66 / 72
最強天使、ステンドグラスの約束
しおりを挟む
車は那須方面を目指し、渋滞にはまることなく順調に道を進んだ。
美浜家と温泉地に向かったあの日とは、全てが異なるようだ。広がる秋の気配がどこか切なさを帯びている。朝からずっと、夕焼けが続いているように見えるのだ。
そう感じるのは、俺だけだろうか——?
「名残惜しいな……」
車を降りると、近くには立派な教会がそびえていた。青々しい緑の匂いが、ふっと辺りを満たす。那須の空気はほんの少し冷たいようだが、これも季節の移ろいによるものだろうか。
「サミュエルさんさ、さっきなんて言ったの?」
たった一ヶ月。そう言ってしまえば、それまでなのだろう。だが、共に過ごした時間に、長いも短いもないのだ。
遊は出会った時から今日に至るまで、ずっと遊のままだった。
「気にするな。独り言だ」
「そっか!」
紛れもなく——。
俺が下界で、初めて出来た友達だ。
四人揃って石畳を歩く。ところどころに根を張った木々が生えており、ぐるりと美術館を囲うように建てられた石壁に、静かな情緒を覚える。
「キーホルダー作りをしてから、館内をのんびり巡りましょうか」
蒼くんが館内のマップを確認している。彼の計画はいつでも完璧だ。
「ぜひそうしよう。しかし、ここはまるでイギリスのようだな?」
「イギリスのコッツウォルズ地方の、マナーハウスを参考に造られたそうです」
「おお、そうなのか!」
両脇に外灯を備えた、石造りのアーチ門をくぐる。どうりで栃木とは思えぬ景色が続いているわけだ。鳥のさえずりと、澄んだ空気。天使のような青年たちに囲まれ、思わず深呼吸してしまう。
「パイプオルガンのコンサートも聴こうね?」
「うむ。そうしよう」
上界の演奏会が浮かぶ。ラファエロが設計したコンサートホールは、音の広がりが優れている。そこで聴いたパイプオルガンは、見事なものだった。それを機に、彼の建築士としての信頼はさらに高まったのではないだろうか。
うーむ。地下神殿について、どうラファエロに説明をすべきか。遊の写真は遊らしくとも、参考にはならぬ。力也くんが撮影したものを貰うべきだったか——。
「遊、そこに立ってみて。僕のスマホで撮ってあげる」
「わーい!」
だが、力也くんはあの日以来カメラを持ってきておらぬ。彼は明日東京を訪れ、栃木にはいないのだ。今日の今日でお願いするのも難しいだろう。
「ねえねえ、形は何にする?」
あれこれ考えていたが、遊の声に我に返る。体験工房の看板には、キーホルダーの写真がずらりと並んでいる。
「ほう。この中から選べるのか」
「俺はさ、キノコにしよっかなあ!」
月、星、クロス、音符などがある中で、あえてキノコを選ぶとは。ふわふわの天パに、まん丸のほっぺ。遊よ、まるで森の小動物ではないか……。
ほっこりと顔をほころばせていたが、体験工房の席はすでに埋まり始めていた。慌てて申し込みをし、俺の隣には遊が座り、向かいには力也くんと蒼くんが並んで腰を下ろした。
「僕、月にしようかな……?」
力也くんは見本を眺め、どの形にしようか悩んでいるようだ。
「いいではないか。力也くんのイメージにぴったりだぞ?」
「ねえねえ! サミュエルさんさ、完成したら俺のキーホルダーと交換しようよ!」
遊の思わぬ提案に心臓が飛び跳ねる。
俺が創作したものは、上界に戻れば全て消えてしまう。
だが、このキーホルダーはどうだろうか。下界のものではあるが、俺が触れ、完成に導くのだ。魔法を使わずとも、儚い陽炎と化してしまうのだろうか——。
「サミュエルさん? 聞いてる?」
俺は手のひらで顔を拭い、ふうと息を吐いた。しっかりしろ、サミュエル。
「……いいぞ。遊が希望する形のものを作ろう」
「うーん。蝶がいいかなあ!」
出会ったあの日の蝶を、遊は覚えているのだろう。オーロラ色の煌めきは表せずとも、透き通った青色はあるはずだ。
「作ったら交換だよ? 約束ね!」
「ああ。約束だ」
工房スタッフの案内のもと、作業を開始する。蒼くんは慎重に、力也くんは丁寧に、遊は豪快……かと思えば、おお、綺麗だぞ!
思えば、旨い料理を作る遊ではないか。手先の器用さはなかなかのものだろう。ははは。栃木同様に、一言では語り尽くせぬ青年だ。
「あの……僕、本当にもうひとつ作ってもよろしいのでしょうか?」
「構わんぞ。遠慮をするな」
力也くんは礼を言うと、再び月を選んだ。白、水色、青——。色の順番を少しだけ変えて、丁寧に仕上げていく。
「誰かとお揃いにするのか?」
俺の問いかけに、力也くんは少しだけ顔を上げて微笑んだ。
「僕は、叔父さんと叔母さんにお世話になってるんです」
人の数だけ、物語がある。
みなが同じではないのだ。
「そうか」
「はい。二人にプレゼントしようと思います」
自分の分は作らぬのか。なんと愛のある青年だ。
「叔父さんも叔母さんも、きっと喜ぶはずだ」
「ふふふ。そうだといいな……」
みなと違えど、きみは一人ではない。
そして——。
きみの優しさは、ステンドグラスのように煌めいているぞ。
——続く——
美浜家と温泉地に向かったあの日とは、全てが異なるようだ。広がる秋の気配がどこか切なさを帯びている。朝からずっと、夕焼けが続いているように見えるのだ。
そう感じるのは、俺だけだろうか——?
「名残惜しいな……」
車を降りると、近くには立派な教会がそびえていた。青々しい緑の匂いが、ふっと辺りを満たす。那須の空気はほんの少し冷たいようだが、これも季節の移ろいによるものだろうか。
「サミュエルさんさ、さっきなんて言ったの?」
たった一ヶ月。そう言ってしまえば、それまでなのだろう。だが、共に過ごした時間に、長いも短いもないのだ。
遊は出会った時から今日に至るまで、ずっと遊のままだった。
「気にするな。独り言だ」
「そっか!」
紛れもなく——。
俺が下界で、初めて出来た友達だ。
四人揃って石畳を歩く。ところどころに根を張った木々が生えており、ぐるりと美術館を囲うように建てられた石壁に、静かな情緒を覚える。
「キーホルダー作りをしてから、館内をのんびり巡りましょうか」
蒼くんが館内のマップを確認している。彼の計画はいつでも完璧だ。
「ぜひそうしよう。しかし、ここはまるでイギリスのようだな?」
「イギリスのコッツウォルズ地方の、マナーハウスを参考に造られたそうです」
「おお、そうなのか!」
両脇に外灯を備えた、石造りのアーチ門をくぐる。どうりで栃木とは思えぬ景色が続いているわけだ。鳥のさえずりと、澄んだ空気。天使のような青年たちに囲まれ、思わず深呼吸してしまう。
「パイプオルガンのコンサートも聴こうね?」
「うむ。そうしよう」
上界の演奏会が浮かぶ。ラファエロが設計したコンサートホールは、音の広がりが優れている。そこで聴いたパイプオルガンは、見事なものだった。それを機に、彼の建築士としての信頼はさらに高まったのではないだろうか。
うーむ。地下神殿について、どうラファエロに説明をすべきか。遊の写真は遊らしくとも、参考にはならぬ。力也くんが撮影したものを貰うべきだったか——。
「遊、そこに立ってみて。僕のスマホで撮ってあげる」
「わーい!」
だが、力也くんはあの日以来カメラを持ってきておらぬ。彼は明日東京を訪れ、栃木にはいないのだ。今日の今日でお願いするのも難しいだろう。
「ねえねえ、形は何にする?」
あれこれ考えていたが、遊の声に我に返る。体験工房の看板には、キーホルダーの写真がずらりと並んでいる。
「ほう。この中から選べるのか」
「俺はさ、キノコにしよっかなあ!」
月、星、クロス、音符などがある中で、あえてキノコを選ぶとは。ふわふわの天パに、まん丸のほっぺ。遊よ、まるで森の小動物ではないか……。
ほっこりと顔をほころばせていたが、体験工房の席はすでに埋まり始めていた。慌てて申し込みをし、俺の隣には遊が座り、向かいには力也くんと蒼くんが並んで腰を下ろした。
「僕、月にしようかな……?」
力也くんは見本を眺め、どの形にしようか悩んでいるようだ。
「いいではないか。力也くんのイメージにぴったりだぞ?」
「ねえねえ! サミュエルさんさ、完成したら俺のキーホルダーと交換しようよ!」
遊の思わぬ提案に心臓が飛び跳ねる。
俺が創作したものは、上界に戻れば全て消えてしまう。
だが、このキーホルダーはどうだろうか。下界のものではあるが、俺が触れ、完成に導くのだ。魔法を使わずとも、儚い陽炎と化してしまうのだろうか——。
「サミュエルさん? 聞いてる?」
俺は手のひらで顔を拭い、ふうと息を吐いた。しっかりしろ、サミュエル。
「……いいぞ。遊が希望する形のものを作ろう」
「うーん。蝶がいいかなあ!」
出会ったあの日の蝶を、遊は覚えているのだろう。オーロラ色の煌めきは表せずとも、透き通った青色はあるはずだ。
「作ったら交換だよ? 約束ね!」
「ああ。約束だ」
工房スタッフの案内のもと、作業を開始する。蒼くんは慎重に、力也くんは丁寧に、遊は豪快……かと思えば、おお、綺麗だぞ!
思えば、旨い料理を作る遊ではないか。手先の器用さはなかなかのものだろう。ははは。栃木同様に、一言では語り尽くせぬ青年だ。
「あの……僕、本当にもうひとつ作ってもよろしいのでしょうか?」
「構わんぞ。遠慮をするな」
力也くんは礼を言うと、再び月を選んだ。白、水色、青——。色の順番を少しだけ変えて、丁寧に仕上げていく。
「誰かとお揃いにするのか?」
俺の問いかけに、力也くんは少しだけ顔を上げて微笑んだ。
「僕は、叔父さんと叔母さんにお世話になってるんです」
人の数だけ、物語がある。
みなが同じではないのだ。
「そうか」
「はい。二人にプレゼントしようと思います」
自分の分は作らぬのか。なんと愛のある青年だ。
「叔父さんも叔母さんも、きっと喜ぶはずだ」
「ふふふ。そうだといいな……」
みなと違えど、きみは一人ではない。
そして——。
きみの優しさは、ステンドグラスのように煌めいているぞ。
——続く——
0
あなたにおすすめの小説
Vを知らないアラサー男、崖っぷちV事務所に拉致られる。
けろり。
キャラ文芸
須藤ナオシ(28)。
半年前にプログラマとして勤めていた会社が倒産し、現在は無職。定期的に届くお祈りメールにも無感情になった彼の唯一のプライドは、誰にも評価されないソシャゲの「不遇キャラ」の価値を異常な分析力で証明することだけ。
しかし、その哲学すらも有名配信者に搾取され、全てに絶望した彼の足はハローワークへと向かう。
そんな矢先の公園で彼は運命を変える出会いをする。
彼の狂気的な分析ノートに目を輝かせる変な女。その正体は、倒産寸前の弱小事務所に所属するVtuber「黒木カナタ」――の中の人だった!
「私と一緒に来てください! あなたのその『頭のオカシイ分析力』が必要なんです!」
「い、いえ、結構です! 俺、そういうのにはこれっぽっちも興味ないんで!」
「壺も絵も売りません! 変なセミナーでもありませんから! お願いします、話を聞くだけでもいいので!」
歌もトークもダンスも何でもこなすエリートVtuber(でも伸びない)と、彼女を支える分析好きな元プログラマ(でも無職)。
一見正反対な二人が時にすれ違い、時に支え合いながら崖っぷち事務所を最強へと導いていく。
これは、理不尽な拉致(?)から始まるVtuber業界逆転ラブコメディ!
※この作品は「小説家になろう」、「カクヨム」でも同時連載しております
※旧題『不遇キャラを愛しすぎたアラサー元プログラマ、倒産寸前のVtuber事務所を『最強』にする』よりタイトルを変更しました
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる