58 / 60
ⅴ
しおりを挟む大和が代金を支払い、二人揃って車から降りて、エレベーターの前で思わず顔を見合わせて笑った。車中で知ったが、フロアは違うが、偶然にも同じマンションに部屋を借りていのだ。大和は一年前にここを借り事務所の一つとして使っていたが、新宿で飲んだあとはだいたいここに仮眠をしに帰っていた。この一年二人がずっと会わなかったのは、休日も違えば生活の時間帯も丸きり正反対だからであった。
「こんなことあるんですね」
クロがまたフッと笑った。
「ですね………」
「……私の部屋、石川さんのお部屋より家賃が安いんですよ」
おもむろに言われ、大和は首を傾げた。
「安い?……間取りが違うんですか?」
「いえ。管理人さんにはあまり言わないでほしいと言われてるんですけどね。……ときに……」
エレベーターに乗り込む。
「石川さんは、幽霊を信じますか?」
思わぬ問いかけに、言葉が詰まる。
「………怖がりなので信じたくないですが、信じてますよ」
「見たことは?」
「………あります」
「ならいいです。私の部屋はいわゆる曰く付きのお部屋だそうでね、よくお隣の方から管理人のところに苦情が入るんです」
「苦情?」
「壁をドンドン叩いたり、走り回ったり、ゲラゲラ大声で笑ったりしているのがうるさいと……いずれも夜間ですが、私の留守の時間です」
「それは………」
「幽霊だなんて言えないですし、言ったところで信じてもらえないから、と管理人さんが困っていました。私が部屋にいるあいだは悪さをしないのですが、おとなりさんに対しての冤罪がもっぱらの悩みです」
エレベーターがクロのフロアに到着する。
「ですからそろそろ引っ越したくて。……今度こそは家賃をケチらずにね」
ゾクリとするほど綺麗な顔で笑う。
「おやすみなさい」
扉が閉まる直前に、大和はその後ろ姿にはっきりと真っ白な尾を見た。いつもチラチラと見え隠れしていたもの。街でもときどき、あんなのをぶら下げてるヒトのような何かを見かける。
あれがはっきりと見えるときは、彼らが恐らく気を張っていないとき。それだけは昔からぼんやりとわかっていた。ヒトの幽霊などとは比べものにならないほどの威圧感のようなものは感じていたけれど、電車の座席でうつらうつらとなり船を漕いでいる者から、ときおりチラリと白い何かが垣間見えたときにそれを察した。
そして初めてあの店に連れてこられた日に白咲を見て、ようやく今まで見かけたそれらの者が『動物の妖怪』であると知ったのだ。白咲は常に耳としっぽが出たまま仕事をしていた。誰にも見えないのをいいことに気が緩んでいるのか、あるいは仕事そのものに気が緩んでいるのかはわからないが、ともかく犬のような動物であり、どうやら悪いものではないと知った。
あの子は、自分が正体を見破っていることに気がついているのだろうか。部屋に戻り悶々と考えて、眠りから覚めてもまたそのことと、そして別れ際のあの笑顔を思い浮かべた。
そしてその晩もストーカーのごとくクロの職場に向かい、大和は言ったのだ。
「あのう……前から気になってたんですが、白咲さんは……どうしてそんなにお耳が大きいのですか」
ー「み……みんなの声をよく聞くため……」とシロがしどろもどろで答え、その日以降、大和とクロのあいだにわだかまりのようなものは無くなった。そしてちょうどそのとき、大和が担当していた仕事が夜間に切り替わったために生活の時間も変わり、彼は堂々と帰宅時間の同じクロを自分の車で迎えに行くようになった。
今度は「ついでだから」と言いつつ、進んでやっていた。
「またお隣から苦情が来たようです」と助手席でクロがぽつりと言ったときに、「それならあの部屋は引き払って、うちに住めばいい」と言った。
「家賃はゼロ。悪くないだろう」
「ゼロというわけには……」
「いいんだ。まあ、君があの部屋で良ければだけど」
「………お部屋はいいです。でも、一緒に住むんですよね」
「俺のことが嫌になったら、そのときの引っ越しの資金は出すよ」
「………」
頬を赤くしてうつむくクロを、横目でちらりと見た。初めて一緒に帰ったあの日から、まだ半年ほどしか経っていない。それなのに互いの心情はすでに分かっていた。というより、大和はとっくにひと目でクロに落ちていたのだ。
明け方に大和の部屋でキスをして、疲れてそのまま同じ布団で眠った。
昼前に大和が目を覚ますとクロは本来の姿に戻っており、真っ白なキツネの半妖の寝顔に長い時間見惚れた。あの薄暗い店内でも、彼は白くキラキラと輝いていた。だからどうしても目で追ってしまうのだ。寝ても覚めても離れなかったこの美しさを手放したくないと強く思い、出来ることなら死ぬまで見ていられますように、と祈った。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる