最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト

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最強天使、光のギフト

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「綺麗にできたあ!」

 仕上がったキーホルダーを指に引っ掛け、ぶんぶん振り回しながら遊は砂利道をスキップした。完成した直後に壊してしまいそうでハラハラする件。

 俺は青と水色のガラスを選び、グラデーションの蝶を仕上げた。遊がかつて目にしたあの蝶を模したのだが、色合いはかなり近づけたのではないか。
 もっとも、天を彩るオーロラの輝きは、この手には映しきれぬが。

「……あの、本当に甘えてしまってよろしいんでしょうか?」

 力也くんが遠慮がちに上目遣いで問いかける。

「気にするでない。サンドブラストもよい体験になるといいな」
「サミュエルさん、ありがとうございます」
「ははは。どの柄にするのか、もう決めたのか?」
「はい。『天使』があればいいなって」

 砂利道につまづき、危うく転びそうになった。

「大丈夫ですか?」
「……あ、ああ。いろいろ見てから決めるといい」

 我々より少し先に歩いていた蒼くんが、電話を終えて戻ってきた。

「しのぶ、俺がキーホルダーなくしたの知ってました」
 
 苦笑いしながら肩をすぼめる。レディの直感は侮れぬな。

「そろそろパイプオルガンの演奏が始まるようなので、行きましょうか?」
「うむ」
「サミュエルさん」

 蒼くんが俺を見上げ、微笑んだ。

のパイプオルガンの演奏も、感動するので。楽しんでください」

 ……ここ、とは。

 蒼くんが教会の扉を押し開けると、厳格な空気が肌を包んだ。通路の両脇や祭壇にはキャンドルが灯り、静かな炎が空間を揺らしている。
 足音は、まるでコンサートの前奏のように響いていた。

 ——戻ってきたのか?

 つい上界を思い出してしまう。少しだけ早く舞い戻ったような錯覚だ。

 差し込む外光がステンドグラスを透かし、床や壁に赤や青、緑の光を散りばめている。
 光を受けてこそ、ガラスは美を宿す。人もまた同じだ。誰かの思いやりに照らされ、そしてまた誰かを照らすからこそ——

 心の色彩は、豊かに輝きだすのだ。

「サミュエルさん、これ」

 遊が俺の手のひらに、星形のキーホルダーをそっと置いた。
 色とりどりの輝きが反射し、教会全体がその小さな光を包み込む。

「俺さ、結構うまくない?」 

 白い歯を見せてニッと笑う遊は、ステンドグラスに描かれた天使そのものだ。

「ああ、上手だな」

 俺も蝶のキーホルダーを遊に渡した。遊が嬉しそうに眺めている。

 ——俺が上界に戻っても、その輝きを失わぬままでいてくれ。
 
 お互いの手に残る土産として、どうか消えぬままで。
 俺だけギフトを受け取るなど、なんともアンフェアではないか。

「演奏、始まるね?」
「そうだな」

 視線を横にやると、力也くんはまっすぐ前を見据えていた。
 さらさらの黒髪。色白の肌。黒い瞳の奥が、どこか霞むように揺れている。

「力也くん。だいじか?」
「……え? あ、はい」
 
 安心させるように笑ったその表情の裏には、言葉にできぬ影が潜んでいるように思えた。

 その向こうで、蒼くんと目が合う。
 相変わらず俺をじっと見つめている。

 ——何か……気づいているのか?蒼くん。

 ♬——

 荘厳そうごんな音が空間を満たす。パイプオルガンの低音は生命の鼓動のように深く、高音は天使のはしごのように神々しい。

 天井や壁に反響し、胸の奥底まで揺さぶられる。俺は目を閉じ、全身でその音を受け止めた。

 温泉、遊園地、バイト、ブルーベリーファーム、資料館、部活、美術館……。
 この一ヶ月、どれほど濃く、数え切れぬ思い出を重ねてきたことか。

 明日は夏祭りと花火大会、そして遊の告白。——これ以上ない幕締めが待っている。

 それが、俺と遊の最後の光となるだろう。

「……俺さ、感動して泣きそうだった」

 演奏が終わると同時に、遊が俺の腕にすり寄ってきた。遊はどうやら感動しやすい性分のようだ。 

 立ち上がってふと力也くんの頭上を見ると、【数字】が明滅を繰り返している。胸に何か大きなものが触れた証だ。
 よいぞ、力也くん。

「俺さ、サンドブラストで作るコップ、久美ちゃんにあげてもいい?」

 遊が無邪気に俺のTシャツを引っ張る。力也くん同様に、愛のある青年だ。

「もちろんだ。きっと喜ぶだろう」
「……俺も、しのぶにあげようかな。キーホルダーのお詫びで」
「ははは。きっと許してくれるだろう」

 邸内を巡り、ステンドグラスのランプもじっくりと眺めて、再び工房へ。
 
 サンドブラスト体験は単純かと思いきや、集中力を要する細かい作業で、気づけば全員が無言になっていた。

「ふふふっ……」

 力也くんが堪えきれず笑った。

「みんな無言だから、なんだかおかしくって」
「確かに! 俺、歌いましょうか?」
「遊……ほかにも人いるから」

 完成したそれぞれのグラス。遊はプリンセスをモチーフに、蒼くんは猫、力也くんは薔薇。俺は……さすがに天使アピールは避け、星を選んだ。

 魔法を使わずに自らの手で生み出すものは、不思議と愛おしい。手間暇はかかるが確かな存在感を放つ。

「『これあげるよ!』っと!」
 
 遊が写真を撮り、メッセージを打っている。

「遊よ」
「うんっ?」
「サプライズにはせず、久美ちゃんに伝えるのか?」

 遊は思い切り口を開けたまま固まった。

「……思いつかなかった! しかも、写真もう送っちゃった!」

 力也くんと蒼くんが顔を見合わせ、同時に吹き出した。
 やはり、遊はどこまでも遊である。

 だがその無邪気さこそ、知らぬうちに誰かの心を照らし続けているのだ。



 ——続く——
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