最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト

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最強天使、詰むっ☆

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 ……ああぁあああああぁあああああーーーーっ!!!

 雲に向かって右腕を伸ばしていた俺は、体をひるがえし地上を見据えた。

 ここはどこだ!?情報を得ろ、サミュエル!正確な目的地でなければ、天使は翼を広げられない。つまり派手に落っこちるしかないのだ!!——どこだ、どこだ!?

 東京より緑が多い!東京より人影が薄い!東京より建物が低い!……とうきょ……では……な……っ!!

 ズザザザザザザザザザッッ!!
 バキベキボキバキガガガガァァァッッ!!!

 ド
 シ
 ンッッ!

 俺は巨大な木の上に墜落し、スーツに枝やら葉やらを引っかけつつ、最後は地割れのような尻もちでフィニッシュした。

「……」

 天使は怪我をしない。毛虫が顔に張りつきウネウネ動こうが、例え地面にヒビが入っていようが、この身は無傷だ。痛みという概念が存在せぬ、それが天使である。

 だが、見た目はボロボロである。そして、恥という名の心の痛みはある。うっ。

 俺は頬の毛虫を手のひらで払い、オーロラの輝きをまとった蝶へと変えた。次第に青色の光を放ちながら、ひらひらと舞い上がる姿を目で追う。……いや、ドラマティックになっている場合ではない、お気に入りのスーツが穴だらけである。指先でそっと撫でると、金の糸がリズムを奏でて踊り、スーツはあっという間に元通りに。

 上界では最強天使と称えられるこの俺が、こんなマヌケな着地を人間に見せるわけには——。

「うわあっ! いまの、どうやったんですか!?」

 背後から響いた大絶賛の声。無邪気であるが、なかなかいい声をしている。ははは。俺の魔法を目にするとはな。

「なあに、たいしたことはない。これは、ちょちょいと……」

 え。

 言いかけて凍りつき。俺は血相を変えてバッと振り返り、そして見下ろした。

「さっき窓の外をたまたま見てて! でかい音が聞こえて外に出てみたら、すげえっっ!」

 ウェーブがかった栗毛色の髪。ぱっちり二重の、茶色い瞳。白い歯をのぞかせ、笑顔で俺を見上げる高校生くらいの少年……いや、青年と言ったほうが正しいだろうか。まるで、人間が絵画や彫像に描く天使像を、そのまま体現したかのような顔立ちである。実際の天使がそんなビジュアルでないことは、俺が何よりの証拠だが。

 青年は日本人だが彫りが深い。俺も鼻は高いほうだが、それを上回る立体感だ。しかし、舞い降りる(落っこちるとも言う)直前に見た限り、沖縄の海は見えなかったぞ?気候的に、東北という感じでもない。

 いや、待て。ここは、どこだ……?

「失礼。邪魔をしたな、青年」
美浜遊ミハマ ユウです! 高校一年生です! よろしくお願いします!!」

 元気いっぱいの大声に、思わず肩がビクつく。加えて、九十度に深々と頭を下げてきた。

 美浜遊。その頭上に浮かぶ数字は【0】。黄金に輝いている。まあ、見たままの印象といっていいだろう。明朗快活、天真爛漫。清々しいほどの爽やかさである。

「怪我とかしてませんか?」

 俺の体を上から下まで、キョロキョロと凝視。天パの髪がふわふわと揺れている。
 実のところバレットも、ワックスで固めない限りは緩やかウェーブの天パである。硬くコシのある俺の黒髪とは違うゆえ、とある日、風呂上がりのバレットとバスルームで鉢合わせした際に、その髪に思わず触れてしまったのだが——。

「ずいぶんと柔らかい髪質をしているな、バレットよ」
「ッ!! サミュエル様、さっさとお休みくださいませ!!」

 目を見開いたバレットに、なぜか怒られてしまった……。ツンデレ執事は、触れられることに過剰反応するようだ。

「美浜遊くん。俺は、この通りぴんぴんしているぞ」

 そんな思い出を浮かべつつ、俺は腕をぐるぐると回して見せた。だが、目をまん丸くしてきょとんとした美浜遊は、首を傾げてこう聞いてきたのである。

「でも、さっき空から落っこちてきませんでした?」

 …………。

 みっ。

 み、み、見られている!バレットよ、すぐに俺を迎えに……!!

 ——休暇中はワープ機能が使えませんので——

 ぐっ!ならば一旦、俺が上界へ戻り……!!

 ——サミュエル様がミッションコンプリートをなさらない限り、上界へお戻りにはなれませんよ?——

 ハハッ。

 詰んでるぜっ☆

「骨折とかもしてないですか?」

 額に指先をあて、作戦を練ろうと試みる俺。汚れを知らぬ澄んだ瞳の彼は、次々と質問を投げかけてくる。

「……いや、大丈夫だ。それよりも渋谷に行きたいのだが」

 美浜遊は、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。

「俺も行ったことないです」
「そうか。ここは東京ではないよな?」
「はい! 栃木です!」

 とちぎ。TOCHIGI。

 イチゴが旨い。餃子が旨い。海がない。魅力度ランキングの上位に食い込まない。——だが、最下位になってもそれをネタにし笑い飛ばせるおおらかさ。温泉あり、避暑地あり、御用邸のチーズケーキも旨い。

 海なし県とか呼ぶんじゃない。

 ……というのを、俺は知っている。バレットが先日、鼻息荒くプレゼンした資料によるものだ。おそらく、栃木でのミッションが近いのではと踏んでいる。いずれにせよ、俺は長年に渡りこの職務に就いているものの……栃木は、なんと初上陸だ。

「ここから渋谷までは、どのくらいかかるんだ?」
「逆にうちにどうやって来たんですか? 空からで合ってますか?」

 うっ!痛いところを突いてくるな、美浜遊!!
 
 ……って、とは?

「うち、というのは?」
「ここ、俺んちの庭です!」

 不法侵入である。頭の中で真っ赤なランプがくるくる回り、ファーンファーン!と激しくアラートが鳴り響く。サングラスを掛けた黒スーツの男たちが、猛スピードで俺に迫り来る。「サミュエル、止まれ!」そう叫び、銃口を向けて……!

 いかん、身震いが止まらんぞ!!下界で罪を犯すと厄介なことになる。最強天使の称号に傷がついてしまう。なんなら剥奪されかねぬ!

「美浜遊くん。ちょっと連絡を!」
「遊でです! 俺、年下なので!」

 だいじ……?

 え?いまは「大丈夫」を「だいじ」と略すのか?いや、先日の東京では聞かなかったが。流行の回転が速すぎる、これが日本か!?

 ときに遊よ。お前は、俺の年下なんてもんじゃないぞ。俺は四百二十歳である。人間の年齢で例えるとどうなるかはわからんが、まあ説明したところとてだ。

「遊、連絡をする。少し離れるぞ」
「はいっ!」

 庭の端に家庭菜園。瑞々しいトマトにキュウリ。太陽の光を浴びてぱんぱんに実を膨らませている。俺が落ちたこの木は……なんの木だろうか?濃い緑の葉を茂らせ、広い影を地面いっぱいに落としている。そよそよと風が吹くと、夏の日差しもどこか和らいで——。

 いや、ほっこりしている場合ではないぞ!俺は腕時計のサイドボタンを押し、バレットを呼び出した。俺の焦りを煽るかのように、秒針のぶれが相変わらずひどい。

「……サミュエル様」
「バレット、まずい! 栃木に来てしまった、不法侵入だ!」
「栃木を訪れること自体は、不法侵入ではございませんよ」

 バレットめ、いやに落ち着いているな?

「美浜遊という青年の、家の敷地に入ってしまった!」
「ええ。サミュエル様のお部屋の窓から拝見しておりますが……遊様は、怯えていらっしゃらないようですね?」

 バレットがティーカップを片手に、上界から優雅に見下ろしている姿が目に浮かぶ。

「サミュエル様。故意に遊様のご自宅へわけではございません。罪には問われないかと」
「そ、そうか」
「ご心配なさるのは、東西南北を読み解けない、その絶望的な方向感覚だけでよろしいかと」
 
 ボロクソな件。天使はな、心の痛みは感じるんだぜ……?

「バレットよ。やはりこちらに来るのは難しいだろうか?」
「申し訳ございませんが、執事の休暇中にワープは出来かねます。天使との接触も禁止されておりますので、私が栃木へ伺うことは許されません」
「……となると、お前がここへワープできるのはいつだ?」

 ややあって、バレットはさらりと俺に告げた。

「下界のカレンダーで換算致しますと、ざっと二十八日後でございます」

 にじゅうはちにち。ほぼ一ヶ月。ハハッ。

 詰んでるぜっ☆

「渋谷のミッションは、早急に代理を手配致しました。本日より、私は休暇の合間を活用し、膨大な書類作成に精を出す所存です」

 なんだろうか。言葉に棘がある。

「バレットよ、俺はどうすべきだ? ワープはできぬ、ミッションコンプリートしなければ上界にも戻れぬ、だがミッションの対象ではない、美浜遊の前に舞い降りてしまった!」
「そうですね……遊さ……ま……の……」

 む?

「バレット?」
「いち……にち……ご……ふんま……で……です……」

 おいおい、肝心なところでノイズが入るな!?

「遊の、なんだ!?」
「遊さ……のミッ……ション……けて……メッ……セ……」

 かろうじて聞き取れたのは、「ミッション」と「メッセージ」。

「遊に関するミッションを見つけて、お前にメッセージを送ればいいんだな!?」
「きゅう……か……りがとう……ございま……」

 ——切れた。

 休暇をありがとうございます、じゃないんだ。俺がいま必要なのは感謝ではなく、明確な作戦指示だ。バレットのやつめ、まったく。ははは。

 ……おかしいだろ(微笑)。



 ——続く——
 
 読んでくださりありがとうございます!^^
 ※だいじ=大丈夫(栃木弁)です。以上、豆知識でした(笑)
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