その結婚は、白紙にしましょう

香月まと

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11 カイン視点

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 陽が、やわらかな光を庭園に落としていた。
 王城の庭は満開の花々で彩られ、涼やかな噴水が空間を華やがせる。

 カインは高く茂る木々の陰に身を潜め、静かに二人の姿を見つめていた。
 陽の当たるテラスでは、ミレナシアとユリウスが向かい合い、ティーカップを手に談笑している。


 ――変な気を起こすだと?
 そんな気は微塵もないだろうに。

 けれど、どうにも気になって足が向いてしまったのだ。
 訓練場から少し離れたこの場所は、静かで、噴水の水音や風の音だけが響く。簡易結界の向こうで、姫とユリウスが小さな丸卓を挟み、紅茶を傾けている。

 結界越しでは声までは聞こえない。
 だが姫の口元がやわらかく緩み、目が細められる。
 その笑顔はまるで、春の日差しのようだった。

 風に金糸の髪がさらさらと揺れ、白いドレスが光を反射して柔らかにきらめく。
 向かいのユリウスは、いつもどおりの軽やかな笑顔で彼女に何かを語っていた。
 テーブルの上には焼き菓子や砂糖菓子が並び、二人の間に流れる空気は、あたたかく穏やかで――絵画のようだった。

 元気のないようにも見えたけれど、ユリウスと会話をするごとにその調子は上がっているようにも感じられた。
 何を話してるかまではわからないけど、頬を赤くして身振り手振りを……

  カインは思わず息を呑んだ。

 ――ああ……そいつの前で、そんな顔をするのか。

 そう思った瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
 馬鹿げている。
 そもそも自分と姫など、始めから釣り合っていなかった。

 この王城の、陽の下に立つべき二人――
 地位も、家柄も、言葉のやりとりの軽やかさも。
 まるで最初から、そう在るべくして選ばれた組み合わせのように思えてしまう。
 あの二人こそが、本当の夫婦ではなかったのか。
 王から賜るご厚意も何かの間違いで、本当は。

 ──彼女のためを想うなら。

 胸の奥で、微かな痛みが走った。
 光に馴染まぬ己の影を見つめるような、ひりつくような痛みだった。

 踵を返しかけたその時だった。
 姫の目から、ぽろりと光る雫がこぼれ落ちた。

 それは止まらず、頬を伝い、次々にあふれ出す。
 やがて彼女は顔を覆い、肩を小刻みに震わせる。

 けなげに涙をこぼす姫を、カインは痛ましく眺めるしか出来ない。
 あの涙をぬぐうことも出来ないで、お前がここにいる意味があるというのか。……そう、己の内側で声がする。

 視界の中、ユリウスが静かに手を伸ばした。
 姫の震える細い肩に、彼がそっと触れようと――

「待っ……!」

 思わず声が出た。
 次の瞬間、足が勝手に動いていた。
 結界の淡い光膜を突き破るように踏み込む。

 そして、内側の音がカインへも届く。
 ミレナシアがあの日から内にしまってしまってしまい込んで、今の今まで誰にも叫ぶことすら許されなかった想い。






 「わたくし、ずっと……」

 顔を覆っていた両手を離す。頬はいくすじにも涙の跡が残り、瞳はどこか虚ろを見ていた。


 「――ずっと、カイン様をお慕いしているのに!」

 わああっ、とミレナシアがテーブルに突っ伏した。

 「今すぐにでも身を捧げる覚悟ですのにーーー!!」

 結界に入ったカインの動きが硬直して止まる。ユリウスだけがそれを目撃し、呆れた笑みを浮かべていた。
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