最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト

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最強天使、栃木でホームステイ!?

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「遊よ。まずは、久美ちゃんとあんみつを食べるといい」
「え? なんで?」

 階段を上がり、俺と遊は休憩所へ足を運んだ。広々とした和室。畳が一面に敷かれ、低い座卓が規則正しく並んでいる。湯上がりの客がソフトクリームやあんみつを楽しみ、思い思いにまどろんでいるぞ。

 その中に、見覚えのある顔。蒼くんと、じーちゃんとばーちゃん。そして、そこそこ近い位置に久美ちゃんの姿が。祖父母や両親、そして弟と思しき少年と共に、和やかに語らっているではないか。

「あんみつじゃなくてもいい。かき氷でも、ソフトクリームでも、食べていれば沈黙も気まずくないだろう?」
「俺さ、久美先輩の前で、食べたり飲んだりしたことなくて……」

 ははは。照れている。可愛いやつめ。

「遊よ、案ずるな。初体験を楽しむのだ」
「えっ! ここでするの!?」

 遊が両手で口を塞ぎ、顔を真っ赤にしている。しぐさが乙女な点も気になるが、誤解もはなはだしい。急に押し倒したらおかしいだろ。

「遊よ、まずは会話だ! 相手を知ることから恋愛は始まるのだ!」
「う、うん……」

 さあ話しかけろと俺が背中を押すと、遊は忍び歩きで久美ちゃんに近づいた。む!やはり忍者の血が騒ぐのか!?

 ……と、ふと蒼くんがこちらに気がついた。

「遊? なあってば」

 立ち上がってやってくる。タイミング悪し!遊が久美ちゃんに話しかける、絶好のチャンスなのだが!

「そっちじゃなくて、こっちにじーちゃんとばーちゃんが……」
「やあ! 蒼くん、あんみつを食べないか!?」

 ——シュインッ!阻止!!

 魔法ではない。ただ片腕を伸ばして進路を塞いだだけである。チラッと遊を見ると、もじもじしながらも久美ちゃんに話しかけているではないか。イエスッッ!成功だ!

「……サミュエルさんって、いい人ですよね?」

 どうやら悟ったのか、蒼くんが笑っている。四百二十歳、恋愛の協力で「イエスッッ!」とか、めちゃくちゃ興奮してる件。なにこの羞恥心。

「遊のこと待ってたんですが、あの子と食べるのかな。俺たちも、何か甘いもの食べませんか?」
「そ、そうだな」

 俺の恥じらい、しばし収まらず。遊と久美ちゃんが食券の列に並び、やや遅れて俺と蒼くんも列に続いた。久美ちゃんが楽しそうに何かを話し、遊が耳を真っ赤にしながら相槌を打っている。おお、会話になっているぞ!頑張れ、遊!

「あの子のこと。遊、きっと好きなんだろうなあ」
「おや、知ってたのか?」
「遊って昔からわかりやすいんですよ。好きな子の前だと全然話せなくて」

 やはりか。いま久美ちゃんと話せてるのは、大進歩ということだな。

「いつもあんなに賑やかなのに、借りてきた猫みたいにおとなしくなるんですよ」

 そう語りながら、スマホを操作する蒼くん。覗き見するつもりはなかったが、壁紙が少女とのツーショットだ。肩にかかるくらいの髪で、太陽のように明るい笑顔を見せている。二人ともイチゴのヘタを人差し指と親指で摘まみ、蒼くんは少し照れたように笑っている。

「蒼くんには恋人がいるのか?」
「はい。遠距離恋愛ですが。離れてると、会いたい気持ちが強くなるんですよね」

 まあそうだろう。嬉しいとき、悲しいとき、顔を見たくともすぐに会えぬのは、言葉にできぬつらさがあるだろう。

 ——情が湧いてしまえば、互いに不幸を招きます——

 ……わかっておる、バレットよ。

「サミュエルさんは、彼女いるんですか?」

 あんみつの食券を四枚購入し、俺は首を左右に振った。

「俺にはいない」

 執事は家庭を築く者もいるが、天使は独り身であることが多い。禁じられてはいないがミッションに追われ、恋愛に割く時間がない。これは上界での周知の事実だ。
 
 だが、俺は思う。時間など、作ろうと思えば作れるはずだ。結局のところ、多くの天使は使命にのめり込み、恋愛を後回しにしている。俺もまたその一人だ。任務を果たすことで満たされる日々。恋愛は「無くても困らぬもの」と、どこかおざなりにしているのだろう。もしも噂に聞く『運命の相手』とやらに出会えば、俺も変わるのだろうか?これは実に興味深い課題だ。

「サミュエルさん、優しいですから。カッコいいですし、憧れてる人も多そうですけどね」
 
 蒼くんは受け取ったおぼんにスマホを乗せ、俺を見上げて微笑んだ。真っ赤なさくらんぼ、ソフトクリーム、あんこに求肥、白玉、寒天。理想的で完璧なあんみつである。

「蒼くん、俺が持とう」
「じゃあ俺は麦茶を持っていきますね」

 我々の座卓から少し離れた位置で、遊が久美ちゃんと腰を下ろしている。あんみつを頬張る二人……久美ちゃんの笑顔につられ、緊張していた遊も白い歯を見せて笑っているぞ。いい雰囲気だ、そのままデートにこぎつけろ!

「サミュエルさんが、あんみつをごちそうしてくれたよ」

 俺と蒼くんは、じーちゃんとばーちゃんのもとへ。チラチラと遊が気になりつつも、俺はあんみつとスプーンを配った。

「まあ、サミュエルさんありがとう。あんみつ大好きなのよ」
「悪いねえ、サミュエルさん」
「いえいえ、とんでもない」

 こちらこそ世話になりっぱなしである。あんみつで返せる恩義ではない。そして、俺の馴染み具合も半端ない。いいのか?これで……。たびたび自問自答している。

 しかし、だ。今は目の前のあんみつに集中しよう。スプーンでバニラソフトをすくい、口に運ぶ。……うまあっ!白玉のもちもち具合、餡子の甘さ、どれも絶妙で止まらぬ!
 この求肥なるグリーンとピンクの物体。はたして、これもどう作っているんだろうか。バレットよ、生ドーナツに浮かれている場合ではないぞ。求肥も調査せよ!俺が味見係を務めてやるぞ!

「サミュエルさあーんっ!」

 ちょうど求肥を頬張ったところで、俺の背中に遊が飛びついてきた。

「久美先輩と、夏祭りに行くことになった! 一緒に花火を見るよ!」
「おお! よかったではないか!」

 蒼くん、そしてじーちゃんとばーちゃんが顔を見合わせ笑っている。遊が伝えずとも、久美ちゃんを好きなことは全員わかっているようだ。

「遊。じーちゃんは長年生きてきてな、久美って名前の子は可愛くて、いい子ばっかりだなあと」
「うふふ……」
「二人とも、サミュエルさんの前だよ?」

 苦笑いをして蒼くんがたしなめていたが、よくわからず。俺はあんみつをぺろりと食べ終わった。栃木の水のおかげか、澄んだ空気の相乗効果か。温泉地の休憩所の寒天すら、感動するほど旨いぞ。

「実はさ、ばーちゃんの名前も久美なんだ!」
「ああ、なるほど。それで……」

 遊が俺の腕にくっつき、すりすりしている。喜びの表現方法が猫である。俺は遊の頭を撫でると、美浜家の面々を眺めた。ばーちゃんが照れ笑いをし、じーちゃんは頭を掻き、蒼くんはスマホを操作し、俺の腕から離れた遊は、麦茶を一気に飲み干している。遊は水分を口に入れたら、最後まで飲まなければならないというミッションを自分に課しているのかもしれない。

 しかし、平和だ。絵に描いたような家族である。最近は数字が膨れ上がった人間ばかりを見ており、最強天使といえども、どこか疲弊していたように思う。ここにいると心が癒されていくぞ。

 しかし、そうのんきなことも言っていられん。早くミッションを見つけて果たせねば、俺は降格だ!

「サミュエルさんはさ、どこのホテルに泊まるの!?」

 遊が声を弾ませている。デートが決まり、舞い上がっているのが手に取るようにわかるぞ。

「これからバレットに、ホテルの情報を聞こうと思ってな」
「まあ! マジシャンには秘書がいらっしゃるの?」
「え? ははは……まあ……そのようなもので……」

 ばーちゃんの問いかけに、虚言がまた積み重なっていく。おわわわわわわわっ!

「決まってないならさ、俺の家に泊まればいいんじゃない!?」

 遊が茶色い瞳をキラキラと輝かせて提案した。……え?最強天使の俺が、栃木でホームステイ!?



 ——続く——
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