つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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ー「ふーん、あんたにも人の情けみたいなモンはちゃんとあるんだな」

シロがオオカミの姿で寝そべりながら、"捨てられていた死にかけの赤ん坊"を梅岡が見つけてからの顛末を聞き、たいして興味もなさそうにあくびをした。

「ああそうとも、お前なんかとは違うからな。だいいちここで赤ん坊に死なれたら縁起がわりいだろ。うちは商売繁盛のご利益で売ってるんだ。ここら一帯の参拝客を持ってんだぞ。不吉なことが起きたら賽銭がガックリ減っちまうよ」

「だがどうする、あんたが狐火を吹き込んじまった以上、もう人間のもとへ里子には出せねえぞ」

「だから俺たちが育てていくしかあるまい」

「バカ言え、正気かよ。俺は忙しいんだ、ガキの世話なんかごめんだぞ。違うトコのキツネに頼んでこいよ。あの花八んとこの日吉なら、人が好いからあんたが直々に頼めば引き受けてくれるだろ」

「日吉だって忙しいだろう。それにこの赤子にはすでに俺と同等の妖力が備わっている。何かあったときに日吉では制しきれん。……しばらくは手がかかりっきりだろうが、こいつをおぶって仕事をするしかない。ある程度成長したら、うちの見世で手伝いの仕事でもさせよう。男手は常に必要だし、ことによっては追々、番頭として見世を任せられるようになるやもしれん」

「そんなずーっと先のことを期待してんのかい。ガキなんぞどうせ思いどおりにゃ育たんぞ。ごく潰しの大うつけになって、お前の財産を食いつぶされても後悔するなよ」

「お前が変な遊びを教えたりしない限り平気だ。………ところでお前、本当に喰ったりしねえだろうな。俺はまだお前を信用しとらんぞ」

「喰わねえよ。もう喰うつもりなどないと言ったろうが。だいたいそんな心配なら、さっさとよそへ持ってきゃいいだろ」

「そうはいかんのだ。いいか、ただ味見をするだけでもダメだぞ。この姿のときにクロに近づくのは禁止だ。お前は修行が足らんせいで、ふとしたことで野性が出ちまう。ちゃんと人間のカタチでこの子の世話をしろよ。人間になっても、決して舐めたりするなよ」

「けっ、すっかりケダモノ扱いだ」

「あれを見れば当然だ」

さきほど佐野達が去ったあと、梅岡にはちょっとしたいたずら心が沸き起こった。

カゴに入ったクロを参道沿いの柿の木の下に置いておき、外に出てきたシロの驚くところを陰から見てみようと、梅岡は肌寒いなかを隠れて待っていたのだ。すると五分後に、人目に触れないのをいいことにシロがオオカミの姿のまま眠たそうにやってきて、まずはいつもどおり、手を清めるための水に顔をつっこんでガブガブと飲みはじめた。水は井戸から汲んで飲めと口すっぱく言っているにもかかわらず、この悪癖は治らない。あとで叱らねばと思いつつ、黙って身を潜め続けた。

するととつぜん柿の実が落下して、よりによって、すやすや眠っていたクロのひたいにゴツンと命中したのだ。その瞬間クロは火のついたように泣き出して、シロがそこでようやくカゴの中に放置された赤ん坊の存在に気がついた。梅岡はあわあわとなりつつも、すっかり出ていくタイミングを見失い、とりあえずシロに任せようとじっと見守っていたところ、シロは警戒しながらそっとカゴに近づき、ふんふんとその泣きわめく赤ん坊の匂いを嗅いだ。

しかしその瞬間、一瞬だけぐるりとあたりを見回して、クロの頬をひと舐めしたかと思うと、ためらいもなくその柔らかなノド元にがぶりと噛み付いたのだ。
そこで思わず白狐に戻った梅岡が飛び出し、「コラぁ!!」と怒鳴りながらシロに思いきり体当たりを食らわせた。不意をつかれたシロは無様に転がっていき、地面にぺたりと這いつくばり耳を伏せてキュンキュンと鳴いた。

「いま殺そうとしただろ!!お前、人の子を喰らいかけたな?!俺はしかと見たからな!この外道!人でなし!お前は野良犬とおんなじじゃ!!」

「違う!泣いてたから涙を拭ってやってただけだ!泣いとるのは俺じゃなくて柿のせいだ!」

「たわけバカ犬が!こんな噛み跡を残しやがって、何が柿のせいじゃこのド阿呆!」

柿がぶつかり、シロには噛みつかれ、さっそくさんざんな目に遭ったクロは、この何十年分と蓄積したすべての恐怖と孤独を解放するかのように、足をピンとのばして大いに泣きわめいた。

「おおよしよし、すまなかったな、痛かったろう。あーあー、デコも首も紅くなってら。早くも理不尽をこうむって、かわいそうな赤ん坊だ」

「やい梅岡、お前、俺をはめやがったな。どこぞで俺がこのガキに喰らいつくのを、楽しみに待ちかまえて見ていたんだろう」

「……俺はなァ、お前がおどろいて慌てふためくサマを見て、ただ笑いたかっただけだ。……それがまさか……なんの慈悲もなく、当然のように喰い殺そうとするとは……」

心底落胆したように返され、軽蔑の眼差しを向けられ、シロはたじろいだ。

「チッ……じゃあ今度からガキが落ちてても、喰っていいかどうかはお前に確認する。それならいいんだろう?」

そう言うと、梅岡はため息を吐いてまたガックリとうなだれた。

それから半妖としてクロはすくすく成長していき、五つになったときに、自分は梅水神社でひろわれた捨て子であったこと、それを見つけた梅岡の狐火によって生きながらえた、ヒトとキツネの合いの子なのだと教えられた。そのときにシロの『悪行』もいっしょに聞かされ、それからことあるごとに「ひとでなし」と言ってやった。だいたいは梅岡にそそのかされたものである。

梅岡が驚いたのは、成長するごとに、クロの顔つきが少しずつ小乃に似ていくことであった。もとの赤ん坊の身体を、クロの魂が完全に侵食したのだと思った。だがそれよりもずっと前から、その予兆は感じていた。おしめを取り替えるときに、梅岡はそこに『陰花の名残り』を見たのだ。おしめを替えるのを嫌がるシロには黙っていることにして、いつかそのこともうまく話さなければと思い、十二のときに「お前のアレは奇形だ」と告げた。クロは人でいうなら思春期なのもあり恥ずかしかったのか、あまり深くは尋ねず、「へえ」とだけ返してそれで終わった。

そうして見世の手伝いをしながら、やがて平八と出会い、クロは十五で初恋を知った。
それがまさしく陰花の『年ごろ』に差しかかる年齢であり、梅岡は少し心配しつつも、ようやく恋の甘やかさを覚え、青春を楽しめるまでに至ったクロの邪魔はせぬよう、親のように陰ながら見守ることにした。しかしクロの身体の秘密を知り、真相を迫ってきた平八にはやはり明かさなくてはならぬと思い、実は捨てた親を知っており、その親は陰花の生まれである、ということを明かした。平八はそれで納得し、『間違い』を起こさぬよう充分に気をつけると言ってくれた。
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