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最強天使、空気と化す
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俺は黒のサングラスを、遊はブルーのサングラスをかけ、力也くんとの待ち合わせに向けて家を出発した。遊はご機嫌に、ヴィヴァルディの『春』を口笛で吹いている。季節感がおかしい。
蒼くんはデートだそうだ。しのぶちゃんは日光での一泊旅行のあと、東京に戻るらしい。月末まで栃木にいるのかと思っていたが、バイトもそう長くは休めないようで——。
「しのぶ、就職は栃木でするんです。もう内定貰ってて」
「おお、そうなのか! では、もう少しの辛抱だな?」
「はい」
今朝、食器をシンクに運びながら嬉しそうに笑う蒼くんが印象的であった。
遊の恋も上手くいくことを願いながら、俺はじりじりと照りつける太陽を見上げた。黒のTシャツに、汗がにじみ始めている。今日も猛暑日だろう。
「遊よ。リュックをこちらへ」
創作したウィンドブレーカーと、遊の白いパーカーが入っている。代わりに持とうとしたが、遊は肩ひもを握ると首をぶんぶん左右に振った。
「だいじ! サミュエルさんがこれ背負ったらさ、背中にピスタチオくっついてるみたいになっちゃうから! へへっ!」
…………。
よくわからなかった(率直)。
大きさの比率といい本当に理系なのかと問いたくなるが、まず彼のリュックはピスタチオカラーではなく、どう見ても黒である。いろいろ混乱するが、これだけは言えよう。
遊は、本日も遊である。
蜃気楼のように遠くが揺らめくアスファルトの上で、バスがゆっくりと到着した。冷房の効いた涼しい車内にほっとしつつ、一番後ろの席で揺られながら、ふと窓の外を見る。
次の停留所で、日傘をさし、首からカメラをぶら下げた青年が一人立っている。太陽に見守られていたのは、淡いグレーのTシャツを着た力也くんだ。
「あっ! 力也せんぱあーい!」
「ふふふ」
乗車した力也くんもリュックを背負っている。防寒具はきちんと持ってきた様子だ。さらさらの黒髪、その上に浮かぶ数字は……【94】だ!おお、順調に減っているぞ!
「おはようございまーす! 会いたかったあ!」
「僕もだよ?」
「力也せんぱあーい!」
力也先輩愛が止まらぬ遊に、バスの乗客も思わず笑っている。力也くんも恥ずかしそうだ。
遊は誰に対しても壁がない。周りを笑顔にし、幸せを振りまく。レディには、とりわけ久美ちゃんには緊張してしまうようだが、遊の愛嬌は天性のものだろう。
「サミュエルさん、おはようございます」
「おはよう。力也くん、よいぞ。その調子だ」
「えっ?」
力也くんが首を傾げ、まばたきを繰り返した。
「いや……窓際に座りたまえ」
「ありがとうございます」
腰を下ろした力也くんは、窓を少しだけ開けた。
屋形船での、あの晴れやかな表情。弱々しい光だったが、数字の明滅はやはり減少を示唆していたのだろう。
なんと良き一日の始まりだろうか。バレットよ、見ているか?お前の言った通りだ、彼を信じようではないか——。
「ねえねえ! サミュエルさんはオムライス食ったことある!?」
余韻、ぶち壊しな件。いつもながらどういう流れだ……?ピスタチオリュックの謎も解けておらぬというのに。ピスタチオリュックとはなんだ。
「オムライスは、俺が大好きな日本料理のひとつだ」
英語の直訳風になったが、ケチャップで染まったチキンライスを卵で抱きしめるとは、なんと独創的なアイディアだろうか。
「よかったあ! 資料館にカフェが併設されててさ、そこってオムライスが人気なんだよね!」
な、なんと……!思考を深める空間の近くで、オムライスを提供するとは!上界にはない発想だ。ファンタスティック、栃木!
これはいいことを知ったぞ。再建する図書館にも、ぜひカフェを作ろうではないか。そこで洒落たランチができるとあらば、敬遠されている今の状況から脱却できるだろう。バレットからラファエロへ、伝達を頼まねば。
「遊よ。では、そこで昼食にしようではないか」
「僕も気になってたので嬉しいです」
「力也せんぱあーい! 一緒に食べましょうね!」
俺は?
空気と化した最強天使はさておき、老舗の洋食店で味わったオムライスを思い出す。バター香る卵の表面に、心電図のように描かれたケチャップ。スプーンの背で広げ、ぱくりと一口味わった途端……その旨さにひっくり返りそうになったのを覚えている。
「見て! これだよ!」
遊が差し出したスマホの画像には、デミグラスソースがかかったトロトロ卵のオムライスが映っていた。まるでドレスのように、ふんわりと皿に広がるとろける卵。これをスプーンですくって味わえば、至福以外の言葉では表せんだろう!
「この手のオムライスを食べるのは初めてなんだ。知ってはいたが、どうにも店に入りづらくてな——」
東京某所。白とピンクが溢れ、猫脚のテーブルに、王女が座りそうな背もたれの高いベロア調の椅子。レディたちの笑い声が響く店内を窓ガラスから覗き、バレットと共に回れ右したのを覚えている。
「え? なんで入りづらいの?」
遊が目をまん丸にしている。なんでって……ま、まあ、お前にはわからぬか。気まずい、ただそれだけの理由だ。
しかし、今日はマスコットのような遊と、艶めく力也くんと三人である。バレットに恨まれそうだが、彼もいまは休暇中だ。羨ましく思うならば、ローザと共にあの店へ向かい、トロトロオムライスを存分に頬張ってくれ。
「あ、着いたよ! 上着、もう準備しておいたほうがいいかなあ?」
「ははは。まだ早いだろう」
「遊はせっかちさんだね?」
バスを降りた我々は、そんなやりとりをしながら地下神殿へ向かった。入口近くには大きな岩山がいくつもそびえ、すでにその壮大さを物語っていたのだが——。
その空間は、俺の想像をはるかに超える異次元のものであった。
——続く——
読んでくださりありがとうございます!毎日更新を継続していますので、応援よろしくお願いします!壮大な地下神殿の続きをご覧ください!^^
蒼くんはデートだそうだ。しのぶちゃんは日光での一泊旅行のあと、東京に戻るらしい。月末まで栃木にいるのかと思っていたが、バイトもそう長くは休めないようで——。
「しのぶ、就職は栃木でするんです。もう内定貰ってて」
「おお、そうなのか! では、もう少しの辛抱だな?」
「はい」
今朝、食器をシンクに運びながら嬉しそうに笑う蒼くんが印象的であった。
遊の恋も上手くいくことを願いながら、俺はじりじりと照りつける太陽を見上げた。黒のTシャツに、汗がにじみ始めている。今日も猛暑日だろう。
「遊よ。リュックをこちらへ」
創作したウィンドブレーカーと、遊の白いパーカーが入っている。代わりに持とうとしたが、遊は肩ひもを握ると首をぶんぶん左右に振った。
「だいじ! サミュエルさんがこれ背負ったらさ、背中にピスタチオくっついてるみたいになっちゃうから! へへっ!」
…………。
よくわからなかった(率直)。
大きさの比率といい本当に理系なのかと問いたくなるが、まず彼のリュックはピスタチオカラーではなく、どう見ても黒である。いろいろ混乱するが、これだけは言えよう。
遊は、本日も遊である。
蜃気楼のように遠くが揺らめくアスファルトの上で、バスがゆっくりと到着した。冷房の効いた涼しい車内にほっとしつつ、一番後ろの席で揺られながら、ふと窓の外を見る。
次の停留所で、日傘をさし、首からカメラをぶら下げた青年が一人立っている。太陽に見守られていたのは、淡いグレーのTシャツを着た力也くんだ。
「あっ! 力也せんぱあーい!」
「ふふふ」
乗車した力也くんもリュックを背負っている。防寒具はきちんと持ってきた様子だ。さらさらの黒髪、その上に浮かぶ数字は……【94】だ!おお、順調に減っているぞ!
「おはようございまーす! 会いたかったあ!」
「僕もだよ?」
「力也せんぱあーい!」
力也先輩愛が止まらぬ遊に、バスの乗客も思わず笑っている。力也くんも恥ずかしそうだ。
遊は誰に対しても壁がない。周りを笑顔にし、幸せを振りまく。レディには、とりわけ久美ちゃんには緊張してしまうようだが、遊の愛嬌は天性のものだろう。
「サミュエルさん、おはようございます」
「おはよう。力也くん、よいぞ。その調子だ」
「えっ?」
力也くんが首を傾げ、まばたきを繰り返した。
「いや……窓際に座りたまえ」
「ありがとうございます」
腰を下ろした力也くんは、窓を少しだけ開けた。
屋形船での、あの晴れやかな表情。弱々しい光だったが、数字の明滅はやはり減少を示唆していたのだろう。
なんと良き一日の始まりだろうか。バレットよ、見ているか?お前の言った通りだ、彼を信じようではないか——。
「ねえねえ! サミュエルさんはオムライス食ったことある!?」
余韻、ぶち壊しな件。いつもながらどういう流れだ……?ピスタチオリュックの謎も解けておらぬというのに。ピスタチオリュックとはなんだ。
「オムライスは、俺が大好きな日本料理のひとつだ」
英語の直訳風になったが、ケチャップで染まったチキンライスを卵で抱きしめるとは、なんと独創的なアイディアだろうか。
「よかったあ! 資料館にカフェが併設されててさ、そこってオムライスが人気なんだよね!」
な、なんと……!思考を深める空間の近くで、オムライスを提供するとは!上界にはない発想だ。ファンタスティック、栃木!
これはいいことを知ったぞ。再建する図書館にも、ぜひカフェを作ろうではないか。そこで洒落たランチができるとあらば、敬遠されている今の状況から脱却できるだろう。バレットからラファエロへ、伝達を頼まねば。
「遊よ。では、そこで昼食にしようではないか」
「僕も気になってたので嬉しいです」
「力也せんぱあーい! 一緒に食べましょうね!」
俺は?
空気と化した最強天使はさておき、老舗の洋食店で味わったオムライスを思い出す。バター香る卵の表面に、心電図のように描かれたケチャップ。スプーンの背で広げ、ぱくりと一口味わった途端……その旨さにひっくり返りそうになったのを覚えている。
「見て! これだよ!」
遊が差し出したスマホの画像には、デミグラスソースがかかったトロトロ卵のオムライスが映っていた。まるでドレスのように、ふんわりと皿に広がるとろける卵。これをスプーンですくって味わえば、至福以外の言葉では表せんだろう!
「この手のオムライスを食べるのは初めてなんだ。知ってはいたが、どうにも店に入りづらくてな——」
東京某所。白とピンクが溢れ、猫脚のテーブルに、王女が座りそうな背もたれの高いベロア調の椅子。レディたちの笑い声が響く店内を窓ガラスから覗き、バレットと共に回れ右したのを覚えている。
「え? なんで入りづらいの?」
遊が目をまん丸にしている。なんでって……ま、まあ、お前にはわからぬか。気まずい、ただそれだけの理由だ。
しかし、今日はマスコットのような遊と、艶めく力也くんと三人である。バレットに恨まれそうだが、彼もいまは休暇中だ。羨ましく思うならば、ローザと共にあの店へ向かい、トロトロオムライスを存分に頬張ってくれ。
「あ、着いたよ! 上着、もう準備しておいたほうがいいかなあ?」
「ははは。まだ早いだろう」
「遊はせっかちさんだね?」
バスを降りた我々は、そんなやりとりをしながら地下神殿へ向かった。入口近くには大きな岩山がいくつもそびえ、すでにその壮大さを物語っていたのだが——。
その空間は、俺の想像をはるかに超える異次元のものであった。
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