よく効くお薬

高菜あやめ

文字の大きさ
60 / 64
スピンオフ【白石と片瀬】

5. 俺、大丈夫?*

しおりを挟む
 かなたは黙ったまま、こくりと喉を鳴らした。稔を見下ろしながら、ゆっくりと口を開く。
「こういうのは、相手の承諾を得てからじゃないと」
「え、キスするとき『キスしていいか』『いいよ』ってやり取り必要なの?」
 稔はキスの経験はないので、知識はもっぱら漫画とドラマの世界に限定される。そこでは雰囲気でどちらかともなく唇が近づくか、一方が強引に仕掛けるか、そういった展開が定番だ。現実の世界では違うのだろうかと疑問に思っていると、かなたが顔を隠すように手のひらで口を覆った。
「なんだよ、それ……本当に、してもいいのかよ」
 顔から手をはなした男は、稔の両肩をつかむと熱をはらむ眼差しを向ける。稔は今さら『よくない』とも言えず、この雰囲気はまさしく『あの展開』に思えたので、腹をくくって小さくうなずいた。
(あ……まつ毛、長い……)
 かなたの閉じられた目を眺めながら、唇に触れるやわらかな感触を受け止めた。数度バウンスをするように、触れては離れ、離れては触れと繰り返していたが、やがて深い呼吸の音とともに、唇がしっとりと深く重なった。次に難なく舌が口内へと挿し入れられ、ゆるやかに中を探られると、その気持ち良さから腰から崩れ落ちそうになる。
 そんな状況にもかかわらず、稔の腹が盛大に音を立てて邪魔をした。
「っふ、は」
 あっという間にキスが解かれ、肩口に笑いをかみころした男の額が乗せられた。
「いやマジごめん」
「いや、いいよ、ふっ、ふふ……先にメシにしよう」
 かなたはキッチンで夕食のしたくに取りかかり、その間に稔はシャワーをすませることになった。今夜は冷えるので、のんびり湯に浸かりたいところだが、気持ち的にも腹の減り具合にも、その余裕はない。
 急いでシャワーを終えて部屋に戻ると、テーブルにはすっかり鍋の用意が整っていた。
「キムチ鍋、好きだろ?」
「あ、うん」
「あとそのTシャツ、俺の前以外で着るなよ」
「へっ?」
 席に着こうとした稔は、腰を浮かせたまま自分の体を見下ろす。
「乳首が透けてエロい」
「は……」
 稔は椅子に腰を下ろすと、着古したTシャツの裾を軽く引っ張る。
「いやいやいや、これもう何年もパジャマ代わりにしてんぞ?」
「目の毒」
 かなたはそう言いながら、稔の胸元をジッと見つめた。稔はそれが不思議でしかたなかった。
「いつも着てただろ?」
「ああ。いつも気になってた……ほら、冷めないうちに食べろよ」
 かなたは鍋奉行よろしく菜箸で手際良く小鉢に肉やら野菜を盛ると、稔の前に差し出した。
「うまっ」
 熱々の料理が胃に入ると、肩の力が抜けてくる。夢中になって食べていて、ふと気がつくと、かなたの箸がまったく動いてないことに気づいた。
「食わねーの?」
「うん。なんか胸が一杯で無理」
 よく見ると、かなたの小鉢は使った形跡もなく、箸も箸置きに行儀よく置かれたままだった。
「幸せすぎてヤバい。食欲なくなった」
「え、それはまずいだろ。幸せならメシもうまくなるもんじゃねーの?」
「そうだけど、今は無理。稔は食べてていいよ、俺は大丈夫だから」
 たしかに、かなたは全身からなんとも言えない幸せオーラをにじませて、稔を楽しそうに眺めている。
「いや、でも、そう見られるとなんか食いにくい」
「じゃあ、なにか話す?」
「明日の計画でも立てるかー、それともまた俺の乳首の話に戻る?」
 稔が冗談のつもりでそう言うと、向かいのかなたがガクッと頭を垂らした。
「お前もたちが悪いな」
「いやさ、なごませようと思って」
 すると、向かいの男はゆらりと席を立つと、今度は稔の腕を取って席から引っ張り上げた。
「な、なんだよ」
「俺にも少し食わせろ」
 そう言って男は、続き間の奥に置かれたソファー兼ベッドに稔をいとも簡単に押し倒した。
「えっ? なになに、ちょっと」
 ペロリとTシャツの裾がめくられ、外気に素肌がさらされる。稔は当惑気味に、かなたの顔と、彼の視線の先にある自分の胸を交互に見比べた。この幼馴染の前では、数えきれないほど着替えをしたし、なんなら銭湯や温泉にも一緒にはいったことだってある。今さら上半身を脱いでもどうってことないはずだ。
 しかし、かなたは恍惚とした表情を浮かべていた。
「ずっと、触れてみたかった」
「へっ? あ、コレ?」
「さわってもいい?」
「む、むね? 別にそんなとこ、触ったってどうってことないだろ……ふあっ!」
 冷たい指先におどろいただけだ。そう自分に言い聞かせて、稔はギュッと目をつぶる。しかし指の動きが妙な快感をひろってきて、稔の頭を混乱させた。
「あう、あっ、ああ、ふあっ、ん」
「気持ちよさそう」
「な、んか、変にひびくんだよっ……こ、腰のほうまで」
 かなたの指の動きが止まった。
「……俺、大丈夫かな」
 そのつぶやきに、稔はそろりと目を開けて後悔した。ちょうどそのとき、かなたの頭がゆるりともたげられ、胸の尖に濡れた感覚を覚えて腰が跳ねた。
「あああ、うああ、なんか、なんか変……」
「ん、もっと……変になっていいよ」
「やだって、恥ずいって、かなたあああ」
 足の間に入り込んだ男の腹に、稔の中心が気持ちよく押されて固くなる。そしてわずかな振動で、あっという間に達してしまった。
「はっ、すご……エロ」
 かなたは膝立ちで体を起こすと、濡れた口元をぬぐって熱い息を漏らした。
「み、見るなよ」
「顔隠さないで」
「やだっ、かなた、いじわるするから!」
 隠そうとした両手の手首をつかまれ、強引にシーツに縫い止められるも、近づいてきた男の顔はやさしく、おだやかだった。
「もうしない、しない、いい子だから……クソッ、なんだこのかわいい生き物は」
 そっと、すくい上げるように体を抱き起こされた。向かい合って座ると、稔は不安になってくる。
「俺、その、大丈夫かな」
「ん、なにが?」
「なんかココ、やたら感じるんだけどさ。それってフツーなのかな」
 稔は自分の指先で、自らの胸の飾りをつまんで示す。触ると少ししめっていて、なんだかピリリとするも、先刻かなたに吸われたときほど感じない。
「変だな。自分で触っても、たいして感じねーのに」
「……お前、ホンットたち悪いな」
「ん? なにが?」
 顔を上げると、かなたの真剣な視線が向けられていて、不覚にもドキリとする。
(なんだか雄臭いなあ。変なことしたから、俺が女の子みてーな気持ちになっちゃったのかな)
 かなたは肩で深くため息をつくと、稔の両腕をつかんだ。
「いいか? 外じゃ絶対にエロい話すんなよ? お前マジで危なっかしい。てか危なすぎる」
「はあ? 学生じゃあるまいし、会社の飲みで変な話なんかしねーよ」
「とにかく、絶対にするなよ?」
「わかった、わかったから」
 稔は『面倒なことになったな』と、幼馴染の男から視線をそらした。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

ファントムペイン

粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。 理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。 主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。 手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった…… 手足を失った恋人との生活。鬱系BL。 ※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。 するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。 だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。 過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。 ところが、ひょんなことから再会してしまう。 しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。 「今度は、もう離さないから」 「お願いだから、僕にもう近づかないで…」

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...