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駄文のヒロ

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DAY2 希望と絶望

1、接触

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 車を郊外のロードサイドに停めた。
 店の看板だけが、夜の闇に浮かんでいる。

 スギヤマは、窓に映る自分の姿を見て舌打ちした。
「この恰好じゃ、目立ちすぎる」

 戦闘服。
 実用性はあるが、街では異物だ。
 和真は、車を降りながら聞く。

「どうするんですか?」
「隠す」

 それだけ言って、スギヤマは自動ドアをくぐった。

 深夜営業の衣料品店。
 客はいない。

 スギヤマが選んだのは、黒のロングコートだった。
 丈が長く、シルエットを曖昧にする。

「これで十分だ」

 コートを羽織ると、戦闘服は影に溶けた。
 再び車に戻り、エンジンをかける。

 次の目的地は、国立研究機関。
 教授のいる国立研究機関は、都心から車で2時間近くかかった。
 いろいろ準備したこともあって、すっかり日が暮れていた。

 かつて国家プロジェクトのために建設されたが現在は縮小運用している研究所は、山間部と旧工業地帯の境界に建てられていた。

 和真は、助手席で息を整えながら、呟く。

 「……こんな時間に、入れるんですか?」
 「普通は無理だ」

 スギヤマは淡々と答えた。

 「だが、会うべき人間は残っている」

 巨大な研究機関は、ほとんどの照明が落ちていた。

 “働き改革”の名のもと、研究員は全員、定時で帰っている。
 駐車場には、数台の車しかない。

 和真は、その静けさに違和感を覚える。

「……静かすぎる」
「だからいい」

 正面入口に近づくと、警備員が一人、詰所から出てきた。

「すみません。
 現在、一般の立ち入りはできません」

 懐中電灯の光が、二人を照らす。

「アポイントは?」

 スギヤマは、一歩前に出た。

「ない」

 即答だった。
 警備員の眉が動く。

「では、お引き取りを――」

 その言葉が終わる前に、スギヤマは距離を詰めていた。

 声は出さない。
 肘が、警備員の喉元に入る。
 酸素が遮断され、身体が崩れる。

 倒れる前に、受け止め、床に寝かせた。

「……大丈夫なの?」

 和真の声は、震えていた。

「命は取っていない」

 スギヤマは、警備員の無線を外しながら言う。
 カードキーを使い、自動ドアが静かに開く。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ――地下第七研究区画。
 二人は、研究機関の内部へ足を踏み入れた。
 非常灯だけが一定の間隔で白く点灯している。
 監視カメラはスリープモード。
 研究区画の最奥、一室だけが明るい。

 和真は、足音を抑えながら聞いた。

「……教授って、どんな人?」

 スギヤマは、少しだけ間を置いた。

「最後まで、”考えること”をやめなかった男だ」
「エデンに?」
「利用されたが、従わなかった」

 エレベーターが、低い音を立てて止まる。
 扉が開く。



 研究フロアの一角。
 一室だけ、灯りが点いていた。

 壁一面にモニター。
 DNA配列、分子構造、崩れた人格パターンのグラフ。
 中央の実験台で、工藤教授が一人、ピペットを握っている。
 白衣はくたびれ、背中はわずかに丸い。

「……固定化率、0.62%」

 モニターを睨む。

「……足りない」

 キーボードを叩く手が止まる。

「……やはり“実例”がないと、人は救えないか」

 静寂。

 やがて、背後から足音が聞こえてくる。
 二人分の足音。
 スギヤマと和真の姿があった。
 スギヤマは戦闘服の上に、さっき衣料品店で備えたロングコートを羽織っている。

 白い光に満ちた室内で、教授はデスクから顔を上げた。
 侵入者の気配を察知した瞬間だった。
 教授は目を見開いて、驚きを隠せない。

「……誰だ?」

 和真は一歩、後ろに下がる。
 その前に立ったのは、ロングコートを羽織ったスギヤマだった。

 教授は、ゆっくりと立ち上がり、机の端に手を伸ばす。
 そこにあるのは、緊急通報用の端末。

「この時間に入室許可は出していない。
 警備を――」

「悪いが、警備員はお眠りだ」

 工藤教授の指が止まる。

「――アンタたち、何者だ?」

 スギヤマは、羽織っていたロングコートを脱ぎ捨てた。
 中から、頑強そうな戦闘服が姿を見せる。
 現代のどの部隊にも該当しない戦闘服。

 装甲。
 簡素だが合理的な設計。
 そして、胸部に刻まれた見慣れない識別コード。
 教授の瞳が、わずかに見開かれる。

「……アンタ、一体どこから来たんだ?」
「オレは、“破滅べつ”の世界から来た」

 教授は呆気に取られる。
 力を失い、持っていた金属ケースを落とす。

「冗談にしては、質が悪い」

 スギヤマは、否定しない代わりに、HUD端末を起動した。

 画面に映し出されたのは、大量のデータ。

 年齢、性別、投与記録。
 神経反応、行動変化、凶暴化指数。

 教授の視線が、釘付けになる。

 スギヤマ「ヴィランだ」

 その単語に、教授の表情が固まった。

 スギヤマ「β世界でそう呼ばれている。
 元は、普通の人間だ」

 スギヤマは、これまでのいきさつを事細かに話した。
 並行世界のこと、エデンベクターの末路がヴィラン化すること、世界は滅びかけてること。

 工藤教授はその明晰な頭脳もあってか、すべてを理解したようだ。
 肩を落として息を吐くように答える。

「20年も“最悪の仮説”を考え続ければ、こうもなる」

 室内の空気が、重く沈んだ。

「かつて、人類は未知のウィルスの猛威で恐怖した。
 未知の感染症に対して、迅速な科学技術と政治判断が求められた時代背景がある。

 エデンベクターは同じ“緊急事態ロジック”の中で暴走した、別の技術だ。
 つまり、“人類は一度、緊急時にワクチンで救われたという成功体験を持ってしまった”

 これがエデンベクター接種義務化の心理的土台になってしまった」

 淡々と話す工藤教授の言葉を、二人は深々と聞き入った。

「私は国会の公聴会でも訴えた。
 エデンベクターは未完成のワクチンだ、
 人格への影響評価が終わらない限り、義務化は越権行為だ、と」

 話を続ける。

「進化派研究者も『教授は“仮説”で国家を止めようとしている』と糾弾した。

 私の理論は正しいが、それを証明できない立場に追い込まれ、そのため『研究責任者として不適格』という名目で解任、失脚した」

 そう言い切ると、教授は自分のデスクの椅子に腰を掛けた。

「……それで――私にどうして欲しいというのかな?」

 スギヤマはポケットから、銀色のケースのカプセルを取り出した。

「『β』のヴィラン細胞サンプルだ」

 教授の目がさっきの驚愕より大きく見開いた。

「治療薬が必要だ。
 協力してほしい」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 白色灯が一つだけ点いた広い研究室。
 壁一面に並ぶモニター。
 ガラス越しに見える無菌室。

 時刻は AM 0:14。
 モニターには
 《B-WORLD SAMPLE_013 / EDEN VECTOR MUTATION》
 という文字列と、複雑なゲノム配列が流れている。
 教授は白衣のまま、椅子に深く腰を下ろし、
 疲れ切った目で画面を見つめている。

「……ここまで、壊れているとはな。
 倫理委員会がこれを見たら、即刻、研究停止だろう」

 そう言って、ため息をつく。
 スギヤマは首を振り、

「いや。完成した”世界”が、先に壊れた」

 沈黙。

 教授は椅子に腰を下ろすと、モニターに映るデータを見つめる。

「……やはり、人は“安全な世界”では決定的なデータを得られない。
 だから私は――国家プロジェクトから外された」

 そう言って、自嘲気味に笑う。

 和真「でも……研究、続けてたんですよね」

 教授は和真を見る。

「続けさせられている
 自由はない、発表権もない、選択権もな。

 ――それでも、失敗した世界があるなら、成功した薬を作る責任がある」

 一拍。

「“長期リスク対策費”“非常時医療準備金”――失敗した時のための保険だ。
 最低限だが、安定した研究費はある。

 私は“正解を作るために飼われている”――世界の後始末係だよ」

「その“後始末”が、俺たちの世界では間に合わなかった」

 教授は静かに目を閉じる。

「……被験者は、何人だ?」
「数えきれない。
 だが――“未接種者”は、最後まで人でいられた」

 教授は静かに目を開けて、キーボードを叩く。
 画面が切り替わり、人格形成領域の遺伝子マッピングが表示される。
 赤く点滅するエラー警告。

「人格崩壊。感情遮断。自己認識の断裂……」

 苦笑する。

「失敗例としては完璧だ」

 椅子から立ち上がり、ガラス越しに無菌室を見る。
 その奥には、冷却保存されたβ世界ヴィランの細胞サンプル。

「私は……この“失敗”を作らないために、二十年間、足踏みしてきた。
 未完成の技術。検証できない仮説。踏み越えなかった一線」

 教授の声が少し震える。

「それが、正しいと信じていた」

 教授は端末を操作し、α世界のエデンベクター試作データを並べて表示する。
 二つの世界のゲノムが、画面上で重なり、ズレていく。

「だが……私は“壊れた後”を一度も見ようとしなかった。
 壊れない方法ばかり探して、壊れた人間がどう戻るのかを……」

 教授の指が止まる。

 画面に、一つの配列が浮かび上がる。
 それはα世界には存在しない異常な固定因子。
 教授の目が見開かれる。

「……固定、している?
 人格を……『壊したまま、留めている』遺伝子」

 震える手で拡大表示。

「違う……編集が悪いんじゃない。
 止め方を、誰も知らなかっただけだ」

 教授は椅子に崩れ落ちるように座り、両手で顔を覆う。
 しばらく沈黙。
 研究室に、冷却装置の低い駆動音だけが響く。

「君たちは……壊れるところまで行った。
 だからこそ、戻る道を、知っている」

 教授は立ち上がり、白衣を脱ぐ。

「いいだろう。
 君たちのデータを使う」

 和真が息を呑む。

 教授「だが――これは治療薬である前に、告発になる。
 この世界が、何をしようとしているかを証明する薬だ」

 スギヤマ「覚悟は?」

 教授は椅子から立ち上がり、壁を向いて静かに笑う。

「20年、覚悟しかしていない。
 私は……救えなかった世界のデータを使って、この世界を救う」

 そう言って小さく笑う。
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