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第三章 繰り返しの幽霊

第47話 急転直下

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 遊ぶ――ということについてこれ程までに神経を使ったことはない。そして今後もないだろうな……。はっきり言わせてもらうが、こんな奇特な経験をすること自体が、人生の中では貴重だ。難しいことを延々と、そいでいてつらつらと述べていくのもそれはそれで悪くはなかろう。けれども、言葉では言い表せないような経験をしていくこともまた――人生の醍醐味と言われれば、それまでだ。
 しかして――それを如何様に解釈したとしても、この現状をポジティブに考えられる人間など、そう居ないだろう。居たとするならば、そいつはちょっと頭のネジが数本外れているか、それともタダの馬鹿なのか――そのいずれかだろう。とはいえ、あまり遭遇したくない人種であることには間違いない。

「……遊ぶったってなあ」

 独りごちる。
 今、ぼくは闇に追いかけられている。
 具体的には、闇だったそれは徐々にシルエットがはっきりとしている――と言えば良いだろうか。まあ、そんなことを言ったって、実際の姿が分からないのだからそうとやかくと言っていられないのもまた事実であるのだけれど……。
 これで良いのならば、それで良いだろう。シルエットが明らかになってきているということは――裏返すと、自己の存在を確立しつつある、ということでもある。幽霊というのは、自分の存在や幽霊であることを自覚出来ていない状態だからこそその場に留まる――地縛霊となるのだから、この傾向は頗る良いと言えるだろう。
 後はぼくがこの空間から脱出出来れば済む話なのだけれど……。

「……脱出、出来るよな?」

 正直、不安がないと言えば嘘になる。
 脱出するための条件も、脱出するための糸口も、脱出するためのヒントも、何もかも見当たらない状態で――手探りの状態で延々と彷徨っている。こんな状態で疑心暗鬼にならない訳がなく、寧ろそれが悪化するような感覚にも陥っていた。
 けれども、良い方向にも悪い方向にも現時点で動く気配がない――となると、

「何も出来ることがないんだよな……」

 無――結局、これに落ち着く。
 助けが来るのを、ただひたすら待つしかない……。でも、今どれぐらい時間が経過したのかさえ分からない状況だ。今ここに居るのがどういうメカニズムなのかはさておいて、時計を見ても全く時間が動いていない。これはスマートフォンが故障したというよりかは、スマートフォンがそう判断した――と考える方が自然だろう。
 スマートフォンの時計は電波時計だけれど、それをめちゃくちゃにするような動きを外から働きかけているとすれば、上手く纏まる。
 というか、そもそも幽霊が作り上げた空間に閉じ込められること自体が、常識の範疇を大きく飛び越えているのだけれどね。

「……今頃あっちはどうしているのかね」

 神原はめちゃくちゃ慌てているのかもしれないな……。きっと。いきなりぼくが居なくなったから、助け出す手段を必死に構築しているのかもしれない。流石に泣いていることはないだろうけれどね。涙? ないない、幾ら何でも。神原とぼくは腐れ縁のような関係だし、そんな関係だからこそ乾ききっている。熟年夫婦みたいな感じ、とは良く言われるけれどね。本当か、それ?
 とはいえ、暇を潰すのも大変だな……。このまま闇のご機嫌取りをするのも悪くはないかもしれないが、これが永遠に続くのであれば苦行そのものだ。出来ることなら、短く済ませたいものだけれど、終わりが見えない以上はどうしようもない……。時が解決してくれるような物でもなさそうだしな。

「……地獄だな」

 或いは、闇はそれを魅せようとしているのか。だとすれば、それもそれで酷な話だ。
 地獄なんてものは、見ない方が良い。
 それを魅せようとすることで軽減出来るなんて、そんな虫の良い話が転がっている訳がない。
 そして。
 そして。
 そして。
 ここで永遠の時間を過ごすものとばかり――ああ、数秒前まではそう思っていたのだけれど。
 目の前に、一筋の光が見えた。

「……え?」

 人は、本当に驚いた時というのは――声が出ないものだと何処かで聞いたことがある。それは古い文献か、誰かの書いた小説か、バラエティーで有名人が笑いながら語った冗談か――出所は置いといても、良く言われる話であることは間違いないだろう。
 そして――その光から思い切り何かが伸びてきた。
 それは、腕だった。

「えっ?」

 腕に捕まれると、ぼくの身体は思い切り引っ張られる。

「つ、強い……!」

 人間のそれではないような感じだ。まるでクレーンで無理矢理引っ張り上げられているような、そんな感覚。
 いや、クレーンで引っ張り上げられたことなんてないのだけれど……物は言い様だ。
 そして。
 ぼくは思い切り身体を引っ張られて――半ば強引に世界の外へと投げ出された。
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