その結婚は、白紙にしましょう

香月まと

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小話 髪の長い見習い騎士

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 王城の大広間は、灯りと花々に包まれていた。

 披露宴を終えた新郎新婦が、列席者ひとりひとりへ挨拶をしてまわる。
 ミレナシアは純白のドレスを纏い、カインは深紅の礼装に身を包んでいた。
 並び立つ二人を見て、誰もが目を細め、微笑みをこぼしている。

 「殿下、団長。ご結婚、心よりお祝い申し上げます!」

 礼服に身を固めた騎士たちが、次々と列をつくってやってくる。
 それぞれが緊張した面持ちで敬礼し、カインに声をかけていた。

 「おまえたち、わざわざすまない」

 「当然です、団長。これほどめでたい日を見逃すはずが」

 頭を下げる若い隊長に、ミレナシアはくすりと笑った。
 その横で、カインは少し眉をゆるめ、普段の厳しい面差しを和らげる。
 その変化を間近で見た姫の胸が、静かに熱を帯びた。

 列の最後尾、控えめに立っていた一人の小柄な隊士が、ぴんと背を伸ばして一歩前に出た。
 絹糸のような髪を後ろでひとまとめにし、礼装の襟をきっちりと整えている。

 (まあ……可愛らしい方、それにこの髪の美しさ……)

 「カイ――団長!」

 朗らかな声が響いた。
 その瞬間、ミレナシアは思わずまばたきをした。

 一瞬、女性だと思いかけたが――声の調子でようやく気づく。

 (……男性でいらしたのね……!)

 彼はカインへ歩み寄ると、快活な笑みで敬礼した。

 「おめでとうございます、団長! 本当に……よかった!」

 「おまえまで来てくれたのか。まだ見習いの身だろう」

 「そりゃあ、団長の式ですから!」

 少年――その見習い騎士は、名をレオンと言った。カインとは同郷なのだという。
 彼がつややかな髪をひょいと耳の後ろへ払うと、光が反射して銀糸のようにきらめく。
 その様子に、ミレナシアはまばゆいものを目にした心持ちになった。

 「とてもきれいな髪ですのね」
  
 少年は目をまたたかせた後、意図を理解して破顔した。

 「ありがとうございます! これ、友のために伸ばしてるんです」 

 「お友達の……?」

 「髪を伸ばしたくても事情があって伸ばせない子で。だから、ぼくが代わりに伸ばしてるんですよ。いずれ切って、贈るつもりで」

 さらりと語る口調は明るい。その率直な笑顔に、姫は自然と頬をゆるませる。

 「素敵なお心ですわね。とても優しい方」

 「いえ、ぼくなんて全然。でも団長にも『よく手入れしてるな』って言われます。ほら、髪にうるさい人だから」

 「髪に……?」

 レオンが笑って言うと、カインがわずかに眉をひそめる。ミレナシアは未だ掴めず、ちいさく疑問符を頭に浮かべた。

 「余計なことを言うな」

 「え、だって。姫様もお聞きになりたいでしょう? 団長、飲むと惚気るんですよ。姫様のことばっかり」

 「……え?」

 「……待て」

 レオンはまるで何でもない話題のように首を傾げた。

 「ほら、『姫様の髪は陽の光みたいだ』とか。『あの方が笑うと胸が痛くなる』とか。深酒するといつもですよ!」

 カインがあ然とする横で、ユリウスがワイングラス片手に通りかかる。

 「ほら、言った通りだろ?」

 に成り立ての団長は、額を抑えて深い息を吐いた。

 「……ころしてくれ」

 ミレナシアは一拍ののち、頬をほんのり染め、そっと口元をおさえた。

 「まぁ……カイン様……」

 「違うんです殿下。酒が悪さをして」

 カインは自身の悪癖が現実のものだとようやく知る。この男にしては珍しく、失敗をすぐには認められないようだった。唸るような声を絞り出す。

 「……ふふ。お酒のせいだとしても、うれしゅうございますわ」

 その微笑みがあまりにも優しく、カインは言葉を失った。

 「……勿体ないお言葉……」

 大広間の灯りが金糸のように二人を包み、歓声と笑い声はいつまでも止まない。
 この国の祝福は、夜更けまで絶えることがなかった。

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