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最強天使、日本最大級の光の旅路へ
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八月三十日。美浜家にしては遅い朝食を終え、俺はいつも通り食器を洗う。
「明日の夏祭り楽しみだなあ!」
遊がカレンダーに赤いペンで大きなバツ印を刻むたび、俺は視線をどこか遠くへ逸らしていたのだろうか。実感が湧かぬまま、時間だけが先に進んでしまったようだ。
あまりに早いではないか——。
流星のスピードで上界へ戻った瞬間、遊たちの記憶から、俺の存在は跡形もなく消える。
そのことを伝えられぬまま、とうとうここまできてしまった。告げるべきか、黙して去るべきか。答えの出ぬままだ。
「力也先輩、明日は朝から東京に行くらしくてさ!」
「うむ……。オオヤ歴史資料館のカフェで聞いたぞ」
「そうだっけ? だから今日さ、一緒に出掛けようよ!」
俺は蛇口の水を止め、タオルで手を拭いた。あの時、遊はやはり話を聞いていなかったようだ。感傷的になっていたが、つい笑ってしまうぞ。
「それでさ、ステンドグラスミュージアムに行こうかなあって。力也先輩、好きそうだしさ!」
「おや、栃木にはステンドグラスの美術館があるのか」
上界にはありふれたものだが、下界で出会えばまた別の趣きがある。光を浴びてその色を投影するガラスは、なんとも言えぬ美しさを帯びているのだ。
「那須にあるんだけどさ。ステンドグラスの美術館としては、日本最大級の大きさなんだよ!」
「な、なにっ!?」
あしかがフラワーランドに続き、国内トップをかざる勲章がまだ残されていたとは……!隠し玉のようにちらちらと新しい顔を見せる地——その名は、栃木だ!
「見て見て! パイプオルガンの演奏も聴けるんだよ!」
スマホに映し出された画像を覗き込む。イギリスの古い教会を思わせる、厳かな建物だ。懐かしさを覚えるレンガの色合いに、陽光が絵画のようなステンドグラスを照らしている。天井は、パイプオルガンの音色が反響するであろう高さだ。祭壇に向かって規則正しく長椅子が並べられている。
おや。芝生が敷き詰められた中庭もあるようだ。なんと趣のある美術館だろうか。
「とてもではないが、一ヶ月では足りぬ……」
この地にはまだまだ、訪れるべき名所があるようだ——。
「秋もここに来てよ! あ、でも冬休みがいいかなあ。長いお休みだったらさ、またたくさん遊べるもんね!?」
——遊と共に、巡りたいのだ。
はしゃぎ声が聞こえたのか、蒼くんがリビングへ顔を出した。着替えも終えており、すぐにでも出発できる状態だ。
「俺、車出しますよ」
「蒼くん、いつも運転をありがとう」
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出した蒼くんは、グラスになみなみと注いだ。珍しく、遊のように一気に飲み干している。
「まあ、男四人でステンドグラスミュージアムって浮きますけどね」
「ははは。観覧車メンバーの再集結だな?」
「遊、部屋の鍵ちゃんと確認しろよ」
「はーい!」
観覧車のくだりは華麗にスルーされた件。美浜兄弟からたびたび空気扱いをされる最強天使である。
家をあとにし、晴天の空を眺める。どこか日差しの角度が変わったようだ。そろそろ、この厳しい暑さも終盤戦だろうか。
「何か音楽でもかけますか?」
車に乗り込み、遊の隣に腰を下ろす。常に誰かの話し声が弾け、笑い声が響く車内だ。今まで音楽をかけたことなどなかったのだが——。
気のせいだろうか。今日の蒼くんは、どこか様子が違うようだ。
「にーちゃんさ、俺が口笛吹くよ!」
「遊、最近ずっと春ばっかり吹いてるのはなんなんだよ……?」
蒼くんも気になっていたらしい。
結局、遊のデタラメな口笛を聴きながら、車は出発。少し走ると、こちらに向かって歩いてくる力也くんの姿があった。笑顔で手を振っている。
「力也せんぱあーい! 会いたかったあ!」
「ふふふ。おはよう、遊」
力也くんは一番後ろのシートに腰を下ろし、シートベルトを締めた。頭上の数字は【94】である。
ステイ。悪くはないが、初めて出会った日から一ヶ月経たずして【2】を減少させたにも関わらず、そこから変化が見えぬ。
俺が力也くんと過ごせるのは今日が最後だ。なんとかして、彼の数字を——。
「サミュエルさん、どうかしましたか?」
漆黒の瞳に問われ、俺は手のひらを振ってごまかした。
「力也くん、美術館を満喫しようではないか」
「はい。工房があって、いろんな体験もできるみたいです。僕、ステンドグラスのキーホルダーを作りたくて……」
手作りの光か。オオヤ歴史資料館もそうだが、栃木は五感で楽しむことを得意としているようだ。
「力也くん。その体験は、俺からのギフトにしてもよいか?」
「えっ?」
力也くんがまばたきを繰り返した。どうやらこれは、驚いたときの彼の癖のようだ。
「あの、僕、二つ作ろうと思ってたんですが……」
「ははは。気にするでない。遊と蒼くんも、ぜひ体験を楽しんでくれ」
「わーい! 俺はさ、天使があったらサミュエルさんみたいな——ぶっふぉおッ!」
遊は両手で自分の口を塞ぐと、しまった!という表情で俺を見つめた。
遊よ。気づいているか?
ほぼ毎回、言いきってしまっていることを(笑顔)。
——続く——
読んでくださりありがとうございます!物語はいよいよ大詰めになってきました。構成上、世界観を保つためにお礼のコメントが少しづつ減っていくかと思いますが、いつも心から感謝しています。
近況ボードでは変わらずに、ありがとうの気持ちを叫ばせてください(笑)
引き続き、最強天使の物語をお楽しみください!投票やいいね、お気に入り登録や感想での応援もお待ちしています!!
「明日の夏祭り楽しみだなあ!」
遊がカレンダーに赤いペンで大きなバツ印を刻むたび、俺は視線をどこか遠くへ逸らしていたのだろうか。実感が湧かぬまま、時間だけが先に進んでしまったようだ。
あまりに早いではないか——。
流星のスピードで上界へ戻った瞬間、遊たちの記憶から、俺の存在は跡形もなく消える。
そのことを伝えられぬまま、とうとうここまできてしまった。告げるべきか、黙して去るべきか。答えの出ぬままだ。
「力也先輩、明日は朝から東京に行くらしくてさ!」
「うむ……。オオヤ歴史資料館のカフェで聞いたぞ」
「そうだっけ? だから今日さ、一緒に出掛けようよ!」
俺は蛇口の水を止め、タオルで手を拭いた。あの時、遊はやはり話を聞いていなかったようだ。感傷的になっていたが、つい笑ってしまうぞ。
「それでさ、ステンドグラスミュージアムに行こうかなあって。力也先輩、好きそうだしさ!」
「おや、栃木にはステンドグラスの美術館があるのか」
上界にはありふれたものだが、下界で出会えばまた別の趣きがある。光を浴びてその色を投影するガラスは、なんとも言えぬ美しさを帯びているのだ。
「那須にあるんだけどさ。ステンドグラスの美術館としては、日本最大級の大きさなんだよ!」
「な、なにっ!?」
あしかがフラワーランドに続き、国内トップをかざる勲章がまだ残されていたとは……!隠し玉のようにちらちらと新しい顔を見せる地——その名は、栃木だ!
「見て見て! パイプオルガンの演奏も聴けるんだよ!」
スマホに映し出された画像を覗き込む。イギリスの古い教会を思わせる、厳かな建物だ。懐かしさを覚えるレンガの色合いに、陽光が絵画のようなステンドグラスを照らしている。天井は、パイプオルガンの音色が反響するであろう高さだ。祭壇に向かって規則正しく長椅子が並べられている。
おや。芝生が敷き詰められた中庭もあるようだ。なんと趣のある美術館だろうか。
「とてもではないが、一ヶ月では足りぬ……」
この地にはまだまだ、訪れるべき名所があるようだ——。
「秋もここに来てよ! あ、でも冬休みがいいかなあ。長いお休みだったらさ、またたくさん遊べるもんね!?」
——遊と共に、巡りたいのだ。
はしゃぎ声が聞こえたのか、蒼くんがリビングへ顔を出した。着替えも終えており、すぐにでも出発できる状態だ。
「俺、車出しますよ」
「蒼くん、いつも運転をありがとう」
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出した蒼くんは、グラスになみなみと注いだ。珍しく、遊のように一気に飲み干している。
「まあ、男四人でステンドグラスミュージアムって浮きますけどね」
「ははは。観覧車メンバーの再集結だな?」
「遊、部屋の鍵ちゃんと確認しろよ」
「はーい!」
観覧車のくだりは華麗にスルーされた件。美浜兄弟からたびたび空気扱いをされる最強天使である。
家をあとにし、晴天の空を眺める。どこか日差しの角度が変わったようだ。そろそろ、この厳しい暑さも終盤戦だろうか。
「何か音楽でもかけますか?」
車に乗り込み、遊の隣に腰を下ろす。常に誰かの話し声が弾け、笑い声が響く車内だ。今まで音楽をかけたことなどなかったのだが——。
気のせいだろうか。今日の蒼くんは、どこか様子が違うようだ。
「にーちゃんさ、俺が口笛吹くよ!」
「遊、最近ずっと春ばっかり吹いてるのはなんなんだよ……?」
蒼くんも気になっていたらしい。
結局、遊のデタラメな口笛を聴きながら、車は出発。少し走ると、こちらに向かって歩いてくる力也くんの姿があった。笑顔で手を振っている。
「力也せんぱあーい! 会いたかったあ!」
「ふふふ。おはよう、遊」
力也くんは一番後ろのシートに腰を下ろし、シートベルトを締めた。頭上の数字は【94】である。
ステイ。悪くはないが、初めて出会った日から一ヶ月経たずして【2】を減少させたにも関わらず、そこから変化が見えぬ。
俺が力也くんと過ごせるのは今日が最後だ。なんとかして、彼の数字を——。
「サミュエルさん、どうかしましたか?」
漆黒の瞳に問われ、俺は手のひらを振ってごまかした。
「力也くん、美術館を満喫しようではないか」
「はい。工房があって、いろんな体験もできるみたいです。僕、ステンドグラスのキーホルダーを作りたくて……」
手作りの光か。オオヤ歴史資料館もそうだが、栃木は五感で楽しむことを得意としているようだ。
「力也くん。その体験は、俺からのギフトにしてもよいか?」
「えっ?」
力也くんがまばたきを繰り返した。どうやらこれは、驚いたときの彼の癖のようだ。
「あの、僕、二つ作ろうと思ってたんですが……」
「ははは。気にするでない。遊と蒼くんも、ぜひ体験を楽しんでくれ」
「わーい! 俺はさ、天使があったらサミュエルさんみたいな——ぶっふぉおッ!」
遊は両手で自分の口を塞ぐと、しまった!という表情で俺を見つめた。
遊よ。気づいているか?
ほぼ毎回、言いきってしまっていることを(笑顔)。
——続く——
読んでくださりありがとうございます!物語はいよいよ大詰めになってきました。構成上、世界観を保つためにお礼のコメントが少しづつ減っていくかと思いますが、いつも心から感謝しています。
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