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最強天使、秘めた想い
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「美しい……!」
「本当ですね……」
「ちっちゃい頃よりも感動するなあ!」
足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を包み込む。まるで別次元に放り込まれたかのようだ。
果てしなく高い天井は上界の資料館を思わせる。淡い光が石壁を照らし、空間全体を幻想的に染め上げている。
地下神殿——その呼び名に違わぬ、威厳と神秘。圧巻の一言である。
「……音が反響して、まるでここ全体が楽器みたいですね」
力也くんがシャッターを押したあと、石壁をそっと指先でなぞった。ざらついた石の表面には採掘の跡が走り、過去と未来が密やかに共鳴しているようだ。
ここなら上界の図書館のモデルに相応しいだろう。
だが、この圧倒的な世界を、ラファエロや建築士たちに正確に伝えるのは容易ではない。うーむ、困ったものだ。
「……遊よ、スマホで何枚か写真を撮ってくれないか?」
「いいよ! じゃあ、こっち向いて笑って!」
「いや、このオーヤ資料館を撮って欲しいのだ。俺のスマホにはカメラ機能がなくてな」
「そうなの? オッケー!」
遊は石壁からほんの十センチほど下がり、スマホを構えてシャッターを連打した。……それではただの壁ドアップしか写らんぞ(笑顔)?
視線を巡らせると、力也くんは再び真剣な面持ちでカメラを構え、夢中でシャッターを切っていた。
「力也くんは、カメラが趣味なのか?」
「僕は絵を描くのが好きなんです」
なるほど。遊から聞いていた通り、アートに興味があるのだな。
「撮った写真を参考に絵を描くのか?」
「はい。カメラは叔父さんに借りました。僕、美大を目指していて、大学は東京に行く予定なんです」
力也くんの目線は、壁を撮る遊に向いていた。
「……遊って、本当にいい子で。サミュエルさんもそう思いませんか?」
「ああ、そうだな」
「僕の大切な友達です。だから、離れてしまうのが寂しくて」
力也くんはカメラの液晶に浮かぶ写真を確認する。そのセンスは確かで、借りたものとは思えぬほどだ。
「僕が東京に行っても、遊とまた再会したいな……」
「友達は、ずっと友達だ。案ずるな」
「ふふふ。サミュエルさんって、いい人ですね」
遊が綺麗なフォームで走り寄ってくる。
「力也せんぱあーい! スマホでたくさん撮ったんですけど、どうですか!?」
「……僕には、ただの石壁しか見えないんだけれど」
力也くんが苦笑いしている。むしろ俺は、力也くんが撮った写真が欲しい件。
「あとさ、この資料館の横にカフェがあって、そこでアイス……」
言いかけた遊が一点に釘付けになる。そこには大学生らしき男女が、照れくさそうに向かい合っていた。
「ふふふ。遊もいつか、あんなふうに久美ちゃんに告白するのかな?」
「……えっ! 力也先輩、なんで俺が久美ちゃんを好きなの知ってるんですか!?」
遊があわあわしている。いや、誰が見てもわかるだろう、あれは。
——どれどれ。青年が遠慮気味に背中へ手を回し、繋ぎたいのに勇気が出ないようだ。
俺はウィンドブレーカーのポケットに指先を滑らせ、雫の模様を描いた。
ほのかな光がオーヤ資料館の天井に広がり、少女の手のひらへと一粒の雫が舞い降りる。
*** パアアアアッ! ***
それをきっかけに、青年はそっと少女の手を取り、エスコートするように歩き出した。
ははは。なんとも爽やかだ。青春、バンザイ!弾けろ、パッs(自重)。
「うまくいったみたい……ですね?」
微笑んだ力也くんの視線が、俺のポケットに向く。
「サミュエルさん。スマホでしょうか? 光ってますよ」
魔法の煌めきが透けて見えてしまった。暗がりでは余計に目立つ。
「とっても綺麗ですね。ポケット越しでも、オーロラのように輝くなんて……」
「……のちほど確かめるとしよう。遊よ、今度はもう少し引きで撮ってくれ。ここは聖堂のようで壮麗だからな」
「うんっ!」
背中を反らせて、遊が連射で撮影する。……「引き」という意味が伝わらないのか?
「サミュエルさん、そして遊。とても楽しい時間をありがとうございました」
オーヤ資料館を出ると、外の空気はうだるような暑さに包まれていた。眩しい太陽が頭上を照らしている。
「まるで異世界のようだったな……」
「はい。どちらが本当の世界なんでしょうか?」
「え?」
立ち止まった俺に、力也くんが穏やかに微笑む。
「今までいた地下神殿と、緑鮮やかなこの地上と。どちらが現実なのか、わからなくなりますね?」
「……その通りだな」
感受性豊かな青年である。そんな力也くんを、遊がニコニコと見つめている。
緑豊かな山並み、蝉の声、熱風にざわめく木々——
ここは下界なのか、それとも上界なのか。俺でさえ判断がつかなくなるほどだ。
「貴重な経験をさせてもらった。こちらこそありがとう、力也くん。そして、遊」
「俺も楽しかったあ!」
オーヤ資料館。これまで数多の名所を訪れた中でも、ここはひときわ惹かれる場所だ。
「……ぜひ、また訪れたい」
「地下神殿も、サミュエルさんを待ってると思いますよ」
「俺もそう思うなあ! 来年もさ、三人でまた来ようよ!」
遊よ。
「うむ、そうだな……」
——俺も心の奥で、同じ願いを抱いている。
——続く——
「本当ですね……」
「ちっちゃい頃よりも感動するなあ!」
足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を包み込む。まるで別次元に放り込まれたかのようだ。
果てしなく高い天井は上界の資料館を思わせる。淡い光が石壁を照らし、空間全体を幻想的に染め上げている。
地下神殿——その呼び名に違わぬ、威厳と神秘。圧巻の一言である。
「……音が反響して、まるでここ全体が楽器みたいですね」
力也くんがシャッターを押したあと、石壁をそっと指先でなぞった。ざらついた石の表面には採掘の跡が走り、過去と未来が密やかに共鳴しているようだ。
ここなら上界の図書館のモデルに相応しいだろう。
だが、この圧倒的な世界を、ラファエロや建築士たちに正確に伝えるのは容易ではない。うーむ、困ったものだ。
「……遊よ、スマホで何枚か写真を撮ってくれないか?」
「いいよ! じゃあ、こっち向いて笑って!」
「いや、このオーヤ資料館を撮って欲しいのだ。俺のスマホにはカメラ機能がなくてな」
「そうなの? オッケー!」
遊は石壁からほんの十センチほど下がり、スマホを構えてシャッターを連打した。……それではただの壁ドアップしか写らんぞ(笑顔)?
視線を巡らせると、力也くんは再び真剣な面持ちでカメラを構え、夢中でシャッターを切っていた。
「力也くんは、カメラが趣味なのか?」
「僕は絵を描くのが好きなんです」
なるほど。遊から聞いていた通り、アートに興味があるのだな。
「撮った写真を参考に絵を描くのか?」
「はい。カメラは叔父さんに借りました。僕、美大を目指していて、大学は東京に行く予定なんです」
力也くんの目線は、壁を撮る遊に向いていた。
「……遊って、本当にいい子で。サミュエルさんもそう思いませんか?」
「ああ、そうだな」
「僕の大切な友達です。だから、離れてしまうのが寂しくて」
力也くんはカメラの液晶に浮かぶ写真を確認する。そのセンスは確かで、借りたものとは思えぬほどだ。
「僕が東京に行っても、遊とまた再会したいな……」
「友達は、ずっと友達だ。案ずるな」
「ふふふ。サミュエルさんって、いい人ですね」
遊が綺麗なフォームで走り寄ってくる。
「力也せんぱあーい! スマホでたくさん撮ったんですけど、どうですか!?」
「……僕には、ただの石壁しか見えないんだけれど」
力也くんが苦笑いしている。むしろ俺は、力也くんが撮った写真が欲しい件。
「あとさ、この資料館の横にカフェがあって、そこでアイス……」
言いかけた遊が一点に釘付けになる。そこには大学生らしき男女が、照れくさそうに向かい合っていた。
「ふふふ。遊もいつか、あんなふうに久美ちゃんに告白するのかな?」
「……えっ! 力也先輩、なんで俺が久美ちゃんを好きなの知ってるんですか!?」
遊があわあわしている。いや、誰が見てもわかるだろう、あれは。
——どれどれ。青年が遠慮気味に背中へ手を回し、繋ぎたいのに勇気が出ないようだ。
俺はウィンドブレーカーのポケットに指先を滑らせ、雫の模様を描いた。
ほのかな光がオーヤ資料館の天井に広がり、少女の手のひらへと一粒の雫が舞い降りる。
*** パアアアアッ! ***
それをきっかけに、青年はそっと少女の手を取り、エスコートするように歩き出した。
ははは。なんとも爽やかだ。青春、バンザイ!弾けろ、パッs(自重)。
「うまくいったみたい……ですね?」
微笑んだ力也くんの視線が、俺のポケットに向く。
「サミュエルさん。スマホでしょうか? 光ってますよ」
魔法の煌めきが透けて見えてしまった。暗がりでは余計に目立つ。
「とっても綺麗ですね。ポケット越しでも、オーロラのように輝くなんて……」
「……のちほど確かめるとしよう。遊よ、今度はもう少し引きで撮ってくれ。ここは聖堂のようで壮麗だからな」
「うんっ!」
背中を反らせて、遊が連射で撮影する。……「引き」という意味が伝わらないのか?
「サミュエルさん、そして遊。とても楽しい時間をありがとうございました」
オーヤ資料館を出ると、外の空気はうだるような暑さに包まれていた。眩しい太陽が頭上を照らしている。
「まるで異世界のようだったな……」
「はい。どちらが本当の世界なんでしょうか?」
「え?」
立ち止まった俺に、力也くんが穏やかに微笑む。
「今までいた地下神殿と、緑鮮やかなこの地上と。どちらが現実なのか、わからなくなりますね?」
「……その通りだな」
感受性豊かな青年である。そんな力也くんを、遊がニコニコと見つめている。
緑豊かな山並み、蝉の声、熱風にざわめく木々——
ここは下界なのか、それとも上界なのか。俺でさえ判断がつかなくなるほどだ。
「貴重な経験をさせてもらった。こちらこそありがとう、力也くん。そして、遊」
「俺も楽しかったあ!」
オーヤ資料館。これまで数多の名所を訪れた中でも、ここはひときわ惹かれる場所だ。
「……ぜひ、また訪れたい」
「地下神殿も、サミュエルさんを待ってると思いますよ」
「俺もそう思うなあ! 来年もさ、三人でまた来ようよ!」
遊よ。
「うむ、そうだな……」
——俺も心の奥で、同じ願いを抱いている。
——続く——
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