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しおりを挟むまな板を並べ根菜を小さく細かく切ってゆく。大きなボールに山盛り用意。アリーがトントンと手際よく刻んでいる。そのお隣では……
「さすがのアリーの手際よね。それに比べて……」
「おい! お前はどうなんだ! そのエプロンは伊達なのか? 文句を言うならお前も刻んでみろ! 」
「嫌でーす。私はお味見専用なんでーす。後は食材の解体とか盛りつけとかよ。なんならロジャースがバッファを捌く? ほら、あっちに吊るしてあるわよ。カレーライスのゴロゴロお肉のために、私がたった今捕獲してきたの。コクと旨味を存分に味わうためにも、ゴールデンバッファを探して来たのよ! 感謝しなさいな」
「……」
さすがのロジャースも黙ったわね。本当ならロジャースにも魔力が有るんだから、私がビシバシ鍛えてあげたいんだけど……
実はマリエンヌにはあまり魔力がないの。マリエンヌを鍛える訳にはいかないじゃない。だからロジャースをあまり鍛えちゃうと……あくまでも可能性ではあるんだけど、本人も鍛える気はないし、商人には必要ないわよね。体の相性とやらで、マリエンヌと仲違いしてもねぇ。
「あ! これなら私でも出来そう! 人参の皮むきー。取り出したるはマリエンヌ考案の調理器具。くるりん便利カッターよ。ホラホラ人参なんて簡単に剥けちゃうし、ジャガイモの皮も芽までホジれちゃう。マーガレットブランドの、キッチンツールは、お洒落で便利で最高よ」
私は皮剥き器でシュッシュと人参の皮を剥く。それをアリーがトントンと、大きめにカットしてくれてゆく。ジャガイモも同じくシュシュッとな。もちろん出る芽はホジります。
「エリーも下拵えが上手になりましたね。そのキッチングッズは、妹さんとの商品ですか?」
ロジャースの目が光ってるわね……
はいはい。お話しするだけだからね!
「そうなの。マリエンヌの前世の知識をいかしているの。アリーにはたぶん必要はないでしょうけど、私みたいのには重宝しているわ。今朝こちらに連れて来た、食堂を開いていたと言うあちらでお手伝いしている方々も、これは便利だと絶賛していたわよ」
今はまだそんなに酷くはないけれど、これから寒くなると水仕事がキツく辛くなる。便利グッズが有れば、水場仕事も短時間ですむわ。
「最近はデップリと肥えた貴族向けに、ダイエット物も売れ筋よ。青竹踏みとか足ゆび元気は、足の疲れを取るの。食事系ならスプレー式の油引きとか、日持ちする大豆で作る、お肉もどきが特に爆売れね。特に唐揚げ! ジューシーで本物のお肉にしか思えないの。アリーと旦那様にダイエットは必要ないけど、良かったらお土産に持ち帰ってね」
「スプレー式の油引きは気になりますね。油以外でも、色々と応用がききそう。唐揚げ楽しみです。実は以前教わったカップ味噌汁ですが、生味噌に出汁を加え乾燥し顆粒状にしてみたんです。その中に乾燥具材を混ぜ容器販売にしたら、軽いし一度の量を調整できると、冒険者に評判になりました。皆さん味噌汁だけでなく、炒め物等にも使うそうです。我が国ではまだまだマジックバックは貴重品なので、冒険者の荷物が減るのは助かります。貴重なアイディアを有り難うございます」
さすがのアリーね。容量の違いはあるけど、マジックバックは、我が国ではかなり普及している。味噌汁の味噌玉位ならたくさん持ち歩ける。でもマジックバックが無ければ、たしかに嵩張るわね。それに顆粒状なら振り入れたり出きるから、色々なお料理に使えるわ。
「根菜は切りきったぞ。茄子の皮は剥いたが、大根は剥かなくて良いんだな? で、次は? 」
「はい。ご苦労様です。蓮根は私が下茹でしますので、この塩を振り下漬けして下さい」
アリーがマリエンヌのレシピノートを見ながら、着々と料理を進めている。福ちゃんの実は福神漬けという、浅漬けの様な物の合わせ調味料らしい。アリーはカレイの実同様に実を粉状に粉砕し、水分を加え火にかけている。
「このレシピノートによると、福神漬けとは数種の根菜類料を、煮びたしの様に漬け込むそうです。実の粉末を混ぜ混むだけでも美味しい様ですが、本物の味が解らないので……さじ加減ができませんね……」
「ロジャース解る? 」
「解らん。食べたこと無いからな」
「ちっ。役に立たないわね……」
「……」
あ!あそこにいるのは!ユリウス様!もしかしなくても、ユリウス様もカレーを知っているのではないかしら?
「ユリウス様ー!カレーですー。カレーって知ってますかー? 福神漬けもー」
「カレーですか! まさかカレーライスですか? 」
うわっと!ビックリ。ユリウス様が走ってきたの?涼しげなお顔のユリウス様が、走って汗をかいている姿なんて初めて見ましたよ?
「たしかにカレーの匂いがします! そしてこれは福神漬け!……おや? 具材が七種ない? 福神漬けは七福神様に倣い、七種の具が入るのです。出来ればこれに、白ゴマとナタマメを加えて下さい。漬け込み調味料の味ですか? この実をを粉末にした粉が……って! これは! このお味はたしかに福神漬けの、漬け込み用の調味料を合わせたお味です! 味が濃い様ですから、これを薄めて煮立て、刻んだ野菜を加えて漬け込みましょう」
アリーはウンウン相槌を打ちながら、間違いはないようだと安心しているみたい。アリーのクルクルとかき回すお玉にあわせて、周囲には甘酸っぱいような良い香りが漂い始めている。
しかし福神漬け恐るべし……
ユリウス様がイキイキしている……
「ユリウス様? ではもしかしてカレーも解ります? カレー粉変わりになりそうな粉が……「これは! 間違いありません! カレーです! カレー粉に間違いありません! しかしそうなると白米も欲しくなりますね……」……ユリウス様ってば……」
アリーがお手伝いの方々に手配をし、お釜で白米を炊く準備をしてくれる。ユリウス様いわく、カレーは白ころ茸のクリーム煮のライス添えのスパイシー版とのこと。
「ならばあめ色玉ねぎを作り、小麦粉とカレイの実の粉末を加え、炒め合わせたら良さそうですね。後は湯剥きのトマトでしょうか。たぶんこれを固形にしたものが、ルウと言われるものでは? 固めるか乾燥させれば、最後に加えて一般家庭でも作れそうですね」
「アリーさん! そうです! カレーライスは家庭の母の味でした。我が家は代々続く神社であり、地域はジャガイモと大根の産地でした。地域でカレー祭りをし、毎年境内でカレーと福神漬けを大量に作り皆で食し、竜神様にお供えしていたのです……」
ユリウス様……
それから皆で代わる代わる味見をしながら、ようやく納得のいくカレーの出来上がりです。もちろんライスを添えて、カレーライスでいただかなくちゃね。
今回のカレーは、ゴールデンバッファと白ころ茸のカレーライスです。我が国ではお米を作っています。アリーはそれを知りホクホク顔。
「帝国ではお米を輸出出きるほど作っていないので、個人輸入でもたくさん確保できないんです。可能ならば是非次回の蒲焼きの日には、エリーの国のお米で作りたいです」
「もちろん任せて! 」
お米は我が領地の特産品ですから!
「ウナギですか……本物が帝国にいるとは! あれは滋養強壮に良く効くため、夏の暑い日に食べるんです。いつかまた食べたいですね……」
帝国では現在ダンジョン内部の不思議な溜め池で、ウナギと金魚とやらを養殖しているそう。そのウナギを使い次回の蒲焼きの日には、必ず本物のウナギともちもち白米での鰻重を提供します!と、アリーが宣言してくれて……
「蒲焼きの日には皆様ご招待しますので、是非ころポックル商会へ食べに来てください。良かったらクローブ皇国のお品を、一階の展示ブースで紹介させて下さい。我が国との友好の架け橋となったら嬉しいです」
初めて見るカレーライスと福神漬けに最初は戸惑いながらも、あっという間に食べ尽くされ、底が見えてくるお鍋たち。私は慌ててひと鍋お取り置き。
だってレシピノートの功労者。マリエンヌの分がなくなりそうで……
「エド! エドってば! それ何杯目なの? いい加減にしなさい! リーダーも私もお代わりを我慢しているんだから! スープもあるからそっちを飲みなさい! ……こら! ロジャースもよ! 」
まだまだ復興途中の正国だけど、カレーを頬張る庶民の笑顔が眩しく光る。
食は命の源ですもの。
皆で頑張ってゆこう。さあ。午後も頑張るぞー。
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