乳首の話に戻る?」
稔が冗談のつもりでそう言うと、向かいのかなたがガクッと頭を垂らした。
「お前もたちが悪いな」
「いやさ、なごませようと思って」
すると、向かいの男はゆらりと席を立つと、今度は稔の腕を取って席から引っ張り上げた。
「な、なんだよ」
「俺にも少し食わせろ」
そう言って男は、続き間の奥に置かれたソファー兼ベッドに稔をいとも簡単に押し倒した。
「えっ? なになに、ちょっと」
ペロリとTシャツの裾がめくられ、外気に素肌がさらされる。稔は当惑気味に、かなたの顔と、彼の視線の先にある自分の胸を交互に見比べた。この幼馴染の前では、数えきれないほど着替えをしたし、なんなら銭湯や温泉にも一緒にはいったことだってある。今さら上半身を脱いでもどうってことないはずだ。
しかし、かなたは恍惚とした表情を浮かべていた。
「ずっと、触れてみたかった」
「へっ? あ、コレ?」
「さわってもいい?」
「む、むね? 別にそんなとこ、触ったってどうってことないだろ……ふあっ!」
冷たい指先におどろいただけだ。そう自分に言い聞かせて、稔はギュッと目をつぶる。しかし指の動きが妙な快感をひろってきて、稔の頭を混乱させた。
「あう、あっ、ああ、ふあっ、ん」
「気持ちよさそう」
「な、んか、変にひびくんだよっ……こ、腰のほうまで」
かなたの指の動きが止まった。
「……俺、大丈夫かな」
そのつぶやきに、稔はそろりと目を開けて後悔した。ちょうどそのとき、かなたの頭がゆるりともたげられ、胸の尖に濡れた感覚を覚えて腰が跳ねた。
「あああ、うああ、なんか、なんか変……」
「ん、もっと……変になっていいよ」
「やだって、恥ずいって、かなたあああ」
足の間に入り込んだ男の腹に、稔の中心が気持ちよく押されて固くなる。そしてわずかな振動で、あっという間に達してしまった。
「はっ、すご……エロ」
かなたは膝立ちで体を起こすと、濡れた口元をぬぐって熱い息を漏らした。
「み、見るなよ」
「顔隠さないで」
「やだっ、かなた、いじわるするから!」
隠そうとした両手の手首をつかまれ、強引にシーツに縫い止められるも、近づいてきた男の顔はやさしく、おだやかだった。
「もうしない、しない、いい子だから……クソッ、なんだこのかわいい生き物は」
そっと、すくい上げるように体を抱き起こされた。向かい合って座ると、稔は不安になってくる。
「俺、その、大丈夫かな」
「ん、なにが?」
「なんかココ、やたら感じるんだけどさ。それってフツーなのかな」
稔は自分の指先で、自らの胸の飾りをつまんで示す。触ると少ししめっていて、なんだかピリリとするも、先刻かなたに吸われたときほど感じない。
「変だな。自分で触っても、たいして感じねーのに」
「……お前、ホンットたち悪いな」
「ん? なにが?」
顔を上げると、かなたの真剣な視線が向けられていて、不覚にもドキリとする。
(なんだか雄臭いなあ。変なことしたから、俺が女の子みてーな気持ちになっちゃったのかな)
かなたは肩で深くため息をつくと、稔の両腕をつかんだ。
「いいか? 外じゃ絶対にエロい話すんなよ? お前マジで危なっかしい。てか危なすぎる」
「はあ? 学生じゃあるまいし、会社の飲みで変な話なんかしねーよ」
「とにかく、絶対にするなよ?」
「わかった、わかったから」
稔は『面倒なことになったな』と、幼馴染の男から視線をそらした。
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