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23. 惜別(終)
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冬も終わりに差し掛かり、もうすぐ学年が上がる頃、三年生の卒業式が行われた。
卒業式が終わり、桜井が教室に戻って帰る準備をしていると、卒業証書を持った秋山が教室を訪れた。
「桜井くん、いるかな?」
秋山がそう言うと、クラスメイト達が桜井に冷ややかな視線を送った。桜井はその視線を気にすることなく、秋山のもとに歩み寄った。
「卒業、おめでとうございます」
桜井がそう言うと、「ありがとう」と言って、秋山は微笑んだ。
「今、少しいいかな。君と話したいことがあるんだ」
秋山に連れられたのは、美術室だった。美術室には、高山の描きかけの絵が飾られてあった。秋山曰く、「このままにして置きたい」と言って、美術の先生に直談判したらしい。
「ところで、本当に美術部に入るつもりはないの?」
「ええ」
桜井は頷いた。
桜井は美術部に入ろうとは思わなかった。それは、高山を思い出すからという理由ではない。広瀬を見届けるためだった。広瀬のそばにいて、広瀬が無関心な態度を貫く様を、少しでも目に焼き付けたいからだ。
「残念だよ。これで部員はゼロ人。廃部決定だね」
残念、と言ったものの、秋山はちっとも残念そうにしていなかった。
「でも、新しい一年生が立ち上げてくれるかもしれません」
「ふふ。そうだといいね」
秋山は名残惜しそうに桜井を見た。そして、そっと目を伏せた。
「桜井くん、あの時の質問、もう一度聞いていいかい?」
「あの時?」
「君の瞳に、私はどう映っている?」
秋山は桜井と目線を合わせた。
秋山の瞳は空のごとく澄み渡っていた。だが、雲一つない空ではない。雲が作る僅かな影もある。
「どこまでも自己中心的で、そんな自分に酔っていて、どこまでも、幸福な人」
桜井がそう言うと、秋山は目を見開いた。
「そうか……、そうか……」
秋山は小さく呟きながら、納得したように満足そうな表情を浮かべた。自分の答えは正しいのかは分からなかったが、秋山の表情を見て、それでもいいと思った。
そして、秋山は桜井に背を向けた。
「君に出会えてよかった」
秋山がどんな表情をしていたのか、桜井には分からない。ただ、秋山の背がひどく小さく見えるだけだった。だが、その声は柔らかく、どこか落ち着いていた。桜井は「僕もです」と返し、去ってゆく秋山の姿を見つめていた。
三年生に上がってから、男子生徒の退学の件もあってか、いじめは終息しつつあった。だが、桜井に対して、クラスメイトは変わらず軽蔑の眼差しで、桜井を忌み嫌っていた。だが、その視線を甘んじて受け入れている桜井は、苦しみを全く感じなかった。陰で桜井への罵倒や悪口を聞いても、もう辛いとは思わなかった。
昼休みや放課後は、変わらず広瀬の隣にい続けた。会話も無い静寂の中で、二人は各々好きなことをして過ごした。隣で広瀬が本を読んでいるときは、桜井は画集を見る。空を見上げているときは、同じように空を見つめた。
終わりが見えているからこそ、この何でもない『今』が、どうしようもなく、愛おしく感じる。桜井はその愛おしさを、幸せを噛み締め続けた。
そして、月日が流れ、桜井たちは高校を卒業した。
卒業式の日、桜井は広瀬と共に、並木道を歩いた。
「卒業まで、あっという間だったね」
桜井は桜を見上げた。桜は咲きかけで、ところどころ蕾もある。
「そうだな」
広瀬は、無表情で桜を眺めていた。
桜井はそんな広瀬を横目で見て、ふっと柔らかく微笑んだ。
そして、桜井は意を決したように、広瀬の方を向いた。
「広瀬くん、一つ、聞いてもいいかな?」
「ああ」
「広瀬くんは、僕のことを愛している?」
広瀬は桜から目を離し、桜井の方を向いた。
「愛していない」
表情一つ変えることなく答える様に、桜井はひどく安心した。
その言葉は、広瀬がこれからも、本気で自分の生き方に向き合い、肯定し、絶対的な自信を持っていることの証明だった。
そして今、桜井は人生最大の喜びに満ち溢れていた。
「じゃあ、別れよう」
桜井は、己の想いをすべて声に乗せた。
広瀬はその言葉を聞いても、眉一つ動かさず、「ああ」と無愛想に答えた。
広瀬が桜井に背を向け、その場を去ってゆく。
「君に出会えてよかった」
桜井がそう言うと、広瀬は一瞬立ち止まった。
そして、再び歩き出した。
桜井の胸には後悔はなかった。ただ、ほんの少しの名残惜しさだけが、そこに残っていた。
桜井は再び桜の木を見上げた。
きっと、この桜は、これから花をつけ、散っていくだろう。この名残惜しさもきっと、桜のようにいつかは散る。その日が来るのが、今から待ち遠しく思う。
──桜の花びらは、いつ散ってくれるのだろうか。
桜を見上げながら、桜井は優しく微笑んだ。
卒業式が終わり、桜井が教室に戻って帰る準備をしていると、卒業証書を持った秋山が教室を訪れた。
「桜井くん、いるかな?」
秋山がそう言うと、クラスメイト達が桜井に冷ややかな視線を送った。桜井はその視線を気にすることなく、秋山のもとに歩み寄った。
「卒業、おめでとうございます」
桜井がそう言うと、「ありがとう」と言って、秋山は微笑んだ。
「今、少しいいかな。君と話したいことがあるんだ」
秋山に連れられたのは、美術室だった。美術室には、高山の描きかけの絵が飾られてあった。秋山曰く、「このままにして置きたい」と言って、美術の先生に直談判したらしい。
「ところで、本当に美術部に入るつもりはないの?」
「ええ」
桜井は頷いた。
桜井は美術部に入ろうとは思わなかった。それは、高山を思い出すからという理由ではない。広瀬を見届けるためだった。広瀬のそばにいて、広瀬が無関心な態度を貫く様を、少しでも目に焼き付けたいからだ。
「残念だよ。これで部員はゼロ人。廃部決定だね」
残念、と言ったものの、秋山はちっとも残念そうにしていなかった。
「でも、新しい一年生が立ち上げてくれるかもしれません」
「ふふ。そうだといいね」
秋山は名残惜しそうに桜井を見た。そして、そっと目を伏せた。
「桜井くん、あの時の質問、もう一度聞いていいかい?」
「あの時?」
「君の瞳に、私はどう映っている?」
秋山は桜井と目線を合わせた。
秋山の瞳は空のごとく澄み渡っていた。だが、雲一つない空ではない。雲が作る僅かな影もある。
「どこまでも自己中心的で、そんな自分に酔っていて、どこまでも、幸福な人」
桜井がそう言うと、秋山は目を見開いた。
「そうか……、そうか……」
秋山は小さく呟きながら、納得したように満足そうな表情を浮かべた。自分の答えは正しいのかは分からなかったが、秋山の表情を見て、それでもいいと思った。
そして、秋山は桜井に背を向けた。
「君に出会えてよかった」
秋山がどんな表情をしていたのか、桜井には分からない。ただ、秋山の背がひどく小さく見えるだけだった。だが、その声は柔らかく、どこか落ち着いていた。桜井は「僕もです」と返し、去ってゆく秋山の姿を見つめていた。
三年生に上がってから、男子生徒の退学の件もあってか、いじめは終息しつつあった。だが、桜井に対して、クラスメイトは変わらず軽蔑の眼差しで、桜井を忌み嫌っていた。だが、その視線を甘んじて受け入れている桜井は、苦しみを全く感じなかった。陰で桜井への罵倒や悪口を聞いても、もう辛いとは思わなかった。
昼休みや放課後は、変わらず広瀬の隣にい続けた。会話も無い静寂の中で、二人は各々好きなことをして過ごした。隣で広瀬が本を読んでいるときは、桜井は画集を見る。空を見上げているときは、同じように空を見つめた。
終わりが見えているからこそ、この何でもない『今』が、どうしようもなく、愛おしく感じる。桜井はその愛おしさを、幸せを噛み締め続けた。
そして、月日が流れ、桜井たちは高校を卒業した。
卒業式の日、桜井は広瀬と共に、並木道を歩いた。
「卒業まで、あっという間だったね」
桜井は桜を見上げた。桜は咲きかけで、ところどころ蕾もある。
「そうだな」
広瀬は、無表情で桜を眺めていた。
桜井はそんな広瀬を横目で見て、ふっと柔らかく微笑んだ。
そして、桜井は意を決したように、広瀬の方を向いた。
「広瀬くん、一つ、聞いてもいいかな?」
「ああ」
「広瀬くんは、僕のことを愛している?」
広瀬は桜から目を離し、桜井の方を向いた。
「愛していない」
表情一つ変えることなく答える様に、桜井はひどく安心した。
その言葉は、広瀬がこれからも、本気で自分の生き方に向き合い、肯定し、絶対的な自信を持っていることの証明だった。
そして今、桜井は人生最大の喜びに満ち溢れていた。
「じゃあ、別れよう」
桜井は、己の想いをすべて声に乗せた。
広瀬はその言葉を聞いても、眉一つ動かさず、「ああ」と無愛想に答えた。
広瀬が桜井に背を向け、その場を去ってゆく。
「君に出会えてよかった」
桜井がそう言うと、広瀬は一瞬立ち止まった。
そして、再び歩き出した。
桜井の胸には後悔はなかった。ただ、ほんの少しの名残惜しさだけが、そこに残っていた。
桜井は再び桜の木を見上げた。
きっと、この桜は、これから花をつけ、散っていくだろう。この名残惜しさもきっと、桜のようにいつかは散る。その日が来るのが、今から待ち遠しく思う。
──桜の花びらは、いつ散ってくれるのだろうか。
桜を見上げながら、桜井は優しく微笑んだ。
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
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