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鬼畜宰相!貴様が勇者やれ!
しおりを挟む馬車の中で、長椅子に寝かされていた女性の気が付く。俺は吸いのみを差し出し水を進める。女性は俺にお礼を言い、その水を一気に飲み干した。
俺を瞬きしながら見つめる女性。落ち着いた感じのおばさんだ。年の頃は三十台半ばだろうか?こちらの人々は図体が良く、失礼だが若干フケて見える。多分俺の感覚よりも、五才ほど若く見積もれば良い感じだろう。さすがに女性に年は聞けないがな!
俺は彼女が何かを話し出すのを待つ。特に俺から話したい話はない。俺の勘が確かならば、彼女が話したいであろうこと。それらは俺の方から、話し出す事柄ではないだろう。
ぐうぅぅ……。くぅぅーー
「………………」
!?!?!?
「ごっごめんなさい!教室で昼食だったのに、私ってば途中で飛び出して来ちゃったから……」
顔を真っ赤にして、恥ずかしげにモゴモゴと口ごもる女性。こんなに大人しそうな人が意外だよな。嫌、護衛を撒いて湖まで来る位だ。案外芯の強い女性なのかもしれない。俺はインベントリから、お弁当の残りのお握りを取り出して手渡す。次いでにカップで味噌汁を作った。
「あ……有り難うございます」
女性は暫し考えた後、お握りにかぶり付く。あっという間に、お握り三個と味噌汁を飲み干した。続けて俺は、冷やしたハーブティーを手渡した。
「ホッとする味ですね。本当に美味しいです。これが勇者様の故郷の味なのですね。悲しいですが、わっ私には到底太刀打出来ません……」
ハーブティーを受け取り飲む彼女。もう誰かは理解してるつもり。だけど名乗ってくれないと、俺には話を聞く事しか出来ないよ。
女性が膝の上の両手をギュッと握り締める。やがて決心が付いたとばかりに、俺と視線を絡ませた。
「今代の勇者様。我が父、宰相が大変なご迷惑をお掛けしました。父は先代勇者様たる、貴方のお父様を軟禁しました。赤子の貴方から、そしてお母様から、大切な家族を奪いました。父は血族が喚ばれるなんて、本来は有り得ない。偶然が悪いと、未だにそう自己弁護しています。でもそれは違いますよね?血族が喚ばれなくとも、皆様元の世界に家族がいるのです。それに私たちは気付けなかった。これは歴とした、召喚と言う大義名分での誘拐です。しかも二度とは帰れない。最悪の結末を知っているのに!我々はなんて罪深い事をしたのでしょう」
そうなんだよ。勇者様なんて持ち上げられてるけど、内心では正直この世界をぶち壊したかった。俺には母さんだけだった。母さんは俺がいなくても、きっと立ち直って生きてける人だ。現に還暦まで元気に生きてたからな。でも本当に淋しく哀しい、そして辛い日々を過ごさせたんだ!しかし残さしてきたのが、病気の恋人や家族。失えないかけがえのない人だったら?今日明日にでも、命の危険の有る人を残して来たなら?絶対に戻りたい。この世界がなんだって?一人より沢山の命がかかってる?そんな大義名分は捨ててしまえ!貴様らの世界は貴様らでなんとかしろ!何故関係ない奴等を助け、己の大切な人を切り捨てなきゃならないんだ!
誰だってそう考える筈だよ?現に俺だって考えた。例えは母さんと同年代の人を火事場から助けた時、もし家が家事になった時に母さんは大丈夫だろうか?一人で逃げられるか?何故俺は違う世界の人を背負って走ってる?この間に母さんが火事で逃げられなくなってるかもしれない。トラックに引っかけられ、貯水池に落ちて溺れてるかもしれない。これはマジで有ったんだよ。俺が助けたけどな!その後プールで水泳も教えた。そう言えば、この年で水着何て着たくないとかごねたよなーー
「そして私も罪をおかしました。私は勇者様に懸想してしまいました。体調が優れなくぐったりしていた勇者様の看病を、私は父より言いつけられました。朦朧としている意識の中で、勇者様は私を奥様と勘違いされたのです。私の黒に近い髪色のせいでしょう。私はそれを知りながら、つい魔が差してしまいました。勇者様はずっと震えながら手を伸ばし、すがり付く様に奧さまの名を呼んでいました。私は嬉しかったと同時に空しかった。しかも後に他の3人が先に勇者様を襲ったのを聞き、私も先の者達と同様の事をしたのだと……勇者様の私への態度は、妹たちが仕出かしたことを、奥様に助けを求めていたのだと……」
親父……。朦朧とした意識の中で、母さんにすがり付きたくなるのは解る。しかしどんな状態でも、人違いはして欲しくなかったぞ。ヘタレな父さんなことだ。後で気付いて真っ青になったんだろうな。多分これも宰相の策略だろう。娘さんの気持ちと髪色が似ている事を利用し、父さんのヘタレな部分に罪悪感を植え付けたんだ。多分父さんなら、この人を捨てられない。現に今だ逃げずに留まっているのが証拠だ。宰相は良く観察してるよ。
勇者が町を歩くと、沢山の子供達が集まってくる。皆決まって勇者様格好いい!魔物沢山殺してくれて有り難う!と褒め称える。これは所謂洗脳だ。なら何故お前たちは勇者にならない?何故勇者は異世界人だと決まってるんだ?
単に英雄として祭り上げるのに適してるからだよな。だって魔王は聖剣でなくても絶対に倒せたぞ。今回は特に死霊系だったから、聖剣が役にたっただけ。つまり今回なら聖魔法を使える僧侶を沢山突撃させれば良いの。魔王には確かに知性が有る。でも人間が魔王にならぬ限り、人には到底及ばない。知性があっても、理性は無いんだ。今回の様に魔王が元人間でなければ、物理だけだっていける。だって魔王は魔物の王なんだ。ドラゴンの様に巨体でもなんでもない。少し強く統制力の有る、一国の王様と変わりがない。一度召喚勇者なしで討伐してみろ!確かに多大な犠牲は出るだろう。しかし倒せる筈だ。この世界の人間は、己たちで倒そうとした事すらない。この世界には魔法が有るんだ!まずは己らで頑張ってみろ!
まあ無理か?多大な犠牲より、召喚勇者の人生の方が安いんだろうな。でも聖剣が誰にでも使用出来る様になった。さてどうする?どちらにしろ次の魔王討伐では、召喚魔方陣自体を使わせないけどな!
つまりそう言うことだ。勇者様だって人間だ。聖人君子じゃない。なぜ他人ばかりを助けねばならない。しかしこれを疑問に感じたらお仕舞いなんだよ!だから歴代の勇者も黙って魔王の討伐に出発したのだろう。
討伐後は元の世界に帰れると信じて。
確かに俺は聞かなかった。だから宰相は言わなかったという。しかし帰れるというニュアンスは匂わせていたはずだ。なにせ歴代の勇者様は、全てが故郷に帰ったと言ったからな。しかしこの故郷がくせ者だったんだ。
嫁さんの故郷なんだってよ!殆どの勇者様は魔王討伐の褒賞金を貰い、城下町で過ごし結婚した。その後嫁の家を継ぐ為に地方へ行く。つまり嫁の故郷に帰ったと。
完璧に俺をはめたよね?
しかもね。勇者の嫁たちは地方城主の一人娘ばかり。婿を探しに城へ来ていた。年頃の姫が居ればそちらが優先だが、居ないときは勇者の嫁候補になる。まあ勇者たちも幸せだったなら構わないけど、俺は外堀埋められ絡み取られたみたいで嫌だ。
結果です。
勇者はチョロい。間違いなく宰相様はそう思ってましたよね。
そして泣きながら、馬車の中で土下座する女性。貴女も被害者だ。確かに恋心を利用されて罪をおかした。しかしもし親父が母さんと間違えなかったら?それは多分親父も理解している。だからの今なんじゃないの?
「貴女が解ってくれてるだけで嬉しいから。お願いだから土下座は止めて。宰相の娘さんが普通の思考の持ち主で良かったよ。この国では召喚勇者の人生はごみ同然だ。一人の異世界人の人生より、己の世界の沢山の命なんだろうな。まあこの先、召喚魔方陣は使わせない。魔王を発生させない努力をすべきだ。これは既に浄化の研究に入っている。間に合わなかったら俺たちがなんとかするよ。だから貴女は先代勇者を健康にしてあげて。あ!だからお料理習いに来てるの?和食は健康にも良いからお勧めだよ」
土下座する女性の両脇に、腕を差し入れ持ち上げ椅子に座らせる。大きな蒸しタオルを差し出し、みかんを渡す。
「泣き顔はタオルで治して。残念ながらプリンは食べちゃったけど、異世界産のミカンなら有るよ。こちらのミカポンとほぼ同じだけど、皮が指で向けるし、甘くてジューシーだよ。父さんも好きだったらしい」
「はい……。今でもミカポンが大好きです。寒くなるとミカポンを食べながら、コタツが欲しいとボヤキます。先日お土産におはぎを持ち帰ったら、食べながら泣いていました。今代の勇者様は食の神様だなと。だから私は宰相で有る父に言ったのです。彼をお食事処へ連れて行ってあげたいと……」
それは……。宰相も焦っただろうな。先代勇者にバレたらヤバイと思い、娘に真実を伝えた訳だ。
「父は連れ出すなら、魔力を抜く魔道具を再度装着すると言いました。それに現勇者の息子と元妻に会えば、お前と赤子など直ぐに捨てられるだろうと。私は構いません。しかしようやく全ての魔道具を外し、体調も回復してきているのです。なのにまた魔道具を何て……。ようやく赤子も抱ける様になり、初めて我が子を抱けたと泣いてたのに……」
父さん……。
俺だけでなく、他の四人も抱けなかったのか……。仕込んで直ぐに魔道具かよ!しかも実の娘を脅すとか!もしかして最近母さんの側をチョロチョロしてるのは、接触しないかと見張ってるのか?あの宰相マジ許さんぞ。鬼畜過ぎるだろうが!
貴様が勇者やりやがれ!
父さんの奥さんは、ならせめて和食を習い、料理して食べさせたいと思ったそうだ。そして今日も料理教室に来ていた。母さんは現在、ご飯の炊き方教室にのみ顔を出し、他は弟子に任せている。今日はその弟子の中にワンコがいた。ワンコの野郎が、自分は勇者のお宅でお世話になってる。今日は勇者は、採取場の見回りと狩りにいってると話していたそうだ。
それで衝動的に、俺に会いたくてやって来たと。
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俺は貴様を世話するつもりは微塵もないわ!
調子にのりおって!
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