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魔法使いさんの小さなお家。
しおりを挟むこじんまりとした、ログハウス風の可愛いお家。中庭では家庭菜園をしていたのだろう。所々に、見覚えのある野菜の花が咲いている。毎年自然に種がこぼれるのだろう。
室内は綺麗にまとめられいて、シンプルだが住みやすそうだ。清潔なキッチンには、色々な調理道具が揃っている。カーテンやソファーカバーは、お揃いのキルトの布地だ。カントリーキルトを手作りしたのだろうか?
家全体に保存の魔法がかかっている。魔法使いさんがかけたのだろう。俺はこの家と部屋を見ただけで、なんだか暖かい気持ちになる。家に帰宅したらホッとする、安心感を感じるあの感じだ。ワンコが言っていた振られた腹いせに呪いをかける様な、そんな魔女が住んでいた様には正直みえない。恋が魔法使いさんを変えてしまったのだろうか?いや、それならばワンコの節操なしが、酷いことをしたという方がしっくりくるよな。
俺は部屋のなかを調べながら、ほぼワンコ悪人説を肯定していた。
母さんが少しキッチンを借りてくるわねと、エプロンをしながらキッチンへむかう。全く、勝手知ったる他人のお家だよな。母さんも遠慮がないからな。まあ本人がいなくては、許可も取れないから仕方がないか……。
その間に俺は、簡単につまめる料理をインベントリからだす。食堂名物の揚げ物や煮物。お饅頭やドーナツもだす。あ!桜あんパン!成功したんだぞ。母さんの手作り餡子は神様だよ。後は植物図鑑様だ。父さんへの刺身作りに役立った魚類図鑑!実は他にもシリーズで入っていた。植物図鑑なんて、樹木から果樹、草花から品種改良された物まで、細かく記載されていてビックリだ。特に魚図鑑は楽しくて笑えた。全ての魚の食べ方がのっていた。調理法はもちろん、食べられない魚には理由つき。
~この魚は小さすぎる上に、捕獲しようにも枝珊瑚の中に隠れてしまう。滅多に捕獲されない。食べようと試みれば食べることは出来る。しかし内臓の苦味しか感じない。わざわざ捕獲してまで食べる価値はない……。
でも食べてみた人はいるわけね?
~ダイバーに人気の、原色バリバリで腹部の水玉模様がキュートな魚。青い水中ではその色彩が目を引き驚くことが多い。正直その見た目では食べたくはない。しかし煮付けにすると、固い皮もゼラチン質になり超美味である。因みにこの魚は皮が固い。その為腹部から内臓をとり、そのまま煮付けにする。白い皿に姿煮のままのせられ、食卓に出される。箸をつけるのに戸惑うが、ひと口食べたら奪い合いになる味である。
食べたくはなくても食べてみたのね……。この図鑑作った人たちはチャレンジャーだな。鑑定がある訳じゃないし、俺には絶対に無理だな。
しかしその詳しい図鑑様だ!お陰さまで桜の花をゲットした。塩漬けは母さんにして貰った。お茶にもなるらしいからな。だが桜には、やはり魔力をゴッソリと持ってかれた。もう少しでスッカラカンになりそうになり、慌ててポーションを飲んだんだ。なのにだ!俺は沢山の桜の花だけをイメージしたのに!出てきたのは、両手ほどの桜の花が、まばらに咲いた枝だった。花が少ないわ!
…………。
仕方なくその桜の花をむしりとり、枝をゴミ箱に投げ捨てた。母さんに花だけを渡し、塩漬けを頼んだ。枝つきだったことをブツブツ愚痴ってたら、母さんにチョップされた。
イテテテテ……。急になんだよ!
「桜は挿し木で増やせるの。結構難しいけど、家の庭に桜の木があったでしょ?あれも母さんが挿し木したの」
へえ。母さんが庭いじりなんてしたんだ?
「生れたての祐太郎と退院して、家に戻った次の日によ。退院して直ぐに、正行さんのお墓に行ったわ。事故のショックで私の体調が悪くなり、退院が延びてしまった。だから死に顔に会えなかった。お墓に写真を立てて、涙が枯れるまで泣いたの。背中であなたも一緒に泣いてた。その祐太郎がいきなり泣き止んだの。本当にビックリしたわ。泣きすぎて死んじゃったのかと思ったんだから!」
泣きすぎてって……。さすがにそれはないだろう……。
「桜の花びらがね。風で沢山舞っていたのよ。それをみつめて祐太郎は泣き止んでた。生れたてで理解はしてないとは思ったけど、なんだか私も泣いてばかりじゃダメだと思ったのよ」
母さん……。
そんな母さんに、事情を知っていたお寺の住職さんが声をかけてきた。旦那さんの仏前に供えてあげなさいと、桜の枝を包んでくれたそうだ。その桜の枝を切り挿し木にした。七本育てた内の二本が無事に育った。
「確かに庭に二本の桜があったよな。しかもそんなにデカくは無かった。わざわざ混んでる花見に行かなくて良かったよな。あの桜はどうなったんだ?」
「ソメイヨシノは寿命が短いと言われているの。大体が六十年。祐太郎がいなくなった頃は、だいぶ育ってたのよ。毎年花も満開に咲いたでしょ?でも私が五十代に入ってからは、私が死ぬか桜が先かと毎日考えていたわ。もう花もかなり減り、随分弱って来ていたの。だって四十年以上よ。正行さんがいなくなり、祐太郎もいなくなった。その寂しさを慰めてくれたのよ。だからね。沢山挿し木をして増やしたの。次代に繋げば、桜もきっと寂しくないって。勝手な思い込みだけど、庭には桜が一杯よ。私がいなくなっても……」
母さんが泣いてるよ。強気に見せてるけど、やはり還暦までは長いよな。
「母さん。この桜の枝を頼むよ。もし根付かなかったら、また頑張って桜を作るからさ」
「そうよ!だから桜の枝を粗末に扱ってはいけません!大ぶりの枝だから、かなり苗が作れそうだわ!」
母さんはゴミ箱から桜の枝を取りだし、ダッシュでトンズラしてしまった。多分息子に涙を見られたのが恥ずかしいのだろう。見なかったことにしておくよ。
なーんてことがあったのだ。その後半分にカットされた葉を残した枝が、中庭の片隅に沢山並んでいた。月日が過ぎる内に徐々に数は減っていった。しかし片手の指で数えきれるほどの苗が、しっかりと成長している。こりゃ中庭の一面を塞ぎそうだな。中庭を少し改造して、花見を出来る様にしたら良いかも。ガーデンパーティーを開ける様にはしてあるから、一部を和風にするのがよいな。
なんてまた思考がそれたが、母さんの手作り餡子と桜の塩漬けとこの世界のパン。それで頑張ってみた。さすがに桜の塩漬けの、実物の効果は凄かった。成功だ!夢にまでみた、桜つきあんパンだぞ!
魔力もかなり節約出来たからウハウハだ。さらにはゴマをのせ、ヘソあんパンなんてのもつくってみた。
うーまーすーぎーるー。
ん?
…………。
まさか母さんがワンコのヘソを、あの指輪のケースでグリグリしてたのって……。ヘソにゴマでもついてた?
まさかね?
あ!あの値段のわからない様な妙な指輪だけど、結局母さんの指にはまっている。実はあれは王家に伝わる王妃の指輪。王妃さまが王様から送られる指輪だそうだ。ワンコのやろうは、王太子だから俺のものだと持ち出したらしい。指輪をみせて女性を釣っていたのもあるそうだ。ワンコ曰く、俺は全ての女性を愛していた。飽きただけだ!とのたまわっているそうだ。ゆるさんぞ!ワンコ!
なんてムカつくことを思い出すのは今は止めよう。俺はアイスティーをグラスに注ぎ、ラウエルさんにすすめる。ラウエルさんは遠慮しながらも、一気にアイスティーを飲み干した。
だってノドが乾いたよね?お代りを注ぐと、ラウエルさんがいきなり土下座をしてきた。土下座の意味は理解してる。でもあれはラウエルさんが悪い訳ではない。マリーちゃんも仕方なかったんだよね。終わりよければすべてよし。最初は騙された感が凄くて、マリーちゃんを恨んだ。リリーにも、バカにするなと怒鳴りたかった。
でもね?母さんのゲンコツで、全てを忘れ去りました。王家の秘宝、姿交換のブレス。
つまりですね。対のブレスをした二人の、姿のみがすっかり入れ替わるんだそうです。心や体が入れ替わるんじゃないんです。外見が入れ替わるだけ。つまりブレスを外したら元通り。王家の影武者などに使用されていたそうだ。
つまり俺が妙な気配を感じたマリーちゃんは、リリー姫様だったわけ。マリーちゃんはその間、影武者としてお城にいたわけ。婚約者のラウエルさんは、そのマリーちゃんを護衛してたのよ。だから知っていた訳ね。
でもこれは仕方ないじゃん。マリーちゃんとラウエルさんには、王家からの要望を断ることなんてできないでしょ?
「ラウエルさんとマリーちゃんが頭を下げる必要はないよ。だって……「ワンコ死ねーー!」……なっ、いきなりなんなんだよ!」
いきなり中庭から母さんの大声と、目が瞑れそうな派手な発光が広がった。慌ててラウエルさんと中庭に出る。
…………。
「母さん?その女の子誰?」
「……誰かしら?囚われのお姫様?」
「なんでワンコ死ねなの?」
「だって!ワンコが悪いのよ!絶対に!許さないんだから!女の敵!いえ、人類の敵だわ!」
庭の中心に、呆然と佇む女の子。やがてヘナヘナと膝をおり倒れこんだ。
しかしこの子は誰なんだろう?絶対に母さんより若いぞ?下手したら俺より若いかも。
まさかワンコの隠し子だったりして?母さんの勘は当たるからな。
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