その結婚は、白紙にしましょう

香月まと

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 姫は顔を両手で覆い、声を上げて泣いていた。

 「う、うっ……うぅ……わたくしは……わたくしはずっと、ずっと……っ」

 「カイン様を!お慕いしているのに!」


 光をわずかにゆらめかせる結界の内側。
 木陰から一歩入ったところで、騎士団長は完全に石像のようになっていた。
 腕も脚も微動だにしない。口は開きかけて閉じたまま。

 ばっとミレナシアは顔を上げる。

「朝もなくて晩もなくて今すぐにでも身も! 心も! 捧げる覚悟ですのに、カイン様……!!」

 幾度なく繰り返される姫の号泣本音暴露を受け、硬直していたカインの手が今度は彼の額を覆った。
 そうしながら俯くのを、ユリウスは半笑いで眺めていた。耳が赤いですよ、団長殿。

 「そうですよね、そうですよねー。彼もね、本当はそうしたいんだと思いますよー」

 頷きながらユリウスはティーポットを傾ける。じゃばばば、と高い位置から注がれた紅茶は、なぜか一滴も無駄にならずカップを満たす。
 それを空いた席へ置いて暗にカインの分だと示したが、泣きぬれた姫はすでに前が見えてなかった。

 「ほん”どう”……?」

 道しるべをなくしたおさな子のように、頼りない声を出してしゃくりあげる。
 ユリウスはハンカチを差し出してかいがいしく保護者となりながら、一方では上司カインの本音をばらすのに余念がない。
 
 「ええ、もちろん本当です。彼はね、詰所では姫の話しかしませんから」

 「えっ」

 「もう、“姫様のため”って口癖みたいなもんです」

 「ええっ」

 「たとえば大雪の日。姫様が王宮の階段で転ばれたじゃないですか」

 「そんな大昔の恥を……!」

 「半年前ですよ。その晩は夜を徹して雪かきしてましたね、あの人。周りにも『もっと気をつけるように整備しろ』って」

 「……カイン様……」

 「あと、姫様が風邪を召された時は、『お前ら、薬湯は温度を一定に保て!』って騒いでましたね。もはや医療班の人よりうるさかった」

 「…………カイン様……!」

 ミレナシアの目に輝きが宿る。それを見て、ユリウスはぴっと指を立てた。

 「それからこれはとっておき。彼、いつも酔うと惚気ています」

 「のろけ……」

 「『姫様の髪は光のようだ』とか、『あの方の声を聴くだけで剣が軽くなる』とか」

 「……っ!?」

 姫の顔が一気に熱で染まる。
 同時、ようやく耐えかねたカインの声が結界の中で爆発した。

 「おい!そこまでは言ってない!!」


 間近で聞こえた愛する人の大声に姫は肩をびくっとさせ、ぎこちなく振り返る。何とも言えない騎士団長の顔を眺め、幻ではないと知り、ぽかんと口を開けて次の瞬間。

 「き、聞いてましたの!?!」

 話し声では到底済まされない音量を受け、結界の光が淡く震える。装置のおかげで庭園には静寂が落ちたまま。
 木の葉が一枚、ひらりと舞い落ちる。

 カインは額に青筋を浮かべながらも、しっかり耳まで赤くして――
 ユリウスは涼しい顔でティーカップを傾けた。

 「ね、言ったでしょ。『気になるなら来ればいい』って」
 
 「ユリウス、てめぇぇぇぇ!!」

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