【完】専属料理人なのに、料理しかしないと追い出されました。

桜 鴬

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1巻

1-2

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 今日もたくさんの野草をゲットしました。袋を抱えて戻ると、お父さんは小川で魚を捕まえています。バケツをのぞくと小エビやカニもいました。このカニは、から揚げにすると美味おいしいのです。じゅるり。

『アリー戻ったか。そのカニは夕食にから揚げにしてもらえ。あまり獲れなかったから、食堂の食材にはできない。アリー的にはラッキーだろ?』

 私を見てニヤリと笑うお父さん。もう本当に大好き! 嬉しすぎてお父さんに、また勢いよくジャンプして飛びつきます。しっかりキャッチしてくれたけど、勢いがつきすぎて仲良く二人で水面にダイブしちゃいました。
 二人ともびしょ濡れです。でも今日は陽射しが暖かく気持ちのいい気候なので、私はそのまま水浴びしながらお魚を探します。そのうちお母さんが合流したので、濡れた洋服を脱いで着替えました。
 家族そろって木陰でランチタイム。メニューは大好きなサンドイッチ。黒パンは硬いけどどっしりしていて食べ応えがあり、野菜やお肉とよく合う。白パンは玉子サンドにしてある。でたものも焼いたものもどちらも美味おいしい。
 食堂を切り盛りしているお母さんのお料理は天下一品です。でもお父さんがたまに作ってくれる、珍しいお料理も私は大好き。
 特に大好きなのが天ぷらなの。残り物に不思議な白いころもをまとわせて油で揚げる。すると残り物のお野菜なんかが、あっと言う間にご馳走ちそうになっちゃう。
 我が家ではお野菜がメインだけど、お父さんは天ぷらには魚介が合うと言う。大きなエビやイカやホタテにカキ。パン粉をまとわせてフライにしても美味。でも我が国では魚介類は高級品です。いつか家族で故郷へ食べに行きたいと、お父さんは話してくれました。
 忍者のスキルを持つお父さんの故郷は遠い東の島国。陸にも海にも魔物がいないから、新鮮な魚介を食べることができるそうです。魔物のいない国なんてあるんだね。すごいね。
 おうちに帰ったら、採取したものの仕分けと食堂の仕込みをする。週に一度の定休日もそろそろ終わりです。普通の日は毎朝早くから、お父さんがわなの見回り点検。お母さんが食堂の仕込みと準備。私はごめんなさい、まだ夢の中なのです。
 さあ今日も一日が終了です。家族での晩ご飯。メニューはダチョンのピラフにお野菜たっぷりのトマトスープ。大皿にはカニのから揚げに小エビのかき揚げ。おいもとお野菜の天ぷらもあります。
 足りなかったらこれも食べなさいと、お父さんが残りのピラフでおにぎりを握ってくれました。このおにぎりも、お父さんの故郷のお料理なの。でもね。お米の種類が違うから、本当のおにぎりじゃないの。本当のおにぎりは、白米という白いご飯で握るそう。我が国のお米は味を付けないと食べられないからピラフやリゾットにするのです。
 一切味を付けなくても、白くてもちもちでほんのりと甘いご飯。握ってお塩をまぶすだけで、ご馳走ちそうになるという不思議なご飯。いつか食べてみたいです。
 とめどなく続く家族の会話。楽しい夕食のひととき。
 私はこの幸せがいつまでも続くと思っていました。


 私が十歳の頃の話です。お客様から、うちの食堂でお誕生会をしたいと頼まれました。私と同じ十歳になる女の子のお誕生会です。初めてのこころみだったけど、お誕生会は無事に終了しました。
 しかしそれ以降私は、なぜかその子になつかれてしまいました。遊びに行こうと毎日のように連れ回されます。両親は私に、お手伝いはいいから遊んであげなさいと言いました。家のお手伝いばかりで同年代の友達がいないからと、心配してくれたのでしょう。
 でも私は彼女が苦手でした。彼女の両親は仕事で夜が遅いのです。一人でいたくないからと、私の部屋に入り浸る彼女。そこで見つけた何かを気に入ると、これ頂戴ちょうだいと駄々をこねて持ち帰ってしまうのです。
 週に一度の採取にも一緒についてきました。しかしそれはさすがに体力的に辛かったのでしょう。二回で来なくなってしまいました。
 そんな彼女には、免罪符めんざいふのような言葉がありました。私が何かを嫌がるそぶりをすると、必ずこう返されてしまうのです。

『アリーちゃんはズルいよ! いつもお父さんとお母さんが、そばにいてくれるじゃない! 私にはいないの。だからうらやましいの。恵まれているんだから、私が欲しいものくらいくれてもいいじゃない』

 私はズルいの? 私がうらやましいの? 確かに両親は毎日そばにいます。でも仕事をしているのです。夕食だって、いつも私が一人で食べているのを知っているはず。
 下手したら三食を一人で食べることもあるし、お風呂に入るのも寝るときも一人なのです。お誕生会だってしてもらったことはありません。
 それにね? 私だってうらやましいのです。確かに帰宅時間は遅いけど、彼女の両親は毎日必ずそろってお迎えに来てくれます。両手を両親に繋がれ、夜道を仲良く歌いながら帰る後ろ姿。時間は遅くても、必ず三人で食べるという夕食。
 彼女が寝つくまで絵本を読み、頭を撫でてくれるというお母さん。お休みの日のショッピングで新調された、アクセサリーにお洋服に文房具。毎回見て見て! と、私に自慢してくるよね?
 うらやましくないわけがない。でも、それはないものねだりだとわかっているのです。
 人の価値観はそれぞれ違います。私も彼女がいなければ、気にもならなかったし気付きもしなかったでしょう。
 だから私は彼女が苦手。彼女のおかげで、私は自分のみにくい心に気付いてしまった。でも気付いてしまったからには平静ではいられないのです。私はそのみにくい心を隠してしまいました。そして彼女の前では当たりさわりのない友達を演じていたのです。
 このとき気持ちを封印せず彼女に正直に接していたならば、未来は変えられたのかもしれません。
 この彼女との価値観の相違が、私たちの運命を分けたのでしょう。幸せな日々はシャボン玉のように消え去ってしまいました。
 神様? 彼女との出会いは運命だったのですか?
 できるなら出会いたくなかったです。
 幸せだった夢は壊れて、もう二度と元には戻らないのです。
 壊れた夢は悪夢へと姿を変え、今でも私をさいなんでいます。
 でも私は負けたくありません。
 これから先の未来まで、全てを悪夢のようにしたくはないのです。
 隣の芝生は青く見えるだけ、ないものねだりはダメだよと、お父さんがよく話してくれました。欲しいものは努力してつかまなきゃダメだとも。つかめない幸せは、きっと過ぎた幸せなのだとも。私は身の丈に合う、幸福な未来が欲しいだけなのです。
 自分で未来をつかむ。これが大切なこと。きっとね。
 この先の未来に彼女はいてほしくない。夢でも会いたくはない。
 悪夢へ続くのが、決まっているのだから……
 だから神様。これ以上、夢を見せないで。私に悪夢を見せないで。
 私は悪夢を封印し、幸せを探しているのです。彼女に再会しても何も感じなくなるくらい、強い心が欲しいのです。綺麗事かもしれないけれど。恨みも後悔もしたくはない。
 でも今はまだ無理。意識が更に深い闇へと落ちてゆく。
 そして悪夢の続きが始まる。


 ある日、私と彼女は見知らぬ男たちにさらわれました。男たちが言うには、彼女の両親が仕事に失敗し、大事おおごとになっているというのです。つまり私は巻き添えでした。
 彼女の両親の仕事は運搬業。荷台をマジック収納に改造した馬車で、たくさんの荷物を隣町に運搬します。運べば運ぶだけ賃金も増えるのです。
 しかし長年、限度を超えて詰め込み運搬していた負荷がとうとう出てしまいました。隣町への移動中に、荷台が大破してしまったのです。荷物は全て放り出されてしまい、現在代わりの馬車に急いで積み直しているそうですが、とうてい間に合いません。
 このままでは遅延金どころか、莫大ばくだいな違約金が発生してしまいます。それによる家族での夜逃げを防ぐためにと、この人たちは子供をさらったのです。
 私は必死に、あふれそうになる涙をこらえていました。
 お父さん……。お母さん……
 しかし突然彼女が叫び出したのです。

『なーんだ。そんなことなら簡単じゃない。アリーの両親にやらせなさいよ。インベントリと、リターンアドレス持ちよ。ここにアリーがいるんだから絶対に断らないわよ! だから早く私を解放して!』

 誘拐犯たちがざわめきました。特殊スキル持ちは希少です。それが二人もいると聞き、驚いているのです。その恩恵を占有せんゆうしたい貴族や犯罪者には垂涎すいぜんの的。誘拐や拘束、更には奴隷化も行われていました。そのため身内以外には、ほぼ秘匿ひとくされているのに!
 他に知りえるのは、特殊スキルをさずける教会と、ギルド総本部の幹部のみ。ただし、どの特殊スキルを得たかを報告するのは任意になります。
 特殊スキルは本人が教会で神様に願い、神の祝福という形で付与されるのです。そのためどの特殊スキルを選んだかは、本人にしかわかりません。
 それをバラした彼女を、私はついにらんでしまいます。

『フンだ。そんな顔しても無駄よ。隠していたつもりだろうけど、いつも見てればわかるわよ。うちのお父さんとお母さんは、他人に話しちゃダメだと言ってたけどね。友達の親なら、助けてくれて当然よね?』

 どうよ! とばかりに胸を張り、ふんぞり返る彼女。
 私たちのような子供を誘拐する人間が、今回だけで済ませてくれるわけがない。しゃべるなと口止めしたご両親が、仕事の失敗を恐れながらも黙っていた気持ちが理解できないのでしょうか? 
 でも本当にどうしたらいいの? 私には何もすることができない……
 誘拐犯たちは私を人質にし、両親を呼び出して後始末をさせました。誘拐犯に拘束されている私を見た彼女のご両親は、終始頭を地面にこすりつけていました。私より先に解放された彼女はその姿を見て、『できるから手伝ってもらったんじゃない。それがどうして悪いの? どうして謝るの? それより手首を縄でりむいたから薬を頂戴ちょうだい!』と、最後まで騒いでいたのです。
 一生懸命に事故の後始末をする両親。まだ両腕を後ろで縛られたままの私。うつむく私を見張りながら、これからも旨い酒が飲めそうだとニヤつく誘拐犯たち。
 やがて私の耳には、彼女のわめく声しか聞こえなくなりました。
 結果、彼女のご両親には、遅延金も違約金も発生しませんでした。しかしマジック収納の修理には、かなりの金額がかかります。彼らは馬車を処分し、地元で商売をしているご両親のもとへ身を寄せることになりました。彼女は祖父母と両親と共に、田舎いなかで暮らすことになったのです。
 それ以来、彼女が私の部屋に入り浸ることはなくなりました。しかし突然、私に話があると言って現れたのです。
 私の両親は、その日もある貴族に呼び出されていました。誘拐事件の後、毎日のように呼び出しをしてくる貴族。その貴族からの、脅迫のような嫌がらせ。それは食堂のお客様にまで波及はきゅうし、食堂は臨時休業中でした。
 二人でお店の横のベンチへ向かいます。腰をかけると同時に、彼女が大声で話し出しました。

『アリーちゃんはズルいよ! なんで私だけ田舎いなかに行くの? 私は田舎いなかになんて行きたくないのに!』

 開口一番、いつもの言葉。私の心のふたがとうとう壊れました。今までせき止めていた思いが言葉になってあふれ出してしまいます。

『私はズルくなんてない。田舎いなかの何が悪いの? 祖父母という家族も増えるじゃない。家族で商売をするなら、毎日ご両親のそばにいて、お手伝いをしながら暮らせるわ。私と一緒よ』
『で、でも! 田舎いなかには何もないわ! 可愛い洋服もアクセサリーも文房具も!』
『たくさんの自然があるじゃない。私は週に一度の休日に、自然の豊かな森へ家族と採取に行くのが唯一の楽しみだったわ』
『あんなのキツイだけじゃない。自然が楽しみなんて変よ!』
『私は楽しかったわよ。だって家族とお出かけできる唯一の日だったもの。私だって可愛いものは大好きよ。でもね? ないものねだりはむなしいわ。大人になったら、自分で手に入れればいいじゃない』
『綺麗事を言わないでよ!』
『ねえ知っている? あなたが私の両親の特殊スキルをバラしたから、両親は貴族に目をつけられてしまったの。専属の運搬人になれと、毎日呼び出されて脅迫されている。食堂は売り払い、私を孤児院へ入れろってね。両親は断ったけど、あなたからしたらこれもズルいのかしら?』
『結局断ってくれたんじゃない! ならやっぱりズルいわよ!』

 じゃあ私の両親が貴族の専属になり、私が孤児院へ行けばズルくなかったの? そんなのひどすぎるよ。もうダメ。私はもう彼女に関わりたくはない。両親は今日もまた呼び出されている。食堂だっていつ再開できるかわからないし、このままで済むかどうかもわからないのに……

『いたか? おいそっちはどうだ?』
『いない! アリーちゃんは無事なのか? まさか二人はすでに……』
『ダメだ! 部屋にもいない!』

 なんだか表の方が騒がしい。あの声は近所の商店のおじさんたちです。何かあったの? 胸騒ぎがして私は駆け出しました。

『こっちにいたぞ! 良かった、無事だったんだな。だが……』

 私の顔を見て、痛ましそうにするおじさんたち。私を気遣いながらも、両親の身に起こったことを伝えてくれました。
 お父さんとお母さんは厨房ちゅうぼうで、折り重なるように倒れていたそうです。ナイフのようなもので刺された後、厨房ちゅうぼうまで運ばれ、遺体は燃やされていたそうです。
 当然ですが私が現場に到着したときには、二人はすでに事切れていました。皆は『ひどい姿だから見るな』と言います。私は白い布をかけられ運ばれる両親を見つめ、ただただ涙を流すことしかできませんでした。
 両親は朝から貴族に呼び出されていましたが、その貴族は黙秘もくひを貫き通したのです。そして翌日、金銭目的で強盗に入ったという男が捕まりました。両親に顔を見られ、とっさに殺してしまった。殺すつもりはなかった。そう自白したそうです。
 でも状況的に、そんなはずはありません。厨房ちゅうぼうで争った形跡はなかったし、すぐ近くにいた私たちも物音を聞いていないのですから。いわゆるトカゲのシッポ切り……というやつでしょう。
 結局、真相は闇の中。たった一人取り残された私には、頼るべき身寄りも、行くあてもありません。私は両親が唯一残してくれた食堂を泣く泣く手放しました。そのお金で両親のお墓を購入し、残りを生活資金にてたのです。
 常連さんたちのご厚意により、住み込みで料理人の修業ができる仕事を手に入れました。王宮御用達ごようたしの看板を掲げる、城下町の有名な料理屋での下働きでした。
 私は決心しました。いつか必ず両親の食堂を再建すると。必ずこの地に戻ってくると。真新しい二人のお墓に、花束を手向たむけ手を合わせます。

『二人ともごめんね。私は五年はこの地に戻らないつもり。修業を頑張って、お母さんのような素敵な料理人になりたい。お父さんのような忍者は無理だろうけど、形見のクナイを使いこなせるように頑張るよ。体術はお父さんに鍛えられたから、きっと大丈夫だと思う。お店の近くに教えてくれる場所もあるんだって』

 結局あの彼女とは、事件のどさくさで別れたきりになりました。でもそれで良かったのでしょう。あのまま話をしていたら、私は私でいられなかったかもしれません。
 彼女の不用意な言葉のせいで、私の両親は殺されてしまいました。そう思い、彼女を憎むのは簡単です。私が孤児院へ行けば良かった、私が我慢すれば両親は助かったのかもしれない、そう後悔するのも簡単でした。
 私はもう恨みも後悔もしたくはない。これは確かに彼女の言う綺麗事なのでしょう。でも! 恨みも後悔も辛いだけ。だからこそ願うのです。
 後悔をしたくないから、私は精一杯生きてゆきます。両親がくれた命だから、簡単に終わらせたりはしません。身を守るすべを身に付け、私の夢を必ず叶えます。彼女を憎みたくないから、恨みを忘れるくらい強くなりたい。そして幸せになりたい。
 私が幸せになったら、彼女はまたズルいと言うのでしょうか? ズルいと思うなら、彼女も自分なりの幸せを見つけてほしい。どんな小さな幸せでも、心が満たされたならきっと、ズルいなんて言葉は出ないと思うのです。お互いに幸せならきっと大丈夫。
 数日後、私は常連さんたちに見送られ、城下町へと旅立ちました。そして五年後この地に戻り、食堂再開のために走り出します。これまでの経験を無駄にするかかてにするかは、きっと私次第なのでしょう。
 この悪夢が、いつか思い出に昇華しょうかされますように。


     * * * * *


 時間は少し巻き戻る。アリーがとうにギルドに戻っていることも知らずに、ホワイトハットのメンバーは浮かれていた。ダンジョンをクリアし、目の前のお宝と周囲から得られるであろう賛辞さんじに溺れていたのである。
 ダンジョン最下層のボスたちを難なく倒すと、その背後に隠れていた扉が轟音ごうおんを立てて開いてゆく。そして奥の部屋に、地上への帰還用の魔法陣が現れた。

「なんだか弱くて拍子抜けだったな。思ったより時間もかからなかった。まあいい。とにかくクリアだ! 宝箱を確認して、さっさと帰還するぞ!」

 戦利品を確認するため、床に散らばる宝箱に目を向けるリーダー。

「わー。リーダー見てよ。この宝箱すごいよ! この金ぴかの剣は、もしかして聖剣だったりしちゃう? リーダーってば、勇者になれちゃうかもねー」

 一番立派な宝箱をのぞき、喜びはしゃぐ魔法使い。

「コラコラはしゃぎすぎです。残念ながら、これは聖剣ではありませんね。こちらの杖の宝玉ほうぎょくもお飾りです。まあ武器としての価値はありませんが、宝飾品としての価値はかなりのものになりますよ」

 宝箱に群がる仲間たちを尻目に、倒した魔物たちの処理を淡々とする賢者。

「ほう。そんな使えない剣など売り払ってしまえ。俺はともかく金になればなんでも構わん。……ん? この宝箱の中身はマジックバッグだよな? 一人一枚あるぞ。これに入れて持ち帰れば楽ちんだ。これは当たりだな」

 賢者と共に倒した魔物をさばきながら、近くに転がる宝箱を拾う剣士。それぞれが戦利品をマジック収納の袋に詰め、帰還用の魔法陣へと進んでゆく。

「さあ待ちに待った地上だ。お疲れさん。一ヶ月近いダンジョン生活ともついにおさらばだ。今日はゆっくり休み、明日の朝から町へ出発するぞ」
「町に着いたら、まずはギルドに報告だね! このダンジョンのクリアで、Sランク到達かも? めちゃ楽しみだね!」

 リーダーの周囲をくるくる回り、ピョンピョンと跳ねまくる魔法使い。
 そんな魔法使いを、ニコニコしながら見つめるリーダー。

「ああ。Sランクに昇格したら、派手に結婚式をしよう。マイホームの目処めどもつけてある」

 一方、賢者と剣士は割と冷静だった。

「お二人とも気が早いですよ。町まで四日はかかります。Sランクになるには実地の試験もありますし、査定もすぐには出ませんよ」
「そうだぞ。それよりお前ら! さっさと魔法陣を踏めよ。あまり遅いと扉が閉まるぞ。もう一度ボス戦がしたいのか?」
「もう、わかっているわよ! さあ早く町に戻るわよ。ねえ! モタモタしないの!」

 まるで何事もなかったかのように、早く戻ろうと仲間をせかす魔法使い。

「「…………」」

 ホワイトハットのメンバーたちは振り向きも迷いもせず、帰還用の魔法陣を踏んで脱出した。ボス部屋の前にまだいるであろう、アリーの存在など気にも止めなかった。
 さすがに約一ヶ月にも及ぶダンジョンでの生活は、肉体的にも精神的にもかなりの疲労を残した。特に女性の魔法使いが、どうしても遅れ気味になってしまう。今日の夜営やえい予定地はまだかなり先だが、この辺りには魔物はいないはず。ならばと、リーダーが提案した。

「疲れていては歩みも遅い。今日はここらで夜営やえいしよう。町へ堂々と凱旋がいせんするためにも、ゆっくり食事をして睡眠をとろう」

 異を唱える者はなく、それぞれが分かれて夜営やえいの準備を始めた。

「なあ。テントはこれしかないのか? しかもずいぶん小さいな」
「私と剣士のは単身用ですからね。それよりリーダーたちのテントはどうなさったのですか? 使えないのでしたら、一つはお二人にゆずりますよ。私は起きて見張りをしていても構いませんから」
「…………」

 賢者の言葉に答えられないリーダー。

「いつも皆で食事をしていた、あの巨大テントはどうしたんだ?」
「あれはアリーの私物です。出張料理の際に使用しているそうですよ。ソファーや布団ふとんがあるからと言って、リーダーたちは食事の後、そのまま勝手に居座り寝ていたでしょう。時折ときおりアリーはお二人がいちゃつくからいたたまれないと、外に枕を出して寝ていましたよ」
「そっ、それは……」
「私と剣士は各自でこのテントを張り、寝泊まりしていました。気付きませんでしたか?」
「…………。体を拭く蒸しタオルは?」
「あれもきっとアリーでしょうね。食事の支度をしながらタライで湯を沸かし、タオルをたくさん絞っていましたから」
「なら湯を沸かして……いや……沸かすほどの水はないな。飲料水が切れたらまずい。水源を探すのが先か……」

 男二人がそんなことを話していると、カサカサと草を踏む足音が聞こえてきた。

「食事の用意ができたわよ。スープだけだけどね」

 ならば早めの夕食にしようと、仲間たちがき火の周りに集まった。

「「…………」」

 無言で料理を見つめるリーダーと賢者。遅れて来た剣士が魔法使いに聞く。

「これスープだよな? どう料理したらこんな色になるんだ? まだ俺が作った方がマシじゃないか!」
「剣士の馬鹿! 間抜け! 死んじゃえ! だって食材がないのよ! 荷物は全部アリーが運んでいたんだもの!!」

 魔法使いは怒りながら走り去っていった。

「俺は黒パンでいい。黒パンをくれ」

 剣士の言葉に、リーダーと賢者が目をそらす。魔法使いを追いかけるふりをして、さりげなくその場を立ち去るリーダー。

「はあ。こりゃ明日からサバイバルだな。……ん? おい。賢者はさっきから、何をコソコソしているんだ?」

 いつの間にかき火から離れ、こちらに背を向けて座る賢者。それを見て剣士が声をかけた。
 なぜか頭が小刻みに揺れている。剣士は近付きながら、再度その後ろ姿に声をかけた。すると賢者は慌てたように首だけで振り向き、剣士に向かってまくし立てる。

「こっ、これは私のクッキーですからね! あなたたちも持っているでしょう! もう二度と食べられないかもしれないのですから、私は絶対に分けませんよ!」

 アリーはバフ(効果)付きのクッキーを、メンバーに非常食として持たせていた。ようやく体ごと振り向いた賢者は、そのクッキーの袋を抱え込んでいる。袋の中からゴソゴソとクッキーを取り出しては頬張ほおばる賢者の姿に、剣士は唖然とした。

「ああそうだ、それがあったな。特にナッツ入りは腹がふくらむ。あとは俺がそこら辺で何か調達してくるわ。火だけは消さないでおいてくれ。頼む」
「…………」
「おい賢者、返事くらいしろよ。クッキーは取らないから心配するな。頬をパンパンにしているが、小動物じゃないんだ。水分もとれよ。色男が台無しだぞ」

 水筒を取り出し水を飲んだ賢者が、ようやくローブをはたきながら立ち上がった。

「小動物とはなんですか! 剣士は本当に失礼ですね。だから彼女もできないのです」

 彼女がいなくて悪かったな! いたらお前とつるまんわ! と内心で毒づく剣士。

「しかし視覚と嗅覚きゅうかくを襲う絶望的なスープとあまりのひもじさに、大神殿での修行時代を思い出してしまいましたよ」
「ああ。お前も苦労したんだったな」
「幼い子供に絶食をいるとは、もう神ではなく悪魔の所業ですよね。ぶよぶよな聖職者の皮をかぶった悪魔ですよ」

 確かにそれでは聖職者とは言えないだろう。しかしお前も悪いんじゃないのか? なんて思ってはいるが、絶対に口には出さない剣士。口では賢者には勝てない。正論で言い負かされ、悔しくなるのはおのれだと悟りきっていた。
 アリーが補給してくれたばかりで助かりましたと、まだまだたくさん入ったクッキーの袋にニヤける賢者。賢者の分は特に補充が大変だと、よくアリーはぼやいていた。

(しかしクッキーに執着しすぎじゃないか? あまりのひもじさって、今朝は朝食を食べたしボス戦の前に焼き肉も食べたよな。しかもデザートに用意されていた山盛りのドーナツ、いったいいくつ食べたんだよ! 俺が食べようとしたときには、すでに一つしか残っていなかったんだぞ!)

 なんて考えながらも、賢者のために食材を探す剣士。脳筋のうきんと言われるが、実は面倒見の良い世話焼きタイプなのだろう。

(もしかして……いや、もしかしなくても、賢者は結構アリーのことを気に入っていたんじゃないのか? それとも料理を気に入っていたのか? いや、たぶんどちらもだよな。アリーはまったく男にびない。魔法使いなどとは真逆の性格だ。これまで賢者の周りにいなかったタイプの女性じゃないか!)

 賢者は魔法使いには自分から話しかけない。またどんな状況下でも、絶対に二人きりにはならない。しかしアリーとは、かなり距離が近かったように思う。
 おそらく賢者は自覚していないのだろう。剣士も気付くのが遅かった。賢者は女性を軽視している。表面的には愛想よくしているが、無関心だと言ってもいい。
 以前、依頼先で知り合った酒場のお姉さんたちが言っていた。そんな賢者の性格は、周囲の環境と過去のトラウマから来ていると。賢者に必要なのは、賢者にまったく興味のない女性。だが探すのも大変だし、賢者が気付くのにも時間がかかるだろうと。

(それがあんなに近くにいたのに!)


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