つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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「えー、ご歓談中のところ失礼します。これより四半期の経過報告会を行います。今夜は親睦会がメインなので、手短に済ませましょう」

クロがマイクで呼びかけると、プールからわらわらとキツネたちが戻ってきた。

様々なキツネが壇上に注目する。
だいたいは自営で生計を立てている者か、社長に紹介された会社で働いている者が多い。人間社会での正社員というのは、卒業の証明書や面倒な身分証やらが必要になるので勤められぬから、あとの者たちはそういうのが必要とならないアルバイトや日雇い労働で暮らしている。そういうのの中には、趣味でバンドマンをしていたり、劇団で役者をやっている者もある。だがそれらはすべて、ひとつの社を任され、常から信心深い人間に拝まれている立派なキツネたちだ。人用のアパートやマンションを借りてはいるが、彼らの真の家はそれぞれの社である。

「うちは昔から参拝の人間が多いが、最近は願うばっかで賽銭もロクによこさんのが増えた」

普段は広告代理店に勤務するキツネが、となりのテレビ局勤務のキツネにこぼす。広告のキツネは仕事柄業界関係の付き合いが多いせいか、社長と性質がどこか似ており、着こなしもあか抜けて遊び慣れた雰囲気を醸し出している。
反対にテレビのキツネは泥くさい現場仕事が忙しく、華やかなタレントたちと仕事をするくせにあまり見た目にかまっていられないせいか、おろしたてのシャツをまとってはいるが、どこかやぼったい身なりをしている。
二人とも学歴などを問われぬ独自のコネクションで、普通の人間の会社に入社できた稀有なキツネである。身分も来歴も明かせない中で、そういうふうに上手く紛れ込んでいるのも何匹かいる。いずれもその運の良さやガッツを社長に気に入られている。

「昔はこんなもんいらんと思ってはいたが、いまとなっては油揚げすらありがたいくらいじゃ。まだギブアンドテイクの精神があるということだからな」

広告のキツネがあざけるように笑う。

「稲荷は見返りを求めるということを、若い世代は知らんからな。じいさんばあさんからそういうことを教わってないんだ、仕方のないことよ。だがナンマンダブとされたとこで、我々は願いを叶えるわけでもない。ただそいつの背後に見える悪い陰を払ってやる程度だ。その辺りのことももう少し知られるといいんだがなあ」

三台所持しているスマホで仕事関係のメッセージを逐一確認しながら、テレビが言う。二人とも他と違ってあまり自由の利かない身分であるため、今夜の会合に出席できたのも久しぶりだ。いつもクロかシロに四半期の成果を書面にしてメールで送るだけで済ませる。彼らに限らず、忙しいキツネたちは大体そうしている。

「それより、仕事が忙しくてあんまり社のことにかかずらっていられん。よそから代理のキツネを雇い入れようかと思ってるんだが、社長に頼んだら最近はどこも人手不足らしくてな。みんな、金を稼ぐために外に出てるからカラダが空かないんだ。見習いのキツネはぜーんぶ他で埋まっとるんだと。どうしたもんかいね」

「昔はよかったのう。油揚げは見るだけで胸焼けがしていたが、信仰心の篤さがそのまま金になっていた時代だ。仕事だって単純だったが、ちょっとした生活費の足しにするもんなら溢れるほどあった。定職に就いとらんでも、食うに困らぬ時代だったなあ」

「いつの話をしとるんだ。はあ、腹さえ空かなけりゃ長生きでも安泰だが、こう何百年と命があるというのも困りものだ。だいたい稲荷の社が多すぎる割に、我々のことをみんな忘れ去ってるのがよくない。昔はボロボロと社をつくって有難がってたくせに、今やオカルト扱いだ」

キツネの悩みは尽きない。どこも似たような困難を抱えつつ、食い扶持を維持するのに手一杯である。

テレビが胸ポケットからタバコを取り出し、広告に「吸うかい?」と勧める。しかし彼は「禁煙を始めた」と返し、「バカじゃないのか」とテレビが笑った。

「最近はどこもタバコにうるさい。会議と称してバーに繰り出しても、誰一人として吸わないんだぞ。酒を飲む場所なのにだ。信じられなかったが、その中でプカプカやるわけにもいかず、俺は息苦しくてな。だからいっそのこと吸うのをやめることにした」

「そうかい?局ならいまだに会議室が煙で充満しとるぞ」

「いまどきそんな環境にあるのは、お前らと人夫と老人だけだ。いまどきのエリートは吸わないのが当然だ」

「堅いこと言うなよ。ここにはジジイしかいないんだぜ」

にやにやと笑いながら再びタバコの箱を向けられ、数秒考えてから、広告がそっと一本を抜き取った。

「お前、あんまり人間にかぶれすぎるな。そもそも我々が奴らとの共存を望まなければ、消えていたのは我々ではなく人間の魂の方なのだぞ。今は信仰心も忘れ去られてて、人間の下で働いてはいるが、稲荷の精神を殺してはならん。人間など死んだらそれで仕舞いだが、我々は神のもとに行き、やがて神に成る身なのだ。昔の奴らはそのことをよく分かってたが、今は人の世も混迷の極みにあり、それを気にかける余裕がないのだ。だからといって社が減らされるわけでも、荒らされるわけでもない。やはり根底には我々への畏れがあり、生まれながらにしみついているということだろう。だが肝心のキツネ共こそどうにもその意識が薄い。我々は人の上に立つ身であることを忘れちゃならんぜ」

テレビが煙に目を細めながら言い、広告は「まあなあ」とあいまいにうなずいた。


クロが司会進行をつとめ、シロはその補佐をする。報告会の終盤では、今期の【よく殺ったで賞】の発表があり、優秀なキツネには『ペアで行く二泊三日、山梨・長野 ワインとグルメと湯けむりバスツアー招待券』が進呈される。

「毎年のことだが、前期から引き続き、この時期は痴漢や性犯罪の件数が横ばいだ。春と夏は解放感からか頭のおかしいのが増えるからな。淫楽、淫縦、淫虐、邪淫。現世では軽く済まされることが多いが、すべて死後の国においては重罪だ。徹底的に取り締まれよ。今回は花八神社の日吉どのがお手柄であったな。ニュースにもなった強姦魔を見つけ出して呪殺し、魂を滅却せずに十王の審議にかけることに成功した。そのためあの卑怯者は、消滅まで百年かけて第三の地獄にて己の罪を悔いるのだ」

物騒なことを話しているが、社長は満足げに笑っていた。"花八の日吉"はふだん単発のアルバイトをしながら小さな劇団で役者をやっているキツネであり、多忙ながらも本職を熱心にやり遂げるまじめな男である。古き良きキツネ顔のせいか、舞台ではよく「人に恨まれて殺される役」や、「ヤクザの手下」や、「腰巾着」や、「鼻つまみ者」などに抜擢されることが多い。いずれも全力投球で演じている。

「花八、黒須、三綱と、あの沿線は都心に一本で出られるベッドタウンでありながら、どうにも町が古いまんまで、昔からナラズモノが多い。だが日吉も、黒須の三和も、三綱の八角も、仕事が忙しい中でも監視と祟りを怠らず、一定の成果をきちんと上げているな」

『エリアマップ』が映し出され、日吉たちの住まう沿線のあたりに示された『懲罰グラフ』は、他の地域よりもやや長く伸びている。日吉、三和、八角の三人が恐縮したように照れ笑いを浮かべた。この一帯にも当然何十匹というキツネが住んでいるが、日吉は十年前に"エリアマネージャー"に抜擢されたため、この一帯すべての稲荷神社を統括・管理して、成果が上がらない神社にはみずから赴いて内容を改善させ、懲罰を活性化させるという役割も担っている。

「また犯罪を犯して自死を遂げた者の魂も、決して取り逃がすことのないよう引き続き気をつけてほしい。これは三綱神社が健闘してくれたな。人を殺めたり罪を犯した者の悪しき魂は、ふつうの自死者とは違って、さまよいながら力をつけると厄介だ。昨今はソーシャルワーカーの手助けもあって、ほぼ百パーセント"回収"に成功している。」

キツネたちは、目の前で起こる自殺や犯罪には手を出せない。そのように決められている。
彼らの役割はあくまでも"事後処理"であり、人が悪さをはたらいてから罰するのだ。同じ事後処理でも警察と違うのは、彼らは"確実に捕らえて確実に魂への罰を与える"ことである。

「みな仕事で忙しいとは思うが、悪しき魂魄を決して見落とさぬよういっそう気を引き締めてくれ。日本でいちばん人を呪い殺す優秀なエリアを目指して、いずれはこの勢力を関東のみならず他の地方にまで轟かせてやろうじゃないか。現世で成果を上げれば上げるほど、神にいっそう近づけるのだ。人の世の忙しなさにかかずらうことなく、あくまでも稲荷の精神と妖狐としての本分を忘れずにな。来期はいよいよ実りの秋。五穀豊穣を祈り、悪者はガンガン葬って、神の国のような美しい町づくりをしていこう!」

社長が力強くこぶしを振り上げ、キツネ達がウンウンとうなずきながら拍手をし、クロが「それではバスツアー券を進呈しますので、選ばれた方は壇上へどうぞ」と案内した。
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