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最強天使、光のギフト
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手作りのキーホルダーをポケットに入れて、工房を出る。イングリッシュガーデンの景色を抜けると、陽光を浴びた芝生が広がり、その先には貴族の邸宅を思わせる由緒ある美術館があった。
重厚感が溢れる石積みの建物。小さなアーチ窓がいくつも見え、美術館の出入口も同様に柔らかな弧を描いている。回廊も備わり、屋根の一部は教会を思わせるような切妻屋根の形状だ。
それもそのはず。ここは、礼拝堂が併設されているのだ。ステンドグラスの彩りに染まる優美な空間で、パイプオルガンの演奏を聴けるとは。なんと贅沢な美術館だろうか。
愛らしい花壇を眺めたあと、受付に進む。おや、甲冑まで設置されているではないか。細部まで作りこまれているとは見事だ。
「パイプオルガンだけじゃなくてさ、オルゴールの演奏も聴けるんだって!」
遊の説明を聞きながら、館内をゆっくりと巡る。孔雀やトンボが描かれたオリエンタルな雰囲気のランプや、天上の世界を紡いだ光彩の数々。至るところでステンドグラスが煌めき、その美しさについ時を忘れてしまう。
人間もガラスも、光を受けてこそ美を宿す。優しさに照らされた心は、それを誰かに届けることで、一層豊かな輝きを放つのだ。
「僕、カメラ持ってくればよかったな……」
力也くんがスマホの写真を確認する。ふと俺を見上げると、彼は長いまつ毛の向こうで目を細め、くすくすと笑った。
「さっきのセリフ、僕ったら江戸ワンダフルランドでも言ってましたね?」
「ははは。写真には写しきれぬ鮮やかさがあるだろう。目に焼き付けるのも悪くはあるまい」
微笑む力也くんのそばで、蒼くんは精巧な技術に夢中になっている。遊はというと、おや、少し離れたところでインテリアを撮っているぞ。
館内はステンドグラスの魔術師、リチャード氏の部屋も備えている。洋書の背表紙が肩を並べる本棚に、多種の輝きを放つスタンドライト。光の幻想を存分に表す彼は、暖炉の前で日々構想を練っていたのだろうか。
「二階にも展示品があってさ、回廊にも出られるみたいだよ!」
「おお。上から中庭を眺められるのか」
「うんっ! 俺の部屋もさ、こんな感じにしたいなあ!」
遊が笑って画像を見せてきたが、自撮りをしたゾンビのような彼しか写っていなかった。感動の余韻に浸っていた俺の背筋を凍らせるのはやめて欲しい。
「そろそろパイプオルガンの演奏が始まりそうなので、聴きにいきましょうか」
蒼くんの的確な判断のもと、細い廊下を連なって歩く。半円を描くように繰りぬかれた壁をくぐると、礼拝堂の入口前に大理石の彫刻が姿を見せた。その両脇にはアーチ窓が施され、ステンドグラスの色彩が足元に散りばめられている。
「力也先輩って、讃美歌歌ったことありますか?」
「ふふふ。僕はね……?」
遊と力也くんは小声で話しながら、一足先に礼拝堂の奥へ進んだ。
床に描かれた三種の十字架と、天井から吊り下がる淡いひとつのライト。小さな看板には、今日の演目が記されている。
前を見据えると、開かれた両扉の向こうには、気高い祭壇が静かに佇んでいた。
「俺、パイプオルガンの演奏聴くの初めてなんですよ」
「そうか。蒼くんは感性が豊かだからな、きっと気に入るだろう」
ピアノとは異なる、どこか哀愁を帯びたその音色。上界で何度耳にしたことだろうか。
「——サミュエルさん」
礼拝堂に足を踏み入れようとした瞬間、蒼くんに呼び止められた。振り返ると、柔らかな笑みを浮かべた彼は、穏やかに告げた。
「ここのパイプオルガンの演奏も、楽しんでくださいね」
ここ、とは——?
扉を越えた途端、神聖な空気が我が身を包んだ。漂うアロマの香りと、左手の壁一面を飾る大きなステンドグラス。陽光が差し込むたびに虹色が揺れて舞い上がり、壁に床にその色を広げていく。
鼓動が湧き上がり、得体の知れぬ力が体の隅々にみなぎっていく。指先を少しでも動かせば、金の粒が瞬く間に渦を巻き起こしそうである。どうしたものか、足が言うことを聞かぬ——。
祭壇前の小さなサイドテーブルの上には、羽根ペンがひっそりと存在感を放っている。バレットが懐から取り出すものにそっくりだ。ははは。どうやら、お前の愛用品は下界でも好まれているようだ。
「サミュエルさん、こっち!」
一番前の長椅子に座った遊が振り返り、俺に手招きしている。その隣には力也くんと蒼くんも座り、こちらに笑顔を向けていた。
「すまない。つい見入ってしまった」
「だいじだよ! あとさ、これ……」
腰を下ろした俺の手のひらに、遊が星形のキーホルダーをそっと置く。指先でつまみ上げて宙に浮かべると、陽光がステンドグラスを通して煌めき、遊の作品を称賛するように照らした。
「キノコよりも、星のほうがサミュエルさんっぽいからさ」
「そうか……」
俺もポケットに手を入れ、青と水色の光を放つ蝶のキーホルダーを取り出した。受け取った遊はそれを指先でゆらゆら揺らしながら、無邪気な笑顔で言った。
「サミュエルさん! これさ、あの時の蝶にそっくりだね?」
♬————。
その瞬間、パイプオルガンの音色が高い天井に跳ね返り、礼拝堂に響き渡った。ステンドグラスを震わせる荘厳な旋律を耳にしながら、俺は静かに願いを込める。
蝶のキーホルダーよ。
俺が上界へ戻っても、どうか、その輝きを失わぬままでいてくれ。
俺だけギフトを受け取るなど——。
なんとも、アンフェアではないか。
——続く——
重厚感が溢れる石積みの建物。小さなアーチ窓がいくつも見え、美術館の出入口も同様に柔らかな弧を描いている。回廊も備わり、屋根の一部は教会を思わせるような切妻屋根の形状だ。
それもそのはず。ここは、礼拝堂が併設されているのだ。ステンドグラスの彩りに染まる優美な空間で、パイプオルガンの演奏を聴けるとは。なんと贅沢な美術館だろうか。
愛らしい花壇を眺めたあと、受付に進む。おや、甲冑まで設置されているではないか。細部まで作りこまれているとは見事だ。
「パイプオルガンだけじゃなくてさ、オルゴールの演奏も聴けるんだって!」
遊の説明を聞きながら、館内をゆっくりと巡る。孔雀やトンボが描かれたオリエンタルな雰囲気のランプや、天上の世界を紡いだ光彩の数々。至るところでステンドグラスが煌めき、その美しさについ時を忘れてしまう。
人間もガラスも、光を受けてこそ美を宿す。優しさに照らされた心は、それを誰かに届けることで、一層豊かな輝きを放つのだ。
「僕、カメラ持ってくればよかったな……」
力也くんがスマホの写真を確認する。ふと俺を見上げると、彼は長いまつ毛の向こうで目を細め、くすくすと笑った。
「さっきのセリフ、僕ったら江戸ワンダフルランドでも言ってましたね?」
「ははは。写真には写しきれぬ鮮やかさがあるだろう。目に焼き付けるのも悪くはあるまい」
微笑む力也くんのそばで、蒼くんは精巧な技術に夢中になっている。遊はというと、おや、少し離れたところでインテリアを撮っているぞ。
館内はステンドグラスの魔術師、リチャード氏の部屋も備えている。洋書の背表紙が肩を並べる本棚に、多種の輝きを放つスタンドライト。光の幻想を存分に表す彼は、暖炉の前で日々構想を練っていたのだろうか。
「二階にも展示品があってさ、回廊にも出られるみたいだよ!」
「おお。上から中庭を眺められるのか」
「うんっ! 俺の部屋もさ、こんな感じにしたいなあ!」
遊が笑って画像を見せてきたが、自撮りをしたゾンビのような彼しか写っていなかった。感動の余韻に浸っていた俺の背筋を凍らせるのはやめて欲しい。
「そろそろパイプオルガンの演奏が始まりそうなので、聴きにいきましょうか」
蒼くんの的確な判断のもと、細い廊下を連なって歩く。半円を描くように繰りぬかれた壁をくぐると、礼拝堂の入口前に大理石の彫刻が姿を見せた。その両脇にはアーチ窓が施され、ステンドグラスの色彩が足元に散りばめられている。
「力也先輩って、讃美歌歌ったことありますか?」
「ふふふ。僕はね……?」
遊と力也くんは小声で話しながら、一足先に礼拝堂の奥へ進んだ。
床に描かれた三種の十字架と、天井から吊り下がる淡いひとつのライト。小さな看板には、今日の演目が記されている。
前を見据えると、開かれた両扉の向こうには、気高い祭壇が静かに佇んでいた。
「俺、パイプオルガンの演奏聴くの初めてなんですよ」
「そうか。蒼くんは感性が豊かだからな、きっと気に入るだろう」
ピアノとは異なる、どこか哀愁を帯びたその音色。上界で何度耳にしたことだろうか。
「——サミュエルさん」
礼拝堂に足を踏み入れようとした瞬間、蒼くんに呼び止められた。振り返ると、柔らかな笑みを浮かべた彼は、穏やかに告げた。
「ここのパイプオルガンの演奏も、楽しんでくださいね」
ここ、とは——?
扉を越えた途端、神聖な空気が我が身を包んだ。漂うアロマの香りと、左手の壁一面を飾る大きなステンドグラス。陽光が差し込むたびに虹色が揺れて舞い上がり、壁に床にその色を広げていく。
鼓動が湧き上がり、得体の知れぬ力が体の隅々にみなぎっていく。指先を少しでも動かせば、金の粒が瞬く間に渦を巻き起こしそうである。どうしたものか、足が言うことを聞かぬ——。
祭壇前の小さなサイドテーブルの上には、羽根ペンがひっそりと存在感を放っている。バレットが懐から取り出すものにそっくりだ。ははは。どうやら、お前の愛用品は下界でも好まれているようだ。
「サミュエルさん、こっち!」
一番前の長椅子に座った遊が振り返り、俺に手招きしている。その隣には力也くんと蒼くんも座り、こちらに笑顔を向けていた。
「すまない。つい見入ってしまった」
「だいじだよ! あとさ、これ……」
腰を下ろした俺の手のひらに、遊が星形のキーホルダーをそっと置く。指先でつまみ上げて宙に浮かべると、陽光がステンドグラスを通して煌めき、遊の作品を称賛するように照らした。
「キノコよりも、星のほうがサミュエルさんっぽいからさ」
「そうか……」
俺もポケットに手を入れ、青と水色の光を放つ蝶のキーホルダーを取り出した。受け取った遊はそれを指先でゆらゆら揺らしながら、無邪気な笑顔で言った。
「サミュエルさん! これさ、あの時の蝶にそっくりだね?」
♬————。
その瞬間、パイプオルガンの音色が高い天井に跳ね返り、礼拝堂に響き渡った。ステンドグラスを震わせる荘厳な旋律を耳にしながら、俺は静かに願いを込める。
蝶のキーホルダーよ。
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なんとも、アンフェアではないか。
——続く——
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