つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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「その倖田というのが、誰ともわからぬ墓の前でうずくまって、お岩のようにずーっと泣き暮れとったよ。気の毒で見ちゃおれんかった。骨を返してくれと坊主に食い下がってな、警察を呼ばれそうになってたから止めに入ったが、幽鬼のごとくとはああいうことだな。後追いでもしねえか心配だ」

はちす屋の梅岡がめずらしくしんみりとなり、縁側でキセルを吹かしながら言った。

「小乃の魂はあすこのナマグサ坊主に任せず、いつものようにきっちり"あっち側"へ送っといた。腹の子はまだ人として目覚めておらんから、小乃の死とともに消滅したようで、魂は確認できなかった。……あの子は、俺が出会った人間の中でいちばん高い霊力を宿していたな。だから向こうでも目をかけられるだろう。もしかすると獄属なんかになって、またいずれひょっこり姿を現すかもしれんぞ」

「…………」

「先代に叩き込まれとるだろうが、あまり人間に執着するな」

「小乃は俺の唯一の友だ。友の死を悲しんで何が悪い。お前は人間を使って商売をしておきながら、よくもそんな心ない言葉をやすやすと言い放てるものだな」

佐野の冷たい瞳が梅岡を刺す。

「……そうだな……すまん。そのとおりだ」

小さく詫びて、うつむいた。二人を冷たく重々しい静寂が包み込む。それはすべて佐野の深い怒りと悲しみであった。

「小乃というのは、俺が由来となり命名されたそうだ。そのときの親の気持ちはわからない。守護を受けるつもりでつけたのか、あるいは純粋に信仰の気持ちでつけたのか。それとも忌まわしい子供だからと、憎しみを込めてつけたのか………」

「わからないとあらば、いい方へ考えろ」

「だが結局ヤツは、生まれてすぐに親に捨てられたわけだ。そうなると理由は限られる。……それを本人も幼いうちから自覚していたはずさ。あいつは人一倍するどいからな」

「………」

「だからと言っては邪推になるが、あいつがよその男の赤子を身ごもったことで、こうして死ぬまで思い悩んだのは、やっぱり人を信じることができなかったせいだと思う。倖田に話したら愛想を尽かされ、逃げられるとでも思ったはずだ。愛情というものを知らぬから、ようやく得られたそれを失うことが奴には何より怖かったに違いない」

「だが倖田殿はそういう男では無いようだったな。事情をすべて知った上で、骨を返せと迫っていたのだ。そういう愛情の深さをいつも小乃に向けてはいなかったのだろうか」

「向けていたから小乃も愛した。だがもっとそれを信じることが出来れば、こうはならなかったはずだ。信じた上で捨てられるという覚悟も必要だ。どちらの強さもあいつは持てなかった」

捨てられても地獄、産んでも地獄、産まずに殺しても、地獄。
ふつうの男には分かりえぬ八方塞がりの苦悩を、梅岡は想った。祟りというのなら、これこそが真のわざわいであろうか。だとしたらこれはいったい、誰によってかけられたものなのだろう。

【僕のお金は、倖田さんの学資の足しにしてください。倖田さん、かならずや、よいお医者になってください。】

貯めた金の半分を倖田に託し、もう半分は佐野に残した。質素な文と、少ない持ち物、どこにまぎれたかわからぬ骨。そして残された者の苦悩。

人間は脳が発達していくほど、心がフクザツで厄介になっていく。ここが人間のめんどうなところで、どうにもならないところでもある。小乃は確かにそういうフクザツな弱さを持っていたが、しかしみんなが知っての通り、気の短い荒くれ者だ。

ちょっとしんみりしてみたけれど、死人になってもあの短気は治らないだろうな、と梅岡は冷静に考えていた。倖田は確かにかわいそうだが、そこはどうにか男らしく踏ん張って生きていってもらうしかない。傷心の佐野にあんまりヘタなことは言えぬが、いずれこの『しんみり』も無駄であったと笑える日が来る気がする………

夕焼けの縁側に並び、佐野のいる手前、なんとなく悲しげな顔だけは浮かべていたが、早くも梅岡の中の淋しみなどはほとんど消え失せていた。

そしてそのときの予想は、百年という長い時を経て"当たった"のだ。やはり霊力の強さを買われていた小乃は獄属となり、十年前に地獄のソーシャルワーカーとして再びこの世に常駐することとなった。
おまけに「あんた馬鹿だけどイケメンだね、タイプ」の直球の一言と、まつかさ時代にしみついた男殺しの屈託ない笑顔で、あっさり落とされたシロと恋仲になり、すぐに同棲を始めた。そうして今はあのとおり、忙しいながらも楽しい日々を過ごしている。

しかしサノがこの世に戻ってきたのは、十年前ではない。それよりもずっと昔に、"ある者を探しに"この街に降り立っていた。ゲーテがうっかり聞き忘れた、佐野とクロが友達になった日。彼はその瞬間に立ち会っていたのだ。

けれどクロはそのことを知らない。シロも知らぬが、その場にいたクロまでもがそのときのことを覚えていない。
そしてそこには、サノとクロと佐野以外に、『もう一人』いた。花街の片隅のひとけのない場所に捨てられ、声を上げることも出来ぬほどに衰弱し、まもなく消えようとしていた命。名もなき人間の赤ん坊だ。

サノと佐野は、偶然捨てられていたその身体を見たときに、あるひとつの『禁呪』を思い立った。天の国に知られたら、即座に消滅せられる大罪である。だが二人には、消滅に対しての恐れなどはなかった。消えたら消えたで、この苦界に未練などはない。しかしクロは「生きてみたかった」とたしかに言ったのだ。その言葉は、サノの心に引き裂くような痛みを与えた。

だから、二人にもう迷いはなかった。

クロには実体がない。人間として生を受けたが生まれる前に死んだ。そしてこの墓に葬られたが、そこに潜んでいたあらゆる思念に絡めとられ、成仏しそこねたままずっと助けを求め続けていたのだ。

サノは、死に行く他人の赤ん坊の肉体に、救い出したクロの魂を注ぎ込んだ。
しかしそれではまだ弱いと見え、衰弱状態のままであったので、止むを得ず佐野が狐火を吹き込み、妖の力によってその赤子を完全に『蘇らせる』ことに成功した。
半分はキツネ、もう半分は人間の赤子。死人と妖狐によって作られた命。そのいびつな半妖を作り出したのは、社長ではなく『この二人』であった。
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