【完】箱庭の王妃はモフモフに包まれ真綿の夢を見る~婚約無効からの真実~

桜 鴬

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 もう私は振り向きません。お父様、お母様、至らぬ私を忘れてください。そして弟よ。勝手な姉を憎んでください。フレッド様は公爵家には手を出さないと約束してくれました。しかし世間の噂は心ないことでしょう。
 『新王太子の婚約者が失踪した』
 この噂は瞬く間に世間に広まり、公爵家の名を貶めてしまうでしょう。しかし今の私には、フレッド様のご慈悲に頼ることしかできません。
 エドウィン様に断罪され、市民落ちか修道院へ行けてたなら……。その後の段取りはできていたのです。私は道中に事故死した形をとり、貴族の世界から姿を眩ます予定でした。後に私は冤罪だと判明し、エドウィン様は私を冤罪で貶め死亡させたとの後悔により廃嫡を願い出る。フレッド様が王太子に繰り上がり、それにより婚約を無効にされる聖女様をエドウィン様が慰める。やがて臣下に下ったエドウィン様は聖女様との婚約を願い出る。本当に勝手なことですが、『政略結婚なのだから大丈夫だろう』私とエドウィン様はそんな安易な考えだったのです。しかもその浅はかな計画を全てフレッド様に知られてていたなんて……
 しかし私たちは本当に浅はかでした。私たちのしでかしたことは国王様をも謀るということなのです。エドウィン様と聖女様がご婚約できたのが、なによりの幸いでした。貴族の婚約とは全ては国のため。そして民のため。私たちはそう学んで来たのです。そしてその采配の全ては、国王様にあるのですから……
 「お父様……お母様……元気に暮らしてください。そして次期当主たる弟よ。両親をお願いします。私はこの国の一市民となり生きてゆきます」
 月明かりのみの中庭を歩きながら、満天の星空に願いをかけます。許して欲しいとは言えません。憎まれても仕方がないのです。でも……それでも許されるならば、いつかまた家族と……
 お城の中庭の中心には、大きな噴水があります。その奥には大きなバラの温室があり更に奥には、忘れられたような古びた東屋が佇んでいます。そしてその更に奥の庭師のための小屋には必ず……あ!やっぱりいた!
 「やはりエルか!やはりこの姿になってて正解だ。どうだ?いい男だろ?そろそろほれたか?だが疲れるんだよ。もう月が出てるからな。それでどうした?今晩は大事な夜会だろ?まさか抜け出して来たのか?それとも俺と暮らす決心がついたのか?」
 黒ちゃん!!漆黒の闇にまるで溶け込むような姿。私の幼い頃の隠れ家で出会ったお友だち。毎日のようにお城の離れで行われた厳しい妃教育。休憩時間に庭に駆けこみ落ち込んでいる私を、その艶やかな黒い毛並みが……あたたかな優しいぬくもりが……幼い頃から私を癒してくれていたのです。
 「黒ちゃんごめん!暫くモフモフさせて!お願い!」
 私は思いきりジャンプして飛び付こうとして…………モフモフじゃない……。
「このままじゃダメか?」
「ダメ!モフモフしてないし、最近手つきがイヤらしいから!」
 「俺だって男だぞ?」
 「ブッブー。黒ちゃんはいつまでも可愛い男の子でモフモフです!」
 「……………………」
 「チッ。そうやっていつまでも子供扱いかよ。俺は言ったよな。二人で外に出ていかないかと。その意味は伝わっていなかったのか?まさかピクニックのお誘いだとも思っていたのか?」
 まさかそんな勘違いはしていません。でもそんな急には気持ちを変えられないじゃない……
 「もしそうからエルの方がお子ちゃまじゃないか?なんなら大人だと、その体に教えてやろうか?ここでキス以上のことをしてみるか?」
 ビクッ……フレッド様と同じような事を……。私は好意を伝えてくれる人に、また同じような過ちを犯しているの?どうしよう……足が震えてくる。黒ちゃんは私よりかなり大きい。力でこられたら、私なんて絶対に対抗できない。ごめんなさい。私はまだそこまで考えてもいなかった。でも一緒にここを出て行くということは……好意に甘えるということはそういうこと。そこまで考えても不思議じゃないのに、私はいつまでも黒ちゃんを子供に見ていた……ごめんなさい…………
 「はぁ。ほら泣くなって!はっきり言わない俺も悪かった。泣き止まないなら無理矢理止めるぞ。チュッ」
 「……………………っ……やぁっ!」
 「なんだよ。触れた程度じゃん」
 「だっ……だって!くっ唇にチューしたーー!」
 「そんなに慌てることかよ?ファーストキスじゃあるまいし。これくらいのサービスはしてくれよ。人型になれた途端によそよそしくなるんだもんな。まあビクビクしてて可愛いけど。だがあまりによそよそしくされると、よけいに捕まえてパクリと食べたくなるわ。もちろんメシのためじゃないぞ」
 「もうバカ!あれは人型になれるなんて知らなかったからよ!人型になった途端に図々しくなったのは誰よ!純粋な黒ちゃんを返し……て…………」
 「ほら。モフモフになるから少し離れろ。疲れたのか?ふらついてるぞ。眠いなら寝ろ。だが人型の時に黒ちゃんはないだろ?黒ちゃんは!レッドと呼べといっているよな?」
 そうよね……確かにこの姿に黒ちゃんはないわね。でもレッドも変よ。どこも赤くないじゃないの……え……あら?瞳が赤い?よく見えない……。瞳を覗き込もうとしたら、体全体をモフモフに包まれた。暖かい。フワフワ。気持ちが良くて…………
 「黒ちゃん……ううんレッド……ごめんなさい……私ってば思ってるより眠いみたい。でも大事な事を言わなきゃ。私はレッドが好きよ。でも気持ちがまだはっきりしないの。もしかしたら黒ちゃんが好きだからかもしれない。でも私にとってどうしようもない今、選択したのはレッドとの未来だった。私の周囲の人々の中ではレッドが一番好き。まだ黒ちゃんの比率が高いけど、心が落ち着くまで待ってくれないかな?図々しくて心苦しいけど……あの約束が有効なら、私を外に連れていって……お……ねが……い……Zzz……」
 今日は緊張の連続だったから?大事な事を話をしたいのに、眠くてどうにもならない……。私はモフモフにくるまれて意識を手放した。
 「大丈夫だ。朝までおやすみ。アリー……いや……」

 *****

 ……エル……暫し良い夢を……さて。もう逃しがませんよ。しかし少しエネルギーを補填させて戴きましょうか。このままでは屋敷に戻ってからの作業が捗りません。せっかく生身で補填したエネルギーを、これからのことに期待しすぎて、つい使って出迎えてしまいましたからね。周囲を探り声をかける。
「影はいるのか?」
 さすがに気配は気取らせない……か?いるのには気付いていたが、まさか複数いるとは……。しかしまだまだだ。
「はいここに……」
 黒装束の男が一名すくそばの木の影から飛び出し、声をあげた私の前に膝をついた。
 「ほう?一番気配の薄かったお前が出てきたか……しかし他は?まだいるだろ?見たところ後三名か……見習いを私につけるとは、父王は私を信用していないのか?私の計画に失敗はない!まあよい。ならば出てこぬ奴は街と屋敷と城へ別れて報告し、そのまま王のもとへ帰れ。Aプラン発動だ。期限は一年。全ては国王の許可済みだからな。王には失敗はないと伝えておけ!では行け!」
 気の流れが変わった。やはりな三名か。左右と後方の木の上から、飛び立つ気配を感じた。
 「残りのお前は別宅の執事に迎えをだす様に伝えろ。暗闇に紛れていつもの時間までに必ず寄越せ。」
 「畏まりました」
 国王の影の気配が遠ざかってゆく。最後の一人は連絡役に使うか。多分そういうつもりななだろう。さてこの庭は勝手知ったる我が家の庭だ。さっさと脱出して休もう。城の地下通路を目指して歩きだす。
 うーん……そろそろ補填をしないと不味そうですね……。
 「では少し運動しますか!」
 大切なものはしっかりと抱え込まねばなりません。エネルギー切れで落としてしまったら大変です。優しく丁寧に真綿にくるみ、私たちの箱庭にご案内いたしましょう。

 しかし走るなんて何年ぶりでしょうか?明日が心配です。頼んで拒否されるなら、事後承諾が一番です。一刻でも早く到着して、迎えが来るまで堪能し補充させて貰いましょう。
 明日からが楽しみです。
 *****
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