桜の花びらは、いつ散ってくれるのだろうか。

北国

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15. 自虐

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 涙が乾き始めた頃、桜井が教室に戻ると、クラスメイトの一人が話しかけてきた。

「お前、最低だよな。自覚あんの?」

 桜井が黙っていると、その男子はケタケタと嫌な笑いを浮かべた。

「こいつ、自覚ねえってよ! 実はサイコパスだったりして!」
 そう言うと、取り巻きの男子が一斉に笑い始めた。
「お前ってさ、体育サボってたし、前々から目につく奴だったけど、もっとひでー奴だったとは思わなかったわ。まじでキモすぎる」

 そう言うと、男は桜井のネクタイをグイっと引っ張った。

「あーあ。きっと高山さんとやらはショックだったんだろうなあ。こんな男に、彼氏を寝取られたんだから! ……いじめられても、文句は言えねえよな?」

 男は勝ちを確信したように、にやりと笑う。桜井は何も言えず、ただ黙って俯いた。

 それから、桜井へのいじめが始まった。
 朝、桜井が下駄箱を開けると、上履きが無くなっていた。仕方がないので靴下のまま教室に向かうと、教室のごみ箱に、桜井の上履きが捨てられていた。
 桜井は上履きを取り出して、自分の机に向かう。すると、机の中にごみが入っていることに気付いた。
 パンの袋やら、チョークの粉やらで机の中が詰まっている。
 仕方なく、ごみ箱を取って、ごみを一つ一つ捨てた。そして、雑巾を濡らし、チョークの粉やパンくずのような細かいごみをふき取った。
 その様子を、後から来たクラスメイトは笑ったり、訝しげに見たりしていた。
 昼休み、桜井は逃げるように席を立ち、空き教室へと向かう。空き教室のドアを開けるが、広瀬は来ていなかった。
 桜井はどっと疲れ、椅子にへたり込むように座った。
 食欲が湧かず、弁当を食べる気にもならない。
 すると、教室のドアが開き、広瀬が入ってきた。広瀬の顔を見た瞬間、桜井は凍り付いた。
 広瀬の口の端には、小さく切られた絆創膏が張られていた。

「どうしたの、それ……」
「殴られた」

 淡々と話す広瀬だったが、よく見ると、頬もやや赤みがさしていた。

「なんで……」
「俺たちの動画がクラスで回っていたらしい」

 まさか、広瀬は自分のせいで殴られたのか。
 桜井の顔がみるみる蒼白くなった。

「僕のせいだ。僕が、あんなことを言ったから」

 広瀬は無表情のまま、静かに桜井を見つめていた。

「別に、お前のせいじゃないだろ」
「でも、僕があんなことを言わなかったら、広瀬くんは殴られなかった」
「それを気にしてどうなるんだ? どうにもならないだろ」
「でも……!」

 広瀬は溜息をつき、桜井の隣に座った。

「別に痛くないし、平気だ」

 痛くなくても、殴られてしまったのは僕のせいだ。
 僕のせいで、広瀬もいじめられてしまった。
 桜井は無性に悲しくなり、ただ俯くことしかできなかった。
 広瀬は袋からパンを取り出して、小さな口で頬張った。平気そうにしている広瀬を見ても、弁当を食べる気は全く起きなかった。

 放課後、桜井が教室を出ようとすると、秋山が教室の前に立っていた。

「やあ。今日の部活なんだけどね……」
「すみません。帰ります」
「桜井くん……?」

 桜井は制止しようとする秋山を無視して、足早にその場を去った。
 今、誰とも話す気は起きなかった。話したところで、どうにかなる問題ではない。
 自分のしたことを考えれば、責められるのは当然のことだ。
 例え秋山だろうと、先生だろうと、相談しても助けてはくれない。こうなったのは、全て自業自得なのだから。
 涙をぐっとこらえ、桜井は家の鍵を開ける。家にはもちろん誰もいない。今の桜井には、それがひどく心地良い。
 桜井は糸が切れたように、ベッドに飛び込んだ。
 力が抜け、堪えていた涙があふれてくる。
 駄目だ。泣いてはいけない。
 泣く資格も、道理もないじゃないか。

「ふっ、うぅ……」

 口から嗚咽が漏れる。桜井はベッドシーツを強く握りしめた。
 喉が締まり、深く息が吸えない。
 それでも、桜井は涙を堪えた。
 泣いたところで、どうせ誰も助けてはくれない。全ては自分が招いたこと。
 自分がいじめを受けたことも、広瀬が殴られたのも、全部、自分が悪いんだ。僕のせいだ。
 あの時、口走って告白なんてしてしまったから。そうしなかったら、広瀬を巻き込むことはなかったのに。

「っ……」

 桜井はただじっと、行き場のない悲しみと後悔が静まるのを待った。
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