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1巻

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   ◆本編1・Main story


 Aランク冒険者パーティー、ホワイトハット。私は約一年、このパーティーの専属料理人をしてきました。
 専属契約の更新を打診されたのが、約二ヶ月前になります。申し訳ありませんが、私はお断りいたしました。契約の際にも、一年のみと伝えていたからです。
 そしてダンジョンの攻略へ。これがホワイトハットでの、最後の仕事だったのです。一ヶ月ほど前からこのダンジョンにもぐり、先日ようやく最下層に到着しました。本日はこれから、最終ボスとの戦いに入ります。
 勝てばようやく地上に出られると喜ぶメンバーたち。しかしその前にしっかりと腹ごしらえをすべきだろう。そうリーダーが言い出しました。
 起床後に朝食は済ませていますし、通常なら戦闘の際の動作がにぶるからと、地上に出てから食事をするものです。確かにパーティーごとに違いはありますが、ホワイトハットではそうでした。
 今日に限って変ですね。皆さん、ラスボスを前に緊張しているのでしょうか? その割には、朝からお肉多めな献立こんだてのリクエストです。正直私的には、お肉ばかりを消費してほしくないのですが、まあラストですから……
 皆が食べ終わると同時に、私は後片付けに入りました。さすがに私はダンジョンボスとは戦えません。以降は戦闘の邪魔にならないように、後方に下がり待機します。
 ダンジョンボスの部屋の扉に、リーダーが手を触れました。さあ、突撃です!
 しかしなぜか私の前に、突然リーダーが立ち塞がりました。

「アリー、君とはここでお別れだ。はっきり言おう。ダンジョンボスとの戦いに、守られるだけの君は足手まといだ。追い出すようで悪いが、往路おうろの道案内はした。復路ふくろは自力で戻ってくれ」

 はい?
 いつもは寡黙かもくなリーダーの、突然の爆弾発言。ボス部屋に一緒に入らなければ、私はその先にある脱出用の転移陣に進めません。パーティーで一ヶ月かけて来た道を、一人で戻れというのです。つまり死ねと言っているのと同じです。
 ニヤリと口角を上げて笑うリーダー。何がホワイトハット(正義の味方)ですか。ブラックハット(悪人)の間違いじゃないの?
 大剣を背負い、脇に差した細身の刀に手をかけます。まさか私が言うことを聞かなければ斬るつもりなのでしょうか? 黒く長めの短髪に、黒縁の四角い眼鏡。その隙間すきまから、まるでにらむような茶色い瞳がのぞいています。
 リーダーが愛用しているのは、東の島国の羽織袴はおりばかまがモデルだという装備。そのすそをひるがえしながら、ついてくるなと私に再度宣告しました。
 確かに『往路おうろの案内はよろしくお願いします』としか私は言いませんでした。だからそれは構いません。しかし、まさか自分になびかなかったからではないですよね? それとも契約更新をお断りしたからですか? しかも朝食のみならず追加の食事まで、しっかり食べてから言うのですか?

「料理だけどさー。私も結構得意なのよ。一応、料理スキルもあるから勉強するわ。このダンジョンを制覇したら、リーダーと結婚するの。だから私が作るわよ。料理は愛情が一番のスパイスでしょ? 料理しかできない無能は不要よ」

 へえ。魔法使いも中々なかなか言いますね。あなたが料理下手だからと、私を雇用したのではないのですか? 干し肉のスープすら上手く作れないと、お相手のリーダーがなげいていましたよ? スキルがあってその程度なのですよね? しかもそのスキルは料理じゃなくてたぶん調理の方ですよ。
 桃色の髪の毛をツインテールにし、上目使いで見上げる抹茶色の瞳がキュート。装備品にもこだわっていて、女性魔法使い専門のお店のお得意様なのだそう。
 家事全般が苦手な彼女ですが、甘え上手で異性にはかなりモテモテ。でもきっと、その性格があだになっているのでしょう。
 魔法で料理は無理ですよ? 料理人をバカにしないでほしいです。

「そうですね。私は元々、料理人など不要だと言っていたのです。食事など食べられれば十分。贅沢ぜいたくは町に戻ってからでもいいのではないでしょうか?」

 ふーん? 賢者もそんなこと言うんですね。私が非常食にと持たせているクッキー、毎回あなたの分は補充するのが大変だったんですけど? デザートだっていつもおかわりしていたはずです。特にいちごババロアとベリーのタルトは、お皿にカスすら残っていませんでした。
 クッキーを食べると力がみなぎる、旨い食事は大切だと言ってくれましたよね。料理人冥利みょうりに尽きると、本当に嬉しかったのですが。お世辞ならいらなかったです。
 真っ白な髪の毛を後ろで一本に結び、長めの前髪をかき上げながら話します。その合間からのぞく瞳の色は紫色。中性的だけど、身長が高いし筋肉もついているから女性には見えません。でも女性の服を着れば、絶対に間違われると思います。
 ぜひ一度見てみたかったですね。だって本当に綺麗な顔をしているんです。そんなことを言ったら怒るでしょうが、なんだかしゃくさわるし、最後だから言ってしまおうかな?

「食事は大切だ。アリーがいなくなれば、また味気ない日々に戻るだろう。しかし我々は冒険者だからな。食事にだけかまけてはいられん。干し肉のスープでも十分だ。黒パンでも付けば上々。料理しかできず、守られるだけの仲間は確かに必要ない」

 剣士まで! なら自分で料理してみなさい! 前半だけ聞いて、『剣士は基本の調理ができるだけあって少しはまともなことを言うじゃない』なんて思って損した気分です。
 私が料理するだけなら、自分は戦うだけではないのですか? だから仲間に脳筋のうきん扱いされちゃうんですよ!
 二メートル近い身長に筋肉質な体つき。真っ赤な髪の毛に真っ黒な瞳。装備は実用的なものが一番だと、性能重視でシンプルなものばかり。確かにどう見ても、戦い好きな脳筋のうきん戦士です。
 でもね? そのヘッドアーマー、さりげなくケモ耳つきですよね? 実はモフモフ好きでしょ? テイマーさんが連れているモフモフ従魔じゅうまを見かけると、手のひらをワキワキさせているのでバレバレなのです。少しは素直になればいいのに! あー、最後に暴露したいです。
 俺は武器しか持たぬとか、かっこつけて言っているけど、包丁だって刃物ですよ? 立派な武器にもなります。それにあなたが持たぬと言う荷物はどこにあるの? 私が代わりに持っているのでしょう? 黒パン欲しいなら誰が運ぶの?
 しかも守られるだけですって? 私があなた方に、いつ守ってもらったの?

「さて満場一致で追放は決定だ。ではボス退治に行くぞ! このダンジョンを攻略すれば、Sランクにも手が届く。アリー悪いな!」


 言いたいことを言われっぱなしです。私が口を挟む間もなくメンバーは去ってしまいました。
 なかば無理やりにとはいえ、一年近くも一緒に旅をしてきたのですが。私の料理は皆の心に響かなかったのでしょう。料理人失格ですね。
 しかし死んでもいいとまで思われていたとは、本当にビックリです。私が不要ならば契約更新しようとせずに切れば良かったのに。それなら私は喜んでお別れしました。何もダンジョンの最下層に置き去りにすることはないですよね?
 普通の料理人なら死んでいます。もちろん私は死ぬつもりなどありませんし、死にもしませんが。
 まあいいです。とりあえず町に戻りましょう。買い戻した両親の食堂をピカピカに磨き上げ、色々仕込みながらお店をレイアウトしたり、メニューを考えたりしましょう。なんなら売店部分だけ先にオープンしてもいいですね。
 やることはいっぱいあります。でもまずはギルドです。パーティー脱退の報告をしなくてはいけません。報・連・相は大事です。
 さあ落ち込んでなんかいられません! 私はできることはしたつもりです。でも私では満足してもらえなかった。ただそれだけなのです。
 スキル発動!

「リターンアドレス。パーティーの拠点へゴー!」

 視界がぐるりと反転しました。


 Aランク冒険者パーティー、ホワイトハットの拠点となる建物の一室。一年前の契約時に与えられた私室ですが、住み慣れるほどはいませんでした。
 私は部屋を見回し、私物のみを無限収納――インベントリにしまいます。
 そしてメンバー個々の部屋を回り、それぞれからの預かり品を返却しました。
 次は皆が集まるリビングの机を片付け、余った食材を全て出します。食材に罪はないのです。腐らせては可哀想。
 さあ全てを収納庫にしまいましょう。腐ってもAランクです。備え付けの魔道具――保冷庫と冷凍保存庫は立派なものでした。
 ちなみに出張料理に使う機材は全て私物です。契約料は前払いでしたし、それ以外は材料費しかもらっていませんでした。つまりこれで貸し借りはありません。
 あ! あと五日ほど契約期間が残っています。まあ追放されたのですから、もう関係ありませんが、気持ちばかりの餞別せんべつということで。肉類と卵を取り出し、日持ちのする料理を次々と作り出してゆきます。
 しかし毎回よく飽きずに、肉ばかりをリクエストしてきましたよね。野菜だって美味おいしいのに。お肉が入っていないと、ケチるなとうるさく言われるのです。おかげで毎月、かなりの予算オーバー。このお肉も、私が自力で用意していたんです。
 私だって赤字は出したくないですよ。それに文句を言ったところで、私のやりくりが悪いと言われるだけです。だから何も言いませんでした。
 私は追放されてむしろ万々歳ばんばんざいですよ? でも彼らのドヤ顔を見るに、私はやめたくないと思われていたのでしょうか? だから殺すことにしたの?
 うーん。やはりわかりません……
 私を追放し、最下層に置き去りにした理由が、私にはどうしても理解できないのです。ダンジョン初攻略の功績を私に与えたくなかったの? でもあのダンジョンは未踏破みとうはというわけでは……
 もういいや。それよりも、さっさと片付けてしまいましょう。
 ……ふースッキリ。
 片付いた机の上に、食材の出納帳すいとうちょうを置きます。お釣りも間違いなしです。

【一年間お邪魔しました。さようなら】

 置き手紙を残し、ウェイト代わりに拠点の鍵とクッキーの袋を置きました。
 リターンアドレスのホーム登録を解除し、ギルドへ飛びます。さあ、ここでの手続き終了をもって、私は本当に自由になれるのです。
 天国のお父さん。お母さん。私は本日、Aランク冒険者パーティーを追放されました。皆に満足してもらえなかったのは残念だけど、ようやく夢を追うことができます。二人の食堂を再建するよ。天国で応援していてね。
 パーティーから解放されて嬉しいはずなのに、涙が出そうになるのはなぜでしょう。
 同年代の人たちと、一年も一緒にいたからでしょうか? 普段は年配の方々とのお付き合いが大半です。それを思うと、やはり寂しくもなります。あとはきっと、料理人のプライドですね。
 メソメソするな! 気を強く持たなくちゃ夢は叶わないのです。私は深呼吸をして、冒険者ギルドの扉に手をかけました。そして扉を勢いよく開きます。

「こんにちは! 皆さん! ご無沙汰してます。パーティーを追い出されちゃいました。脱退手続きをお願いします」
「ア、アリーちゃん!?」
「追い出された!?」

 私の言葉を聞いて、ギルドにいた人たちが一斉に騒ぎ出しました。その中には馴染なじみの冒険者たちもいます。

「あっ、おじさんたち! はい追放です。料理だけの無能な仲間はいらないそうです」
「なんだって!? ……おい! 受付! さっさとギルマス呼んでこい!」
「はっ、はいっ!」

 受付の人が慌ててギルドマスターを呼びに行きました。

「ホワイトハットのやつらは一緒じゃないのか?」
「たぶん、まだダンジョン最下層のボスに挑戦中ですよ。扉の前で別れて一時間も経っていませんから」
「まさか最下層で置き去りか?」
「そうなのです。あと数日で契約終了なのに、わざわざ置き去りですよ。意味がわかりません。私なんて死んでもいいと思われていたのでしょうね。でも満足してもらえなかった私も悪いのです。心機一転、頑張ります」
「アリーちゃんは悪くない。アリーちゃんじゃなければ死んでいたぞ。あいつらは何がしたかったんだ?」
「そうなんですよねぇ?」

 確かにそれは、私も疑問なのです。
 そんなことをしているうちに、気付いたらギルマスと対面していました。脱退の手続きにギルマスとの対面は必要ないですよね? どうかしたのでしょうか?


 目の前には「すまなかった!」と、机にひたいこすりつけるギルドマスター。
 私はギルマスに頭を下げられるようなことをした覚えはありません。特にこのギルマスは、私がホワイトハットと契約した一年ほど前に、ここに赴任してきたばかりだったはずです。顔は知っているけど、たいして話もしていません。

「お久しぶりです。約一年ぶりですね。あのー私、何か謝罪されるようなことをしましたか? いえ、されましたか?」
「私の無知で君に苦労をかけてしまった。本当にすまなかった!」

 ギルマスの話を聞いてビックリ。つまりね。こういうことなのです。
 ホワイトハットは元から私を使い捨てるつもりでした。安く使える雑用係と思っていたのです。更に私が死ねば、私が購入したことになっている家も、ホワイトハットのものになるそうです。だから最初から殺すつもりだったのでしょう。
 当時、私はまとまったお金を欲して、日々金策きんさくに奔走していました。両親の死後、泣く泣く手放した家が売りに出されていたからです。かなりの高値でしたが、売主側の都合で一括払いのみとのこと。私は有り金をかき集め、昼夜ちゅうや問わず働いて頑張りました。
 しかし、あと少しが足りません。顧客の方々の中には、貸してくれるという人たちもいました。また、商業ギルドから融資ゆうしのお話もありました。けれど借金をしたくはなかったのです。
 そんなときギルド経由で、ホワイトハットの専属料理人の話が来たのです。年間契約料として、家の残金を全て出す。ただし一年間、他の給料は一切なしとの条件でした。
 私は契約料をもらえて材料費が経費で落ちるなら、給料はいらないと考えました。それほどに切羽詰せっぱつまっていたのです。しかし一年の拘束は長すぎます。しかも当時の私の稼ぎからしたら、年間契約料としては安すぎる額でした。
 悩む私にリーダーが追い打ちをかけてきます。売主はもう待てないから、他へ売ろうと言っていたと……
 私は一年の奉公ほうこうに出るつもりで契約をしました。料理はどこででもできます。そして引き受けたからには、私なりに頑張ることにしました。
 このときの仲介者が今のギルマスでした。確かに契約料は安かったけれど、私も納得していたし、ギルマスに落ち度はないはずです。謝罪されるいわれもありません。しかし、そうではないとギルマスは言うのです。
 実はホワイトハットのリーダーは、家の残金を値切っていました。私の親戚だといつわり、残金の半分で取引していたそうです。
 そんなことはまるで知らず、私は専属料理人の契約書と共に、リーダーから家の権利書を渡されました。これで両親の食堂を再開できる。そう喜んでいました。

「つまりホワイトハットのリーダーは、元から安い専属料理人としての契約料を、更に半分浮かしたわけですね。それでもやっぱりギルマスの責任ではありませんよ?」
「それだけじゃない。私は君が料理人なのを知らなかった。更にはくノ一のスキル持ちだとも……。ただ調理スキルがMAXなだけなら、料理ができるポーターのようなものだ。だからあの程度の契約料でも十分だと思って勧めた。調理人やポーターは、通常ダンジョンの深部には同行させない。守り切れないからな。ホワイトハットのやつらはたぶん、はじめから殺すつもりで連れ込んだのだろう。道中もまったく町に戻らず出ずっぱりだったと聞く。かなり辛い目に遭ったのではないか? 本当に申し訳なかった」

 うーん。最後はムカついたけど、特に辛くはなかったですよ? それとできれば、くノ一のことは口に出さないでほしいです。恥ずかしいから護身術で通しているのです。
 それにしても私が死んだら、財産がホワイトハットのものになるとは知りませんでした。冒険者が死亡した場合、身寄りがなければ財産は半分がギルドへ、残り半分はパーティーメンバーに分配されるそうです。身寄りがある場合はギルドではなく、親戚に半分が渡るのだとか。
 ここで問題発生です。リーダーが私の親戚のふりをし、家の残金を支払いました。私が死ねば、死人に口なし。私の財産はリーダーとホワイトハットのところへ行く。つまりほぼリーダーのふところへ……
 パーティーを組んだのは初めてだったから、そんな風になるなんて知りませんでした。だったら、さっさと解放してくれたら良かったのに。文句を言いながらも、私のことを上手く使っていたのですね。
 契約切れ間際まぎわになって更新を打診してきたのは、多少は私の料理に未練を残してくれたということでしょうか? 私には残してくれなかったみたいですが……
 あームカつきます。殺すつもりならサクっとってほしかったです。まあ物理攻撃で来られたらまずいけど、すきさえあれば逃げられます。

「赴任したてでギルドの全員を把握してなかった私のミスだ。特殊スキルを持つ君なら大丈夫だと信じてはいたが、まったく姿を見せぬので毎日が針のむしろに座るような気分だったよ。お詫びと言ってはなんだが、くだんの家はきれいに掃除し、メンテナンスしている。店舗の方を改装するなら声をかけてくれ。全てギルドで行おう」

 特殊スキルのことも調べてくれていたんですね。このギルマスさんは信用できます。本当にいい人ですね。料理と調理を一緒にしている人は未だに多いのです。
 ここでスキルの説明をしておきましょう。
 たくさん種類がある通常スキルのうち、関連性のあるスキルを二つMAX(レベル十)にします。するとまれに、上位スキルと派生スキルが発生することがあるのです。
 更に上位スキルをMAXにすると、特殊スキルが二つ教会にて与えられます。特殊スキルにレベルはありません。
 派生スキルはオマケのようなもの。極めようとして極められるものではなく、MAXにするにはかなりの労力が必要です。しかしこちらもMAXにすると、特殊スキルが一つもらえるのです。
 例えば私の場合。通常スキルの調理と食材採取の二つがMAXとなり、上位スキルの料理人と派生スキルの創作料理が発生しました。更に料理人スキルがMAXになったことにより、特殊スキルを二つゲットできました。それがリターンアドレスとインベントリ(無限収納)になります。
 また通常スキルの体術とクナイの二つがMAXとなり、上位スキルのくノ一と派生スキルの隠密おんみつが発生しました。のちにくノ一スキルがMAXになったことにより、特殊スキルの鑑定と結界もゲットしたのです。
 上位スキルと派生スキルの存在は周知されています。しかし組み合わせが多種多様で、発生条件が解明できていないため、所持者はかなり希少なのです。更に特殊スキルの所持者となると、表ではほとんど知られていません。
 話が長くなってしまったので、ここらで元に戻しましょう。
 私はギルマスに向かって頭を下げます。

「こちらこそ心配をおかけしたようで申し訳ございません。確かに所持金が心許こころもとないので、お言葉に甘えちゃいますね。そういえば、さっき言ってた『針のむしろ』っていうのはなんですか?」
「なぜ君を一年も専属契約させたのかと、各地域のギルマス共に吊るし上げられたんだ。特殊スキルを使って働いてくれていたのに! と叱られてしまった。君が死んだらお前も死ねとまで言われる始末だ。申し訳ないが、また仕事を引き受けてくれるだろうか?」
「もちろんです! 働いてお金をもらえる。素晴らしいことですよ。あのパーティーでは無料奉仕だったわけですからね! 両親の家を買い戻す手伝いをしてくれたと、彼らに恩義を感じ、全てを我慢していた私がバカみたいです。はー。本当に清々せいせいしました!」

 ギルマスにギルドのお仕事の予定表をもらい、今日は買い戻した家に行ってみることにしました。すぐにでも使えるようにしてあるそうだから安心です。
 ちなみにギルドのお仕事とは、ギルド間の荷物の運搬です。特殊スキルのリターンアドレスに、各地域のギルドを登録しているのです。
 荷物は同じく特殊スキルであるイベントリに収納します。ギルドの荷物は緊急なものや巨大なものが多いですからね。
 ドラゴンを討伐したのはいいけれど、近辺に巨大なドラゴンを解体できる人がいません。また場所もありません。こんなときには、解体できるギルドへ私が運搬したりもします。またインベントリに収納し、一時的に預かることもあるのです。
 特殊スキルのインベントリで鮮度を保持して無限に収納。リターンアドレスで即時にお届け。しばらくはギルドの仕事を受注しながら、食堂の開店準備を進めたいと思います。
 夢に向けてレッツゴー。さあ自由を満喫です。
 買い戻した家に向かいながら、これまでのことを思い返します。
 メンバーが毎回お肉ばかりリクエストするので、契約中は予算がキツキツでした。というより完全に予算オーバーです。だから赤字が出ないようにと、私が現地調達をかなりしたのです。
 メンバーは気付かなくて幸いでしたけど、かなりキワモノな食材もありました。でもキワモノ料理のおかげか、派生スキルの創作料理がMAXになりそうなのです。
 隠密おんみつも少し上がりました。派生スキルは中々なかなか上がらないから嬉しいです。MAXになったら、攻撃力の高い魔法をもらいましょう。
 ホワイトハットのメンバーは、私が死んでいないと知ったらどう出るのでしょうか? できればもう構わないでほしいです。私は両親の食堂を再建し、日々を平和に過ごしたいだけなのです。
 さあ。ようやく自宅に戻れます。家族と過ごした懐かしい家に帰りましょう。お布団ふとんはインベントリから出せばいいし、お風呂にも久々にゆっくり入りたいな。そして少しでも早く、食堂を開店しましょう。


 家に戻ると、子供部屋が昔のままでビックリ。確かあのときの家主さんには、子供はいないと言っていました。だから子供部屋は使用せずに、そのまま保存していたようです。
 この部屋まできれいにしてくれていたのですね。つい嬉しくなって布団ふとんを出して、子供の頃に使用していたベッドで眠ってしまいました。だからきっとあの頃の夢を見ているのでしょう。
 そう。家族が一番幸せだった頃。ううん。私が一番幸せだったと思っているあの頃の夢。
 そんな幸せな夢だけなら嬉しい。お願い。どうか悪夢に続きませんように……


 今日は週に一度の食堂の定休日。家族でピクニックを兼ねて、食材採取に来ています。

『お母さん! このまんまるきのこは食べられる?』
『あら? 白ころだけね。クリーム煮にすると美味おいしいの。丸くて見た目も可愛いでしょ? 珍しいきのこなのよ。明日の日替わりランチはきのこグラタンにしようかしら? 頑張って採取してね』
『はーい』

 大きな木に鈴なりに生えているコロコロとしたきのこたち。私は採取しながら、腰に付けた袋の中にポンポン入れていきます。気が付くと木の天辺てっぺん近くまで登っていました。下からお父さんの声が聞こえてきます。

『おーい! アリー! 木登りしてまで採らなくていい! 落ちたら危ないだろうが! わなを見に行くから下りてこい!』
『はーい』

 スルスルと木をすべり下り、お父さんにジャンプ!

『うわっぷ。まったく子猿のようだな。あんまりお転婆てんばすぎると、お母さんみたいな素敵なお嫁さんになれないぞ』
『お父さん、あれ見て』

 私の指さす先には、岩肌の凹凸おうとつを探りながら崖を上下する人影。時折ときおり何かを採取しては、背中のカゴに投げ入れています。もちろんお母さんです。
 ハァ……。お父さんの大きなため息がこだましました。

『前は清楚せいそで病弱なお嬢様だったのに、すっかりたくましくなってしまったな。お父さんが苦労をさせたからかもしれないが。しかし健康が一番だよな。怪我さえしなければいい。アリーも気を付けろよ』
『うん』

 お父さんは、私はお母さんに似ていると言います。茶色に近いだいだい色の髪はお母さんゆずり。空色の瞳はお父さんゆずり。童顔どうがんで丸顔なのはちょっと気になるけど、二人とも可愛いと褒めてくれます。それだけで嬉しい。私はお母さんとお父さん、きっと二人に似たんだよね。
 お父さんと手を繋ぎ、けもの道を歩いてゆく。わなを仕掛けた場所は五ヶ所。毎日点検し、獲物がかかれば捕獲します。スカなら新しいえさに替えないと。
 今日は一つのわなにコロコロラビットが三匹も! 他には大きなイノブーと、ダチョンという飛べない鳥がかかっていました。中々なかなかの成果です。
 近くの小川でお父さんが獲物をさばいています。お肉は鮮度が命。特に血抜きが大切なのです。
 お父さんは無限収納のインベントリが使えます。インベントリには時間停止機能がついているから、急ぎの場合はそのまま収納しちゃいます。でもお父さんは、なるべく早くに処理をしてしまいます。やはり少しでも早い方が、質が良くなる気がするそうです。
 私はその間、湖畔こはんで薬草などをみます。綺麗なせせらぎの近くには、香辛料になるハーブや、食材や薬になる草花が自生しています。せんじればお茶になったり、蒸留じょうりゅうすれば魔物避けの薬になったり。販売するほどではありませんが、我が家では大変重宝ちょうほうしているのです。
 例えば今んでいるポイポイ草は、軽度の毒消しポーションになります。毎日お茶として飲用すれば、ちょっとした毒には耐性がつくのです。
 コロリ草は独特の香りが魔物避けになります。乾燥させポプリにして持ち歩くだけでも、弱い魔物なら寄せ付けないのです。広範囲に使用する場合は、乾燥したものに蒸留じょうりゅう液を染み込ませ、き火などにくべると拡散されてゆきます。
 私たちは蒸留じょうりゅうし濃縮したものを、毎朝ポプリに染み込ませて持ち歩いています。これでほぼ、この辺の魔物にエンカウントすることはありません。


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