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ⅲ
しおりを挟む「二人ともキツい灸をすえてやったわ」
シロに顛末を聞かせたが、彼は終始おかしそうにニヤニヤと笑っていた。シロにはふだん浅草の料亭を任せているが、そちらの店を閉めたらこの見世に後片付けの手伝いにやってくる。
「クロめ、よほどあの野郎にのぼせあがっていたんだな。いつも何を考えてるのか分かりづらい奴だが、ああいう手合いほどカッとなると厄介だ。で、平八とは完全に縁切りかい?」
「さあな。それは当人に聞かないことには……」
「だが身体を知っちまうと後腐れが残る」
「まだ知らんよ。そういう遊びはしとらん」
「え、平八の野郎、それじゃなんだって……」
「さあ。まあ、弟のようなモンだったんだろ。男色家とは聞いてない」
「なんだ、それじゃあいつはただ話すために花代を払ってたってのかい?」
「ああ。別にクロは蔭間でもなんでもねえし、丁稚と話すくらいなら正規の金は要らねえと言ったんだがな。平八は変に昔かたぎなトコがあるから……」
「はあん、なら平八ものぼせてたんだろ。弟だなんて思っちゃいねえよ。小僧相手に踏み切れなかっただけさ」
「……俺もそう思う」
「だろ?」
梅岡も、憮然とした顔つきからようやくニヤリ顏に変わり、シロは「どうせ意地を張り通せやしねえよ。二人ともしょせん小僧だからな」と言い残して、片付けの続きに取り掛かった。
その予言はあっさりと的中し、それからひと月後、蓮太郎が柿本家にやられるその前夜に、しょっぱい顔をした平八が再びはちす屋にあらわれた。玄関先でふところから封筒を出し、「餞別を渡しといてくれ」とだけ言って去ろうとしていたが、「馬鹿言うな、てめえで渡せ。散々たぶらかしたんだから」と梅岡が引き止めた。そして座敷の手伝いをしていた蓮太郎に「お前のマブがようやく見えたぞ」と伝えると、ねえさんと客に冷やかされて苦々しい顔をしながら、頬をかーっと赤くした。
あぐらをかく平八のとなりで、蓮太郎が正座をする。うつむきがちだが、ぽつぽつと質素な近況のやりとりをしていた。
「……このあいだのこと、すみません」
蓮太郎が会話の途中で、小さな声で詫びた。
「……いいや。とっつぁんにも言われたが、たぶらかすようなことをしたのはこの俺さ。悪かったな」
「そんなふうには思ってませんよ。やっぱり、私が勝手に熱くなったのです」
平八が目を伏せ、キセルを吹かす。なんと言うべきかわからぬのか、会話が途切れがちだった二人のあいだに、とうとう沈黙の静寂が訪れた。
「すみませんね、もうよしましょう。今夜もわざわざ……餞別まで、ありがとうぞんじます。いつもいつも……」
蓮太郎が薄く微笑む。あれほどの激情が眠っていたことが、いまだに自分でも信じられない。だが結ばれないのだとはっきり解ってから、特に悲愴感のようなものも起こらぬほど、気持ちは穏やかであった。しかし平八は何事かを考えているように押し黙り、そしてパッと顔をあげると、ようやく蓮太郎の目をしっかりと見た。
「お蓮、やはりのぼせていたのは俺のほうだった」
「……え?」
「お前で遊ぶつもりなど毛頭なかったが、遊びもしねえくせにああしてのこのこお前に会いにきてたんだ。つまり、女郎に本気で入れ込んでるオヤジどもとおんなじことをしていた。そんなモン、のぼせてる以外のなにものでもない」
自分自身をあざけるように笑い、またうつむいた。
「俺は根無し草のどうしようもねえ男さ。立松の旦那様を裏切ることはしねえと誓ったが、お前のいうとおり、俺は生来性根の腐った人間よ。……だからか知らんが、あの横丁でまっしろなお前を見かけたとき、仏に吸い寄せられるような気分になったんだ。何としても近づきたくなった。そうしてこのように座敷に上がり込み、話をし、そこまではよかったが、それ以上深くなるのはまずいと感じていた。うまく言えんが……なんせお前は気高くてきれいだから、それを近くで拝んでるだけでよかったのだ。それ以上近づいたらバチが当たりそうな、畏怖のようなものがあった」
「…………」
「俺は弱いゆえにお前に導かれ、そしてそれゆえお前との接近を恐れたのだ。悪党として粋がることは、結局弱さを隠すための取りつくろいよ。そんな情けねえ男に惚れたら、痛い目を見させそうな気がしてな。……なんにせよ悪かった」
静かに詫びて、しばらくじっと畳を眺め、腰を上げた。
「柿本さんのところで頑張ってくれ。俺も行商に同伴するから、そのときには俺専属の"ヒツジ"にでもなっとくれよ」
平八が、ようやくいつもの笑みを向けてくれた。
「平八さん……」
蓮太郎も立ち上がり、思わずその手を取った。
「そんな顔はよせ。後ろ髪をひかれる」
「あなたを愛しています」
「………ありがとう」
「行かないでください」
「お蓮」
「愛しています……」
すがるようにその身体に抱きつき、胸に顔をうずめた。平八は胸を引き裂かれそうな思いでそのまま立ち尽くすが、やがてその背中にそっと腕をまわし、徐々に力を込めていった。
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