最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト∞

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最強天使、遊のミッション

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 ステンドグラスと青年の煌めきに触れた、その日の夜。
 遊は嬉しそうに、学校の鞄に蝶のキーホルダーをつけた。

「壊さないようにしなきゃ!」

 俺はぼんやりと、青と水色のグラデーションの光を眺める。迫る九月一日に、この心は取り残されたままだ。

 ——人間と親しくなってはなりません——

 バレットよ、お前の忠告は正しい。俺はもう、引き返せぬところまで来てしまったようだ。

「サミュエルさんもさ、俺が作った星のキーホルダー使ってね!」
「うむ……」

 呆然としたままの俺の前に腰を下ろすと、遊は首を傾げてじっと覗き込んだ。

「美術館から帰ってからさ、ずっとうわの空じゃない?」

 伝えるべきことを伝えねば、最強天使とは言えぬ——現実に目をそむけるな。
 明日は夏祭りと花火大会が待っている。ゆえに、遊とこの部屋で語り合う夜はこれが最後だ。

「遊よ。大切なことを話していいだろうか?」

 掟を受け入れるのだ、サミュエルよ——。 

「どうしたの……?」

 ただならぬ気配に、遊が戸惑ったように声を小さくした。俺は茶色い瞳を見つめ、静かに言葉を選ぶ。
 説明が不得意だとバレットから揶揄される俺だ。余計な枕詞はよそう。

「遊、すまない。俺が上界へ舞い戻った瞬間、お前の記憶から、俺との思い出は全て消去されるんだ」
「えっ?」

 愕然とした遊は慌てて身を乗り出し、俺の腕を強く掴んで声を大きくした。

「サミュエルさんのこと忘れちゃうの!?」
「そうだ」
「こんなにずっと一緒にいたのに!? 毎日『おはよう』って挨拶して、『おやすみ』って寝てたのに!?」
「そうだ……」

 いつも明るく、不機嫌な姿など見せない天真爛漫な遊の表情が、今は悲しみに歪んでいる。

「なんで……?」
「すまない。それが上界の掟なのだ」

 静まり返った部屋で、ただ時間だけが無情に過ぎていく。
 遊よ、お前のことは俺が覚えている。永遠にな——。

「サミュエルさん……」
「うむ」
「俺のミッションってさ、まだ有効だよね? まだ何も伝えてなかったよね?」

 高い鷲鼻の先を赤くした遊は、畳みかけるように質問を繰り返した。遊の頭上には黄金に輝く【0】が浮かんだままである。遊よ、何を望むと言うのだ。

「俺さ、解決して欲しいこと見つけたよ」
「ああ。だが、お前の心は——」
「『美浜遊の記憶を消さないで』……これをコンプリートして?」

 思わず息が詰まり、俺は頭が真っ白になった。

「友達との思い出を消されるなんて、悲しいよ……」

 何も言えないではないか。

「サミュエルさんはさ、俺のこと忘れたい?」 
「……忘れたいものか」
 
 諭すべき立場の俺は、それ以上の言葉が浮かばず。いつものように、遊の頭をぽんぽんと撫でた。

「明日は久美ちゃんとデートの日だ。告白もするんだろう?」
「うん……」
「大切な日だ。もう寝よう」

 小さく息を吐くと、遊はベッドに上がり、静かに横になった。あぐらをかいたままの俺を、茶色い瞳でじっと見つめている。
 
「バレットさんに、ちゃんと伝えてね? 『サミュエルさんを忘れたくない』。これが、俺のミッションだからね?」
「うむ……」 
「約束だよ?」
「ああ。約束だ」

 目を閉じると、遊はすぐに寝息を立て始めた。いつもは大きなイビキで部屋を揺らすほどだが、今夜に限っては、なんと穏やかなことだろうか。

 俺は電気を消して、物音を立てないようベランダに出た。残暑の生ぬるい風が頬をかすめる。スマホを耳にあてて夜空を仰ぐと、美しい星々が広がっていた。
 明日もきっと晴天だろう。遊よ、お前の気持ちは必ず久美ちゃんに届くはずだ。

「……サミュエル様」 

 凛としたバレットの声が耳に届いたが、そこにはわずかな戸惑いが混じっていた。

「バレット。実は、だな……」
「拝見しておりましたよ。遊様のミッションについて」
「そうか……」

 口を閉ざす俺に、バレットは静かに言葉を重ねた。 

「裁定者がどう判断するかではございますが、前例がございませんゆえ……」

 俺はベランダの柵に肘をかけ、手のひらで額を覆った。最強天使と呼ばれる俺だが、遊のミッションを前にして、この身は何も呼答せず。掟を前にすれば、俺の翼は沈黙したままなのだ。
 すまない、遊よ。 

「サミュエル様。もし遊様の立場でいらっしゃいましたら、同じミッションを希望なさりますでしょうか?」

 俺は力なく笑った。何を答えようが状況は変わらないのだ。されど、抑えきれぬ悲しみが胸を締めつけ、息苦しいほどに募っていく。

「バレットよ。なぜ、それを聞く?」
「サミュエル様。素直なお気持ちをお聞かせ願えませんでしょうか?」 
 
 俺はまぶたを閉じて、深く頷いた。

「その通りだ。記憶の中ですら遊と会えなくなるなど、想像するだけで耐えがたいぞ……」

 震える言葉の尾が夜風に散った、その時——。

 ふと気配を感じて、俺は目を開けた。隣のベランダに視線を向けると、月明りにひとつの影が浮かんでいる。

「蒼くん……」

 こちらをじっと見つめた蒼くんは、微動だにせず立ち尽くしていた。



 ——続く——
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